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滅影の彷徨人  作者: シフォンねずみ
4/8

三章 試練(後編)

続きです。

相変わらずの初心者文章ですが、是非楽しんでください。

目覚ましの音と共に目が覚める。

「…さっきのは…?」

夢にしてはハッキリと内容を覚えている。寝ている間に月光蝶と直接会話したとでも言うのだろうか。

これが夢じゃないとすれば、月光蝶はとりあえず犯鬼と緋巳陽華を殺す事に協力するといった様子。そして

『其方が本気で許せない事や失いたくないものを考えろ。』

私は何が許せなくて失いたくないのかまだよく分からないけど、ヒントを得られただけでも良いのかもしれない。また月光蝶と話す事が出来るのだろうか。私の知らない事を知っている気がする。

「…支度しなきゃ…。」

ベッドから出て、身支度をし部屋を出る。

洗面所で顔を洗い、顔をタオルで拭いた後、鏡を見つめる。

(これって現実なんだよね?昨日のことも含めて。)

昨日の放課後に起こった事も美月さんや閻魔大王が話してくれた事も全てこれまで過ごしてきたなんて事ない日常を打ち壊しにくるくらい衝撃的で未だ受け入れられていない自分がいる。現実なのかどうか確かめたい気持ちで鏡の中の自分を見つめていると突然体に衝撃が走る。

「つっこ!おはよー!」

突然、背後から結麻くんが私に抱きついてきた。

「きゃあっ!」

咄嗟に悲鳴が出る。

「今日のつっこも可愛いね!思わず抱きしめたくなっちゃって…!」

私にしがみつきながら、顔を赤らめてうっとりとした表情で私を見つめてくる。

この子は理性とかそう言った物は持ち合わせていないのだろうか。私が同じ立場だったら好きな人にそんな事出来やしない。寧ろ迷惑なんじゃないかとも思うくらいだ。愛情表情(?)が過激過ぎてついて行けない。そしてその整った顔で見つめてくるのやめてほしい。心臓に悪い。色んな意味で。

「何や朝から騒がしいと思ったら、結麻くんかいな。月ちゃんと関われる様になったからって調子乗ってると嫌われるで?」

キッチンの方から美月さんが呆れながらやって来た。

「だってこんな感じに関われる様になるまで何年待ったことか。こんな可愛いつっこがいたら抱きしめずにはいられないよ。」

関われる様になったとはどう言う事なのだろうか。今までは接触禁止されてたとかなのか。それにしても何故。疑問に思い、美月さんに聞いてみた。

「美月さん、おはようございます。結麻くんってどうして今まで私に関われなかったんですか?」

「おはよう月ちゃん。そんな事より朝ごはん出来てるで!」

「は、はぁ…。」

なんかあっさりと無視されてしまった。これ以上踏み込んで聞き出す力が今の私には無かった。美月さんは何か知っていてそれを隠しているのは分かったが一体何を隠しているのか。私の失くしている記憶と関係あるのだろうか。

――――

「行ってきまーす。」

朝食を終え、学校へ行くため玄関を出る。

「いってらっしゃい!気ぃつけてなー。」

いつもの様に美月さんが見送ってくれる。

「俺が居るから平気平気!」

何故か私と一緒に出る結麻くん。

「…いや、それが心配なんやけどな…。」

そう美月さんは呟いていた気がする。

――通学路にて。

「こうしてこれからもつっこと2人きりで居られるなんて夢の様だよ。これからが楽しみだね!教室に入れないのは少し残念だけど放課後、いや昼休みまで待ってればまた会えるもんね!」

「う、うん?そう…だね…。」

いや、どうしてこうなる!何で私の登校についてくるの?!そして学校終わるまで待つつもりみたいだし。それに昼休みは教室で過ごしますけど?!一体どこまで私についてくるつもりなんだろう。

うっとりとした表情をしたかと思ったら笑顔を私に向けて話しかける。

「あの、そんな事より結麻くん…?学校とかは…?」

疑問に思ってたことを勇気を出して聞いてみる。

「え?行ってないけど?行く必要無いし。そんな事よりつっこを見守ることの方が一番大事だし。」

真顔で答える。いやいや、学校行ってないっておかしいでしょ!見た感じ私と同い年くらいだから学校に行ってないとおかしいって。

「行く必要無いって…。」

「そのまんまの意味。俺が学校に行っても何の価値も生まないし、学校で得るものなんて何も無いから。そんな事よりつっこが無事でいられる事が一番大事。」

今は笑顔だが、結麻くんから少し寂しそうな表情が見えた気がした。一体学校で何が辛いことでもあったのだろうか。聞いてあげたい気もするけど、これ以上上手く踏み込めなかった。こんな表情の結麻くんは初めて見たからか、普段感じる恐怖が薄れていた。

「それに教室には入れないけど、校舎内には入れるから。だからどこからでもつっこのこと見守ってるからね!」

前言撤回。やっぱ結麻くん怖いです。もしかしなくてもこれは結麻くんに見えない所で見られながら学校生活を送るということですよね。監視されてることになりますよね。これなんて言う罰ゲームですか?

そんなこんなしているうちに校門近くに着く。

「じゃあ、つっこ。俺はここで。」

?このまま帰るのかな。なんだ、学校まで送ってくれただけか。よかった。

すると、結麻くんは私の耳元に顔を寄せ、囁いた。

「ずっと見守ってるから。先に行ってるね。」

「?!」

耳元で囁かれたからか少しくすぐったくて恥ずかしくなって耳と顔が熱くなる。

囁き終わったと思ったら素早く塀を乗り越え、校舎の中に入っていく。

あっ、やっぱ監視されるんですね私。帰ることに期待した私が馬鹿でした。

さっき起こった出来事に呆けていると、背中に衝撃が走る。

「月子ちゃんおはよー!」

真希ちゃんだ。

「ひゃい!お、おはよー…。」

いつも通り驚いた後に挨拶を返す。

「ねー、ねー。月子ちゃん。さっき一緒にいた人誰?もしかして彼氏とか!月子ちゃんやるー!」

しまった。あの光景(囁かれてた時)を見られてしまった?!

