異世界魔王御一行 様
「ほぉ……。人間界のゴーレムか」
覇王の第一声がそれだった。パーク内は幾つかのエリアに分かれているのだが、順路通り行くと最初に当たるのが恐竜エリア。その入り口から既に覇王は時間をかけていた。
「これも魔力を使わないゴーレムか。この大きさで魔力なしにこれだけ動くとはな……」
顎を上下させて吠えるティラノサウルスである。その動く様を、腕を組んでじっくりと見入っている覇王。
「ぐわはは! とは言え脆すぎますな! この竜王ならば、一息で吹き飛ばして見せましょう!」
豪快に言うのは竜の人だ。竜の人は竜の人としか言いようがない。
顔が竜なので無表情に見えるが、聞いている限りだと感情豊かな人柄らしい。
骸骨の人は興味なさげにふわふわしているし、妖精王のお姉さんは興味なさげに携帯を見ている。
……携帯?
「名月、あれは携帯に見えるが……」
「はい。どうやらお持ちのようで」
「すごいな……。こっち側の世界に来てまだ日も浅いはずだろう? あっち側とは言語も文字も違うだろうに、もう携帯を使えるのか」
一行と少し距離を取った俺と名月がやり取りしていると、陸奥がこそこそと妖精王に後ろから近づいて行くのが見えた。
「あのぉー……」
あのバカ! と止めに入ろうと思った時には既に遅かった。恐れ多くも魔王の一角に、陸奥は自分の携帯を持って話しかけに言ったのだ。
「なぁに?」
妖精王が携帯から顔を上げると、陸奥は自分の携帯を差し出すようにして、言ってしまう。
「連絡先とか、交換しませんかぁ?」
申し訳ありません今すぐにこいつを……と、割り込みかけるが、妖精王は微笑んだ。
「えぇどうぞ。あたしはマイネイ。妖精王にして否定を司る魔人、南方魔界方面軍総司令にして、三幹部の一人。よろしくお願いね」
「はい! あたし、陸奥です! むっちゃんって呼んで下さい!」
物凄い肩書の相手に、全く怯える様子がない。陸奥は意外と大物なのかも知れない。などと思いながらも、それでも陸奥を即座に止めに行けなかったのは竜王が視界にチラついていたからだ。
「覇王よ、先の件は詫びたはず。この竜王アレネンタの力をお疑いか?」
「アレネンタ。貴様、異世界の者の前で恥を晒せと?」
覇王と竜王の空気が険悪だったのである。
陸奥に気を取られて、何がどうしてそうなったのかまでは把握できていないが、どうやらまだティラノサウルスの事で言い合っているらしい。
「魔法防御のないゴーレムなど、この竜王の吐息の前では吹き飛ぶ他ないと思うが」
「愚かな……。魔力がなくとも動いているのだ。魔法防御に相当する防御機構があると見るのが妥当であろう。先の失態、貴様は詫びたなどと申すが、それを忘れるなどと言った覚えまではないぞ」
ぎらり、と覇王の目が妖しく発光した。俺は妖精王と楽しそうに語らっている陸奥を一度無視する事とし、名月にこっそり相談。
「ティラノサウルスなんだが、あれを壊されたらどれくらいの損害になる?」
すると、名月にしては珍しく小首を傾げた。
「業者に見積もりを依頼してみないと正確にはわかりませんが……。何故そんな事を?」
「んん?」
俺は竜王に視線を戻す。自分ならティラノサウルスは一撃だ、とまだ言っている。
「このままだと、じゃあ試しにやってみようか、くらい言い出しかねないだろう。あの強そうな竜王だ。ティラノサウルスなんか簡単に壊されるぞ」
「仰っている意味が……。竜王の方がどうしてそんな事を?」
「いや、今そういう話を……」
そこで俺は違和感を覚える。竜王と覇王の会話にもう一度集中し、名月にもそう促した。
「あの城など一撃だ、などと言って三度の攻撃を必要としたな。くだらない失態を余の前に晒した事、まさか貴様自身が忘れたのか?」
「し、しかし……。このゴーレム程度なら、見間違う事なく一撃で……」
「失望させるなよ竜王」
この険悪な状況をどう見るのか、名月に聞いてみる。が、きょとんとした顔で答えられた。
「微笑ましい限りかと」
お前はどう受け取ったらそう見えるのか。と、思ったのも束の間。
「魔界かくし芸大会? というイベントの思い出話ですよね?」
んん?
