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東京テイルズパーク  作者: 蛇子
3/21

交流食事会御一行 様


 中央エリアを抜け、海中エリアや砂漠エリアなどを巡る。

エリアを移動する度に景観が大きく異なるのは、様々な世界を次々と移動するというコンセプトでパークは作られているためである。まさか本当に別の世界の客人を迎えるとは思っていなかったが、一行は時間をたっぷりかけながら各エリアを楽しんだ。


 妖精王は景色や展示物を見て楽しむタイプの乗り物を好み、覇王は激しいものを好んだ。竜王は食べ物の屋台を次々と食い荒らし、個々人が思い思いに満喫している様子である。


 不死王はどういう体の仕組みなのか、頻繁にお手洗いに行きたがった。しかも一度行くとしばらく戻って来ない。陸奥か名月のどちらかを付き添わせているのだが、どうにも本当にお手洗いに行っている訳ではないらしい。

口止めされたと言って陸奥は口を割らなかったが、少なくとも名月が同行した分の行き先はお化け屋敷であった。動機はどうあれ、そんなに気に行ってもらえたならお化けの雇用は期待できるかも知れない。

 覇王は不死王が度々いなくなっても気にしていないようで、一度も不死王の行き先を聞いてくる事はなかった。


「…………」


 アトラクションに乗っていない時の覇王は、動く展示物がある度に足を止め、じっくりと観察して離れない。ティラノサウルスの時もそうだが、この覇王は動く物に異様に興味を示すらしい。


「お気に召す物がありましたでしょうか?」


 歌うカエルの前で、食い入るように見つめる覇王に思い切って訊ねてみる。


「……余はゴーレムによって覇を得た」


 覇王はどうやらゴーレム使いらしい。

 ゴーレムと言うと、土や鉄で出来た動く巨大人形みたいなイメージがある。

ファンタジー作品にそう詳しい訳ではないが、ゴーレムを使いこなす魔王だなんて珍しい。こんなに強そうな見た目をしておいて、意外な戦い方である。

 オーラまで出せるのに。


「余のゴーレムは一騎当千にして無双の活躍を成した。余はゴーレムの深奥を極めたつもりでいたのだ。此度の遠征も、人間の作った脆弱なゴーレムなど相手にもならぬと踏んでいた。人間の魔力程度では、ろくなゴーレムを生み出す事はできまい。動かす事もそうだ。しかし、蓋を開けてみればどうだ」


 覇王は歌うカエルを睨み付けた。


「先ほどから次々と現れる、このゴーレムの素晴らしさよ。この世界の人間は魔力すら持たぬという。故にその人間が生み出したゴーレムは、魔力を一切用いない。……魔力なき者がゴーレムなど作れぬと、軽視していた事を認めよう。そして、これだけの数と質に敬意を示そう。貴様ら異世界の人間は、余ですら知らぬゴーレム技術を有しているのだ。誇るが良い」

「……光栄です」


 覇王の感覚では、自動で動く物は全てゴーレムらしい。

俺の知っているゴーレムはそんな雑な感じではないのだが、このゴーレムというのも結局は意訳であるので、正確な所は不明だ。


「できる事ならこのゴーレムを持ち帰り、その秘密を解き明かしたいものだ。余は貴様らに敬意を示すが故に、その技術を武によって奪う事は決してせぬ。武によって得られるのは即物的な物のみだ。学問も芸術も文化も、武によって奪う事はできぬ。しかし、その一端を知る機会を得たい。正当な対価を支払う故、このゴーレムについての知識を得られまいか」

「名月」

「はい」


 正当な対価。その言葉で俺は背後の名月を振り返った。


「倉庫に歌うカエルの予備があったな。覇王様に幾つかお包みしろ」

「承りました」


 こうして俺は、覇王から本日初めての笑顔を頂く事に成功した。




 そして、昼食の時間と相成る。

 パーク内のホテルレストランを貸し切りにし、覇王一行を席へと案内。妖精王を除いてメニューの字が読めないので、食べたいものを言ってもらえれば可能な限り用意すると伝えた。

