六章 許せない事
炊き出しの準備が整い、その場にいた子達全員が列になって並び出す。そこに私達も並ぶ。
炊き出しにはカレーが配られていた。
「はいどうぞ。気をつけて持ってってね。」
「おかわりもあるからね。」
「はいはい。慌てなくてもちゃんと配るからね。」
若い大人の人達は並んでいる子達に次々とカレーを配る。そして私と結麻くんとゆゆてゃちゃんも貰うことが出来た。
「はいどうぞ。」
「あ、ありがとうございます!」
「アハハハ。珍しく礼儀正しい子だね君。」
「いえ、そんなことは。」
礼儀正しさを褒められて少し嬉しくなり、表情が少し緩んでしまう。
「はい。どうぞ。熱いから気をつけてね。」
「…。」
隣の結麻くんが少し不機嫌そうなのは恐らく気のせいだろう。
「はい。どうぞ。今日もゆゆてゃご機嫌だねぇ。」
「えー!そんなことないってー!」
ゆゆてゃちゃんは本当に嬉しそうだ。レオンさんが『犯鬼』じゃなければどれだけ微笑ましい一面だろうか。まだレオンさんが『犯鬼』とは確定はしていないが。
私達3人はカレーを持ってレオンさんの元へ行く。
「レオンさーん!一緒に食べよー!ゆゆてゃの新しい友達も一緒だけどいいよね?」
ゆゆてゃちゃんは嬉しそうにレオンさんの元へ駆け寄る。
「みんな、カレー貰えたんだね。あぁ、もちろんいいよ!」
レオンさんは爽やかな笑顔で私達を出迎えてくれた。
私達4人はオブジェが立っている所に座ってカレーを食べることにした。
「モグモグ…あったかくて美味しいです。」
私はカレーを一口食べた。
「そうか。それは良かった。おかわりもあるからね。」
レオンさんは私に笑顔で話しかける。
レオンさんの隣でゆゆてゃちゃんが嬉しそうにカレーを頬張っている。余程お腹が空いていたのだろう。
私とレオンさんの間に結麻くんが座ってレオンさんの様子を横目で見ながらカレーを食べていた。
「それにしても炊き出しっていつもやってるんですか?」
私はレオンさんに聞いてみる。
「まぁ、できる日にしてるって感じかな。この活動している人達が僕を含めボランティアだから。」
「そうなんですね。何ていうボランティアなんですか?」
「『ヤング・プライド』っていう団体だよ。ケイ前を居場所にしている子どもたちが危ない目に遭わない様にパトロールや声かけ、今日みたいに炊き出しをしているんだ。それでも知らない人からお酒やお金、しまいには大量の薬なんか貰っちゃったりしている子達が減らないっていうのが現状なんだよね。」
「そうなんですか…。」
「あ、これ僕の名刺。よろしくね。」
レオンさんは少し話をすると私と結麻くんに自分の名刺を渡してきた。
名刺には『代表』の文字が書かれていた。
「レオンさんってこのボランティアの代表なんですか?」
「うん。そうだよ。立ち上げた時は僕1人でやってたんだけどね。」
「そうなんですね。凄いですね。」
話を聞く限りどうしても『犯鬼』には見えない。ボランティアを1人で立ち上げてケイ前にいる子達の支援をしているいい人にしか私には見えなかった。本当にこの人が本当に『犯鬼』なのだろうか。勘違いであればいいんだけど。
そう思っていると突然結麻くんがレオンさんに話しかける。
「なぁ、ここの奴らに酒とか配ってるオヤジ共が何者で何処から来てるかアンタ知ってるんじゃない?」
「ゆ、結麻くん?!急に何言って…!」
急に何を言い出しているのか訳が分からなかった。
「さ、さぁ。どうだろうね。ここには色んな人が来るから何処から誰が来るなんて知る由も無いよ。」
「ふーん。それにしてもタイミングが良いよな。酒や薬にまみれているガキ共の所にちょうどアンタ達がやってくるってさ。」
「ちょっと結麻くん!」
「そ、それはただの偶然だよ。それにそうじゃない日もある。」
「そうかな?さっきそこの女に『今日も悪い人からお酒貰って飲んだんだね。』って言ってたよね。だからこのタイミングっていつものことじゃないの?」
「そ、それは…。」
結麻くんはレオンさんを追い詰めるかの様に話を聞き出そうとしている。だけども少しやり方と状況が良くない気がする。だって…。
「何?レオンさんが何か悪い事してるとでも言いたいの?そんな証拠何処にあるのよ!」
急にゆゆてゃちゃんが立ち上がり、結麻くんに問い詰める。ゆゆてゃちゃんは怒っている様子だ。
「俺はただコイツらが来たタイミングが変だなーって思っただけだけど?どうしたの?そんなに怒って。」
「ゆゆてゃ、レオンさんが悪く言われるの我慢出来ないの!こんなにもゆゆてゃ達に良くしてくれてるのにあんなに優しいのに!路頭に迷ってたゆゆてゃを助けてくれたのもレオンさんなの!そんな人を悪く言うなんてゆゆてゃ、ゆま大嫌い!」
