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東京テイルズパーク  作者: 蛇子
11/21

否定の妖精王マイネイ 様


 部屋は畳で、窓からは豊かな緑が見えた。備え付けの浴衣に着替えると、タオルを持って外へ。

 早速温泉に浸かりたいと言う竜王のお供をするべく、俺は大浴場を目指す。


「おぉ、支配人。なるほど、これは外套ではなかったか」


 廊下で竜王と鉢合わせる。竜王は革鎧の上から、浴衣の前を開けてマントのように羽織っていた。


「まぁこれはこれで良い。どの道、この竜王が着るには小さい」


 それは一番大きい浴衣だったが、竜王の体は縦だけでなく全てにおいて大きい。その膨れ上がった胸板や腕を収めるには、確かにサイズが心もとない。


 当然だが、大浴場には誰もいなかった。向かう道中で三馬鹿を見かけたのだが、奴らはまだ酒を飲んでおり、すぐに来る様子もない。妖精王の世話をしている様子も見られない。

 異世界に風呂文化がどこまで存在するのか知らなかったが、俺は脱衣所で革鎧を脱ぐように伝える。着たままでも構わないと竜王自身は言っていたが、そういう話ではないと訴える事で脱いでもらえた。


「支配人よ。もう少し鍛えてみてはどうだ?」


 余計なお世話だ。

 俺の戦士向きではない体を見る竜王は、自分の肉体を誇示するように広げている。

 ボディビルダーのようなポーズを取ると、どういう仕組みなのか、それだけでバチバチと火花が飛び散った。


「力こそパワーよ!」


 むん。と胸を張り、最高に頭の悪そうな事を言っている。


「さぁ! 温泉とやら、どれ程のものか見せてもらおう!」


 肥大した筋肉の上に、鱗を纏った姿を鏡に映す。満足気に火の粉を吐くと、竜王は大浴場のドアを開けた。湯気を浴びながら、ずんずんと大股に奥へ。


「まずは体を洗うのであったな。洗い場はここか?」


 竜王にとって、一般的な洗い場は狭かったのだろう。迷う事なく水風呂に向かうと、桶ですくって頭から冷水を被っている。

 せめて石鹸くらい渡そうかと考えていると、脱衣所の扉が開いた。現れたのは三馬鹿である。


「アレネンタ様が行くの見えたんで、俺らも来ましたー」


 二郎がワインボトルを片手にそう言い、三人ともカゴに服を入れていく。酒を持ち込むのは禁止だと言い聞かせた俺は、三人と並んで風呂へ。


「おー……これが温泉って奴か」

「魔力は通ってねーな」

「でも防御効果が付与されるんだろ? どういう仕組みだ?」


 手桶で湯を被ると、三人はざぶざぶと湯の中へ。

はて、竜王はどこだろうと見渡すと、サウナ室を出たり入ったりしている。何をしているのだろう。


「如何されました?」


 聞いてみると、悩まし気に言う。


「この小部屋は何だ?」

「サウナですね。汗をかくためのものです」

「この竜王は汗をかかぬ」


 意外でも何でもなく、やはり竜は爬虫類的な分類なのだろうか。


「しかし、汗を出すためには熱が必要であろう? 使う時だけ火をくべるのか?」


 どうやら竜王にとってサウナ室程度では熱くないらしい。冷水を被っていたし、温度変化に強いのかも知れない。


「まぁ良い。あれが温泉か」


 気を取り直して、竜王は三馬鹿の元へ向かった。

 檜の香りが鮮烈で、見るからにリラックスできそうな風呂である。源泉かけ流しだそうで、俺の期待も高まるばかりだ。


「見た所、回復の泉のような物か?」


 しかし、どうにも異世界の住人はちょっと違う感じで温泉を期待している。

 どこで間違った情報が伝わったのだろうかと考えていると、竜王が湯に浸かった瞬間にそれは起きた。


「む」


 竜王の背からボコボコと温泉が泡立つ。

 先に湯に浸かっていたダークエルフの三人は、それを見てニヤニヤと笑いだした。

 失礼な奴らめ、と思いかけて俺は気づく。泡の量がおかしい。竜王を中心に、温泉全体が泡立って行くのだ。そして俺は気づく。


