演目変更についての ご案内
「くはは、実に良い気分である。おぉ! 覇王よ! ご機嫌麗しく何より!」
異様に肌ツヤの良い骸骨と出会ったのは、俺が覇王に連れられてホテルの朝食バイキングに出向いた時だった。
このドスケベ骸骨は飯を食わないくせに、何のために朝食の場へ現れたのだろう。
ちなみに、当然の如く朝食も貸し切りになっている。誰もいない。
「おぉ、ヘバナではないか。昨夜はどうした。貴様の気配が部屋から一向に出てこないので、一体何事かと思ったぞ。普段であれば夜は貴様の時間であろうに」
「はっは。覇王よ、我とて忙しい身。これからの事を考え、自室にて瞑想を行っていたのです。少しでも魔力を高め、蓄積せねばなりますまい!」
瞑想などしていない。こいつは夜を徹して映画を見ていたはずである。
昨夜、覇王の部屋から解放された俺は苛立った様子の不死王に遭遇している。
どうにもビデオデッキの使い方がわからなかったらしい。確かに説明書は日本語で書いてあるし、ボタンもたくさんあって操作がわからないのも無理はない。簡単に教えてやると、その細長くて硬い手でガッチリと握手された。
それから奴は部屋から出ていない。
「支配人よ。貴様も不死王の武勇を願ってはもらえぬか。不死王は此度、少し長めの遠征へと赴くのだ」
「覇王よ。長引く事はありますまい。彼奴らなど、我が一撃で葬ってくれましょう」
どうやら不死王は戦いに行くらしい。
「勇者など名乗ろうとも、所詮は人の子。我が配下の仇討ちの意味も含め、骨すら残さず消し去ってくれましょう」
力強く宣言すると、眼孔に青い炎が燃え上がり、揺らめいた後に消える。
「もっとも、少々遠方である故。移動の時間だけはお許し頂きたく」
「期待している」
なるほど、と俺は胸の内で手を打つ。つまり不死王は長旅を前にして、どうしても映画を手に入れたかったのだろう。移動中に、あるいは出先での日々の暇を潰すために、今回の買い物が必要だったのではないだろうか。
唯一の懸念があるとすると、向こう側でテレビが使えるかどうかである。発電機ごと持っていかなければ使えなさそうだが、そこは考えてあるのだろうか。
ちなみに、勇者とか言ってた気がするが勇者と戦うのだろうか。さすが魔王である。
不死王と覇王が会話に華を咲かせている時、ふと俺の携帯が鳴った。こんな朝から一体誰がと見れば、名月からである。二人に断ってから電話に出ると、名月は淡々と頭の痛くなる話を報告してくれた。
「支配人、話題になっています」
何が、ではない。誰が、である。
名月によると、昨日パークに浮遊する謎の骸骨が現れ、その動画や写真がネットで話題になってしまっているそうだ。言わずもがな不死王である。
隣に魔王然とした奴がいるので、何かのコスプレかゲリライベントだと思われたのは幸いだが、そのせいであの骸骨はどうやって浮いているのか、という話題がネット上で燃え上がってしまっている。そんなもん俺だって不思議だ。
名月の言う通り、浮遊については言い訳のしようがない。コスプレの領域を越えている。
「パークへの問い合わせが殺到しています。政府もこの事態を重く見ていると連絡をしてきました。どうしますか?」
パークとは無関係だと言い切ってしまうか、パークの演出だと認めるか。
選択肢はこの二つに一つだろう。
正直、無関係ですと発表したい。が、このふわふわ骸骨は今日また来る。それも、自分の贈ったゾンビの活躍を見に来る。
「……背に腹は代えられんか……」
俺は幾通りかの展開を考えてから、陸奥を呼ぶように伝えた。しばらく待つと、電話越しにむっちゃんが現れる。
「陸奥です!」
「不本意だが……非常に、不本意だが……。例のゾンビのショーはもう企画として出来上がっているのか?」
「あ、はい! みんなからも、いいね! って言ってもらえました!」
「それを今日のパレードの裏、あんまり目立たない所でやる。ぶっつけ本番だが、出来るか。不死王が見に来る」
「えぇ? ヘバナさんが来るんですか? お客さんびっくりしませんか……?」
「ステージに上げろ。特別席という事にして、隅で立っててもらう」
「い、良いんですか? そんな事して」