そう言いながらゆゆてゃちゃんはカレーの入った皿を地面に叩きつけ、何処かへと走り去ってしまった。
「ゆゆてゃ!」
「ゆゆてゃちゃん!」
私とレオンさんが呼び止めようとしたが、彼女は止まる事なく走り去ってしまった。
揺さぶりをかけるってそういう事?いくらなんでもやりすぎだ。私も我慢の限界だった。
「結麻くん、今のはちょっと言い過ぎじゃないの?2人きりで話しているならまだしも、レオンさんに好意を寄せているゆゆてゃちゃんの前で言う事ないよね?なんでそんなことをゆゆてゃちゃんの前で言うの?ゆゆてゃちゃんがレオンさんの事好きなの結麻くんだって見てて分かってたでしょ?好きな人の事を悪く言われてあんな風にならない方がおかしいんだよ!いくら怪しく思ってるからって状況とタイミングっていうのがあるでしょ?もういい!」
私は話を聞いていて思ってたことを吐き出した後、私はゆゆてゃちゃんの後を追うことにした。
「つっきー!何処に行くの?危ないよ?」
「ゆゆてゃの所に行く。ついてこないで!」
私はそう結麻くんに吐き捨てるとゆゆてゃが行った方角に向けて慣れない靴で走っていった。
結麻くんは少し悲しそうな表情をしていた気がしたが、そんな事をいちいち気にしてる暇もなく私はゆゆてゃちゃんを探す事にした。
――――
つっこはゆゆてゃという女を探しに走っていってしまった。しかも俺に『ついてこないで!』と吐き捨てながら。あそこまで言われたのは俺は初めてだった。あの臆病で内気なつっこからは想像がつかない発言だ。
つっこは『好きな人の事を悪く言われてあんな風にならない方がおかしいんだよ!』と言っていた。それは良く分かる。俺もつっこが悪く言われるのは虫唾が走って相手を殺したくなる。それくらいには腹が立つ。
だけど今回のはあの女の問題であってつっこが怒ることじゃないのに。何をそんなにムキになってたんだろう。そんな事より今は『犯鬼』だ。近づいてより分かったけどコイツが『犯鬼』で間違いない。あの女も可哀想な奴。『犯鬼』なんかに恋しちゃって。好きになったら感情的になるのは俺も分かるんだけどね。だけどここでカマをかけて本性を出させて尻尾を掴みたい一心だった。それがつっこが望んでいるはずの事だから。
『犯鬼』は呆然と立ち尽くしていたかと思ったら、何処かに立ち去ろうとする。
「何処に行くの?アンタ。」
俺は『犯鬼』に話しかける。
「ゆゆてゃとつっきーが心配だ。探しに行かなきゃ。」
『犯鬼』はそう答える。
「心配ねぇ。ご馳走を逃しちゃう。」
俺はここでも揺さぶりをかける。
「き、君。さっきから何なんだ。まるで僕が悪い事をしている化け物みたいな言い方!」
『犯鬼』はムキになってきた。
「だってそうだろ?あの女とか他のガキ共は誤魔化せても俺は誤魔化せねーよ?だって血生臭い匂いが酷いから。」
「…!とにかく僕は2人を探しに行くから。」
そう言って『犯鬼』は走り去っていった。
「そんなことしたって俺から逃げられる訳ないのに。」
俺はそう呟き、『犯鬼』に気づかれないように後を追う。
――――
私はゆゆてゃちゃんが向かった方角と周りの子達から聞いた情報を元にゆゆてゃちゃんを探す。
ゆゆてゃちゃん、さっきはしんどかっただろうな。大好きな人が悪く疑われることはきっとどんな人でも耐えられないだろう。
『犯鬼』の尻尾を掴みたいのは私も同じだけどあの状況で揺さぶりをかける程でもない。
きっと結麻くんにとって他人が誰にどういう想いを抱いているかなんてどうでもいいんだろう。ただ『犯鬼』を殺したいだけ、私と2人きりで居たいだけ。ただそれらのことしか考えていないのだろう。
好きな人を悪く言われてゆゆてゃちゃんはきっと相当傷付いているはず。早く行って結麻くんの代わりに謝らないと。
そう思いながら走っていると路地裏から泣き声が微かに聞こえてきた。
「ゆゆてゃちゃん?!」
私は路地裏の方へと走っていった。
するとそこには案の定、ゆゆてゃちゃんが後ろを向いて座り込んで泣いていた。
「…ゆゆてゃ…ちゃん…。」
「…!つっきー…?」
私が声をかけるとゆゆてゃちゃんは振り向いて顔を見上げた。
「良かった。何処に行っちゃったのかと思って。」
「…。」
またもやゆゆてゃちゃんは俯く。
「隣、いいかな?」
私は尋ねる。
「…うん。」
ゆゆてゃちゃんの了承をもらった私はゆゆてゃちゃんの隣に座る。