 これは泡が発生したのではない。温泉が沸騰している。

 あまりの熱気に立ち止まると、三馬鹿が腹を抱えて大笑いしている。


「アレネンタ様、半端ねぇー!」

「体温どうなってんスか! こんなん笑いますって!」

「これ、アレですよね? 覇王様のパーティーでもやった奴ですよね?」


 三人の様子を見て、竜王は満足気である。どうやら、ウケを狙ってマグマ風呂を作ったらしい。

 笑い所がわからない。全然面白くない。こいつら何が面白いんだ。


「ぐわはは! ちょっとした茶目っ気だ! 支配人よ、すまんな!」


 ギャグが大当たりして竜王は嬉しそうだ。俺は何も嬉しくない。

 煮えたぎる熱湯に変化してしまった以上、俺はもうその風呂に入れない。すまんな、ってこいつ何に対して謝っているのだろう。


 ちなみに、三馬鹿が平然としていられるのも謎である。改めて、人間との格差を思い知るばかりだ。


「支配人よ、どうした。入らぬのか?」

「あー……まぁ、えぇ……。シャワーで結構です」


 湯舟は何も一つだけではない。他の湯舟に浸かる事も考えたが、竜王が入ってきたら即死は免れない。そんなデスゲーム紛いの思いまでして入るものではない。


「ははは……」


 肩がずっしりと重くなる思いだったが、カラカラとドアの開く音がしたのに気づいた。

 本日宿泊する男性陣は全員この場にいるので、一体誰がやって来たのかと振り向くと、そこには紫色の素肌に、優雅に流れる金髪があった。


「あらぁ、みんなもう来てたの?」


 妖精王である。


「えぇっ!」


 思わず声が出てしまう。その妖艶な肉体を惜しげもなく晒し、妖精王は歩いてくる。


「どう? 何か能力向上とか感じる?」

「特にないな。魔力も感じない」

「あらぁ……」


 竜王はごくごく普通に状況を受け入れている。もしやこいつ、竜だから人間の体を何とも思っていないのだろうか。

 しかし、三馬鹿も特に変わった様子が見られない。落ち着いてマグマ風呂に浸かっている。


「マイネイさん、むっちゃんと一緒じゃねーんスか?」

「あぁ、ほら、あの子は女湯の方に行ったからね」

「あー。そっか、男女で分かれてんスね」


 と、聞き捨てならない会話である。いくら三馬鹿が馬鹿でも、そんな馬鹿な話があるものか。

 熱湯に変化した温泉に、躊躇なく入って行く妖精王を俺は注視する。


「アレネンタ様、もっかいアレやって下さいよ!」

「マイネイさんにも見せましょうよ!」

「マイネイさん、アレネンタ様がアレやってくれますよ!」

「ぐわっははは! 仕方ない連中よな!」


 そして、再び風呂全体が瞬間沸騰する。妖精王を含め、どっと笑いが沸く。一同は大爆笑である。一体これの何が面白いのだろうと思いつつ、妖精王の体を見て俺は気づいた。


 妖精王は、間違いなく妖精王であった。

妖精女王ではなく、妖精王を名乗って正解だったのだ。

そんな立派なモノがあるとは、実にどうでも良い事を知ってしまった。





 風呂から上がると、竜王と妖精王は体の具合を確かめていた。

 当たり前だが、身体能力に変化が起きたりはしない。


「わかった。ジャバ公の食事だけ気を付けてくれ」


 午後の風を浴びながら、俺は名月と連絡をとっていた。現在、業務に異常はなし。ロットンケーキの舞台についても企画が進行中。

 今は公演に先駆けて、舞台の演出用の機材などを発注している段階らしい。


 大浴場の前の休憩スペースは適度に風が吹き込み、窓からは見事な日本庭園が見えた。

 こんな機会でさえなければ、さぞ素晴らしい休日だった事が惜しまれる。


「ぐわっはっはっは!」


 背後に視線を向ける必要はない。

 そこでは竜王が温泉にありがちなゲームコーナーで、三馬鹿を相手に遊戯をお楽しみであった。


「さぁて、もう一本! いざ、かかって来い! 条件は同じだぞ!」

