剣の勇者シラカミ 様
勇者シラカミはカレーライスを食べながら語った。
「シハイニンは、かの魔王と同等の力関係にあったと聞きました。その力の秘密を教えて下さい」
忙しなくスプーンと口を動かしながら、シラカミは続ける。
「私は魔王を倒すために、かがやきのたまを使いました。それしか勝つ手段がなかった。しかし、あなたは実力だけで対等だったそうですね。どうかその秘密を教えて下さい」
教えて下さい、とは言いつつも手が止まらない。のどを鳴らして水を大量に飲むと、大盛のカレーを更に崩しにかかる。
「魔王の加護を失った各地の魔物は弱体化するでしょう。しかし、それで世界から脅威が消えた訳ではありません。私にはもっと、力が必要なのです」
言っている事は理解できる。だがしかし、俺は流れるようにカツカレーを追加注文するシラカミを眺めて、どうしたものかと考える。
大間が連れて来たシラカミは十四歳だった。労働ができる年齢でもなく、当然だが身分を証明する物も身寄りもない。一応は大間が後見人となる事で落ち着いたそうだが、正直持て余しているらしい。
都合の悪い事にも、こちらに来た状況が状況だったので、正式な渡航者ではなく密航者の扱いになってしまうと言う。そのため、政府の支援が手続き上なかなか通らないそうだ。だが異世界の情報は秘匿する必要もあり、放置する事もできない。
勇者は現代社会の常識を一切持ち合わせておらず、このままでは自分の仕事そのものに差し障ると判断した大間は、シラカミを俺の所へ預ける事を考えた。事実、シラカミ自身も俺に会いたがっていたとの事。
そんなような事情で、俺はシラカミと二人で飯を食っていた。大間は俺にシラカミを預けると、とっとと逃げるように帰ってしまったのだ。
「まず、俺にあの覇王と同じだけの戦闘力はない。普通の人間だ。残念だろうが、君の期待には応えられない」
「そんな……」
がっくりと肩を落としている。
ちなみに、シラカミは例の翻訳機を使用していない。製造過程を知っているため絶対に使いたくない、と使用を断固拒否したのだ。
しかし、特に問題なく会話が成立している。どうやら、勇者だけが持つ特別な魔法だか力だかで、知らない言語でも脳内で自動翻訳されるらしい。シラカミの話す言葉も、口を通る時に日本語へと変わるそうだ。さすが勇者。
「こちらの世界は素晴らしい。世界を移動した影響か、目も腕も治ったし、魔力も徐々に戻っています。そして何より、食事が素晴らしい」
ふんふんとカレーを食べ進めている。
「出来ればしばらく滞在して、様々なこちらの物を持ち帰りたいです。そのために仕事をしたいのですが、オーマの仕事を手伝う事は難しいそうで、出来ればシハイニンの力になりたい。魔法が使える者を優遇していると聞きました」
「確かに魔法使いは優遇しているが……」
どう見ても中学生の少年を働かせると、クレームになりかねない。
確かに、ロットンケーキと共演して魔法を使ってもらえるのは魅力的だ。三馬鹿が魔法を失った今、この申し出は大きい。
「いっそ仮面でも被せておけば良いではないか」
そう言ったのは覇王である。物体に触れられないそうで、カレーが食べられない事を残念そうにしていたが、ふと俺に呟く。
「勇者が若すぎる事が問題と言うのであれば、正体さえ隠せば良いのだ。何なら幻を見せる魔法を使わせるが良い。勇者なら潜入や暗殺も得意のはず。自分の見た目を変えるくらい難しくはあるまい」
「……」
いずれにせよ、覇王の死に悲しむ面々の前に勇者を出せるかどうか、という問題もある。主役のロットンケーキが首を縦に振らなければ進められない。
「とりあえず、食べたらパークに移動しよう。他の皆とも話して決めなきゃいけない」
「はい。ありがとうございます」
そして、一週間が経過する。
勇者シラカミの登場は、パーク内ですぐに広まってしまった。
三馬鹿はシラカミに対して姑息な嫌がらせを繰り返し、ロットンケーキはシラカミとの共演を拒否。むっちゃんですら複雑な表情をしていた。
現在シラカミはパーク内のホテルに滞在しており、大間が個人的にその費用を支払っている。何かあったら名月に言うようにと言い含めたので、事実上、名月がシラカミの世話係となっている状況である。
