四章 想起する夜
※注意事項
い◯め、虐◯、グロテスクな表現あります。
苦手な人は気をつけて読むかブラウザバックを推奨します。
トラウマ等が出たとしても責任は負いかねます。
大丈夫な方はぜひ楽しんで下さい。
「小娘、起きぬか。」
「う…うーん…。」
月光蝶の声がして私は起きる。
「ここは。確か私の…。」
「そうじゃ。今回も用があってな。」
「用、ですか。」
「そうじゃ。全く、今回はよくも地獄の鬼なぞ喰わせようとしおって。あんなの不味くて喰えぬわ!」
月光蝶は怒っていた。地獄の鬼とは類菜さんのことだろう。月光蝶にとって地獄の鬼は不味いらしい。
「ご、ごめんなさい…。」
「おのれ閻魔大王め。妾への当て付けのつもりか。…まぁいい。今度こそ人間を喰えるだろうからな。其方には充分に働いてもらうぞ。」
「でも、私があなたに食べさせられるのは『犯鬼』と『緋巳陽華』だけです。他の罪のない人達は食べさせられません。」
「ほぉ、言うではないか。其方は今回、妾の与えたヒントを元に力を使ったのぉ。どうじゃった?」
「それは…。確かに力は使えたけど、なんかドス黒い感情に飲み込まれそうにはなって類菜さんを消しちゃう所だった。」
「そうじゃろそうじゃろ。妾が教えたのはあくまで力を出すヒントであって其方が思い通りに使うヒントではない。妾はただ人間を喰ればいいのじゃからな。」
「そんな…。これじゃ罪の無い人を巻き込んじゃう。それじゃ意味がない。」
「では、それに抗ってみるがよい。力を使う元となる感情とやらに。今の其方に出来るとは思えぬがな。オホホホホホ。」
あのドス黒い感情に抗う。しかし、抗い切ってしまえば力を使えなくなるかも知れない。何か上手くやる方法、閻魔大王の言っていた感情のコントロール。これを出来るようにするしかないみたいだ。
「なら、やってみます。抗うとは違うけど、絶対にあなたの力をコントロールしてみます!」
「ほう、言うではないか。良いだろう其方のやりたいようにやってみるが良い。妾の力に呑まれるのがオチじゃろうがな。」
月光蝶は余裕ある態度だ。それに感情をコントロールすることには非協力的な様だ。コントロールする方法を自分で考えなければ。
「そうじゃ。其方にはもう一つ用があったんじゃ。」
「?何ですか?」
「其方、前回も含め記憶の一部を思い出したのではないか?」
「そうですね。あんまり現実味が湧かないんですけど。」
「ならよく思い出す手伝いをしてやろう。」
「えっ?」
そう言うと月光蝶は自分の羽から触手を伸ばし私の体に突き刺した。衝撃と痛みに襲われる。
「あっ…あっ…!」
その瞬間、視界が暗転する。
――――
見知らぬ教室に私は居た。私の体は所々透けている。今通っている学校の教室ではない。周りの子達はみんな私服で今の私よりも少しだけ幼い。どうやら小学校の教室の様だ。周りの子達は私の存在に気づいて居ない様だ。
教室の隅の席に座って何か絵を描いている黒髪が長く黒いワンピース姿の少女が居た。
他の子達は教室で走り回ったり、友達と集団になってお喋りをしている。絵を描いているのはその少女ただ1人だった。
「何描いてんの?」
友達と集団で話してた1人の少女が絵を取り上げる。
「やめて!返して!」
黒髪の少女は抵抗するがそれも虚しく絵は持ってかれてしまった。
この光景を見ただけで何故か冷や汗が出てしまう。
絵を奪った少女は自分が居た集団に絵を持っていく。
「ねぇこれ見て。なんか変な人描いてる!」
絵を奪った少女はさも面白い物を見せるかの様に集団の子達に見せる。
何を描いてあるのかまでは見えなかったが、何か人の様な物が描かれているのは見えた。
「えー。何これ人?」
「つーか、誰よこれ?」
「なんかこの絵キモいんだけど。」
集団の子達が騒ぎ始める。
すると走り回っていた男の子達も群がり始める。
「えー。何々。」
「おい、5年生にもなってこんな絵描いてるのかよ。」
「なんか下手くそだし何描いてんのかわかんねー。」
男の子達も騒ぎ出す。周りの子達はクスクスと私を横目で見ながら笑ったり、ヒソヒソと話したりしている。この場面を見てると酷い孤立感と恥ずかしさに襲われる。
「お願い。返して。」