「そんなんじゃないよ。た、ただの幼馴染みだよ?」

一応誤魔化す様に答える。まぁ嘘じゃないし。

「へぇー。随分距離の近い幼馴染みなんだねー。その内、付き合っちゃうんじゃない?」

やっぱあの光景を見られてましたはい。

「あはは…。まさかーそんな事あり得ないってー。」

本当にあり得ません。理性とか無さそうなストーカーと付き合う人この世に居ませんから。

「それよりさー。今回の数学の宿題めんどくなかったー?」

「え?あ、うん。」

あれ?確か真希ちゃん。昨日の酒役先生とのこと気になってなかったっけ?気になってる話題より宿題の話題を先に出すなんて真希ちゃんらしくない。結麻くんとの光景を見て忘れてるのかな?

「あのさ、真希ちゃん。何か気になる事ない?」

「?気になる事?さっきの幼馴染みさん?と月子ちゃんとの関係以外は特に?」

「ほら、もっと気になってた事あるでしょ?昨日のこととか。」

「昨日のこと?あー。奈々と帰りに寄ったクレープ屋さんのことかな?あそこのクレープ美味しかったんだよねー。今度、月子ちゃんも一緒に行こうよ!月子ちゃんったら先生に呼ばれてるからとか何とかって言って一緒に帰れなかったんだもん。」

駄目だ。話の辻褄が合わない。

「ねぇ、その先生の名前忘れちゃったとかないよね?」

「え?誰だっけ?佐藤先生?」

「酒役先生だよ。ほら、真希ちゃんも気に入ってた。」

「え?そんな先生いたっけ?」

「えっ?居たでしょ!担任だし真希ちゃんも気に入ってたでしょ?」

「…月子ちゃん?どうしたの?今日変だよ?」

どういうことだ。気に入っている先生の事を忘れるなんてあり得るのか?いや、あり得ない。ましてや自分のクラスの担任の先生だ。忘れる訳がない。

「2人とも校門前で何話してんの?」

「あ、奈々ちゃん…。おはよう。」

「奈々!おはよー!ねぇ奈々聞いてよー。今日の月子ちゃん変なことばっかり言ってるんだよ?」

真希ちゃんは慌てて奈々ちゃんに話しかける。

「変なこと?」

奈々ちゃんは怪訝そうな顔で尋ねる。

「そう!昨日、呼び出された先生は酒なんとか先生って言ってその先生は私たちの担任だったとか私が気に入ってたとか!」

「酒なんとか先生って誰よ?」

「月子ちゃんに聞いてよ!」

「酒役先生だよ。奈々ちゃんも知ってるよね?」

「何言ってるの月子ちゃん。私たちの担任の先生は佐藤先生でしょ?そもそもそんな先生知らないし。真希の馬鹿がうつっちゃったの?」

「馬鹿がうつるって奈々ひどーい!」

「え?」

どういうことだ?真希ちゃんだけじゃない。奈々ちゃんまでも酒役先生の事を忘れている。それに担任の先生も違う先生だなんて。

「そんな事より2人とも早く教室行かないと予鈴が鳴るんじゃない?」

「うわ!本当だもうこんな時間だ。遅刻になっちゃう。急ごう!」

2人は校舎へと走っていった。

私は訳が分からず呆然としていた。

「何してるの月子ちゃん早く行くよ!」

「あ!うん。」

呼ばれて私も2人の後を追う。

教室に着き、自分の席に着くと同時に前の戸から先生が入ってくる。

「おーい。席付けー。ホームルーム始めるぞー。」

そこにいたのは酒役先生ではなく佐藤先生だった。

「あの!佐藤先生!」

私は驚きのあまり席を立ち、佐藤先生に質問する。

「どうした?蝶野?」

「あ、あの。酒役先生はどうしたんですか?このクラスの担任の。」

「酒役先生?そんな先生うちの学校には居ないぞ?それにこのクラスの担任は俺だぞ?忘れたのか?」

私は呆然と立ってることと周りのヒソヒソ声を拾う事しか出来なかった。

「蝶野さんどうしたんだろう?」

「さぁ?普段目立たないから目立ちたかっただけじゃね?」

「それにしてもマジな感じだったけど。」

「ていうか酒役先生って誰って感じ。」

佐藤先生が出席簿で教卓を叩く。

「おい。静かにしろ。蝶野も席に着け。ホームルーム始めるぞ。」

佐藤先生に言われた通り私は呆然としながら座る。

そして昨日、閻魔大王が言っていた事を思い出していた。『存在を食べられた者は全ての世界に忘れ去られる。過去も未来も全て。魂ごと世界に存在していないことになる。つまり、一部を除いて全ての人から忘れ去られる。家族にすら最初から居なかったかの様に忘れられるし思い出の品も何もかも消える。』

そうか、あの時、私は月光蝶の力を使って酒役先生の存在を消してしまったんだ。だから誰も酒役先生の事を覚えていない。寧ろ最初から知らないんだ。月光蝶の力を使うとはここまで影響がある物なんだと改めて実感した。もし、使い方や使う相手を間違えれば世界を変えてしまう恐ろしい力でもある事も自覚した。

そして酒役先生の被害に遭ったであろう子達は神隠しにあったと噂される様になっていた。

――――

昼休み。私は自分のしたことに恐怖と罪悪感に苛まれとてもじゃないが教室にいる事が出来ず、校舎裏で体育座りをしてひっそりと過ごしていた。授業中は何とか耐えられていたが、みんなが知らない事を私だけ知ってるという感覚には少し気が狂いそうだった。