ある日、今日も三馬鹿がシラカミに嫌がらせをしているという報告のついでに、名月が事務室に現れた。
「シラカミ少年の部屋に侵入し、トイレットペーパーを全て持って行ってしまったようです。それと、テレビのリモコンから電池が抜かれていたのも彼らの仕業かと」
実に姑息な嫌がらせである。陰湿に過ぎる。
「それと、本日はご本人からお願いがあるとの事です」
「おねがい?」
すると、名月の後ろからひょいとシラカミが現れた。
「シハイニン、実はどうしても欲しい物があるのです」
子供のおねだり、の範疇である事を願いながら俺は先を促す。
「実は、剣が頂きたい。以前使っていた剣は折れてしまったのです」
「そんな物ならお土産売り場にいくらでも……」
と、言いかけて言葉を飲み込む。こいつは勇者だ。おそらく望んでいるのは、俺が想像したオモチャの剣ではない。銃刀法違反確実の、非常に物騒な代物だろう。
「どんな粗末な物でも結構です。大抵の剣は扱えます」
「とは言っても……」
刃物を持たせるわけにはいかない。
「あー……。わかった。名月、木刀を買ってやれ」
「木刀……でよろしいのですか?」
「仕方ないだろ」
俺はシラカミに視線を向ける。
「残念だが、こっちの世界では簡単に真剣を所持できない。木刀で我慢してくれ」
「いいえ、私は木製でも構いません。ありがとうございます」
すっと頭を下げるシラカミを横目に、名月が続ける。
「では、銘など入れてみましょうか。少しは勇者らしくなるかと」
「銘? 木刀にか?」
「はい。銘を入れるサービスがあります。どうせ政府か大間さんから代金は頂くので、せっかくですから良い物にしましょう」
「銘ねぇ」
さして興味の惹かれる話題でもない。シラカミに決めさせようと言いかけた、その時。背後から覇王が話しかけてきた。
「ゆうしゃのつるぎ」
「はい?」
「銘は、ゆうしゃのつるぎ、と入れるのだ」
口元を手で抑え、何か笑いを堪えている様子である。
いやまぁ、勇者なんだし勇者の剣で何ら間違いはない。それとも、異世界のジョークなのだろうか。ぷぷぷ、と覇王は口の端から笑みがこぼれている。
「ゆうしゃのつるぎ、とか入れておこう」
「わかりました」
シラカミは特に何を言う様子もない。覇王の反応からして異世界のジョークだと思うのだが、全然シラカミにはウケていない。俺も笑い所がわからない。
それから数日ばかし様子を見ていてわかったのは、勇者シラカミは正直言って普通の中学生だという事だ。
くぐってきた修羅場の数が違うとは言え、戦う事以外では何の役にも立たず、まぁ普通の中学生ならこんなものだろう、という印象を受ける。
たまに木刀を振っている事を除けば、あとはゲームや映画や漫画に夢中なのだ。素振り以外の用事で外に出る事がない。完全に娯楽中毒である。むしろ三馬鹿とウマが合うのでは? と俺は思っているくらいだ。
こんなの、そこら辺から剣道部の中学生を連れて来れば何も変わらないだろう。
「とは言え、差し迫った問題は解決せねばなるまい」
事務室にて、一人言ってみる。
「ほぉ? 何ぞ問題があるのか?」
一人になっても一人にはなれない。
「ロットンケーキですよ。シラカミ君との共演を拒否し続けていますが、そろそろ呑み込んでもらわないと舞台にならない。現状、三馬鹿は魔法が使えないそうですから、ここはもう勇者の魔法に頑張ってもらうしかないでしょう」
「ふむ……。だがあのガキは聖浄化魔法を使えるぞ?」
名前からしてゾンビが喰らったらヤバそうな魔法である。確かに、勇者なんだから光っぽい魔法を使いそうだ。暗黒魔法の使い手など一瞬で消されかねない。
「……とりあえず、そこも含めて一度ロットンケーキと話し合いが必要です」
「面倒な事をするものだ。余であれば命を下すだけであると言うのに。目的の前に個々の感情など、路傍の石同然であろう」
自分の死が原因でロットンケーキと揉めていると言うのに、この言い草である。
しばし待つと、陸奥がロットンケーキの面々を伴って現れた。
「陸奥です」
「さくらです」
「きなこです」
「わらびです」