「仕方ないんだ。不死王が隅に立っている事を含めて、ショーの立ち回りを考慮しろ。今日の夕方のパレードに合わせてやるからな。わかったな。頼むぞ」
不死王はゾンビを見に来る。しかもゾンビが活躍している所を見に来る。であれば、もういっそ不死王をパークの出し物だと公に認めて、ステージに置いた方が丸く収まるだろう。
どうやって浮いているのかなんて、企業秘密の一点張りである。昨日は話題作りのデモンストレーションだった事にしよう。
ゾンビ達も、あれだけ統率された動きが出来る連中だ。下手なダンスを見せる事もないだろう。
試しに俺も手元の携帯で検索をかけてみると、不死王がふわふわしている動画が火を噴いていた。
「不死王、本日の予定なのですが……」
俺は不死王との交渉に入った。報酬はホラーゲームでどうだろうか。
夕日が眩しい中、目を細めた俺は赤く染まるドクロを見上げた。逢魔が時の斜陽に照らされた人骨は、返り血を浴びたかのように鮮やかであった。
「今回は訓練の一環としまして、人間へ向けたショーを行います。初のお披露目と相成りますが、不死王には特別に、壇上にお席を用意致しました」
じきにパレードが始まる頃合いに、俺は不死王と二人でパーク内の事務所に立っていた。
覇王はどこぞの有名声優のイベントライブに参加するそうで、いやはや覇王様の本格志向には頭が下がるばかりである。
俺にはそこまでする必要性が全く感じられないが、妥協しない事は王の義務らしい。
覇王様についてはさておき、俺は不死王の前に丁寧なお辞儀で頭を下げていた。不死王は機嫌良さそうに頷いている。
「もうしばしお待ちを。準備が整い次第、会場へご案内致します」
「うむ」
こっそり携帯から確認すると、名月から連絡が入っていた。メッセージを確認した所、どうやらあまり凝った演出や舞台は整えられなかったものの、とりあえずショーとして成立する程度には整ったらしい。半日程度の突貫工事をよくやり遂げてくれた。今は陸奥とショーの内容を打ち合わせている段階だそうだ。
と、さっそく名月から着信。準備が出来たのだろうかと受け取ってみると、名月はいつもの淡々とした調子を若干だが崩していた。焦っている。トラブルだろうか。
「支配人、早急にお耳に入れたい事が」
不死王をソファに座らせると、俺は一旦部屋の外へ。何があったのか聞いてみると、何とも端切れの悪い返答。
「陸奥の用意した企画の内容なのですが、何と言うか、その、恐らく我々が想像していたものと違います」
「……わかった。むっちゃんだしな。多少は目をつぶろう。振付師とか用意してないし、あまり出来の良いダンスまでは期待していない。とは言え、あのゾンビ娘の動きは優秀だ。とりあえず客前に出して大丈夫な振り付けなら、それで良い」
当パークのショーは、音と光に合わせての演劇仕立てのダンスショーが基本である。むっちゃんに大したものは最初から期待していない。多少のダメさは許容するしかない。今日一日だけ乗り切れば良いのだ。
パークにとって毎日こなす事だが、見る観客にとっては今日が全てだ。覇王ではないが、妥協して良いものではない。とは言え、あのゾンビ娘らの動きなら及第点はやれるはず。
熟練のダンサーよりも動きに乱れがない程なのだから。心配なのは、むっちゃんの用意した振り付けくらいである。
「いえ、支配人。事はもっと大きく、ズレています。何を思ったのか、陸奥はゾンビたち主演のヒーローショーを計画していました」
「んっふぅん?」
変な声が出た。
「ダークエルフの三人が敵役を演じ、ゾンビたちが戦うという内容のヒーローショーです。当パークではこの類のステージショーは行っておりませんし、何よりこのままでは、ゾンビたちを新しいキャラクターとして公に紹介せねばなりません。もう間もなくパレードの時間ですが、中止しますか?」
「ちょ、ちょいちょい、ちょっと待て。ちょっと待て名月」
俺は考える。顎に手を当て、まぶたを閉じての熟考である。
むっちゃんが用意していた企画はまさかのヒーローショー。大昔のデパートの屋上でやっていたような、地方の遊園地でやっているような、そんな内容だろうか。
