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東京テイルズパーク  作者: 蛇子
19/21

魔竜ジャバ公 様


 俺に失望した様子の大間は、もはや俺と会話する気すら失せたらしい。何も言わずに俺に背を向けてしまう。

 果たしてこれからどうなるのか。

大間の話ぶりでは、これから俺は無理やりにでもカメラの前で異世界について証言させられるのだろうが、一向にその気配がない。

ジョンの話では何かを待っているらしいが、一体何を待っているのだろう。


支配人。


「え」

「なんだ? どうした」

「あ、いや、何でもない」


 支配人、聞こえますか。


「……」


 頭の中に言葉が反響する。まるでそう、テレパシーでも受信しているような感じである。

 しかも何故か名月の声だ。


 きこえますか支配人……。今……あなたの心に……直接呼びかけています……。


 エコーのかかった名月の声が、頭にびりびりと響く。何だろうこれ。


 魔法か?


 声に出さずに、脳で聞き返してみる。すると即座に返答。


 はい。現在、シラカミさんの魔法を使っています。シラカミさんがそちらに急行していますので、もうしばらく時間を稼いで欲しいとの事です。あわよくば脱出して下さい。


 スラスラと頭の中に響く名月の声。あの勇者が来てくれるなら心強い。覇王ですら勇者がいればと言っていたし、彼が助けに来てくれるのは心強い。

 あわよくば脱出、なんて出来そうにないが。


 問題ありません。シラカミさんから確認を取りました。詳細は知りませんが、状況を打開する呪文があるそうなのでお伝えします。復唱して下さい。


「っ!」


 思わず息を飲んでしまった。もしや、俺にも魔法が使えるのだろうか。竜王は使えないと言っていたが、どうなのだろう。


 正確には支配人が魔法を使う訳ではありません。よろしいですか? 呪文の内容は……。


「……あぁ」


 自然と、口の端が持ち上がってしまった。ジョンらの不審そうな視線が集まってしまう。


「こいつは痛快だ」


 本当にやって良いのか? と思わず名月に問うてしまう。


 はい。あわよくば脱出して下さい。


 俺はパイプ椅子から立ち上がった。縛られていなくて良かった。こんな事、椅子に縛り付けられて言うものではない。


「おい、勝手に立つな」


 ダガーナイフも銃弾も、もはや恐れるに足らず。年甲斐もなく、俺は弾むような胸の動悸を抑えられず、右手を高々と掲げた。

 不発に終わる不安はない。こればかりは心から信頼できた。

そして俺は、その呪文の言葉を口にする。


「来い! ジャバ公!」


 宣言と同時に、俺を中心とした突風がジョンらに吹き付けた。そして俺の背後から、空間を破壊するように、としか表現できない現状が起きる。何もない空中にヒビが走り、その裂け目から黒く巨大な爪が現れる。

 距離を引き裂き、俺の呼びかけに応えたそいつは強烈な咆哮を轟かせ、とうとう地に降り立つ。


「ぎゃああああ!」


 奇怪な叫びを振り撒きながら、俺を守るように前へ。黒く巨大な体を持つその竜は、牛だって丸呑みにできる正真正銘の怪物だ。毎朝見てたからよく知ってる。

 愛着はあるが、毎度毎度どうしようかと思っていたその魔竜の名は、ジャバウォック。その目は言葉を狂わせ、その咆哮は人を狂死させる。

 

 俺の愛竜、ジャバ公だ。


「ぎゃあああ!」


 ジャバ公が吠える所など初めて見た。事前情報が本当なら、この声だけでジョンや大間はひとたまりもないはずである。

 ひとしきり吠えると、辺りを睥睨するように体を伸ばす。翼を緩やかに広げ、ふんふんと鼻息を荒くしている。


「ジャバ公……お前、こんな事が出来たのか……」


 ジャバ公は首だけ捻って誇らしげに俺を見ている。

 正直、ドン引きだ。


 何かの拍子に言ってしまった場合、そのうっかりで惨劇を招いていた可能性がある。こんな短い言葉、ふとした時に口にして何らおかしくない。

 こんな事が出来るのに、誰も俺に教えなかったのは頭がどうかしている。ジャバ公の事をよく知らないシラカミだってわかっていたのに、覇王たちが知らなかったなんて、まさかそんな訳もないだろう。これは覇王でなく魔王とか言われても仕方ない。