「あっ!つっこいた!」

そして結麻くんが校舎内にいる事をすっかり忘れていた。結麻くんは木から飛び降りてきて、私の隣に座った。

「…結麻くん。」

「珍しいね。いつもは友達と教室で過ごしてるのに。」

視線は感じてはいたが本当に私のこと監視しているんだ。しかも何日ってレベルじゃないと思う。だって普段、昼休みは教室にしか居ないはずだから。

「うん…。酒役先生のことでね。誰も覚えていないというか知らない事になってて。それで私の知ってる事とみんなの知ってる事があまりに違い過ぎて訳が分からなくなっちゃって。それで私、とんでもないことしちゃったって思って。教室にいるのが辛くなっちゃって。」

何故か私は結麻くんに自分の抱えている不安や気持ちを話していた。自分の監視とストーカーをしている相手にこんな事を話すとか余程、私の精神は限界を迎えていたのだろう。

すると結麻くんは優しく私の頭を撫で始めた。

「つっこは何も悪いことしてないよ。ただ、月光蝶がアイツを喰らったってだけ。それにつっこがあの力を使ったからつっこの友達も被害に遭わずに済んでるんじゃない?俺も苦しいのから逃れられたし。つっこはいい事をしたんだよ。自分を責める必要は無いよ。」

優しい口調で結麻くんは続ける。私は結麻くんの方に顔を向ける。

「この事を覚えているのはつっこだけじゃない。俺も覚えてる。だからつっこ1人で抱える必要なんてないんだよ。不安になったり怖くなったら俺に頼ればいいんだから。その為に俺はつっこの側にいるんだよ?」

「結麻くん…!」

私は思わず目に涙を浮かばせていた。さっきまであった緊張の糸がどこかプツンと切れていた。そんな私を見て結麻くんは微笑みながら優しく私を抱きしめて私の頭を撫でる。

「よしよし。怖かったね。辛かったね。もう大丈夫だよ。いっぱい泣いていいからね。」

泣いてる子どもをあやすかの様に私に語りかける。

「ぐすっ。うん。うん。うえーん。」

私は幼い子どもの様に涙と泣き声が止まらなかった。こんなに優しくされたら結麻くんへの恐怖心が薄れてしまう。そして相変わらず結麻くんの匂いと体温がとても落ち着く。

「もう、つっこは相変わらず泣き虫さんなんだから。」

「…はっ!」

落ち着いてきたと同時に結麻くんは私のストーカーである事を思い出し、恐怖心のあまり涙が引っ込み、咄嗟に振り解き離れた。

「…ごめんなさい。結麻くんがストーカーだって思い出したら突然、恐怖心が出てきて。」

慰めてくれたのにこんな対応をしてしまった申し訳なささと恐怖で目が合わせられなかった。

「あーあ。残念。でも元気が出てきたみたいでよかった!」

少し結麻くんの方に目をやると優しい笑顔で私に微笑みかけていた。やっぱ整った顔にその微笑みはズルいと思う。ストーカーしているのが勿体無いくらいだ。ちゃんと学校行ってればその容姿と運動能力で女子に人気になって簡単に彼女とか出来ちゃいそう。カッコいいというより可愛いに近いけど。そう思いながら少し照れそうになる。

キーンコーンカーンコーン…。

「あっ。予鈴だ。教室戻らなくちゃ。その…ありがとう結麻くん。慰めてくれて…。」

顔は見れたが少し恥ずかしくて顔が熱くなる。

「うん。何かあったら、またいつでも頼って!いつでも大歓迎だよ!」

結麻くんは両手を広げて笑顔で答える。

ストーカーと監視で近くにいたとはいえ、結麻くんがいたおかげで私1人しか覚えていない恐怖と不安、先生の命と存在を消してしまった罪悪感はすっかり無くなった。だから次の授業も安心して出席することが出来る。ストーカーな事とナイフを持ってる事、何を考えているか分からないところはすごく怖いけど、優しさや笑顔、言葉、態度が私に向けられる度、私には記憶が無いはずなのに何か懐かしさと温もりを感じる。記憶が戻ればそう感じる理由も分かるのかもしれない。

私は授業に遅れない様に走って教室へ向かう。

――――

放課後。私は真希ちゃんと奈々ちゃんと共に教室を出て校門へ向かう。

校門前で結麻くんが待っていた。

「あっ!つっこー!」

私に向かい手を振ってくる。

友達といるからか普段より余計に恥ずかしい。

あまりの恥ずかしさに私は走って結麻くんの方へ向かう。

「な、何でこんな所で待ってるの?!帰ってればよかったのに!」

必死な小声で結麻くんに言う。

すると結麻くんも小声で答える。

「だって俺が帰ったらつっこがいつ犯鬼や不審者に襲われるか分からないでしょ?だからこうして一緒に帰れば犯鬼とか不審者からつっこを守れて安心ってわけ!」

いや不審者は結麻くん、あなたです。

「あっ!今朝の!こんにちはー!」

真希ちゃんがこちらに走って向かってくる。

「はぁはぁ。へぇーよく見たら可愛いくていい顔顔してる!ねぇ!名前なんて言うの?ウチの学校じゃ見かけないけどどこの学校なの?」

真希ちゃんは結麻くんの顔をジロジロと見ながら質問責めをする。真希ちゃんは普通の女の子だから恋愛とか男の子の事に凄く興味を持っている。

「…。」

結麻くんは何だか迷惑そうな表情をして顔を背けて黙ってしまっている。

「ちょっと真希。相手、迷惑がってるでしょ。全く。男の事になるとすぐ暴走するんだから。」

奈々ちゃんがゆっくりと歩いてきて真希ちゃんを結麻くんから離した。

「えー。だってこの顔見てよ!めっちゃ良くない?私のタイプってわけじゃないけど、イケメンの部類に入るでしょ?今朝見ちゃったんだけど月子ちゃんとめっちゃ距離近かったんだよ!これって恋人って事だよね!月子ちゃん!」

