表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
滅影の彷徨人  作者: シフォンねずみ
3/8

二章 試練(前編)

すっかり日も暮れ薄暗い道を結麻くんと歩いて帰路につく。

私は結麻くんの後について行くように後ろを歩いているが、結麻くんはそんな私をよそに歩幅を合わせて話しかけてくる。

「ねぇ、つっこ。今後どうしようか?明日から一緒に学校に行く?あっ、部屋はどうしようか?家にアイツらが入ってくるかもしれないから何かあった時の為に部屋、一緒にしてもらう?俺はその方が良いなー。色々と。」

一方的に結麻くんが話しているだけで私は返事も何もせずにぼんやりとしながら聞き流している。いや、話すことなんて出来なかった。だって、私のストーカーをしているような子となんか怖くて話せない。一緒にいるだけでも恐怖なのに話していることも一方的で怖い。一緒の部屋なんてもってのほかだ。何が悲しくて自分のストーカー、しかも同年代の異性の子と一緒の部屋にならなくちゃいけないのか。そんなの了承なんかした日には何されるか分かったもんじゃない。というか『色々と』って何?私、本当は殺されるんじゃ?本当に何をする気なんだろうか。想像するだけでも怖い。そもそも一緒の家に住んでいるだけでも恐怖だというのに。はぁ、別の家で暮らしてたらどれほど良かったことか。いや、仮に別の家だったとしてもこの一緒に歩いているという状況は変わらなかっただろう。『家まで送ってくよ!』と言って付き纏ってくるのがオチだ。まぁ、断れない私も私だが。

「はぁ…。」

私は咄嗟にため息を吐いた。どうしてこうなったのだろうか?私は前世、いや記憶がない間に何か悪いことでもしてしまったとでも言うのだろうか。

「つっこ。聞いてる?」

突然結麻くんが私の顔を覗き込んできた。

「うわっ!え?う、うん?」

私は突然のことに慌てて返事する事しか出来なかった。

暗がりで表情は見えづらいが黄色い瞳が光っているように見えて私のことをジッと見つめているのはすぐ分かった。まるで猫か肉食獣のような瞳だ。顔は整っているのだが、瞳と顔の良さがさらに私の恐怖をかき立てる。結麻くんは私に笑顔を見せた後、また前を向いて歩きながら喋りはじめる。

「それにしてもこうしてまた、つっこと2人でいられるなんて嬉しすぎて蕩けちゃいそうだよ。ある意味アイツがつっこのこと狙ったのには感謝しないとね!」

何だかうっとりとした表情をしているようだが、不謹慎にもほどがある。私がどれだけ怖くて痛い思いをしたか。そして犠牲になった子達だっているというのに。そして『嬉しすぎて蕩けちゃいそう』って何?そんなに私と居たかったの?どんだけ私の事好きなの?そもそも結麻くんと私ってどんな関係?まさか…恋人?!いやいやあり得ない!こんな怖い子と付き合えないって!私の心臓がある意味持たない。精神も削れるって。でも結麻くんの言い分とかだと深い関係にありそうなのは確かだ。(多分…。)あぁ、記憶が無くなる前の私に何があったというのか。もし恋人関係だったとしたら記憶が無くなる前の私は余程の変わり者か変態か精神お化けだったのだろう。普通、こんな何を考えているか分からないましてや人殺しも厭わないような子と恋人関係になるなんてあり得ない。もっと紳士的で常識的で暴力をしない人を選ぶはず。一体昔の私の身に何があったのか?