 しかし、事態は俺の思惑とは違う状況に転がった。


「魔法、また魔法ですか。まさかあなた自身がその恩恵を受けていたなんて、思ってもみませんでしたよ」

 片耳を抑えながら、よろよろと立ち上がったのは大間だ。他の連中も同じような様子で、ジョンに至っては顔をしかめるだけに留めている。


「すっげぇな。本物のドラゴンなんて、これ殺すより売った方が得だろ」


 物騒な事を言うジョンを視界に捉えつつ、俺はジャバ公に聞いてみる。


「ジャバ公よ、お前の声は殺人級だって聞いてたんだが」


 困ったように首をすくめている。


「……もしかして、三馬鹿やロットンと同じで力が出せないのか……?」


 おぉん、と切なそうな唸り声。

 まずい。

 何も殺す事はないと思っていたが、まさか何の効果もないとは思っていなかった。ジャバ公は竜王の管轄だろうか。加護とやらがないジャバ公など、普通の大きな動物である。


「生け捕りにはしません。射殺して下さい」

「残念だ。せめて竜殺しの英雄として、名誉だけは持ち帰るかね」


 ジョンが周囲に指示を出す。

 力を失ってはいるが、それでも人間を易々と殺せる猛獣である事には変わりない。誰もがジャバ公から距離をとる。

 そして、発砲音。


「ぎゃあああ!」


 咆哮を響かせるジャバ公は、しかし俺を守るため動けない。そこに容赦なく銃弾の雨が浴びせられた。

 本来の力があれば、最初の登場だけで決着していたであろうに、ジャバ公の肉が次々と抉られていく。銃弾は鱗を突き破り、肉を割り、確実にジャバ公を破壊した。幾筋もの血が流れ、血だまりが広がっていく。