楽しそうに話す真希ちゃん。

「だから、幼馴染みだって。恋人とかそう言う関係じゃないって。」

改めて真希ちゃんの言葉を否定する。

「だってよ真希。人の話聞けなくなるレベルのその恋愛脳どうにかならないの?」

奈々ちゃんが呆れた様に言う。

「奈々は見てないから分からないだろうけど、あの距離感は恋人のそれだったの!」

諦める事なく主張する真希ちゃん。

「あの、この子は結麻くん。幼馴染みで少し事情があって私の家に住んでるの。結麻くん。こっちの話しかけてきた子が真希ちゃんで眼鏡かけてる子が奈々ちゃん。」

フォローになってるかなってないか分からないお互いの紹介をする。

「真希でーす!よろしくねー!」

「奈々です。よろしく。」

「…ども。」

興味が無さそうな顔で結麻くんは少し挨拶した。

「それにしても、一緒に住んでるの?!このイケメンくんと?!いいなー!私もイケメンと一緒に住みたいー!」

「何変なわがまま言ってるんだか。」

「えー。でも奈々ちゃんもタイプの人と住めるってなったら嬉しくない?」

「別に興味ない。」

「もー。奈々ちゃんは本当、つれないねー。」

「そんな事より早く帰るぞ。早くしないと置いていくからね。」

「ちょっと奈々待ってよー。じゃあね月子ちゃん、結麻くん!」

真希ちゃんは走って奈々ちゃんを追いかけながら私と結麻くんに手を振ってきた。

「じゃーねー。真希ちゃん、奈々ちゃん。」

私も手を振り返す。

2人の影が遠くなるとやっと結麻くんが口を開く。

「はぁー。あれがつっこの友達?」

「うん、2人ともクラスに馴染めない私にも仲良くしてくれる優しい子達だよ。」

「ふーん。まぁ、1人はうっさかったけど、もう1人の方はまだまともというかよく人を見てるというか。分かってるというか。」

「まぁ、真希ちゃん、普通の女の子だからこういう話題大好きなんだよね。奈々ちゃんは興味無さそうで少し無愛想に見えるけどすごく優しくていい子なんだよ。」

私は少し焦りながら2人のフォローをする。

「まっ、俺たちの仲の邪魔をしないんならどうでもいいけど。」

冷めた様な目でそう答える。

「じゃあ、帰ろうか。」

「うん!つっこに何かあっても俺が守るから安心してね!」

この温度差。本当に私以外の人には興味が無い様だ。

――――

自宅に着き玄関を開けると、何やら話し声が聞こえた。

「ただいま帰りました。」

「ただいまー。」

中に入り、話し声のするソファが置いてある部屋まで向かう。

「あっ、月ちゃん、結麻くんおかえりー。」

「おっ!噂をすれば帰ってきたね。おかえりー。相変わらず仲良さそうだねー。青春だねー。」

「月子さん、結麻さん、おかえりなさいませ。お邪魔しております。」

ソファには美月さんと閻魔大王と類菜さんが座ってお茶をしていた。

美月さんと閻魔大王は手を振り、類菜さんは立ち上がって私たちに向かってお辞儀をした。

「あっ、閻魔大王と類菜さんでしたっけ?こんばんは。あの何か?」

私は2人に挨拶をし用件を尋ねた。

「ほら、昨日言ってたでしょ。また来るって。今日は月子ちゃんと結麻に用があってね。」

閻魔大王は答える。

「私たちにですか?」

「そう。ちょっと外で話したいから2人とも帰ってきて早速で悪いけどいいかな?」

「わ、私は別に大丈夫ですけど…?」

「つっこ、疲れてない?大丈夫?」

結麻くんが心配そうに私を見つめる。

「うん。昨日みたいに変な事起こってないし今日は大丈夫だよ。」

私はそう答えた。

「つっこが大丈夫なら俺も大丈夫。」

「そっか!なら早速、オレっちと類菜ちゃんと一緒に外に来てくれ。」

そう閻魔大王に言われ、私たちは外に向かう。

「閻魔、お手柔らかに頼むで?」

「大丈夫、大丈夫!それじゃ行こうっか!」

お手柔らかにとは一体どう言う事だろう。

そう疑問を感じながら閻魔大王と類菜さん、結麻くん、そして私の4人で玄関を出た。

「あの、話って何ですか?」

「まぁまぁ、まずは目的地に向かいながら説明するから。2人とも着いておいで。」

そう言いながら閻魔大王は先を歩き出す。

「暗くて大王が見えづらいと思うので私の後に着いてきて下さい。」

類菜さんが閻魔大王の後に着いて歩く。

「は、はい…。」

私と結麻くんは2人の後を着いていくように歩く。

「これから2人には試験を受けてもらう。何、そんな難しいものじゃない。2人は既に実践済みだろうからね。」

どうやら閻魔大王は私たち2人に何か試したい事があるようだ。実践済みとは一体何の事かよく分からないが。

「よし。ここでいいだろう。」

「ここって?」

「路地裏?」

私たちが連れて来られたのは人通りのない少し広めの路地裏だった。

「さぁ、中に入って!試験はそれから。」

閻魔大王の言われるままに私たちは路地裏の中に入っていく。

とても暗く人も全く居なくて静かな場所でとても怖い。違和感のある人達は居るが閻魔大王が通ると姿を消してしまう。本当に地獄の大王様なんだなと感心していると閻魔大王と類菜さんが足を止める。そして私たちも足を止める。

