惨禍の竜王アレネンタ 様
大広間に用意された夕食を皆で囲んでいた事であった。竜王は浴衣をマントのように翻しながら遅れて現れると、俺に言う。
「支配人よ。……あそこは何なのだ?」
「あそこ、とは?」
竜王が指したのは窓、敷地の外である。どうやら近場の温泉街に行ってきたらしい。不死王と違って、ギリギリでコスプレの範疇だし、何とかなったのだろう。
「パンケーキ屋に行ったらパンケーキを食わされたのだ。いつになったらパンケーキが来るのかと待っていたが、パンケーキが出て来るばかりでな。この竜王にパンケーキを食わせるなど、何を考えているのかと怒鳴った所、ここはパンケーキ屋だ、などと抜かすのだ」
ちょっと何言ってるかよくわからない。
「……竜王、パンケーキ屋に行かれたのですか?」
「うむ」
竜王がこの巨体でパンケーキだなんて食べるのは意外だが、その前に竜王の言っている意味が本当にわからない。
竜王はどう見ても筋肉バカなのに、割とそうでもないのだ。ちゃんと物事を考える頭があるのに、これはどうした事だろう。
助けを求めて辺りを見る。
三馬鹿は飯に夢中で話を聞いていないし、むっちゃんは真っ赤な顔をして酔い潰れている。……こいつ何で酔い潰れているのだろう。あぁそうか、こいつ昼間から三馬鹿に付き合ったのか。
「ちょっと、どうしたのそれ。翻訳壊れちゃったの?」
卓に座って刺身を突いていた妖精王が顔を上げ、竜王に言う。
「めちゃくちゃじゃない。どうしてパンケーキが闘技場で翻訳されてるの?」
「む?」
さすが妖精王である。異世界言語と日本語を両方使えると、こんな所で役に立つ。
そうか、竜王は闘技大会か何かがあると思ってパンケーキ屋に入ったのか。やっぱり筋肉バカかも知れない。そんなもん店の外観で気づけ。
「そうか。恐らく、店で大食いの競争をやっていたからであろうな。そのような情報がなければ翻訳の混乱はなかったはずだ」
「あのねぇ……。もっとちゃんとした翻訳機を使ってよね……」
「ぐわはは! この竜王が使うにふさわしいモノでなければならん! こだわりがあるのだ!」
おや? と俺は疑問を感じる。
翻訳機は今も使っているが、意訳の問題は個体差ではなく、個人差だったはずである。それとも不良品とかあるのだろうか。いや、竜王が好んで不良品を使うとは思えない。
俺の顔を見て何かを察したのか、妖精王が言う。
「あらあら、大丈夫よ。みんなに配ってるのは、ちゃんとした奴だから。アレネンタがわざわざ変な翻訳機を使ってるの」
「こだわりがあるのだ!」
一応は個体差もあるのだろうか。
そこで、俺は忘れたままでいれば良い事を思い出してしまう。政府の大間が言っていたではないか。この耳栓は倫理的な問題で製造できないのだと。
「たかが翻訳機とは言え、この竜王が使うのだ。ふさわしい強者でなければ!」
「はぁ……。そんなに小さくなっちゃったら、元の強さなんか関係ないでしょうに……」
ぞわ、と嫌な予感がした。
「安心してちょうだい? 支配人さんの使ってるソレは、ちゃんと言葉が達者で上品なヤツを使ってるから」
深く考えない事にした。
作り方なんてどうでも良い。そうだ、こいつら魔王だった。みんな仲間で素敵な未来がどうと言っていた気もするが、こんなモノ作っておいてそりゃないだろう。
一泊二日の温泉旅行は、大成功だったと言えた。
俺個人がどうだったかとか、そういう事は良い。異世界の客人が大満足したのだから、これにまさる事はない。
正直言うと竜王あたりが、温泉の泉質が思っていたのと違う! と激怒するのではないかと思ったが、そんな事もなく一安心である。
むっちゃんだけは有給申請を出していやがったので、そのまま家に帰ったが、俺は仕事だ。
異世界への渡航装置がある施設に向かう道中、俺のためにパークへと立ち寄ってもらう。
「支配人よ! あの宿は良かった。また行きたいものだな!」
竜王は体だけでなく、声も大きい。俺がパークの入り口で降車すると、その巨体が俺と一緒に出て来る。
わざわざ見送ってくれるのだろうか。こんな奴でも王は王だ。俺のような一般人のために降りてもらうのは恐縮である。
などと思っていると、妖精王も車も降りた。
「支配人。人間の友よ。必ずまた会おう」
「えぇ。あの話の続き、次は聞かせるわ」
そう言うと、それぞれが俺に手を差し出した。竜王だけ爪が鋭いので迷ったが、俺は二人と握手を交わす。
「覇王には、この竜王が上げるに相応しい戦果を約束した。支配人には、再会を約束しよう」
「そんな、まるで今生の別れでもないでしょうに。またいつでも遊びに来て下さい。お供致しますよ」
言ってから、俺は竜王も妖精王も笑っていない事に気が付いた。
「あたし達、これから遠出するのよ」
「あぁ。戦だ。この竜王と妖精王の両軍を挙げ、奴を討つ」
奴?