黒髪の少女は周りの子達に涙を流して必死にお願いしていた。
「なーに泣いてんのこの泣き虫。こんな絵描いてるからそんなに地味で暗くて泣き虫なんだよ。私が特別に明るくしてあげるー。」
そう言って絵を奪った少女は絵をビリビリに破いた。
周りの子達はゲラゲラと笑っている。
その瞬間、何故か戦いの時のあのドス黒い感情が私を襲った。
黒髪の少女は手を伸ばしながら絶望した表情をした。
次の瞬間、
「嫌あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
黒髪の少女は悲鳴を上げて泣き叫びながら破かれた絵を必死に集め大事そうに抱きしめていた。
「なーきむし!なーきむし!暗くて気持ち悪いなーきむし!」
周りの子達が一斉に嫌なコールをあげる。
黒髪の少女は体を微かに震わせていた。すると次の瞬間、
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!死ねえぇぇぇぇ!!みんな死んじまえぇぇぇぇぇ!!!」
黒髪の少女がドスの効いた声で叫んだ。それと同時に黒髪の少女の背中から見た事のある4本の触手が飛び出して来た。そう、私の背中から出るあの月光蝶の触手だ。
触手は次々と教室にいる子達に襲い掛かる。ある子は胸を刺され、ある子は頭を握り潰されていた。首を切られている子もいた。その状況はまるで地獄そのもの。触手は素早く教室に居る全ての子達を凄惨なやり方で殺していった。教室には血の雨が降っていた。
「ああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
黒髪の少女は輝きを失った瞳を見開きながら手を伸ばし、叫んでいた。
教室が静まり返る。教室一面、血の海に染まっていて、机や椅子、先生の机までも何もかもめちゃくちゃに散らかっていた。そして、教室中に見るも無惨な子どもたちの死体があちらこちらに転がっていた。
「ハァハァハァハァ…。」
触手は黒髪の少女の背中にスルリと収まる。
黒髪の少女は叫んでいた時と変わらない姿勢のまま、横に倒れてしまう。
今までこの光景を見ていたが、黒髪の少女は私にそっくりだった。
少し思い出す。確か私は休み時間に絵を描いていた。それを面白がっていじめっ子が奪って絵を周りに見せびらかしたと思ったらいきなり絵を破き出した。何を描いていたかまではまだ思い出せないけど、凄く大切な絵を描いていたのは確かだ。だけどその凄く大切なものというのがどうしても思い出せない。
気づいた時にはこの惨状になっていた。それから倒れてしまい、病院のベッドで目を覚ました。その時にはもう13歳になっていた。つまり1年近く眠りについていたのだ。もうその頃から私には記憶が無くなっていた。そうか、私は小学校の頃にクラスメイト全員を月光蝶の力を使って殺して1年近く眠りつづけていたのか。そして記憶を全て失ってたのか。
そう理解したと同時に視界が暗転する。
――――
見知らぬ家に私はいた。また私の体は所々透けている。赤いカーペットが敷かれている。床にはおもちゃが幾つか置かれている。前をよく見ると台所らしき所に女性の後ろ姿がある。エプロンを着けずに整った茶色い長髪に赤いワンピース姿。どうやら何か作っているようだ。そして私の存在にやはり気づいて居ない様子だった。その女性に幼い少女が駆け寄る。少女は黒か紫のワンピースに少し乱れた黒髪姿だった。年齢的にはさっきの子達よりもかなり幼い。よく見ると顔と手には痣のような跡がある。この様子を見るに女性は少女の母親で少女は怪我をした事を母親である女性に訴えかけているのだろう。そう思ったが、少女は意外なことを口にする。
「お母さん。お庭にまた知らないおじさん達が歩いているよ。」
その少女の言葉を聞いた女性は台所を思い切り叩いた。
「いい加減にしなさい!そんな人達居ないって何度言えば分かるの?月子、あなたもう4歳でしょ!それくらい分からないの?」
女性は少女の方を向き、少女に向かって怒鳴る。
よく見ると女性は少し派手な印象だった。そしてあの少女は私と同じ名前だった。
「でも、だって本当にいるんだもん。」
そう反論した少女の私に母親が持っていたお玉で殴りつける。