「あの、ここで何をするんですか?」

とりあえず気になったので聞いてみたら。

類菜さんが端により閻魔大王がこちらに振り向く。

「さて!今から君たち2人には類菜ちゃんと戦ってもらう。」

「!?た、戦うって…!?どういうことですか?!」

私は驚きのあまりつい聞いてしまった。

結麻くんは特に驚いている様子はない。

「そのまんまの意味だよ?2人で類菜ちゃんと戦う。類菜ちゃんは武器を使うからその武器を類菜ちゃんの手から外せばいいだけ。ね、簡単でしょ?」

「でも、どうしてそんなこと?」

「『犯鬼』と『緋巳陽華』を殺すのには戦闘は必須。どちらもタダでやられるような奴らじゃない。必ず攻撃を仕掛けてくるだろう。勿論、殺す気で。どんな攻撃をしてくるかは分からないけど、戦い慣れしておいて決して損はない。寧ろ慣れていないと最悪2人が死ぬ事になっちゃうからね。それだけはどうしても避けたいってわけ。どうする?2人ともやる?」

「つっこを守ってこの獄卒女を殺ればいいんだろ?俺は構わないよ。」

結麻くんは不敵な笑みを浮かべてやる気充分と言った所だろう。

私は少し戸惑っていた。

「無理強いはしないよ?ただ、この先、戦う事は避けて通れない。さっきも言ったけど戦い慣れしておかないと最悪、死んじゃうからね。さぁ、どうする?月子ちゃん。」

そうか、ここでは戦う練習をするという訳だ。確かに結麻くんは分からないが、少なくとも私は戦った事なんて無い。その場所に居るだけで足手まといになるのは目に見えている。『犯鬼』と『緋巳陽華』を倒して記憶を取り戻す為の第一歩というわけだ。

「…!分かりました。やります。」

私は覚悟を決めた。私の出来ることで1人でも救いたいとも思っているし、何より私の13年間失われた記憶を取り戻す為にも。

「よし!2人ともその粋だ!それじゃっ、類菜ちゃん、後はよろしく頼むよ。」

閻魔大王が端に行き、今度は類菜さんが前に出る。

「かしこまりました。後はお任せください。」

類菜さんは前に出ると同時に前髪に付けていた髪留めを取り外す。すると髪留めを取った手の辺りが突然光り出す。光が消えたかと思ったら、類菜さんの手には大きなペンチのような物があった。

「!一体これは…?!」

驚きのあまり声が出る。

「私の発明品の一つです。武器を小型化して普段から持ち歩けるようにしました。因みに私の武器はこの『特製舌抜き』です。実際の懲罰にも使いますよ。」

この『特製舌抜き』。地面から類菜さんの胸辺りまでの大きさだ。

ブンッ。ガシャンッ!

類菜さんは軽々しく振り回しているが、地面の衝撃を考えるとかなり重そうだ。

これを類菜さんの手から外すなんて事出来るのだろうか。

「では、行きますよ。お2人とも、お覚悟!」

シュッ!!

類菜さんはいきなり動き出す。私が気がついた時にはもう私の目の前まで来ていた。

(…!ヤバい!殺される!)

そう思った矢先。

ガギンッ。

突然金属音が鳴る。見ると結麻くんがナイフを両手に持って類菜さんの舌抜きの攻撃を防いでいる。

「つっこは後ろに下がって!コイツは俺が何とかする!その間につっこは力を使って!」

私は結麻くんの言われた通り、後ろに移動した。

私は結麻くんと類菜さんの攻防を観察しながら月光蝶の力を出そうと工夫する事にした。

ガギンッ!ザーッ!

ザーッ!

ナイフと舌抜き同士が弾き、2人はお互い後ろに吹き飛ぶ。そしてまた2人は同時に飛び掛かる。

ガギンッ!!

鋭い金属音が響く。

「月子さんは罪人では無いので殺しはしませんが、結麻さん。貴方は様々な罪を重ねています。ですので殺す気で行きますよ。」

ブンッ!

類菜さんは舌抜きを大きく横に振り回し、結麻くんを振り払う。振り払った先で結麻くんはゴミだまりに突っ込んだ。埃が舞う。そして飛び上がり結麻くんが吹き飛んだ方向に向かって舌抜きを突き出す。

ドガシャーンッ!

強い衝撃音が響き、衝撃風が吹く。

私は腕で衝撃風を防ぎながら。

「結麻くんっ!」

と叫ぶ。

「!?」

舞っていた埃が落ち着くと舌抜きの先の地面は破壊されていたが結麻くんの姿が無かった。

類菜さんが上を見ると上にはナイフを構えた結麻くんが居た。どうやら舞った埃に身を隠して攻撃を避けた様だ。結麻くんはナイフを下に突き立ててそのまま類菜さんに直進する。

「!」

ガシャーン!!

サッ!

結麻くんの攻撃を類菜さんは避ける。

結麻くんは着地した所からさらに類菜さんに飛び掛かる。類菜さんの腕や顔、首元をナイフで狙い、切り掛かる。それを類菜さんは舌抜きで全て防いでいた。

ガギンッ!ガギンッ!ガギンッ!

攻防する金属音が路地裏に響き渡る。

「そんなんでは私を倒せませんよ?」

類菜さんは舌抜きを結麻くんの足元を狙うかのように横に振る。

「ッ!っと!」

その攻撃を見事にジャンプして避ける。

「倒せないのはそっちなんじゃ無い?」

結麻くんは煽りながら類菜さんの腕にナイフを突き刺す。

「ッぐ!」

類菜さんの腕から血が出る。しかし、類菜さんは舌抜きを手放す様子が一切ない。

「とぉっ!」

結麻くんは類菜さんの腕を目掛けて回し蹴りをする。

ズザーッ!

類菜さんは吹き飛んだがそれでも舌抜きを手放す様子がない。

「やりますね。では今度はこちらから!」

吹き飛んだ所から結麻くん目掛けて飛び出す。

ガチン!ガチン!ガチン!