「あー、分からなすぎる!」

頭を抱えながら独り言を叫ぶ。

「?つっこ、どうしたの?もう家に着いたよ。」

流石に聞かれていた。どうしたもこうも貴方が怖くて意味不明過ぎてこうなってるのですが…。なんて言えるほど強くない私なのであった。というか確かに気づいたら家の前に着いていた。

結麻くんが家の扉を開ける。

「帰ったよ。おばさん。今日はちゃんとつっこの事守ったよー!」

「ただいま帰りました。すみません遅くなりました。」

「結麻くんと月ちゃんが一緒?!一体何があったんや?!」

美月さんは私たちを出迎えるなり驚いた様子でいた。

そりゃそうだろう。朝のあの様子を見てまさか一緒に帰ってくるなんて。しかも結麻くんは嬉しそうにして。

「何って?アイツが出たんだよ。つっこの担任が犯鬼はんきで、つっこのこと狙ってたから助けた。それだけだけど?」

結麻くんは真顔で美月さんの質問に答える。

この子、普通に質問に答えられるんだ…。意外…。

というかはん…何だ?

「そうか。ついにそこまで魔の手が伸びてたとはなぁ。」

「俺がずっと、つっこのこと見守ってたから防げた事だよ?」

「自分がしてんのは月ちゃんのストーカーやないか!この犯罪者が!」

流石、美月さん。ツッコミが鋭い。私には到底真似できない。それよりも私には美月さんに聞きたいことが山ほどある。

「美月さん。はん何とかって何ですか?一体私の周りで何が起きてるんですか?もう訳が分からなくて…。」

美月さんは難しそうな顔をした後に溜息をつく。

「仕方ないなぁ。奴に会ったのなら話さなきゃあかんな。月ちゃんの今後の安全とお願いされていることの為にも。」

どうやら美月さんは何か知っている様子だ。安全の為というのはわかるがお願いされていることとは一体何だろうか?

「まぁ、立ち話もなんやし、ソファの所でお茶でも飲みながら話すか。2人とも手洗ったら先にソファに座っといてもらえる?私はお茶でも淹れるわ。」

そう言って美月さんはキッチンの方へ向かった。私と結麻くんは美月さんの言う通り洗面所へ行き手を洗いに行く。

ソファに座り、美月さんが来るのを待っている。一体どんな話をするのだろうか。気になって緊張している。そして、私にくっ付くように隣に結麻くんが座っていることにも恐怖を感じて更に緊張している。本当に恋人の様な距離感だ。

「これ結麻くん!そんなに月ちゃんにベタベタくっ付かない!怖がっとるやないかい!」

キッチンから4人分のお茶を乗せたお盆を持って美月さんが来た。来るなり結麻くんに注意をしてくれる。

「だって今日までこんな距離までつっこに近づく事が出来なかったんだよ?そりゃこうするしかないじゃん?」

そう言って幸せそうに私の頭に頬をすりすりしてくる。あの、色々と重いのですが…。

「全く。結麻くんは月ちゃんの事になるとすぐそうなるよなぁ。月ちゃん、難しいかもしれないけど嫌やったらハッキリ嫌って言って良いんやで?そんなことで折れる様な子やないけど」

美月さんはそう言いながらお盆を机に置きながら私たちの向かい側のソファに座る。

「は…はぁ…。」

私はそう返事することしか出来なくただ結麻くんのされるがままになっている。

「つっこに嫌われたら俺凄く嫌だ!死んじゃう!」

そう言って結麻くんは頬から私の頭を離して前のめりになる。

「自分、そう簡単に死なないやないか。全く大袈裟なんやから。」

はぁー。と美月さんは溜息をつく。

『結麻くん、いつもあんな感じなんやねん。特定のもの以外には興味が無いみたいでな。まぁ、そんな子やから堪忍してやってな。』

突然今朝、美月さんが言っていた事を思い出した。

「あのー、今朝美月さんが言っていた『特定のもの』ってまさか…。」

「まぁ、お察しの通り月ちゃんのことやな。」

あぁ、やっぱりそうなのか。でも一つだけ疑問が。

「じゃあ、何で今朝、結麻くんは無言で私の事見てたわけ?」

「それは、俺がいつもの感じでつっこに関わったらつっこの記憶に影響を与えるから暫くは他人のフリをしておけっておばさん達から言われてて。だからつっこが近くにいても興奮するのを我慢する為にあんな態度とっちゃったんだ。ごめんね?」