「あの、ゆゆてゃちゃん。さっきは結麻くんがごめんね。凄い嫌だったよね。あんなこと言われて。本当は結麻くんに謝らせたかったんだけど。お互いそんなこと出来るような状態じゃなさそうだったし。それに私もあれは言い過ぎじゃないかなって思って怒ってるの。」
「つっきーも怒ってるの…?」
「うん!あれは本当に空気読めてなさ過ぎだったし。いつもあんな感じだけど今回のは行き過ぎだよ!」
「そうなんだ。つっきー、ゆまに怒らない子なのかなって思ってた。」
「えっ?そうなの?」
「うん、だってつっきー初めて会った時からなんかゆまの顔色伺ってたっていうか仲は良さそうだけどなんかぎこちなかったというか。」
「そうだったんだ…。」
まさか放課後の時のことがこんな所でまで引きずっていたなんて。
「顔色を伺ってたっていうのは事実かな。あの子何するか分からない所あるから。怖くて。」
「えー。それなら別れればいいのに。」
「そうなんだけどね。あっちがどうしても引かないからちょっと困ってるんだよねアハハ…。」
(本当は付き合ってる訳ないけど。)
「そうなんだ。つっきーも大変なんだね。…ゆゆてゃもよく悪い男に引っかかっては見捨てられて路頭に迷ってケイ前に来てたんだ。」
「そうだったの?お家とかには帰らないの?」
「家に帰りたくても両親とは仲悪いし、友達も居なくて。だからトッキー使って泊めてくれる人を探しては泊めてもらって付き合って見捨てられての繰り返し。そんな時に独りぼっちだった私に話しかけてくれたのがレオンさんだったの。それからはレオンさんに会う為に来るようになって。病んでたけどそれも落ち着いてきてそれからトッキーで友達を作るようになって今では1000人以上フォロワーが居るまでになったんだ。」
「へぇー。それはすごいね!レオンさんに出会えたおかげでゆゆてゃも前向きになれたんだね。」
「そうなの!もしレオンさんに出会えてなかったら今頃ゆゆてゃ…死んでたかも知れないし…。だからレオンさんはゆゆてゃの命の恩人なの!」
「そっかそれほどまでに大切な人なんだね。レオンさんかっこいいし優しそうだし、ゆゆてゃが好きになるの分かるかも。」
「でしょでしょ!ゆゆてゃの1番の推しなんだよ!きっと付き合えたらすっごく幸せなんだろうなぁ。」
ゆゆてゃの表情はいつの間にか明るくなっていた。
「それにしても良かった。ゆゆてゃちゃん、機嫌が治ったみたいで。さっ早くレオンさんの所に戻ろう!」
「でも…ゆまいるよね?大嫌いっ!って言っちゃったから怒ってるかも。」
「だとしたら私が全力で止める!今度こそ変なこと言わせないようガツンと言ってやるから。どんな理由があろうとも好きな人や居場所の事をとやかく言う権利なんて誰にもないから!だから結麻くんのことは気にしなくていいよ。」
「…つっきー!ありがとうー!」
ゆゆてゃちゃんの為に強気な事を言ってみたは良いが実際どのように止めてガツンと言えば良いのかは分かっている訳じゃなかった。だけど好きな人や大切な人、居場所が脅かされるのはあっちゃいけない事なのはハッキリしている。今までは結麻くんに脅されていたままだったけどちゃんと言いたい事は言わなくちゃ。
「ゆゆてゃちゃん、行こっか!」
「うん!」
私達が立ち上がって戻ろうとした瞬間、
「ゆゆてゃー!つっきー!」
レオンさんの呼び声が聞こえてきた。
「レオンさーん!ゆゆてゃちゃん居ました!こっちです!」
私はレオンさんを呼ぶ。するとレオンさんが路地裏の前に来た。
「ゆゆてゃ!つっきー!良かった無事で!」
「レオンさーん!」
ゆゆてゃちゃんとレオンさんが互いに駆け寄り、抱き合った。
「ゆゆてゃ!いきなり居なくなるからどうしたのか心配したよ。」
「レオンさん!ごめんなさい。私レオンさんが悪く言われたのが悲しくて悔しくて、でもどうすれば良いか分からなくて…。ぐすっ…ぐすっ…。」
「僕の為なんかに…僕の方こそごめんね。僕の方が大人なのに助けられなくて。」
「良いの。レオンさんが来てくれただけでゆゆてゃ、嬉しい!」
感動的な再会を見ていて私はホッとしていた。
「さぁ、ゆゆてゃ。それじゃあ行こうか。」
「うん!」
「さっきのオブジェまでですよね?戻りましょう!」
「え?違うけど?」
「「えっ?」」
「だってあそこにはゆまがいるから。またゆゆてゃに何かあったらって思って…。」
「じゃあ、何処に行くんですか?」
「それは…安全に3人になれる所だよ。」
「それって…具体的に何処なんですか?」
「それは…。別に何処でも良いだろ?あんな根拠もない事を言う子の所に戻る方が良くないと思うけど?」
なんだかレオンさんの挙動がおかしい。