そして舌抜きを開いたり閉じたりしながら結麻くんに向かっていく。結麻くんは攻撃を避けているが、掠っているのかどんどんと擦り傷が増えていく。

「これならどうでしょう。」

突然舌抜きを突き出し、結麻くんの片足を挟む。

「ぐっ!」

挟まれた足からは血が流れている。

そして、結麻くんの片足を挟んだ状態で類菜さんは舌抜きを持ち上げそのまま高速で振り回す。

ブンッ!ブンッ!ブンッ!ブンッ!

何度か振り回した後に舌抜きを開き結麻くんを思いきり吹き飛ばす。

ガシャーン!!!

またもやゴミだまりに吹き飛んで当たる。

埃が落ち着きた先にはボロボロで片足が血塗れの結麻くんが痛みを堪えて立とうとしていた。

「そんな足の状態ではもう立てないでしょう。」

類菜さんは歩いて結麻くんに近づく。

その最中、結麻くんは必死に立とうとしていた。

類菜さんは結麻くんに近づくと舌抜きを上に構える。

「っ!くっ!」

結麻くんは挟まれていなかったもう片方の足で舌抜きを蹴る。しかし、舌抜きはびくともしない。

「…愚かですね。」

ガチンッ!

類菜さんは舌抜きで結麻くんの足を挟んだ。

「ぐはっ!」

足からは血が滲んでいる。

「これでもう足は使い物にならなくなりましたね。」

類菜さんは容赦なく結麻くんの足を強く挟む。

「クソっ!」

結麻くんはナイフを類菜さん目掛けて投げる。しかし、類菜さんはそれを避ける。

「そんな抵抗もう無駄だというのに。」

足はどんどんと強く挟まれている。このままでは結麻くんの足が折れてしまうか切れてしまう。そうなればより一層動けなくなり、このまま殺されてしまう。

「そんな…どうすれば…。」

私は必死で考える。月光蝶の力を使う方法を。

まずはあの触手を出す必要がある。だが、どう踏ん張っても出す事が出来ない。私は焦っていた。このままじゃ結麻くんが殺されてしまう。その瞬間、昼休みの時に結麻くんに慰めてもらった事をふと思い出し、そしてもう一つ思い出す。

『其方が本気で許せない事や失いたくないものを考えろ。』

昨日、夢の中で月光蝶が言っていた事だった。

「本気で許せない事、失いたくないもの…!」

その言葉を発しながら、慰めてくれた時の結麻くんの優しさや温もりを思い出しながら、今目の前でボロボロになって今にも殺されそうな結麻くんの姿を見た。

すると私の心の奥底から類菜さんを許せないという感情と結麻くんを失いたくないという気持ちが溢れ出てきた。

「もうやめてー!」

すると、私の背中から昨日と同じ4本の触手が出てきた。

類菜さんを許せない、殺したいというドス黒い感情が私の心を支配しようとしていたが、私は類菜さんの手から舌抜きを外すという目的を思い出しながらそれに耐えていた。このままだと類菜さんが死んでしまうと考えた。

そのドス黒い感情と一緒に動くかのように触手は類菜さん目掛けて襲う。

ガギンッ!

類菜さんは舌抜きを結麻くんの足から外し、4本の触手を舌抜きで振り払い。結麻くんから離れる。

私は逃がさないよう、右下の触手を類菜さんに向ける。そして右下の触手で類菜さんの腕を掴んだ。

「…っ!くっ!」

触手の握力は相当なものなのか類菜さんは動けず、その場で触手を振り解こうと必死に抵抗している。

そこに左上の触手で類菜さんの右目を貫いた。

「ぐはあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

類菜さんは体をのけ反らせて痛がって叫んでいる。

その内に右上の触手で類菜さんの両腕を切り裂いた。

「うがあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

「よ、よし!やった!」

そう思ったが触手は攻撃を止めない。

私はドス黒い感情に心が支配されつつあった。理性を保てるのも時間の問題だった。

「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

上手くコントロール出来なくなり私は叫んだ。

「そこまでっ!」

閻魔大王が叫ぶ。

しかし、触手は類菜さんの体を目掛けて飛んでいく。

(類菜さん、ごめんなさい…。)

私は涙を浮かべながらドス黒い感情に呑まれていき、目の前が暗くなった。その矢先、背中に覚えのある温もりを感じて目の前が少し明るくなる。

触手の動きも類菜さんを襲う寸前で止まっていた。

(よ、良かった…。)

そう思った瞬間、頭の中で何かが過ぎる。

――――

顔が見えないが背の高い女性が私に向かって叩いてくる。

「いちいち変な事言わないでこの疫病神!アンタがそういう事言うのが悪いのよ!お父さんにもお仕置きしてもらうからね!」

甲高い怒鳴り声と共に私を叩いたり蹴ったりしてくる。

痛い感覚と全てを否定されている虚無的な感覚に襲われた。

「ごめんなさい。もう言わないから。だからやめて、――お母さん。」

幼い少女の声がした。

――――

「つっこ!つっこ!しっかりしてつっこ!」

気がつくと背後から結麻くんの声がする。

「?あれ…私…一体…。」

後ろを振り向くと結麻くんが私を抱きしめている。

「良かった。俺のこと分かる?」

またあの時と同じ質問を心配そうな顔をしてしてきた。

「ゆ、結麻くん?」

「はぁー。良かったー。今回も覚えてる。」

結麻くんは安心したのか私の肩に顔を埋める。

なんかちょっと重い。

「おーい。みんな大丈夫ー?」

閻魔大王の声がする。

「!そういえば類菜さんは?!」

「私なら何とか。まさか存在を消されかけるとは思いませんでした。不覚です。」

類菜さんは何事も無かったかのように私に近づいて来る。何事も。そう。何事も。…あれ?腕がある?!目も元通り確か私、類菜さんの両腕を切ったはずなのに!