 この日のためにあらゆる食材を用意したので、それこそ異世界の料理でも要求されない限りは対応できるはずだ。

 そして、それぞれがギャルソンに伝えたのは以下の通りである。


「余には寿司と天ぷらとカレーラーメンを」

「この竜王には神戸牛を三頭ほど丸焼きにして出せ」

「我は物を食わぬ」

「あたしは牡蠣とスッポンとマムシ」


 以上の注文である。

 何と言うか、日本にきてどういう接待をされたのかが若干だが垣間見える。


 神戸牛だけ丸ごとは無理なので、三頭相当の肉をステーキにして出す事になる。妖精王だけやたら精のつく食材を要求しているが、一体どういう理由なのだろう。

 何はともあれ、不死王あたりが人間を生贄に出せなどと言わなくて良かった。骸骨の食事はいくら何でも想定していない。


「では、お食事の用意が出来ますまで、しばしお時間を頂戴致したく思います」


 俺は食事時を狙ってどこからか現れた大間に目配せすると、指でオーケーのサインを返される。政府から得た条件をここで活用するのである。言わばこのタイミングこそが最大の正念場と言えよう。

俺は名月が資料を用意するのを視界に入れながら、立って覇王を見る。


「二つの世界のこれからについて、各王とお話する許可を願えますか?」

「よかろう。無礼を許す」

「感謝致します」


 そして俺は各王に向けて、言葉を繋げる。あらかじめ陸奥には黙っているよう指示しているので、余計な事は言わないはずだ。


「近い将来、そちら側からこちら側への移民があると私共は考えています」

「それは有り得るだろうな」


 不死王が頷いている。


「その際、こちら側での就労について、当テーマパークは受け入れの用意があります。魔法を初めとした、こちら側にはない数々の魅力がお客様を魅了する事は明らかです。通常の給金より更に多く、待遇も特別枠で雇用する予定でいます。もし詳しい資料が要りようでしたら、すぐにでもご用意致します」


 今回、この一行を受け入れた最大の目的に俺はとうとう触れた。

 具体的には、ドラゴンや妖精や幽霊、それからエルフとかドワーフとか、その辺のファンタジーな住人が欲しい。あるいは人間であっても、魔法が使えるならそれで良い。


「あらぁ……。良い話じゃないかしら。多分、話を聞いたらここに来たがるのも何人かはいると思うし」


 気だるげに妖精王が反応する。しかし、瞳が妖しく発光した。


「でも、この話をあたし達に持ってくるって事は、覇王様傘下の戦力を引き抜きたいって事でしょう? 人材の流出をただ黙って見逃せって言うの? あたし達のメリットって何?」


 あまりに痛い所を突くが、こんな事で諦められる機会ではない。


「こちら側からの技術や、物資、物品を移民が持ち帰る事もあるでしょうし、そうした交流こそが益になるのでは、と私共は考えております」

「あぁ……。確かに技術は目を見張るものがあるしね」


 この点については覇王のお墨付きである。しかし妖精王の瞳は変わらない。


「で、そんな事して。覇王軍がここに侵攻を開始する戦力が整ったらどうするの? あるいは、覇王様がその技術に略奪の価値を認めたら?」

「……っ!」


 びり、と一瞬にして空気が凍り付いた。この場にいる全員の呼吸が張り詰めていくのを感じる。

しかし、その空気を切り裂くように覇王の片手が上げられる。


「やめよ。余に略奪の意思はない。少なくとも今は友諠を語る場である。互いに益のある関係を、余もまた望んでいる」


 覇王の言葉に、冷たい空気が氷解した。ほっと息を吐くと、妖精王が頭を下げる。


「申し訳ありません」


 そんな妖精王に覇王は片手を振って応じる。


「よい。お前の言い分もわかる。しかし、この世界から余の世界に流れる移民もいよう。余の側から流れるだけではないはずだ。それを以て、この話を続ける事を許す」


 俺は気を取り直して笑顔を作った。まだ交渉は終わっていないのだ。


「……覇王様も言われますように、今後こうした交流を続ける中での、自然な流れの一部として私共も考えています。決して無理やりなお誘いではありません」


 そして本題に入りなおす。


「差し当たって、竜や妖精、エルフやドワーフ、幽霊と言った方には、特に好待遇でお迎えする用意もしてあります。幸いにして各王がいらっしゃる事ですし、どうぞご検討なさっては頂けないでしょうか」