「結麻くんの事なら私に任せてください!もうあんな失礼な事を言わないよう私からガツンと言いますから!それか何処に行くのかだけでも教えて下さい!」
「つっきー。君もあの子に似て随分と疑い深いんだね。僕ってそんなに信用できない?」
「そう言う訳じゃありません。しかし、私は分からないんです。どうしてそこまで結麻くんから逃げようとしているのか。」
「どうしてって…。さっきも言ったけどまたゆゆてゃがゆまの言葉で傷ついたりしたら…。」
「その時は大人としてゆゆてゃちゃんを守って下さい!私がレオンさんの立場だったら『そんな事ない。』って思いっきり伝えれば良いじゃないですか!大人なら、ゆゆてゃちゃんを想っているなら逃げないでゆゆてゃちゃんのこと守ってあげてください!力になれるか分かりませんが私も協力しますから!私から結麻くんにガツンと言いますから!だから子ども相手に逃げないで下さい!」
「うるさいっ!」
突然レオンさんが叫ぶ。ゆゆてゃちゃんもそれに驚いてレオンさんから離れる。
「レオン…さん…?」
「僕は逃げてなんかない!ただゆゆてゃを傷つけたくないだけなんだ。つっきーだってゆまの事嫌になっているんじゃないか?あんな事を言う子、早く別れた方がいい。そうだこれはゆゆてゃとつっきーを守る為でもあるんだ。このまま僕が安全な場所まで連れて行けば落ち着くはずさ。」
「じゃあ、逃げてないのであれば尚更教えて欲しいです。私達を何処に連れて行くんですか?」
私は流石のレオンさんの挙動に疑いを持たずにはいられなくなり、レオンさんを問い詰める。
「全く。ここにいる女の子達ならこんなに疑わずにホイホイとついて来てくれるのに君は違うんだね。まぁ、いいや。せめてゆゆてゃだけでも…!」
そう言ってレオンさんはゆゆてゃの腕を強く掴む。
「痛いっ!離して!レオンさん!」
「黙れ!君みたいな子は黙って僕のような立派な大人のいう事を聞いていればそれでいいんだよ。」
「レオン…さん…?」
ゆゆてゃは訳が分からないという表情でレオンさんを見つめる。
「あなたが何を考えているかは分かりませんが、ゆゆてゃを離してください!」
「ダメだ。ゆゆてゃはもう僕の女なんだから。この場にいる時点でね。だからつっきー、君も僕の女だ。」
レオンさんの顔つきがまるで肉食獣のようになっていた。
「レオンさん、それって…どういう…?」
「こういう事かな!」
突然レオンさんの口が肉食獣そのものの形になり、ゆゆてゃに噛みつこうとしている。
この光景、見た事ある。まさか本当に?!だとしたらゆゆてゃちゃんが危ない!
「ゆゆてゃちゃん!逃げて!」
そう私が叫んだその時だった。
ドサッ!グサッ!
「ぎゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
誰かがレオンさんの後ろから肩にのしかかり、器用にレオンさんの口の中にナイフを突き刺した。
その瞬間、レオンさんの手からゆゆてゃちゃんの腕が離れた。私はそれを見逃さずにゆゆてゃちゃんを庇うようにする。
ナイフを突き刺した誰かは口からナイフを抜き私達の方に下がる。
「ゆ、結麻くん?!どうしてここに?」
結麻くんが来ていた事に驚き、思わず聞いてしまう。
「アイツがつっこ達を探しに行ったから気付かれないように気配を消してついて行ってたんだ。まさかこんな所で本性を表すなんてね。」
「何?一体何がどうなってるの?」
泣き叫びそうな様子でゆゆてゃちゃんが私達に聞く。
「つっこはその女連れて逃げて!なるべく月光蝶の力が使いやすい場所に!」
「うん!分かった!行こうゆゆてゃ!ここは危ない!」
「…でも…レオンさんが…。」
「逃げないとゆゆてゃちゃんが死んじゃう!」
「!」
そう言って私はゆゆてゃちゃんの手を引き、痛みでもがいているレオンさんを横目に人混みの中に走って逃げる。
――――
つっこはあの女を連れて逃げてくれた。後は俺が時間稼ぎをすればいい。
『犯鬼』は立ち上がった。
「このクソガキが!よくも僕の女達を奪ったな!」
『犯鬼』は獅子のようにこちらに向かって走ってくる。そして口を大きく開けて牙を向けて襲いかかってくる。
ガキンッ!ガキンッ!
俺は牙をナイフで受け止める。『犯鬼』が噛みつこうとした瞬間に俺は片方のナイフで鼻を突き刺す。
「ぎゃあぁぁぁぁぁ!!」
『犯鬼』は鼻を抑え苦しんでいるが、直ぐに体勢を整えて今度は鋭い爪のついた大きな手で俺に襲いかかる。
ドスンッ!
俺はそれを飛んで避ける。
今度は横から引っ掻くようにして襲ってくる。
ガキンッ!