「いい加減にしなさいって言ってるでしょ!そんなことばっかり言うからそう見えるんでしょ?まったく、アンタがそんな事言うからこっちも怖くなるでしょ!止めてよ。」
「ごめんなさい。でも、本当にいるの。」
少女の私は泣きながら訴える。
「何度も同じ事言わせて何が『ごめんなさい』よ!まったく分かってないわね!そんな子はお仕置きよ!」
そう母親が言うと少女の私を叩いたり蹴飛ばすといった暴挙に出た。
「ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。お母さん、ごめんなさい。痛い。」
少女の私は泣きながら許しを乞うている。
その現場を目撃した瞬間、私自身に強い痛みと恐怖感と酷い虚しさに襲われた。そして涙が止まらなくなった。そしてようやく現実味を帯びて思い出してきた。
私は幼い頃から人には見えない人達が見えていた。その存在を母親に知らせる度にこうして怒鳴られ暴力を振るわれていた。その時の痛みや悲しみ、恐怖、虚しさと言った負の感情に襲われ、ひたすら涙を零しながら体が固まっていた。
「この疫病神。後でお父さんにもお仕置きしてもらうから。」
そう母親が言うと倒れている少女の私の首元を掴み、何処かへ引きずっていく。
その感覚が今の私にも伝わってくる。
(痛い、やめて…。)
私の言葉は声にもならなかった。
少女の私は虚ろな目から涙を流しているだけだった。
母親は玄関まで私を引きずり、玄関を開け、あろう事か少女の私を外に放り出した。
「痛っ!」
少女の私は無惨にも階段から転げ落ちて通路付近まで転がっていった。勿論その痛みも今の私にも伝わる。
また明確に思い出す。そうだ怒られて叩かれた後は必ずと言っていいほどこうして外に放り出されていた。そして父親が帰ってくるまで放置されていた。
少女の私は通路付近で倒れて動かなかった。
ここでまた視界が暗転する。
――――
気がつくと目の前に月光蝶が居た。
「ようやく記憶から戻って来たか。」
私を刺していた触手がスルリと体から引き抜かれていく。
「…。」
私は声が出なかった。その代わり、涙が流れて止まらなくなっていた。
「ほほぅ。随分と弱々しいのぉ。さては悪い記憶でも蘇ったのじゃろ。ほほほ。実に愉快愉快。」
虚しくも月光蝶の笑い声が響き渡る。私は孤独感と悲しみに打ちひしがれていた。何も言い返す事も出来なかった。
「だが、ここで其方には壊れてもらう訳にはいかぬ。妾は常に飢えているのだからな。今回はここまでにするとするかのぉ。」
そう月光蝶が言うと、目の前の世界が白くなっていく。
私は目眩を覚え、そして何も見えなくなった。
――――
私はベッドの上でふと目を覚ました。いつも通り目覚ましが鳴っている。枕が濡れている。あの2つの記憶の中で流していた涙は本物だったようだ。体を起こすと怠く感じた。戦いの試験の疲れか2つの悪い記憶を見たことによるものか分からなかった。
あまり寝た気もしない。ただ痛みや悲しみ、苦しみだけが残っていた。
私は目の涙を袖で拭き、いつも通り身支度をして一階の洗面所に向かう。顔を洗い、鏡を見ると私の顔色は青白くなっていた。そして目もいつもより伏せ気味になって目の光が無かった。
そんないつもより更に冴えない顔で台所に向かう。
台所では美月さんが朝ご飯の支度をしている。
「…おはようございます…。」
力無く美月さんに挨拶をする。
「おはよう月ちゃん。随分と早いな。どないした?顔色悪いで?具合でも悪いんか?」
「いえ、嫌な夢というか…記憶というかを見てしまって…。」
「!?記憶って。何か思い出したんか?」
「はい。それが…。」
美月さんはコンロの火を止めた。
「話すんやったら座って落ち着いて話聞こうか。」
私と美月さんはテーブルの席に着く。
そして私は先ほど見た事と思い出した事を美月さんに話した。
「…そうか。それはえらいこと思い出してしもうたな…。辛かったやろ。」
「えぇ、まぁ…。正直、見てて苦しくて怖かったです。あんな事が私の身に起きていたんですね。私、お母さんにも友達にも嫌われていたんですね。」