当パークでそういう感じのステージショーをやった前例はほとんどない。ゼロではないが、断じて観客の誰も知らない新キャラクターで行った事はない。
名月の言う通り、このまま公演した場合、あのキャラクターは何者だと説明する必要が出て来る。こんなショーは却下である。論外だ。
だが、不死王の手前もある。今更ここで中止には出来ないだろう。その時には、何故中止にしたのか理由が必要になってしまう。
適当な理由で説明しても良いが、その時には遠くない将来にまた来るだろう。間違いない。こいつは、必ずまた来る。人間のホラーを求めて必ずやって来る。その時に、ゾンビ本人からの聞き取りで今回の事が知れるとまずい。
やらなければならない。
「む、陸奥に代われ……」
絞り出すように出た言葉はそれだけで、名月は速やかに電話を交代した。
「陸奥です!」
むっちゃんはいつも元気だ。
「ヒーローショーをやるらしいな。どういう事かわかっているのか?」
「はい! 超、盛り上げます!」
「他の内容……例えば、普通のダンスショーみたいな内容は用意していないのか……?」
「あります!」
あるんかい! 俺は胸の内ではなく、口に出した。
「あるんかい! ……じゃあ、それで行け。ヒーローショーなんか無理にやる必要はない。観客だって、知らないヒーローが出てきても意味がわからないだろう。いいな、今すぐ普通の、素敵な、ダンスショーでやれ」
そして名月を安心させてやれ、と続けようとした俺は気づく。こんな質問と確認を名月がしていないとは思えない。
案の定、むっちゃんは困ったように言った。
「それが……。みんな、不死王が来るならダンスショーはやらないって言うんですよ……」
「……何故だ。不死王はそんなに嫌われているのか。……セクハラ問題か? だが奴がエロ骸骨なのは人間製のお化けに対してだけだろ」
「あたしも最初はヘバナさんが気持ち悪いから嫌なのかな? って思ったんですけど、そうじゃないんです」
こいつ、不死王をそんな風に思っていたのか。
「みんな物凄いやる気で、ヘバナさんに良い所を見せたい! って張り切ってるんです。だから一番自信のあるヒーローショーをやりたいって、言う事を聞かないんですよ……」
なんだそりゃ。
「なんだそりゃ」
思わず声に出てしまう。そんなの良いから普通にやってくれ、と指示しかけて、やはり名月の事を思い出す。
名月がその場にいて、出来る限りの全ての指示を出さない訳がない。名月でダメなら、恐らく俺が何を言った所でゾンビ達の意思は変わらないだろう。
「で、でも支配人! みんな凄いやる気で、それにこれはこれで完成度が凄く高いんですよ? お客さん、大喜びの自信あります! 絶対びっくりしますから!」
「……ダメだったらどうする。俺たちにはその場しのぎでも、見る側はそれが全てだぞ」
「絶対に、大丈夫です! だって魔法とか使うんですよ? 普通に可愛く踊るよりも、ずっと素敵ですよ! 魔法ですよ?」
魔法か、と俺は考える。
確かに、魔法を使うなら素晴らしいものになるだろう。何せ演出ではなく本当に本物の魔法だ。
……とは言え、別にダンスの最中に魔法を披露するのでも良くはないか。
「あたしも魔法はまだ見てないんです。不死王が来るなら魔法をやる! ってみんな言ってて……。まさか魔法が使えるなんて、あたしも知りませんでした」
どうやらゾンビどもの意思は相当に固いらしい。俺は溜息で返した。
「……わかった。ショーが大成功なら、本格的にキャラクターとして売り出す方針も検討だけはしてやる。どのみち、パレードの裏でやるのは人が集まらないようにするためだ。そこまで大勢は集まらないだろう。ただし、今後は不死王がいなくても魔法を使う事が条件だ」
「ありがとうございます!」
俺は脱力感のあまり、通話を切る。あとは名月に任せた。指示さえ出せば、むっちゃんと違って、もう一人の俺がその場にいるかのように対応してくれるだろう。
名月は有能なのだ。むっちゃんとは違う。
「しかしそのむっちゃんに託すとは……。本当に大丈夫なんだろうな……」
もはやゾンビたちの異様なやる気と、その魔法による奇跡を信じる他なかった。