「ぎゃあああ!」


 翼をたたみ、体を守ろうとする。翼の被膜には、次々と穴が空き、無惨な姿へと瞬く間に変わってしまう。


「あぁ、あぁ……」


 俺には何も出来なかった。


「頼む、やめてくれ……やめてくれ……」


 なかなか発砲音が鳴りやまなかった。ジャバ公の悲痛な叫びが徐々に弱弱しいものになり、とうとう体が傾く。


「もう、やめてくれ!」


 ぐらりと傾いたジャバ公は、そのまま地に倒れ伏した。まだ呼吸はある。


「頼む! 俺の負けで良い! もうこれ以上はやめてくれ!」


 何を考える事も出来ず、俺は大慌てでジョンと大間に懇願した。


「土下座でも金でも何でもする! カメラの前で話せと言うならやる! だからもう撃たないでくれ!」


 ジャバ公はどう見ても限界だった。だから俺はジョンに縋りつくように、何度も頭を下げた。

 しかし、大間が応える。


「ダメです。殺さなきゃ治療するおつもりでしょう? たかがゾンビ程度ならいざ知らず、竜なんて閉じ込めるにしても危険ですから。皆さん、殺して下さい」

「だ、そうだ。残念だがドラゴンらしく、伝説のアイテムにでもなってもらうよ。ブーツにぴったりだ」


 こんな事があって良い訳がない。


「頼む、頼むから……」

「総員、発砲」


 ジョンの手が指示を出す。銃口がジャバ公の頭を捉え、弾丸が放たれようとする。

 その時の事であった。

 金属音が響き、突如として光が差した。


 誰もが驚き振り返る。西日を背景にして、倉庫の入り口シャッターがなくなっていたのだ。まるで巨大なハサミで切り取られたように、無造作かつ鋭角に切断されている。

 そこには、学生服の少年が木刀を持って立っていた。


「私は勇者シラカミ。悪漢よ、今すぐ逃げるべきだ」


 シラカミが告げた。


「勇者か! はっは、どうやったんだ? まさかその棒きれを使ったんじゃないよな?」


 ジョンが面白がっている。大間は額に手を当てた。


「また魔法ですか……。支配人さん。あんな少年が、こんな事ができるんですよ? 本当に野放しにして良いと思いますか?」


 二人に危機感はないようだ。もしや、シラカミすら打倒する自信があるのだろうか。いや、あるのだろう。シラカミを相手取るための装備を用意していないとは思えない。


「あぁ、皆さん。安心して良いですよ。彼は人間を攻撃できません。ゆうしゃのつるぎも持っていないようですから、無視しても構いません」


 大間が肩をすくめるようにして言った。


「正確には、人間を攻撃するために勇者の力は使えない、という事だそうです。無機物の破壊に関しては文字通りのバケモノですが、我々に対しては中学生相当の力しか使えません」


 そんな話、聞いていない。

 せっかく助けにきたシラカミが戦えないとなると、ジャバ公はどうなるのだろう。

 思わず絶望しかけた時、シラカミはよく通る声で言う。


「だから、あなたたちは逃げるべきだと言っているのです。今ならあなたたちが死なないように、どうにか私が対処します」

「話が見えませんね……。それではまるで、何者かから私たちを守ろうとしているように聞こえますが? 翻訳機の故障でしょうか」

「……残念ながら、今すぐ走り出さなければもう間に合わない。悪漢にかける情けもなし、せめてもの忠告はしました」


 そして、勇者の両脇から静かに現れたのは、五人の少女だった。


「さくらです」

「きなこです」

「あんこです」

「わらびです」

「よもぎだ」


 整列すると、メイド服のスカートをつまんで優雅にお辞儀。


「ロットンケーキです」


 揃った声が上がる。

 五人とも汚れ一つない新品のメイド服で、体に欠損や傷は見当たらない。


「言ったよな。今度は頭を吹き飛ばすって」


 ジョンはそれだけ言うと、ダガーナイフではなくハンドガンをポケットから取り出した。


「やめろ!」

「やめない」


 俺の言葉を素早く切り捨てると、ジョンは何の躊躇もなく引き金を引いてしまう。


「あぁっ……!」


 そして、わらびの頭が爆ぜた。それはスイカが爆発したような光景で、肉と骨に髪と血が混ざり空中にぶちまけられる。

 思わず目を背けたくなる、悪夢のような出来事だった。何故ここに来てしまったのか。何故シラカミは連れてきてしまったのか。


「なんてことを……」


 思わず呟くと、俺の目の前でそれは起きた。

 空中に飛び散ったわらびの頭部は、そのまま空中で静止していた。そして逆再生したように元に戻る。数秒もせずに、わらびの頭部は元通りの姿を取り戻した。


「は?」


 ジョンが間の抜けた声を発する。


「無駄です」


 答えたのはさくらだった。


「今の我々に、もはや死の概念はありません」


 それを受けたジョンは舌打ちを一つ。そして周囲の連中に発砲の合図。


「聖浄化弾だ。どこまで再生できるのか試してやろうぜ」


 瞬間、先ほどジャバ公が浴びたような苛烈な銃撃。雨あられと浴びせられる銃弾は、着弾と同時にロットンケーキの体を吹き飛ばした。次々とグロテスクな姿を晒す五人だが、その度に何度でも元の姿へと戻っている。服まで元通りである。

 あまりの再生速度に、ジョンは手を上げて銃撃を止める。


「無駄です」

「の、ようだな。どんなカラクリだ?」


 しかし、まだジョンの余裕は崩れない。どこか面白がる風ですらある。

 だが俺は全然面白くない。シラカミの言っていた意味がわかったからだ。


「お、おい。ミスタージョン。これは逃げた方が良い。本当に殺されるぞ」

「支配人。何度殺しても生き返るってのは、何回でも殺せるって事だ。ゲームは好きか? 俺は大好きだ。今度はバラバラにしたらどうなるのか、死なない程度に痛めつけたらどうなるのか、その辺をテストしたいね。さぁ! かかってこいよゾンビ共!」