「えっ、覇王様のお誕生日パーティーの話じゃないんですかぁ?」
んんん?
「ちょっと待て、一回集合しろ」
俺は名月と陸奥を呼びつけた。そして一行から少し距離を取って額を突き合わせる。
「何の話をどうしていたか、答え合わせをしよう」
結果。翻訳機の意訳が強すぎる事がわかった。
特に俺の翻訳機がポンコツらしい。名月と陸奥の話は互いに大体一致しているが、俺だけ全然違う話に聞こえていた。
特に竜王なんて、最初からずっと訛りのキツい関西弁を話していたらしい。俺の翻訳は全然そんな感じじゃない。
試しに耳栓を交換してみたのだが、あくまで翻訳機の個体差ではなく、翻訳機を使う者の個人差が問題らしい。さすが魔法。理不尽である。
「こ、これはまいったぞ……」
陸奥の言葉を信じるならば、覇王様の口調もわりかしフレンドリー! らしい。自分の事を余とか言って聞こえているのは俺だけだ。覇王は絶対フレンドリーな事を言っている表情ではないので、そこは陸奥の翻訳がおかしいとは思うが、自信はない。
何が意訳だ。ほとんど意思疎通が出来ていない。大間め、適当な事を。
一行はまだ、恐竜エリアに入ってすらいないと言うのに。
やはり俺の翻訳がおかしいようで、一行は特に何を破壊する事もなく順路を巡った。覇王が事ある毎に立ち止まって観察するので、遅々として進まない。各王たちが文句も言わずに従っているので、俺たちには是非もない事だが。
道中、ジェットコースターの前で覇王が立ち止まると、こんなもの何でもない、と竜王が笑いながら乗り込んだ。
正直、竜王あたりは普段から空を飛び回っていそうなので不評かと思ったが、これが意外にそうでもなかった。乗っている間ほとんど叫んでいた竜王は、降りた所にあるベンチに腰掛けると見るからに疲労していた。
「ふははは! 竜王アレネンタよ! お前ともあろうものが、その体たらくか!」
覇王が実に愉快そうに笑った。ふははと笑う人を初めて見たが、実に様になっている。
「しかし覇王。あれは魔力もなしに動いているのだ。にも関わらず、あの動き。生きた心地もしないと言うもの。この竜王を臆病風に吹かれたと笑うなら、まず御身で乗ってみるのが先と思うが」
「余は乗らん」
「覇王!」
ジェットコースターの前で、乗る乗らないと男二人が揉めている。
楽しそうな光景に目を細めていると、覇王は意地でも自分では乗りたくないらしい。今まで一言も発していない、浮かぶ骸骨に指を向ける。
「ただ走らせるだけの鉄の箱が、あれだけの動きをするのだ。それを人間の知恵のみで行っているという。不死王よ、興味をそそられるのではないか? あんな物に余は乗らんが、貴様は竜王と乗って、それがどんなものかを確かめて来るが良い」
すると不死王は初めて言葉を発した。威厳ある、どっしりとした声である。
「何故、我が名を呼ぶ。あれに乗っても平気と嘯いたのは彼奴のみであろう」
「では不死王よ。お前もあれに乗るのは恐ろしいと?」
「そうは言っておらぬ」
「では乗ってみるが良い」
「覇王、その言葉は御身にも跳ね返ると知って頂こう」
妖精王は相変わらず携帯を見ていたが、ちらりとジェットコースターのレールに目をやる。三回転ループに視線を止めると、怯えたように目をそらした。あたしは嫌よ、と一言素直に言うと覇王から距離をとる。
結局、すったもんだの末に覇王を含めた男三人が乗る事になった。
竜王は既に一度乗ったのに、覇王の命令で再度乗せられてしまった。三人とも悲鳴を上げていたが、降りてきた覇王は興奮気味にジェットコースターを褒め称えた。
絶叫系のアトラクションは覇王に好評らしく、覇王は恐竜エリアにある絶叫マシーンを片っ端から試していた。不死王は途中から慣れたようだったが、竜王だけは最後まで嫌がっていた。
覇王は嫌がる竜王を無理やり付き合わせる事に面白さを見出した様子であり、何ともひどい上司である。