「そうかもしれへんけど。でも決して月ちゃんは悪くないで!…月ちゃんのお母さんはな月ちゃんよりも遥かに怖がりで臆病者やったんや。だから幽霊とかの話は凄く嫌ってたし美月さんのことも嫌ってたんや。怖いものはなんでも排除したがるそんな極端な人やったんや。だから見える月ちゃんにあんな仕打ちを…。だからってあんな仕打ち許される訳無いんやけどな。」
「そうだったんですか…。じゃあ、小学校の頃のあの記憶は?」
「それは美月さんも初耳や。知ってたのは月ちゃんが血の海の教室で倒れてたってことくらいや。そん時、月ちゃんは病院に運ばれて目を覚さなかったんや。
…。」
突然、美月さんが黙り込んでしまう。何か言いたくない事でもあるのだろうか。でも、私はどうしても知りたかった。
「あの、何かあるのなら聞かせて下さい。私、全部知りたいんです。」
私自身でもいつもの私らしくないとは感じていたが、知りたいという気持ちの方が強かった。
「月ちゃん…。分かった。ホンマは話しとうない内容やったけど月ちゃんが聞きたいというのなら…。」
「事件の事を知った月ちゃんのお母さんは突然、美月さんのことを呼び出したんや。そして、月ちゃんを美月さんに引き渡したんや。それから月ちゃんを美月さんの養子にして引き取った。それで今に至るわけや。ごめんな。こんな事あまり月ちゃんに聞かせたくなかったんやけど。」
「いえ、いいんです。これで何で私にはお母さんが居ないのかハッキリしました。それに今は美月さんが私のお母さんです。」
「月ちゃん…。ホンマにゴメンなぁ。辛い思いばっかさせてしもうて。」
美月さんは両手を祈る様に重ねながら泣いていた。
「…美月さん。泣かないで下さい。美月さんは何も悪い事してないじゃないですか。それに美月さんが居たから今の私があると思うんです。私、美月さんとこうして一緒に暮らせて今、幸せです!」
私は美月さんの両手を握りしめながら自分の思いの丈を伝えた。
「月ちゃん…。月ちゃんにそんな事言われる日が来るなんてな。ホンマ強くて優しい子になったなぁ。美月さん、嬉しい限りや。」
美月さんは泣きながらも私に微笑みかける。
「いつも思ってる事ですよ。本当に美月さんには何から何までして貰ってて逆に申し訳ないくらいですよ。」
「ええのよ。美月さんは月ちゃんの為なら出来る限りのことするつもりや。なんたって月ちゃんは美月さんの娘みたいなもんやから。もっと甘えてええんやで?」
「もう充分に甘えちゃってますよー。えへへ。」
「ホンマかいなー。アハハハ。」
私と美月さんは気が付けば笑い合っていた。
「話したい事はまだあるか?」
「いえ、さっきので全部です。」
「そうか、なら朝ご飯の支度手伝ってくれるか?」
「はい。分かりました!」
私は美月さんと台所に立つ。
私は辛い過去を経験しているのは事実だ。それでも美月さんに話した事で少し気持ちが楽になっていた。改めて美月さんの偉大さを実感した。嫌な記憶だったけど、そんなのはただの過去だと思えるくらい私は前向きになれている。この調子で失くしている記憶を取り戻し続けよう。ただそう思っていた。
――――
俺は階段からつっことおばさんが話している事に聞き耳を立てていた。つっこが実の母親から虐待を受けていたのは知っていたけどまさか学校でも虐められていたなんて知らなかった。俺があの時、学校に入れて俺が全て止めていたらつっこも記憶を失わずにずっといられたのかもしれない。でもおばさんならそうなったとしても俺とつっこの間を引き裂いただろうな。
それにしてもあんなに前向きで頼もしいつっこはいつぶりだろうか。もう何年も前のことだ。それでも俺はちゃんと覚えている。いつもの怖がりなつっこも大好きだけど、今のつっこも大好きだ。あぁ、おばさんが羨ましい。あんな表情のつっこを間近で見られているし感謝もされている。どうして話しているのは俺じゃなくておばさんなんだよ。俺もつっこの話を聞いてあげたい。つっこに感謝されたいし必要とされたい。そしてああして笑い合いたい。
つっこはいつ俺の事思い出すんだろう。俺の事を思い出した時、つっこはどんな反応をするんだろう。正直思い出して欲しくない。きっとつっこは混乱するだろうし、あの日の事をなんか思い出した日にはきっとつっこは自分を責めて…。いや、つっこは何も悪くない。悪いのは『アイツ』。そう全ては『アイツ』が仕組んだ事だ。つっこが居なかったら俺はどうなっていたことか。とにかく『アイツ』は俺とつっこの幸せを全て奪ったんだ。いつか殺してやる。