 違う、そうじゃない。

 俺の心配を他所に、ロットンケーキは静かに告げる。


「いいえ。我々は攻撃をしません」

「支配人より、絶対に手を出すな、という命令を既に受けています」

「しかし、支配人の救出は成さなくてはなりません」

「よって、我々はご案内をしたのみです」

「人間よ。諦めるが良い」


 そして五人の背後から、更に三人の男性。肌が紫色で、ちゃらちゃらと軟派な連中である。


「俺さぁ……一回これ使ってみたかったんだよね」

「わーかーるー」

「まさか使えるようになるなんてな。超楽しみじゃん」


 三人はロットンケーキに守られるようにこちらを見ている。全ての銃口がロットンケーキから三人へと、同時に向けられた。


「紫の肌……。あぁ、お前らがダークエルフか。魔法が使えるんだろ? でも惜しかったな」


 ジョンは素早く合図を出す。


「魔封弾だ。魔法を打ち消し、お前らのちんけな魔法バリアを貫通する。それとも、ゾンビみたいに再生してみるか?」


 全員がマガジンラックを交換。おそらくあれがそうなのだろう。だが、それよりも先に三人組は行動を終えた。なにせ、その呪詛を呟くだけで良いのだ。


「ノロイアレカシ」

「ノロイアレカシ」

「ノロイアレカシ」


 そして更に、言葉は続けられる。


「お前ら行くぜ!」

「せーのっ! 合体魔法呪!」

「ワザワイアレカシ!」


 瞬間、何が起きたのか俺にはわからなかった。だが効果は抜群だったと言わざるを得ない。


「なんだと!」


 今度はジョンから余裕が消えた。何故なら、手にあったハンドガンが突然崩壊したのだ。全ての部品がバラバラに解体され、握っていた手をそのままに、各パーツが細かく地面に散乱した。

 そしてそれは、ジョンだけでなく周囲の誰もがそうであった。構えられていた小銃は、全てパーツ毎に分解されてしまった。


 俺は振り返る。すると、伏していたジャバ公と目が合った。瞳に力強い輝きが戻っている。体を見ると、先ほどまでの傷が次々と塞がり、驚異的な速度で治癒していた。

 まずい。


「お、お、お前ら! 早く逃げろ逃げろ! 大間さん早く! あの人たちはこういう冗談通じないから!」


 慌てた俺が言うが、ジョンを初めとして、誰も耳を貸す様子がない。大間すら動こうとしない。馬鹿なんじゃないか。それとも知らないのか。

 ロットンケーキが、三馬鹿が、ジャバ公が、完全に加護を取り戻している。

 それが何を意味しているかなんて、考えなくてもわかるだろうに。


「よくわからんが、銃が使えないくらいで退くと思ったのか?」


 ダガーナイフを構えるジョン。しかし、俺の視線はロットンケーキの方へ釘付けになってしまう。五人と三馬鹿が綺麗に並び、道を作っているのだ。その道を悠々とやってくる奴らがいる。ジョンもそれを見るが、事の重大さがわかっていない様子だ。


「ゾンビにエルフにドラゴンときて、次はどんなモンスターだ?」


 ふわふわと浮遊し、黒い法衣を纏った人骨。角と紫色の肌を持つ妖艶なエルフ。筋肉で膨らんだ巨体を持つ、赤い鱗の竜人。

 そして最後に、半透明ではなくなった覇王が現れた。


「ふむ……。伏せよ」


 その一言でジョンと大間を除いた面々が地面に倒れた。


「あらぁ……。ノロイアレカシ」


そして大勢の混乱したような悲鳴。様子を見るに、どうやら視力を失ったらしい。


「ぐわはは! 安心せよ! 倒れている敵を屠る趣味はない!」


 豪快に笑うその口からは、火の粉が漏れている。


「久しぶりの大地だ……。とても良い気分である」


 足元からオーラが噴き上げ、ばちばちと空気が音を立てている。そりゃずっと半透明で浮いていたし、久しぶりの大地だろう。


「おいおい、あいつら何者だ? 聞いてねぇぞオーマ」


 苛立った様子のジョンと対照的に、大間は狼狽した様子で後ずさる。


「……おかえりなさい」


 俺は四人へと、親しみを込めて告げる事ができた。



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