 ここだ。ここで、良い返事が欲しいのだ。

 最初に口を開いたのは、竜王だった。

 しかし首を捻って唸っている。


「竜は力なき者、武勇なき者には従わぬ。貴様ら人間に、竜より強くあれとまでは言わぬが……。竜が従うだけの、相応の武勲を挙げた者がいなければ話にならん」


 そんな理由で引き下がってたまるか。


「では仮に、という話ではありますが。信頼に足るだけの実績を持つ人物の元でならば、それは可能という事でしょうか?」


 単なる実績だけで良いなら、オリンピック選手でも格闘技チャンピオンでも何でも良い。名義だけ雇った事にして、それで納得してもらおう。


「その通りではある、が……」


 何やら言いよどむと、竜王は溜息と共に続ける。口の端から火の粉が舞った。


「竜は、食うぞ。貴様ら人間の考える飯の量の、その想像を遥かに越えた量の飯を食う。この竜王とて、人界に来るためにこの大きさまで体を縮めて、それでなお相当に堪えているのだ。未だこちらの世界で腹いっぱいになど一度もなっていない」


 一度に牛三頭も食うのに、まだ足りないらしい。


 そして今の時点でも相当に巨体だが、どうやら体を縮めているらしい。縮める、というのが全く理解できないが、真の姿みたいなものがあるのだろう。


「それに竜は縄張りも欲するぞ。小さく、おとなしい竜を見繕ったとしても、相応の広さを必要とする。とても自らここに来たがる竜がいるとは思えん」

「……名月、仮に牛三頭……いや、五頭くらいを一食分として、竜を雇ったらどうなる。縄張りに使うスペース確保の工事費用もざっくり含めて」


 竜の集客力など天井知らず。計り知れないだろう。諦めきれず、名月にこっそり試算させてみる。


「……恐らく半年程度で、異世界用の特別予算を全て使い果たすのではないかと……」


 ぐぬぬ、と胸の内で悔しさを飲み込んだ。


「承知致しました。竜についての無知をお許し下さい。ですが、もしもの時は遠慮なく仰って下さい。竜がやって来たとなれば、こちらの世界では誰もが大喜びします。特別待遇で、出来る限りの事はさせて頂きますので」


 うむ、と竜王が頷いた。竜は期待できそうにない。となると、時点で幽霊か妖精が欲しい所だが果たして。

 と、妖精王がひらひらと片手を挙げた。


「エルフと妖精なら、あたしの管轄だけど……多分、無理だと思うわぁ」

「……と、言いますとやはり食事ですとか、生活様式ですとか、そう言った事でしょうか?」

「んー……」


 妖精王はしばし腕を組んで悩むと、続けた。


「あたしもそうだけど、ダークエルフは快楽と魔導に堕ちたエルフなのよ。だからそもそも、労働自体が向いてないと言うか……。あたしくらい格が高いとそうでもないんだけど、大体のダークエルフは自分のやりたい事しかやれないし、気持ちが良い事以外は何もしないと言うか、何と言うか……」


 あぁ、妖精王はダークエルフなのか。だから肌が紫色なのだろうか。

などと、どうでも良い事を考えながら俺は父親の遺した運営マニュアルを思い浮かべる。やる気のない若者を働かせる方法、という内容もあったはずだ。それを試す事はできないだろうか。

 と、言うかダークじゃない普通のエルフはどうなのだろう。


「普通のエルフは森から出ると、まぁ大体それだけで死ぬし……。妖精なんかは、そうねぇ……。まともな会話が成立する方が少ないかしら。人に優しい妖精も中にはいるけど、労働なんて絶対に無理ね」


 ダメだこりゃ。

 なんとか口に出さなかったが、森から出ると死ぬのはどうにもならない。パーク内に植林して森林を作っても良いが、そこから出るだけで死なれたら仕事にならない。エルフは諦めよう。