俺は唇を噛み締めた。
「?結麻くーん?近くに居るのー?朝ご飯出来たよー!」
つっこの声だ。流石つっこだ俺の気配をすぐ感じ取れる。やっぱり凄くて可愛いよつっこ。
俺は階段を駆け下り、台所へ向かった。
「!?ゆ、結麻くん!足、大丈夫なの?!」
俺が普通に歩いてきた事に驚いている様子だ。
「うん。あれくらい平気だよ!それにしても今日も可愛いねつっこ!」
俺はいつもの素直な気持ちをつっこに伝える。
そういえば昨日はあの獄卒女に両足、滅茶苦茶にされたんだよな。
でも俺にとってはあれくらいの怪我、なんて事ない。一晩寝れば治ってしまう。ただ、怪我をした瞬間につっこを守れなくなる可能性が出てきてしまう。それは避けないとな。
「さぁ、2人とも朝ご飯食べるんやで。」
そうおばさんに言われ、つっこと一緒に朝ご飯を食べる。あぁ、この幸せがいつまでも続けばいいのに。
そして俺とつっこは学校に向かう為、家を出た。
今日も朝からつっこと2人きりでいられるこの時間は俺にとってはかけがえのない時間だ。
今日も可愛いよ、つっこ。
――――
やっぱりそうなるよね。だって私、「付いてこないで。」なんて言えないしそういう立場じゃないのも理解している。それにそんな事を言っても付いてくるのは分かっているというのもある。
だけど…。
「あの…横に並んで歩いてるとまた真希ちゃんとかに勘違いされちゃうんですけど…。」
「えー、だって俺とつっこの仲だよ?勘違いも何も無いよ。今のこの状態こそ事実なんだから。」
明るい表情と声で言う結麻くん。
あぁ、そうか。勘違いしているのは結麻くんの方だったか。
「一応私達、幼馴染みなんだよね?幼馴染みと恋人って違う気がするんだけど…。」
「それはあくまでおばさんが言ってた事でしょ?そんなの関係ないよ。つっこは忘れているから分からないかも知れないけど、俺達は結婚をも約束した仲なんだよ!」
恥ずかしげもなく堂々ととんでもない発言をしてくる。
すみません。私が記憶失くしている事を上手く利用して事実をねじ曲げている様な発言をしないで下さい。心臓に悪い。いきなりこういう事を平気で言える所が怖い。事実上のストーカーでもあるから尚更怖い。幼馴染みとは言え記憶を失くす前の私は一体どの様に結麻くんと関わっていたのだろう。今の記憶の状態からじゃ想像もつかない。
そんなやり取りをしていたらいつの間にか校門前まで来ていた。
「じゃあ、ここまでね?」
「分かった。じゃあね。」
そう言うと結麻くんは私の前髪をサラリと上げておでこに軽くキスをしてきた。
本当に私の言葉と気持ちが通じていないんだなと思ったと同時にとてつもない恥ずかしさに襲われた。
「なっ!なにして…!」
私は顔を熱くしながらおでこに両手を当てる。いきなりのことで上手く言葉が出なかった。
「ふふっ、つっこが元気になるおまじない!」
整った顔でイタズラっ子の様にニヤリとしながら言う。
それは完全に反則というかアウトです。
本当に恋人の様な事を誰かが見ているかもしれない所で平然とやるストーカーとか怖すぎます。
「あっ!月子ちゃーん!結麻くーん!おはよー!」
げっ!その声は真希ちゃん!まさか見てたとかないよね?ないよね?
「2人とも朝からお熱いねー。青春だねー。ヒューヒュー!」
ですよね。見てましたよね。ていうかこの場所であんな事堂々とされてるの見ない筈無いですもんね。本当にどうするの?これ。これこそ勘違いとかじゃ済まないって。
「あの、真希ちゃん…。これは、そのっ、違くて…。」
私は慌てて修正しようと必死になる。
しかし真希ちゃんは私の肩を組んで、
「何も隠さなくたっていいんだよ月子ちゃん。こういうのは仲が良ければ良い程良いに決まってるんだよ?健全な事じゃない。女子中学生、恋の一つや二つするものでしょ?何も恥ずかしがる必要は無いって!」
諭す様に言った後にグットサインを私にしてくる。
すみません。本当にそういう仲じゃないんで。全く健全じゃないですって!あなたが言ってるイケメンの正体はヤバいストーカーなんですって!