俺はナイフを二本使い、攻撃を防ぐが威力が強くて後ろに少し飛ばされる。
「ガルルルルル…僕ノ女達ヲ…返セ…!」
『犯鬼』はそのまま突っ込んでくる。
俺は体勢を整えてすぐに飛んで突進を避ける。
「そんなに喰いたきゃこっち来いよ!」
俺は『犯鬼』を挑発してつつこが向かった場所に誘導する。
俺はつっこの匂いだけはどんな場所でも嗅ぎ取ることが出来るから今、つっこが何処にいるのかすぐに分かる。匂いの場所からするにどうやら人気のない所に辿り着いた様だ。
「僕ノ女ァ!!!メスゥ!!ギャオン!!!」
『犯鬼』は俺の挑発に見事に乗り、誘導に成功する。
人混みの中、俺は『犯鬼』を煽りながら走り抜ける。
『犯鬼』は俺の事を懸命に追っている。そんなにダメージを与えていないからか、自分の獲物を取られて怒り狂っているのか他の人には目もくれずに真っ直ぐ俺に向かってくる。人々はこの状況に悲鳴や叫び声をあげているが今はそんな事どうでもいい。それより早くつっこの向かった場所に誘導しなくては。俺はつっこのいる方向に向かい人混みを駆け抜ける。『犯鬼』は
順調に俺について走って来ている。もうその姿は人間じゃなくて狩りをしている肉食獣そのものだ。俺は急いでつっこと女が居る方へと向かう。
――――
私達は人混みの中を走り抜ける。
「つっきー!何処に逃げるの?」
ゆゆてゃちゃんが聞いてくる。
「なるべく人が居ないところ!」
そうは言ったがそれは一体何処なのか見当がまるでついていなかった。
(どうしよう。何処に行けば…!)
そう思っているとゆゆてゃちゃんが突然叫ぶ様に話しかける。
「あそこがいい!向こうにあるラブホの屋上!あそこなら人が居ないはず!」
ゆゆてゃちゃんには心当たりのある場所があった様だ。流石、ここによく来ているだけはある。
「分かった!そこまでの道、教えてくれる?」
「いいよ!あっち!」
私はゆゆてゃちゃんの道案内通りにゆゆてゃちゃんの腕を引きながら人混みの中を駆けていく。
しばらくするとゆゆてゃちゃんの言う通り、人通りの少ない古いホテルの様な建物の前に着く。
「ホテルに着いたはいいけど、どうやって屋上まで行くの?」
「裏の方に階段があるからそれで登れば屋上に行けるはず!」
「分かった!階段まで案内してくれる?」
「うん!こっち!」
案内された先に古びた階段があった。
「ゆゆてゃちゃん。行けそう?」
「うん!大丈夫!登れる!」
「よし!行こう!」
私達は古びた階段を思いっきり駆け上がる。途中から2人とも息が上がるがそれでも上に登り続ける。
「ねぇ、つっきー!ここまで来てどうするの?交番とか行かなくていいの?」
ゆゆてゃちゃんが息を切らしながら尋ねてくる。
「警察はダメ!ああなっちゃうと警察の手にも負えないみたいで。だから私と結麻くんでどうにかするしかないの!」
「そんな…。レオンさんどうなっちゃうの?ちゃんと元に戻るんだよね?」
「それは…。」
私は答えに詰まり黙ったままゆゆてゃちゃんの手を引いて階段を登る。
「つっきー…?」
私がここで真実を言おうが言いまいが、どちらにせよゆゆてゃちゃんを傷付ける事になるだろう。『どんな理由があろうとも好きな人や居場所の事をとやかく言う権利なんて誰にもないから!』こんな綺麗事をゆゆてゃちゃんに言っておいて今から私がする事はゆゆてゃちゃんの好きな人を殺して存在も消す事。結麻くんの事を信用して察していればあんな事言わずに済んだのだろう。綺麗事を言った事を凄く後悔した。
しばらくすると屋上前に着く。
私達はフェンスを乗り越えて屋上に上がった。
ハァハァと私達が息を切らしながら座り込み沈黙していた空気をゆゆてゃちゃんが遮る。
「ねぇ。つっきー。こんな所まで来て一体何をするの?」
「それは…。」
またしても私は言葉に詰まる。言うのがとても怖い。
すると
「お願い!教えて!ゆゆてゃ、なんでも聞くから!」
「ゆゆてゃちゃん…。」
お願いをされてしまってはもう言うしかない。言わないで殺してしまったらそれはそれで傷付けてしまう。
だから私は言う事にした。
「ゆゆてゃちゃん。今から言う事は信じられない事かもしれないけど、さっきのはレオンさんの本性なの。レオンさんは許されない事を何度も繰り返してあんな姿になってるの。あんな姿になった人間は…殺さなきゃいけないの。」
「…!殺すって…どうしてそんな…!」
「そうしないとまた新たに犠牲になる人が出て来ちゃうから。あんな姿になっちゃうと警察も裁判所も何処も誰も裁けない。だから殺すしか被害を抑える方法が無いの…。」
「そんな…レオンさんが死んじゃう…そんなの嫌だ!だってつっきー言ったよね?『どんな理由があろうとも好きな人や居場所の事をとやかく言う権利なんて誰にもないから!』ってなのに何で…。」
ゆゆてゃちゃんは座り込んだまま、私の腕を掴んで揺らしながら嘆いている。
「ゆゆてゃ、本当にレオンさんの事好きなの!どうしても好きなの!あそこまで好きになった人居ないの!きっと話せば分かる!そうよ!だから殺すなんて…!」
「『黙って僕のような立派な大人のいう事を聞いていればそれでいいんだよ。』ってそんな事を言う人の事まだ好きなの?あれが好きな人に対する物言いだと思うの?!それにあんな姿している人を『人』と思えるの?!」
「?!」
「確かに独りぼっちだったゆゆてゃちゃんにとってレオンさんは大切な人で大好きな人で居場所でもあったと思う。それは見ただけでも話してくれたことでもそれはよく伝わった。でもね、レオンさんはゆゆてゃちゃんの事を自分の欲のために殺そうとしたし他の人達の命も奪ってる。もう殺されなきゃいけない所まで罪を犯しているの!それでも好きって言えるの?」
「言えるよ!例えレオンさんが何をしてどんな姿をしていたってゆゆてゃの好きな人には変わりないの!誰がなんと言おうと私にはレオンさんしか居ないの!それにレオンさんが悪い事したって証拠は何処にあるの?無いんでしょ?!尚更嫌いになんてなれない!」
「ゆゆてゃちゃん…。」
私にはこれ以上ゆゆてゃちゃんを説得する事は出来なかった。私は自分の共感力のなさや甘さ、愚かさを責めた。結局、私は人を傷つけることしか出来ない。だから本当のお母さんにも友達にも嫌われたんだ。こうしてまた人を傷つけて私も相手も独りぼっちにしてしまうのか。
そんな事を思っていると、
ガシャーンッ!