恐竜エリアを抜けると、次は中央エリアである。ファンタジー要素はないが、お洒落な建物が並び、大きな広場とステージがあり、全てのエリアに隣接している。
「ここは街を模しているのか?」
覇王が呟くと、妖精王が反応する。
「ここには変な乗り物はないのね。何か面白いものないの?」
きょろきょろと辺りを見る妖精王に、俺より先に陸奥が答えた。
「ここはお化け屋敷が目玉ですよ!」
「あら」
その通り。このエリアにはいわゆるお化け屋敷があり、なかなかの人気を博している。
しかし、もし答えるのが俺か名月であったらお化け屋敷など軽々に出さなかっただろう。むっちゃんのあほめ。本職のお化けが一行にいるのが見えていないのだろうか。
「お化け屋敷?」
よりにもよって、その本職であろう不死王がぴくりと反応した。
「で、あるならば。我が様子を見て来よう」
本職の中の本職、プロ中のプロ、浮かぶ骸骨が名乗りを上げてしまう。こんな奴を相手に怖がらせるも何もあったものではない。
しかし、どの道この展開は避けられなかったものでもある。
「支配人」
「あぁ。わかっている」
緊張した様子で名月が俺を見た。
異世界からの雇用には、絶対に本物のお化けが欲しい。この不死王がお化けの親玉である事など明らかだ。交渉のためにも気に入られる必要がある。
陸奥は何も考えずにお化け屋敷を推薦したのだろうが、重要なポイントだ。
「よかろう。不死王よ、行くが良い」
「御意に」
どうやら不死王が一人で行くらしい。
全員で不死王を見送ると、ふわふわとお化け屋敷の入り口に消える。スタッフのみんな、頼むぞ! と願わずにはいられない。
一分、また一分と時間が遅く流れ、心臓が跳ねるのを感じる。せめて、不死王を見て逆に怖がったりだけはしないでくれよと拳を握る。
何の声も音も中からは聞こえてこないまま、しばらくすると不死王が物凄い速度で出てきた。
出口ではなく、入り口から大慌てで出てきたのだ。もしや、人間製のお化けが思ったよりも怖くて引き返してきたのでは、と俺は期待する。ジェットコースターがそうだったのだ。不死王が怖がってくれたとしても、不思議ではない。
しかし、不死王は戻ってくると同時に、俺の額にその細長い指を突き付けた。
「貴様!」
激怒している。どうやら、やってしまったらしい。咄嗟に頭を下げる。
「破廉恥な!」
「申し訳ありま……! ……え?」
「なんたる、なんたる破廉恥な!」
不死王は確実に怒っている様子なのだが、どことなく本気で怒っている感じがしない。怒っているポーズというか、そんな感じだ。
「不死王ヘバナよ。中で何を見た」
「おぉ、覇王よ……。あれはあなたに相応しくない。あの中では破廉恥極まる連中が、諸手を上げて待ち構えていたのだ」
「詳しく申してみよ」
「……実に扇情的な我が同胞が居並び、その痴態で我を誘惑せしめんと迫って来るのです。あんな下劣なものを覇王にお見せするなど、無礼である事甚だしく……」
不死王、と言うか本職のお化けにとって、作り物あるいはスタッフが扮するお化けはどう見えたのか。これっぽっちも理解できないが、そう見えるらしい。基準が全くわからない。
「支配人と言ったな! 貴様、よくも覇王の御前にあんなものを……!」
「申し訳ございませんでした」
平身低頭、心から謝罪すると不死王は落ち着きと威厳を取り戻す。
「……よい。謝る事はない。結果的に、我のみが入ったに過ぎぬ。覇王へ対する直接の無礼には当たらぬだろう。だが、後でこの件については話をさせてもらう故、そのつもりでいろ」
「大変、申し訳ございませんでした」
お化けの雇用に失敗した。そう俺が沈んでいると、妖精王がけらけらと笑い出した。
「文字通り、お化け屋敷だったってわけね!」
「黙れ。品性に欠ける冗談を覇王の耳に入れるな」
おそらく、お化け屋敷という言葉は妙な意訳がされている。