「勘弁して下さいよぉ……」

「これ、もう何回もやってますよ? 他の勝てるゲームしましょうよぉ……」

「アレネンタ様と俺たちじゃ条件が違いすぎるんスよぉ……」


 四人が興じているのは、一昔前の格闘ゲームだ。竜王が筐体を独占し、三馬鹿は交代しながら相手をしている。

 ちなみに、会話の感じから竜王が三馬鹿を圧倒しているように聞こえるが、その実は真逆である。竜王が何度コテンパンにされても、その度に笑って再戦を挑んでいるのだ。三馬鹿はもうそのゲームに飽きている。


「実に興味深い遊戯だ。使う戦士が同じである以上、戦術、戦略、技巧。そうした力以外のものによって雌雄を決する他ないとは、これは面白い」


 てっきり指先だけでガチャガチャするのは嫌いだと思っていたので、意外である。もっと腕力に頼った事を言いそうだと思っていたが、こと戦う事に関しては柔軟らしい。


「もう少しだ。もう少しで、この衝撃魔法を放てそうなのだ。もう一本やるぞ」


 もっとも、案の定に手先は不器用らしい。あとそれは魔法じゃない。

 と、その時。三馬鹿が指を鳴らして竜王から離れた。どうしたのかと見れば、女湯の方から陸奥が出てきた。三馬鹿はチャンスとばかりに、竜王を無視して陸奥の元へ。


「むっちゃんじゃん! 風呂上りに飲みに行く約束してたよね!」

「アレネンタ様ごめんなさい! 俺ら、むっちゃんと約束があって、ここまでっスわ!」


 口実に使われた陸奥は困惑した顔できょろきょろと首を動かしている。


「え? え? いや、あの……」

「それともカラオケだっけ? 何でもいーや! 行こうぜ行こうぜ!」


 そのまま三馬鹿に連れて行かれる陸奥。竜王は実に面白くなさそうな顔をして、ぼふっと火の粉を吐いた。腕を組んでゲーム筐体のデモプレイを眺めている。


「……支配人よ」

「私は結構です」

「まだ言ってはおらんが」

「私は戦士ではないので」

「……ふん。その気がないなら構わん」


 立ち上がると、竜王はどこかへと歩いて行ってしまう。部屋に戻ったのか、宿の中を探索に出たのかはわからない。

 もう一度、改めて風呂に入ろうか。そう思って腰を上げた所で、視界の端に金と紫が見えた。


「あらぁ。さっきはごめんなさいねぇ」


 妖精王が俺の隣に立っていた。いつから立っていたのか、全くわからなかった。


「アレネンタが熱湯にしちゃったから、あなたは入れなかったでしょう?」

「あぁ、いえ。とんでもありません」


 もう一度入り直せば済む事である。竜王ならまだしも、妖精王に謝罪を受けるような話ではない。


「ここは、本当に良い所ねぇ」


 のんびりした口調で、ゆったりと息を吐き出している。どうやら妖精王にはこの旅館の風情がわかるらしい。


「えぇ。こんな良い温泉宿はなかなかお目にかかれないかと」


 ここを貸し切るために政府はいくら用意したのだろう。などと、ぼんやり考えていると妖精王が口元を抑えて声もなく笑っている。


「そうじゃなくて、世界よ世界」

「あぁ……」


 この世界が、という意味だったようだ。


「この世界は、人間同士で殺し合ったり、戦争したり、憎み合ったりしているでしょう?」

「え、えぇ……。そういう地域も、まぁ」

「でも、人間が憎み合う理由はたくさんあるのよねぇ」

「こちらの世界では色々と問題を抱えています。お恥ずかしい」

「そうじゃなくてね。……それが人間であるから、それが魔族であるから、それが亜人であるから、殺さなくてはならない。憎むべきである。……そうはならないのよねぇ……」


 午後の溶けるような日差しを避けるように、妖精王は手近な所にあったロッキングチェアに腰かけた。


「あるいは、表向きだけでも正しい事を取り繕うだけの理性があるでしょう? それって、難しい事よ。この世界では、たとえ人種が違っても同じ卓を囲めるの。あたし達の世界では、生物としての存在が違う。だから話し合う事すら難しいの」