フェンスを壊す音が響く。音の方を見るとそこには突進している2本の角の生えたライオンとそのライオンの突進を避けている結麻くんの姿があった。結麻くんは私達の前に立つ。ライオンは顔を壁に突っ込んだまま抜けようともがいている。
「つっこ!」
結麻くんが私に駆け寄る。私はうな垂れて涙を流している。
「つっこ!大丈夫?怪我は?」
「うん…大…丈夫…。してないよ…。」
「つっこ?どうしたの?」
「私、ダメだった!私が綺麗事言ったばかりにゆゆてゃちゃんを説得出来なかった。私、こうやって人を傷つけてまた独りぼっちにさせているんだよ。」
私は泣きながら結麻くんに思いの丈を訴えた。
「何言ってるの?つっこは何も悪い事してないよ!悪いのはあの『犯鬼』とつっこの話を理解しないあの女だよ!だからつっこは自分を責めちゃダメだよ!」
「でも、このままじゃゆゆてゃちゃんが…!」
するとゆゆてゃちゃんは私達を無視してライオンの方に歩いて向かう。
「ゆゆてゃちゃん!危ないから離れて!」
「おい!女!死にてーのかよ!」
それでもゆゆてゃちゃんは私達を無視し続けてライオンの方に向かいすぐ目の前で足を止める。
丁度ライオンは壁から頭をようやく出した。
そんなライオンに対してゆゆてゃちゃんは話しかける。
「レオンさん?レオンさんだよね?」
「ガル?」
ライオンがゆゆてゃの方に顔を向ける。
「ゆゆてゃだよ。分かる?」
「あぁ、分かるよ。ゆゆてゃ。僕の1番のメス。」
「え?メス…?」
「やっとここまで来れたよ。君はいくら僕が下僕にしていたオヤジどもの配る酒や金で買った薬を飲んでも潰れなかったから苦労したよ。他のメスは簡単に潰れてくれたから食べる手間が省けたけど。」
「え?レオンさん?食べるってどういうこと?」
「メスを食べるって言ったらもうアレしかないだろ?まだゆゆてゃには早かったかな?」
「つまり、アンタは幼い女で遊ぶ為にオヤジどもに酒と薬を買う用の金を配る様に裏で指示していた。そして酒と薬によって潰れた幼い女どもをホテルに連れて行き、ひたすら楽しんだら楽しんだで今度は『霊力』を喰って殺したっていう訳だろ。アンタからは人を殺した血生臭さだけじゃなくオヤジどもを懐柔した金の匂いと女の匂いが同時にしたからな。『犯鬼』ごときが俺に隠し事をしようったって無駄なんだよ。」
「レオンさん。嘘だよね?ねぇ!嘘だと言ってよ!」
「嘘なんかじゃない。全部このガキが言った通りだよ。僕はただゆゆてゃの体と『霊力』が欲しかったんだ!あの日初めてゆゆてゃを見て一目惚れしたよ。そのエロい体と『霊力』の多さに。」
「…そ…そんな…。じゃあ、今までゆゆてゃ達に優しくしたのは何で?どうして居場所になってくれたの?」
「そりゃあもちろん女の子侍らせてプライド、つまり群れを作る為だよ。」
「む、群れ?」
「そう!1人のオスに大量のメスの群れ!僕はそれが欲しくてみんなの信頼を集めてたんだよ!ケイ前に集まるガキどもは少し優しくするだけで簡単に寄ってくるからなぁ。そこは大人の女と違って楽で助かったよ!」
レオンさんの言葉の一つ一つが不快だった。結局は自分の欲求を満たす為にゆゆてゃちゃん達の心を弄んで騙してたのだから。私はレオンさんの事を心から許せなかった。そしてあのドス黒い感情が着々と私の心を支配する。
「そ…そんな…。じゃあ、全部嘘だったのあの優しさも好きだって言ってくれたのも全部!」
「もちろん好きだったよ?その体と『霊力』がね。」
ゆゆてゃは膝から崩れ落ちた。
すると結麻くんがレオンさんに近づく。
「何だクソガキ!お前はお呼びじゃ…ぐへぁ!」
結麻くんは足でレオンさんの頭を踏みつける。
「なぁ、アンタに聞きたい事があるんだけど。『緋巳陽華』って奴、知ってるか?」
「痛いっ!離せっ!イタタタ…。」
「いいから質問に答えろ!知ってんのか?知らねーのか?」
結麻くんはより強くレオンさんの顔を踏みつけて怒鳴るように問い詰める。
「分かった!分かった!話す!ソイツかどうか分からないけど僕にオヤジどもを斡旋してくれた金持ちなら知ってる。僕がプライドを作る為にどうしたらいいか悩んでいた所に丁度、女の子が話しかけて来たんだ。その子に悩んでた事を聞かれたから話したんだ。そしたら今回の計画を提案してくれたんだ。」
「ソイツと何処で会った?」
「それは…あれ?…どこだっけ?覚えてない…。」