「る、類菜さん?」

「はい。何でしょうか?」

「あの…腕、私、切ったと思うのですが…。」

「あぁ、鬼は体の一部くらいすぐ再生するんですよ。結構痛かったりしますが。」

「そ、そうなんですか…。」

「それにあなたが切った私の腕はあっちにあるんで。」

類菜さんが指差す先には確かに腕が2本落ちていた。

「ぎゃあぁぁぁ!!!」

あまりのグロテスクな状況に叫んでしまう。

「ちゃんと回収しておきます。でないとこちらで警察沙汰になってしまいますから。」

そう言いながら類菜さんは自分の腕を拾いに行く。

「いやー。それにしても凄かったねー。全然粗削りだったけど、試験は一応合格だよ。」

閻魔大王が私たちに近づいて来た。

「粗削り…ですか。」

「まぁ、『犯鬼』相手なら別にあれでいいんだけど今回は目的が違ったからね。それに結麻の攻防もまだまだだし。」

「目的…。あっ!舌抜きは?」

「結麻が無理矢理、類菜ちゃんの腕まで行って引き剥がしたんだよ。その後すぐに月子ちゃんを止めに行ったってわけ!」

「えっ!でも結麻くん、足が…。」

「あぁ、それなら体を引きずって移動してたよ。」

「…そうだったんだ…。」

結麻くん、私がドス黒い感情に呑み込まれそうになっている時に相当無理してたんだ。私が暴走してしまう前に止めてくれたんだ。

「ありがとう…結麻くん…。」

そう言って私は肩にうずくまったままの結麻くんの頭を撫でた。

「えへへ。つっこに撫でられてる。幸せ…!」

結麻くんは私の頬に擦り寄って来た。

何だかくすぐったい。それにやっぱ重い。

「それにしても結麻。いくら死なないからって戦い方が無茶苦茶だにゃ。そんなボロボロの状態じゃ月子ちゃんを守りきれないよ?」

「むぅー。分かってるっつーの。今度こそ上手く戦ってやるんだから!」

子どもの様にムキになる結麻くん。

「後、月子ちゃん。何か思い出したかにゃ?」

「え?」

「力を使った後、何だかぼんやりしていた様子だったから。」

「そういえば…。」

私はあの時頭に過った映像の事を話した。

「うーんなるほどねぇ。最後の声の主の姿は見てないんだね。」

「はい。一体なんだったんでしょうか?」

「恐らくだけどそれは月子ちゃんがまだ幼い頃に体験した記憶じゃにゃいかな?そして最後に聞こえた声は幼い頃の月子ちゃんの心の声な気がするにゃ。」

「そうですか…。」

となると私は本当のお母さんから酷い扱いを受けていたことになる。理由までは分からないけど、私の本当のお母さんは私の何かが気に入らなかったのかもしれない。それにしてもまだ現実味が湧かないのが現状だ。

「つっこ。」

結麻くんは私の顔を見て不安そうな表情を浮かべている。

「どうしたの?結麻くん?」

「もし、辛いなら無理に思い出さなくてもいいんだよ?」

私の思い出した内容を聞いて心配している様だ。

「ううん。私、どんなに辛い過去でも思い出したい。その中にはきっと大切な思い出もあると思うから。それにどんな記憶を思い出してもまだ現実味湧かないから大丈夫!」

私はキッパリと言った。そうだ。私は何か大切な事まで忘れている気がする。そしてそれを思い出さないといけないとも思っている。例え辛い事であろうとも。

そうしているうちに類菜さんが自分の両腕を持って戻って来た。

「お待たせしました。皆さん。」

「さて、今日はこの辺でもう帰ろうかね。家まで送るよ。」

「はい。ありがとうございます。でも結麻くんどうします?歩けそうに無いんですけど。」

「大丈夫だよつっこ。これくらい何とも…おっと!」

どうやら上手く立てそうに無い様だ。

「大丈夫です。私がおぶりますよ。」

「でも類菜さん、腕どうするんですか?」

「申し訳ないのですが、月子さん。持っててくださいませんか?」

「え…。あ、はい…。」

正直嫌だったが、結麻くんを歩かせる訳にはいかないと思ったのと両腕を切ってしまった申し訳なさもあり、結局持つことにした。

人の切断された腕を持つと言う経験は今後ないだろう。いや、無いと思いたい。

リアルな感触に恐怖を覚えながら家路についた。

因みにこの腕、持って帰ったところでどうするつもりなんだろう。そのまま置いておくと警察沙汰になると言うのはわかるけど。

「あの、類菜さん。」

「はい。なんでしょうか?」

「腕持って帰ってどうするんですか?」

「それは薬の材料にでもしますよ。鬼の体は薬の材料や呪術の道具になるんですよ。今、薬を開発しているところでしたのでちょうど良かったです。」

「へ、へぇー。そうなんですか…。」

聞いて良かったのだろうか。正直微妙だ。

「それにしても今回の試験で課題が浮き彫りになったね。」

「課題ですか?」

「そう!結麻くんは自分の体も守る戦いをすること。そして月子ちゃんは月光蝶の力の源になるであろう感情のコントロールだね。」

「感情の…コントロール。」

「そう。月光蝶の力を使うには相当な『霊力』と感情を使う事が今回分かった。その感情をコントロール出来ないと力を制御出来なくなって、関係ない人まで巻き込む恐れもある。月光蝶は封印されているから相当腹ペコなはず。だから喰わせる物は限定させておかないとね。」

そうか。あのドス黒い感情に呑み込まれてしまったら被害者を余計に増やしてしまう。それだと意味がない。狙うのはあくまで『犯鬼』と『緋巳陽華』のみということだ。相手を殺したいくらい許せないというこのドス黒い感情。これをコントロールか。とても難しそうだ。だが、このドス黒い感情に呑み込まれない様にならないと。何の罪もない人を犠牲にしてまで思い出したい訳じゃない。私の目的は『犯鬼』と『緋巳陽華』だけ殺して消しながら記憶を取り戻すことだ。