「ヘバナの仇を討たねばなるまい」
「今回は、最後にもう一度だけここに来たかったのよぉ」
「ちょ、ちょっと待って下さい」
俺は片手を上げ、二人を前に一度落ち着く。情報が多すぎる。
ヘバナとは確か、不死王の名前ではなかっただろうか。その不死王はロットンケーキの舞台に参加して、理不尽な強さを見せてから異世界に行ったはずである。
確かに、戦いに行くと言っていた。威勢の良い事を言って、自身たっぷりだった。
その相手が誰だったのかも俺は覚えている。
勇者だ。
「その、一点だけ確認させて下さい」
あの不死王だ。エロ骸骨でも、ふわふわしていても、空気が読めなくても、暗黒魔法を使いこなすロットンケーキが五人がかりで手も足も出なかった程に強い、あの不死王だ。
そんなわけはない。
「不死王は、どうされたのですか?」
竜王と妖精王は黙ってしまう。しばし間があって、それから竜王が答えた。
「ヘバナは敗北した」
「敗北って……。それはつまり、えぇ、具体的には……」
「堂々たる一騎打ちだった。奴の手勢は最後の一人まで背を向けず、奴を守ろうと戦い抜いた。その末の、戦士としての一騎打ちだったと聞いている」
そういう事ではない。安否を聞いているのだ。
どうせあの骸骨の事である。瞬間移動的な魔法で、上手い事逃げおおせたに違いない。
不死王は、まだこちらの世界で楽しみにしている事がたくさんあったはずなのだ。
「ヘバナは帰って来なかった。代わりに、あの忌々しい勇者を名乗る人間はこちらに向けて進撃している」
「正直、あのヘバナが負けるなんて思ってなかったけどねえ。だから、今度はあたし達が二人で行くってわけ」
頭の血液が逆流しているようだった。嫌な感覚に足元がふらつきそうになるのを堪える。
「覇王様は……なんと」
絞り出して言えた言葉は、そんな事だった。
「敵を滅ぼせ。そう言ってたわ」
俺は拳を握った。そうでもしなければ、突然の出来事に呑み込まれてしまいそうだと思ったのだ。
唐突に、竜王が自分の胸をドスンと叩いた。胸を張り、空に向けて火を吹いた。
火炎は一瞬の内に花を咲かせ、瞬きの間に散って消えた。
「名をアレネンタ! 竜王、惨禍を司る魔人! 西方魔界方面軍総司令にして、三幹部が一人! この誉れ高き武に懸けて、友との約定は果たそう!」
最後に、大きく口を開けてガハハと笑った。
そうだ。こいつらは、戦争をしているのだ。俺とは文字通りの意味でも、住む世界が違う。
だが、それでも、と俺は頭を下げる。
「……親愛なる友の、ご武運をお祈り申し上げます」
それでも、そうであっても、俺は不死王とも竜王とも妖精王とも覇王とも、友人であるつもりなのだ。
どうか、無事に帰ってきて欲しい。