「あっそ。俺が聞きたかったのはそれだけだから。じゃあな。」
「へっ?」
結麻くんがレオンさんの頭から足を退かして端に避けたのと同時に私は4本の触手を背中から出してレオンさん目がけて飛ばす。
「死ね。この変態ゲス野郎。」
ドスの効いた声で私はレオンさんを罵倒する。
下の触手はレオンさんの首を絞め、上の触手でお腹を貫く。抜いて今度は顔を貫く。抜いてはまた別の場所を貫くを繰り返していった。
「ぐはぁっ!やっやめろ!」
レオンさんはジタバタ動いて抵抗していたが私は容赦なく触手で襲う。
「やめてくれ!まだ僕はプライドを作れていないあそこは僕のナワバリ、そして居場所…。」
そうレオンさんがいうと黒くなって消えていった。
触手は私の背中に戻っていった。ドス黒い感情の元となったレオンさんが居なくなったことで暴走することは無かった。
「結局、居場所が欲しかったのはガキどもじゃなくてアイツの方だったんだろうな。」
結麻くんが呆然と呟く。
私が「ふー。」と胸を撫で下ろしていると突然、頭の中で映像が過ぎる。
――――
私はどうやら横たわっている様子だった。そこに1人の少年が駆け寄って来た。
「お前大丈夫か?傷だらけじゃねーかよ!立てるか?」
私は少年に支えられながら立ち上がる。
身体中が痛くて仕方がなくて涙を流す。
「もう大丈夫だ。俺が手当してやるからな。お前、名前なんて言うんだ?」
「つっ…ちゅっきっこ…。」
「?アハハまだ上手く喋れねーのか?じゃあお前はつっこだ。」
「ちゅきこ!」
「はいはい分かったから早く俺のうちに来いって。その傷治してやるからな。」
そう言って少年は私の手を引き、家の中へと連れて行った。
――――
「おい、どこ行くんだよ!」
その言葉にふと意識が戻る。
何事かと思い声の方を見ると壊れたフェンスの前にゆゆてゃちゃんが立っていた。
「?!どうしたの?」
「つっこ!あの女、なんか様子が変なんだ!俺の声が聞こえてねーみたいで!『死』の匂いもするし!」
嫌な予感がし、ゆゆてゃちゃんの元に駆け寄ると
「来ないでっ!」
ゆゆてゃちゃんが叫ぶ。
「ゆゆてゃちゃん何してるの?!」
「ゆゆてゃ死ぬ!もう好きな人も居場所も無いなら死んだ方がマシ!だから近寄らないで!」
ゆゆてゃちゃんは絶望の余り自殺をしようとしていた。そしてゆゆてゃちゃんは飛び降りる。
「ゆゆてゃちゃん!!」
「つっこ!!」
私は即座に駆け寄り、落ちそうなゆゆてゃちゃんの手を掴んで引っ張る。
「何で?何で助けようとしてるの?そんなにゆゆてゃに苦しんで欲しいの?もう生きるのが嫌なの辛いの好きな人も居場所もないこんな世界!だから離して!」
「離さない!」
「何で?!」
「許せないから!!」
「?!」
「私、レオンさんのした事全て許せないけど何より1番許せないのは、罪の無い大切な人達の命が無くなる事なの!!」
「!!」
「ここでゆゆてゃが死んじゃったら私、私自身も何もかも許せなくなっちゃう!ゆゆてゃが死んじゃったら私、凄く悲しい!辛い!だからお願い!死なないで!」
私は感情的になってゆゆてゃちゃんに叫び、涙を流す。
「私、ゆゆてゃの友達になる!私の友達も紹介するし、居場所になる所も教えてあげる!だから生きて…。死んだら今までの事が台無しになっちゃう。台無しになるくらいなら生きようよ!」
「…つっきー…。」
下の方で騒ぎを聞きつけたのかスマホの明かりを私達の方に照らしている人達が集まってきた。
「おい!あそこに人がいる!落ちそうだよ!」
「大変!すぐ警察に通報しなきゃ。」
「あれ!つっきーとゆゆてゃじゃん。おーい!しっかりー!」
「今お巡り呼んだから2人とも頑張ってー!」
「死ぬんじゃねーぞー!」
「みさき…!ゆっぴ…!みんな…!」
「ほら、こんなにゆゆてゃに生きて欲しいって思っている人がこんなにいるんだから。ねっ。」
私は涙を流しながら笑顔をゆゆてゃちゃんに向ける。
「ぐすっ!みんな…ごめん…。ありがとう…。」
ゆゆてゃも泣いていた。
このまま引っ張り出したいが手を掴んでいるので正直精一杯。
(まずい!このままじゃ2人同時に…。)
私の体が下に引っ張られていく。まさに落ちようとしたその時、私達の体が宙に浮かぶ。
「うわぁ!」
「きゃあ!」
後ろを見ると結麻くんが私達を持って掬い上げてくれていた。
ドサッ!ドサッ!