 憂いを含んだ眼差しを受けた俺は、妖精王の紫色の肌と黒い眼に視線が向かう。


「うちから行ったダークエルフの三人組。理解できないでしょ。会話が成立しないレベルで、何を考えているのか、全然わからないでしょ。生き物が違うってそういう事なの」


 思い当たる節があまりに多い。あの三馬鹿は本当にわからない。

 もし世界の全てがそうであるなら、話し合いの余地すらないのだろう。納得である。


「だから、あたしは覇王様の配下なのよ」

「……と、仰いますと?」

「あの人、本気で世界を支配するつもりなの。……それって、これだけ違うあたし達を一つにしようって事でしょう? 妖精も人も悪魔も竜も獣も、全部まとめて仲間にしちゃうなんて、素敵じゃない?」

「あぁ、なるほど」


 俺は覇王の話を思い出し、合点がいった。覇王は俺が思っていた以上の厳しい道を歩もうとしているらしい。そりゃ、妥協なんてしてはいられない。……だからと言って、やはり美少女フィギュアは迷走していると思うが。


「あたしねぇ、本当はダークエルフじゃないのよぉ」


 え、と思わず顔を見てしまう。両性具有である事を除いて、見た感じは三馬鹿と同じに見えるが、何か細かい所では違うのだろうか。

 思い返せば確かに、妖精王は三馬鹿と違って理性的だし、言動は理解できるものが多い。


「エルフの森には、大昔から魔力の澱みがあったの。あたしは、そこに溜まった呪いそのもの。自我も肉体もない、非物質の魔力生命体だったのね」


 ぽつぽつと、昔を懐かしむような顔で妖精王は語りだした。


 体はおろか、精神すら持たない存在は、その力をいつ暴走させるか危惧されていた。勇敢なエルフの英雄とやらが、ソレを討伐しようとしたのは自然な流れだったらしい。


「そして、見事に返り討ち。英雄を喰ったソレは、受肉し、自我を得たの」


 それが、否定を司る魔人の誕生だった。


「あとは想像にお任せするわぁ」


 エルフの姿から、ダークエルフへと変貌した理由も。居場所をどこに求めたのかも、どこへ行って何をして来たのかも、何を思っていたのかも。

 一体、何を否定しているのかも、俺には明かされなかった。

 と、するともしかして、離別を司るらしい不死王もまた、何かと別れたのだろうか。


「んふふふ……」


 両手に顎を置いた妖精王は、のどで笑っている。


「この話ね、誰にもしてないの。支配人さんは覇王軍と関係ないでしょ? 覇王軍では言う気になれないけど、誰かには言ってみたかったの」

「……陸奥には話していないんですか?」


 きっと、あほのむっちゃんの事だ。ただ聞くだけの俺とは違って、何か言えるだろう。それこそ、今語られなかった事まで話す気になれるかも知れない。


「むっちゃんね……。あの子は、もう友達だから。こういう話はしないの。仲良しの子には教えてあげない」

「ではつまり、私は……」

「そう。仲良しじゃないから話したの」


 妖精王はにやにやと口元に笑みを湛えている。


「だから、これから仲良くしましょうよ」


 その手を取るか取るまいか、俺は一瞬だけ躊躇してから手を伸ばす。

 と、同時に。脳裏にとある記憶が閃光のように駆けた。その鮮烈な記憶を思い出した俺は、その口元でぬめる舌が動くの見て、伸ばしかけた手を引っ込める。

用心に越した事はない。危ない。危なすぎる。

 そう言えばこいつ、ノンケでも食っちまうんだった。



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