そう言えたら良かったけど、真希ちゃんに心配をかけたくなかったのと言ったら結麻くんが何してくるか分からないのが怖いのとで、
「は、はぁー…。」
としか言えなかった。この誤解、解ける日は来るのだろうか。
「はぁー。」
「相変わらず朝から騒がしいな真希。」
ため息をついていたら、呆れた顔で奈々ちゃんが来た。
「奈々ちゃんおはよう…。」
「奈々おはよー!ねぇ聞いて!聞いてよ!あのね今日ね!」
「うわー真希ちゃんやめてー!結麻くんも誤解だって言ってー!…ってあれ、居ない。」
「あれ?本当だ。どこ行っちゃったんだろう。月子ちゃんの彼氏。」
あの、彼氏って言うのやめてくれません?更なる誤解を生む事になりますから。
それに結麻くんならきっと隙をついて校舎内に侵入したのだろう。校舎側から結麻くんの視線を感じる。
「彼氏?何の話?」
奈々ちゃんが話に突っ込む。
正直そこはスルーして欲しかった。
「そう、結麻くんのこと!」
真希ちゃんが元気に笑顔で答える。
「結麻くん…?あぁ、あの無愛想な奴?あれ、月子ちゃんの彼氏なの?!」
奈々ちゃんが驚いて聞いてくる。
「違うよ幼馴染みだってー。」
私は涙目になりながらも必死で訴える。
「彼氏なんかじゃないよね?!あんな危なっかしそうな男!」
流石、奈々ちゃん鋭い!
「えー。そうかなぁ?月子ちゃんにベタ惚れないい彼氏って感じに見えるけど?」
真希ちゃん、だから全然違いますから。
「だから違うんだって!本当に結麻くんとはそういう関係じゃないの!ただあっちが勘違いか何かしてるだけだから!」
ようやく言いたい事が言えた様な気がした。
「だよねー。よりにもよって月子ちゃんがあんな男選ぶわけないよね。今度あの男に何かされたら真っ先に私に相談するんだよ?」
「うん。ありがとう…。」
奈々ちゃんの鋭さと優しさに安心して思わず涙が出てしまう。
「奈々。結麻くんの事、嫌いなのー?あんなに月子ちゃんに優しくてイケメンなのに!」
「真希。あいつの目ちゃんと見た?私には優しい人の目には見えなかったけどね。なんか別のこと考えてる様な目に私には見えたよ。真希も男と付き合う時は気をつけるんだよ。」
奈々ちゃんはため息をつきながら言う。
「えー!何で恋バナとかに興味ない奈々にそんな事言われなきゃいけないのー?」
「恋バナに興味ある無しは関係ないの。大事なのはその人をちゃんと見るって事よ。」
「奈々。なんか大人みたーい。」
私もそう思った。
「でも奈々って恋バナ興味ないだけじゃ無くて誰とも付き合った事も無いじゃん。何でそう言えるの?」
「真希、アンタも誰かと付き合ったことないでしょーが。まぁそれは…人間観察が趣味だからかな?」
奈々ちゃんは真希ちゃんに突っ込んだ後、少し躊躇いながら理由を答える。
「えー何それー。ウケる。」
本当に奈々ちゃんは私たちと同じ学年なのか疑ってしまうレベルに大人びている。
「私、奈々ちゃんみたいに余裕のある大人っぽい人になりたいな。」
私はぼそりと思っている事を口にした。
「えー。月子ちゃんは今の月子ちゃんのままで全然可愛いのにー!」
「そ、そうかな?」
真希ちゃんの言葉に少し照れる。
「そうね。真希よりは落ち着いてる方だし。そんな背伸びしなくても良いんじゃない?」
「奈々ちゃんまで…。そんなにそのままで良いのかな?今の私に良い所なんてあるとは思えないんだけど。」
私は疑問を口にする。
「全然あるから!月子ちゃん、可愛いから!男の子にキスとかされちゃうくらいなんだから!キャー!」
「あれは、結麻くんが勝手にイタズラでやった事であって…。」
「そうさせるくらいの魅力が月子ちゃんにあるって事なんだよ!もっと自信持ちなって!」
「真希ちゃん…。」
「いや、それで自信持つのもなんか違う気がするんだけど。」
私と真希ちゃんの会話に奈々ちゃんが突っ込む。
キーンコーンカーンコーン
「おーい!そろそろ校門閉めるぞー!早くしないと遅刻になるぞー!」
登校時間のチャイムの音と生徒指導の先生の声が聞こえる。
「ゲッ!ヤバッ!」
「あわわわわ…。急がないと…!」
「2人とも早く行こう!」
私達3人は走って校門をくぐり、教室へ向かった。
最後まで読んで頂き誠にありがとうございました。
次回はついに本格的に『犯鬼』との戦いが始まります。どうぞお楽しみに。