「そうですね。私、やってみます。」

「うん!頑張るにゃよ!オレっちたちは応援してるにゃ!」

閻魔大王は笑顔で答える。

あれから結麻くんが静かだなと思ったら類菜さんにおぶられながら眠っている様だ。

「あの、閻魔大王。結麻くん大丈夫でしょうか?」

「すみません大王。今日は少し本気になり過ぎました。」

「いいの、いいの。結果オーライだよ!それに結麻なら平気だろう。一晩眠れば今回の怪我なんて全回復してるだろうよ。」

「え?!足、相当な怪我してません?病院行くとかしないとまずいんじゃ…。」

「いや、大丈夫。前にも似た様な事があってね。その時も一晩で全回復してたよ。」

「何でそんな事…!人間ですよね?!」

「恐らく『霊能力』の一つだろうね。かなりの『霊力』が必要だろうから勿論、誰にでもできる事じゃない。でも出来るのがいるのもまた事実なんだよね。」

『霊力』と『霊能力』とはそこまで出来るのかと感心してしまった。

「じゃあ、結麻くんも私みたいに、いや私より『霊力』と『霊能力』が強い人間ってことなんですね?」

「まぁ、そうっちゃ、そうなるかな。」

閻魔大王の返事は何だか歯切れが悪かった。結麻くんとは一体何者で何処から来た子なのだろう。美月さんは私と幼馴染みとは言っていたから結麻くんを知るにはやはり記憶を思い出す必要がありそうだ。

暫く歩くと家に着いた。

チャイムを鳴らすと直ぐに美月さんが出た。私の側に駆け寄る。

「一体何したんや?怪我しとるのか?」

「あ、あのー。えーと…。」

慌てて美月さんが私に問いただす。私は咄嗟のことに言葉が詰まってしまった。

「ちょっと戦いの練習をしてたんだよ。大丈夫!怪我してんの結麻だけだから。月子ちゃんは無事にゃ!」

「そっかぁ。良かったわぁ。月ちゃんが無事で何よりや。」

美月さんはホッと胸を撫で下ろすかの様に安心している。

「あの、結麻くんの心配は…?」

「あぁ、結麻くんなら一晩寝れば大丈夫やろ。」

真顔で答える。やっぱそういう反応になるんですね。

少し結麻くんが可哀想に思えてきた。

「それじゃ、俺っち達はここらで失礼するよ。」

「夜分遅くに失礼しました。大王、私は結麻さんを部屋に運んでから向かいます。」

類菜さんは家に入り、結麻くんの部屋に向かう。

「うん。よろしく頼むよ。それじゃ月子ちゃん。健闘を祈ってるよ。美月ちゃん何かあったらまた連絡してね!こっちからもそっちに行くけど。」

「は、はい。」

「そうするわ。今日は世話になったわ。ほなまたなー。」

閻魔大王は闇夜に姿を消した。

その後すぐに類菜さんが上から降りて来る。そして私は類菜さんの両腕を類菜さんに返す。

「月子さん、腕、ありがとうございました。では、失礼しました。結麻さんは部屋のベッドに寝かせておきましたので。何もないとは思いますが何かありましたらご連絡を。」

「何から何までありがとうな。結麻くんに関しては何もないと思うけど何かあったらそうさせてもらうわ。」

「では、お休みなさい。」

類菜さんも闇夜に消えていった。

玄関の扉を閉めて私と美月さんは胸を撫で下ろす。

「それにしても月ちゃんホンマ無事で良かったわ。閻魔ってば、こっちに来ていきなり月ちゃんと結麻くんの『霊力』と『霊能力』と『戦闘力』をこの目で確かめたいなんて言い出したもんやからな。いくら長い付き合いとはいえ、月ちゃんに危ない目に合わせようとしてたから心配で心配で仕方なかったんや。」

美月さんは溜まってたであろう愚痴や不安を私に吐き出していた。

「なんかすみません。ご心配をおかけしてしまって。でも、課題が見えて来ましたし、力の出し方がある程度分かったので良かったです。」

「そうか。月ちゃんが良かったのならええんやけど。でも美月さん心配なんやわ。月ちゃんを戦いの場に見送るのが。」

不安そうな表情で美月さんは私を見つめる。

「…そうですよね。今まで色んなことに怯えながら生きてきた私が戦わなきゃいけなくなるんですもんね。でも、これは私が決めた事なんです。もう何にも逃げたくないんです。怖いものからも自分の過去からも。それに今日戦ってみて分かったんです。私は1人じゃないって。戦いを教えてくれた閻魔大王や類菜さんは勿論、一緒に戦ってくれて慰めてくれる結麻くん。まだ、よく分からない所だらけで怖いけど、凄く頼れる。それに家にこうして美月さんが待ってるから安心できるんです。」

「…月ちゃん…。」

「だから、心配はするとは思いますが、同時に応援して欲しいんです。そうすれば私、頑張れるし、生きて帰って来れる気がして。」

「そうか。月ちゃんが決めた事なら美月さん、応援しなきゃね。でも何かあったらいつでも美月さんに相談するんやで?ただ『霊能力』を持ってるだけの人間の大人やけど。」

「美月さん…!」

「でもこれだけは守ってほしい。無茶しちゃアカンで?それと結麻に何かされたり言われたりしたらちゃんと美月さんに言うんやで?」

「はい。約束します。」

美月さんも影ながら心配はしてるけど応援して一緒に戦ってくれているんだ。まだ臆病者な私だけどこれからはすぐに逃げずに向き合わなくちゃ。みんな私に協力してくれているから。

その日は夕飯を食べたりしてからベッドに入った。

明日は一体どんな戦いがあってどんな記憶を思い出せるんだろうと胸を馳せながら眠りにつく。


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