私は結麻くんの上にゆゆてゃちゃんは直接屋上の地面に落ちた。
「つー!いったぁーい!」
ゆゆてゃちゃんはうつ伏せになって痛がっている。
「そんくらいの痛み当然だ。自分のやろうとした事よく考えろこのバカ女!」
結麻くんはゆゆてゃちゃんに暴言を吐く。
「ちょっとバカ女って何よ!やっぱゆま嫌い!」
「嫌いで結構。」
どうやら2人は仲良くなれそうにないみたいだ。
「いたた…。」
「!つっこ!大丈夫?」
私は結麻くんのお腹の上にいた。
「うわぁ!ごめんなさい!」
急いでその場を退く。
「えー。もっと俺の上にいてよかったのにー!」
ちょっと悔しそうにしている。そんな結麻くんの前に立つ。
「?どうしたの?つっこ。」
笑顔で私に尋ねる。
「ねぇ結麻くん。さっき私がゆゆてゃちゃんに言った事覚えてる?」
「?」
「『1番許せないのは、罪の無い大切な人達の命が無くなる事』」
「…。」
結麻くんは黙って目を丸くして私を見つめる。
「結麻くんがその人達に対してどう思おうと結麻くんの自由。だけど命を奪うって言うのなら話は別。私は結麻くんの事、絶対許さないし嫌いになるから。そしてどんな方法を使ってでも結麻くんの事殺すと思うから。だから、私の大切な人達の事、簡単に殺せるだなんて言わないで。」
私は真剣な表情と声でハッキリと言った。
「つっこ…。うん、分かった。ごめんね。今度からはつっこが許す殺しだけをするよ。もうつっこの大切な人まで殺そうだなんて思わないし言わないから。」
結麻くんは優しい表情で答える。
初めて結麻くんに本音をちゃんと伝えられたし伝わった気がする。やっと言えたという感じだった。今までは私が結麻くんの顔色を伺ってばかりの関係だった気がする。これで良かったんだと思う。
丁度パトカーのサイレンの音が下から鳴る。消防車のサイレンの音も聞こえてくる。私達3人は消防士さん達に救助された。警察の事情聴取では3人の喧嘩が原因でゆゆてゃちゃんが自殺しようとしたのを私と結麻くんで助けたということになった。勿論レオンさんの事は誰も触れなかった。ゆゆてゃちゃんもレオンさんの事を忘れているみたいだった。
私と結麻くんは急いで警察署から出る事にした。
ゆゆてゃちゃんのことはそっとしておきたかったのと私達とゆゆてゃちゃんの記憶にはあまりにも誤差があるから。そして時間が経てば私達のことすらも忘れている恐れがあったから。
私と結麻くんが警察署を出るとそこに閻魔大王と類菜さんと美月さんがいた。
「大王、類菜さん、それに美月さんまで!」
「よっ!2人ともご苦労さん!よくやったね!」
「『犯鬼』討伐おめでとうございます。ご無事で何よりです。」
「2人ともよう頑張ったなー!えらいで!ちゃんと無事に戻って来て。」
3人で私と結麻くんに労いの言葉をかける。
「あのどうして3人が警察に?」
「警察から呼ばれたんや。2人の保護者として迎えに来て欲しいって。」
「オレっちと類菜ちゃんは美月ちゃんの連絡を受けて来たって訳!2人の活躍、ちゃんと見させて貰ったよ!まさか女の子の命も救っちゃうなんてね!素晴らしいにゃ!それに『緋巳陽華』の情報も聞き出せたんだろ?」
「まぁな。それが『緋巳陽華』本人なのか何処にいるかまでは分からねーまんまだったけど。」
「でも、女の子の姿をしていたとかっていってました!そして犯罪の計画を教えていたという事も。」
「そっか。それだけでも十分な収穫だ。奴については情報が少な過ぎるからね。あることに越した事はないよ。」
「そう…ですか。」
もし、レオンさんに近づいて犯罪の手助けや計画を提案してきたのが『緋巳陽華』なのだとしたら、相当悪意の持った人物であることが分かる。
『犯鬼』に加担し、人の命を大量に奪うような計画を提案してくるなんて、『緋巳陽華』。絶対に許せない。
「さっ!うちに帰るで!」
美月さんの合図と共に私達は家路へとついた。
時間はいつもなら寝ている深夜だった。
ケイ前編終了です。
次回の投稿日時は今のところ未定です。