「それに、あたしたちはノンケでも食っちまうんだぜ?」

「は?」


 咄嗟に名月を見ると、首を振っている。


「翻訳が上手く機能していませんね」

「ノンケでも食っちまうんだぜ?」


 陸奥も首を振っている。


「申し訳ありません妖精王。翻訳が上手く機能していないようです。もう少しわかりやすい言葉でお願い出来ますでしょうか」


 言ってみると、妖精王は微笑む。


「あらぁ、そう言えば意訳でしか伝わってないものね。日本語で話すわ」


 さすがと言うか、やはり妖精王は日本語を習得していた。

 今までは片耳から翻訳、もう片方の耳からは本人の話す異世界の言葉が聞こえていたのだが、妖精王が日本語で言い直す事で両耳に同じ言葉が聞こえる。


「ノンケでも食っちまうんだぜ?」


 そして俺たちは、ダークエルフが快楽に堕ちる仕組みについて細かく聞く事ができた。

 聞かなくても良い話だったのだが、ダークエルフの個体によっては子供たちを襲いかねない事がわかってしまった。論外である。


 しかしこのままでは、あれもダメこれもダメで異世界の住人を雇う事ができない。何とかせねばと、内心の焦りを隠していた時に不死王の手が上がった。


「我が眷属なれば提供できる」

「本当ですか!」

「うむ。今すぐにでも可能である」

「それは素晴らしい!」


 思わず声が大きくなってしまう。お化け屋敷に本物のお化けが来るとなれば、これは実に素晴らしい。お化け役の従業員に対して、本物の演技指導までやってもらおう。


「なに、先ほどの話にも技術供与の話があったであろう? 我が研究に一役買うというのであれば、好きなだけ我が眷属を雇い入れるが良い」

「……と、言うと……。具体的にどういったものでしょう?」


 研究に際しての資材や資金の提供ならできるが、技術とはどういう事だろう。


「大した事ではない。あのお化け屋敷とやらの、我が同胞。あれらを……そう、まぁ、何と言うか、我が研究に差し出すのだ。同じだけの数の我が眷属をやろう」


 その瞬間、妖精王が勢いよく吹き出し、笑い出した。陸奥に至っては汚いものを見る目で不死王を見ている。

 だが俺は不死王の言葉を非難しない。良いのだ。不死王だって男だ。不死王にとってこれはチャンスなのだ。仕方ない。本当に、仕方のない事なのだ。


 しかしこうなると、あれは作り物だったとは言いづらい。まさか本当に従業員を不死王に引き渡す訳にもいかない。残念だが他の条件を探るしかないだろう。


「申し訳ありませんが、あのお化けは……」

「わかっておる。腐臭であろう?」

「……腐臭?」


 思いもよらぬ言葉に、俺は返答に詰まる。だが不死王は何の問題もないように続けた。


「お化け屋敷では、我が同胞特有の腐臭や死臭が一切しなかった。これは何か特殊な製法を用いていると見た。まさに、こちら側の技術なのであろう。おそらく、人間への配慮と見た。我が提供する我が眷属を雇い入れる際は、好きに作り変えるが良い。手間であるならば、こちらで処置しても構わぬ。その際は技術を教えてもらう事になるがな」


「ま、待って下さい。腐臭がするんですか?」

「それはそうであろう。我が眷属や同胞の中でも若い娘などは、自分の臓物を引き抜いて、代わりに花や香草を腹に詰めたりしている。しかしそれでも、無臭とはならん。腐り落ちた肉は取り換えるか、我のように骨だけになるのが普通だ。もっとも、我のように骨のみとなるにはそれを支えるだけの魔力が必要となるがな」


 アウトだ。腐臭の漂う従業員など完全にアウト。


「その……肉体のないタイプ……みたいな方はいらっしゃいますか?」

「ゴーストという事か? ない事はないが……。魔力もない人間を相手にするのであろう? どうせ見えぬだろうし、そもそも人間が下手な触り方をすると死んでしまうのでは?」


 スリーアウトである。三人の各王が紹介する人材はどれも願い下げであった。


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