「あんこです」
「我が名はよもぎ」
五人合わせて、
「ロットンケーキです」
知っている。
「そういうのは良いから、ちょっとまぁ座ってくれ」
一歩後ろにいる陸奥を除いて、綺麗に横一列に並んでいる。俺は手近な椅子に座るように指示すると、どう切り出すか少し考える。
「まぁその……なんだ。そろそろシラカミ君と共演してもらいたい」
「それは出来ません」
首を横に振るさくら。他のメンツも同じような反応をしている。よもぎだけ片目を隠して不敵な表情をしているが、恐らく特に意味のあるものではない。
「気持ちはわからないでもない。しかし、三馬鹿の魔法が使えない以上、ショーを成立させるには勇者の魔法が必要だ。……ぶっちゃけ、お前らの人気は魔法を使える所にあると言って良い。それがないと、お客の期待に応えられない」
言うと、陸奥が手を上げた。
「でも、みんなはバラバラになれます! イリュージョンと見せかけて、本当に真っ二つになるなんてロットンケーキだけですよ?」
五人はそれぞれ、うんうんと頷いているがそういう話ではないのだ。
「そもそもアレは賛否両論だ。あまり積極的にやりたいものじゃない。と言うか、今は無理やり縫い合わせているんだろう? 前までは肉ごと接合してたが、なんかもう、なんか、お前ら既に縫い目だらけじゃないか」
よもぎを除いて各々、恥ずかしそうに体や顔を手で隠している。恥じらいはあるらしい。
「し、支配人! 女の子の体になんて事言うんですか……!」
「そういう話じゃないが、そういう事なら配慮に欠けていた事は謝る。だがどの道、話の結果は変わらんぞ。誰かがどうにかするしかないんだ」
言うと、事務室に静けさが訪れる。誰も口を開かず、やや俯いている。
「シラカミ君は今、大間さんと食事中だ。たまにこうして様子を見に来ているあたり、あの人も責任は感じてるんだろう。食事が終わったらここに来る。それで顔合わせをして欲しい」
まずは挨拶だけ、としてもロットンケーキはまだ押し黙っていた。重苦しい様子がないのは覇王だけだ。
「支配人よ」
「……」
無視する。他の人の前では会話に応じない事は既に約束しているので、覇王も一方的に言葉を続ける。
「もしやと思うが、知らぬやも知れぬと思ってな。伝えておくが、勇者と魔法の撃ち合いや斬り合いをした場合、このゾンビ共はそれで消えるぞ?」
「んっふ」
変な声が出てしまった。
「支配人?」
「何でもない。むせただけだ」
陸奥に片手を上げて言うと、覇王が背後から囁き続ける。
「ゆうしゃのつるぎで斬られれば、こんなゾンビなど二度と復活できまい。魔法も同様だ。あのクソガキが魔物相手に使う魔法を手加減できるとは、余には到底思えん」
「オーケー。俺が悪かった」
両手を上げての降参である。
「すまない。何か誤解していたようだ。シラカミ君との共演はしなくて良い」
「え、え? どうしたんですか? 急に」
「ちょっとむっちゃんは黙っててくれ。いや本当に。ロットンの皆にはすまなかった。何と言うか、勘違いをしていたんだ」
この短時間で何が起きて心変わりしたと言うのか。そんな疑惑の目を向けられる。それも当然だろう。何か企んでいるのではと疑ってもおかしくはない。
だが俺は今、初めて覇王が後ろで浮いている事に感謝した。
危ない。本当に危なかった。何ならここからロットンケーキをどう説き伏せるかを考えていたくらいで、まさか拒否する理由が共演すると死ぬからなどと、そんな事言われなければわかる訳がない。
と言うか、なんで言わないんだこいつら。馬鹿じゃないのか。三馬鹿やむっちゃんと接しすぎたのだろうか。
「うん。じゃあここでお開きにしよう。魔法をどうするかについては改めて考えよう。最悪、歌とダンスでやっても良いさ。なに、ロットンケーキの動きはプロダンサー級だ」
こいつらには一糸乱れぬ動きが期待できる。魔法を抜いたら何も残らない三馬鹿とは違うのだ。
「じゃあ、次は三馬鹿だな……。陸奥、あいつらを呼び出してくれ。今から呼べば明後日には来るだろう。いい加減、シラカミ君への姑息な嫌がらせを止めないとな」
などと言っていると。
唐突に事務室のドアが開いた。