私より身長高いはずなのに何故か上目遣いで謝ってくる。その整った顔で上目遣いとか反則過ぎる。

「いや、それは別にそんな気にしてないと言うか何と言うか…。」

あまりにも良い絵面を見せつけられたのでこう言うしか出来なかった。

「はぁー。本当につっこは優しいなー。尊い。」

うっとりとした表情で私を見つめる。

「あの、それで話なんですけど…。」

結麻くんのことを少し無視し私は話を切り出す。普段はこんな事しないのだが知りたいことがあまりにも多すぎる。

「せやったな。月ちゃんには色々と話さなきゃアカンもんな。先に言っておくけど、月ちゃんに全てを話せるわけやない。私でも分からんことがあるからな。」

「はい。分かっている限りで構いません。」

「まずは一つ質問や。美月さんの職業は何や?」

「え?確か霊能者で、ここで幽霊関係の相談を受けて依頼をこなしているんですよね?」

美月さんは霊能者でその力は凄いらしく多くのお客さんが付いている。常連さんも居て私も何度か挨拶や話をした事がある。

「せやな。正解や。その仕事には『霊能力』が必要でその元になっている力が『霊力』なんや。『霊力』自体は誰でも持ってるものなんやけど質や量は人それぞれで強い人もおれば無いに等しい人もおる。さて、もう一つ質問。『霊力』の強さや量は何で決まると思う?」

「えーっと、修行をこなした回数とか…ですか…?」

「半分正解で半分外れや。確かに修行することで『霊力』は上がる。だけどそれだけやない。実は修行以外にも『霊力』を強くしたり増やしたりする方法がある。」

「それは一体…?」

「遺伝と憑依、体内封印や。」

「?」

「ちょっと難しかったな。遺伝から説明するか。まだ習っとらんもんな。」

「…はい。初めて聞いた言葉かもです。」

「遺伝っちゅうのはな、姿形や性格や性質、体質とか生きる上で必要な物を親から子どもへ子どもから孫へと受け継がれるものなんや。親子や兄弟とかがそっくりなのはこの遺伝から来てるんや。」

「そうなんですね。初めて知りました。」

「分かってもらえて良かったわ。それで『霊力』なんやがこれも遺伝するんや。つまり月ちゃんには美月さんの『霊能力』と『霊力』が遺伝しとるんや。」

「えっ?!そうなんですか?!でも本当の親とかじゃないですよね?」

「確かに美月さんと月ちゃんは本当の親子やない。でも直接的ではなくとも血は繋がってるんや。なんせ美月さんは月ちゃんのお母さんのお姉さんやからな。」

「つまり親戚間でも遺伝するということですか?」

「そうやで。親子のようにそっくりとは言えないんやけどな。でも月ちゃんが美月さんから遺伝した『霊能力』と『霊力』は実は美月さんくらいいや、それ以上に強いんや。」

「そ…そうなんですか?でもどうしてその様なことが言えるんですか?私、何か力を使ったことなんて無いですよ?…多分。」

「そう思うのは無理ないな。なんせ月ちゃんが『強い霊能力』を使ったのは月ちゃんが記憶を無くす前やったみたいやからな。」

「記憶を無くす前に力を使った…!?」

「せや。それに月ちゃんは他の人には見えない物が見えたり感じたりすることが出来るやろ?」

「不気味な人達が見えるっていうのと視線を強く感じるっていうのですか?」

「せやで。それも『霊能力』の一つなんやで。」

「そうだったんですね。やっぱ美月さんは凄いですね。」

「ただ、月ちゃんの『霊力』と『霊能力』が強いのは美月さんからの遺伝だけやない。」

「?」

「もう二つ『霊力』を強くしたり増やしたりする方法があったな。」

「えーっと、ひょう何とかと何とか封印…?でしたっけ?」

「憑依と体内封印やな。何故そうなったのかは美月さんは詳しくは知らないんやけどな月ちゃんの体の中にはある者が封印されとるんや。」

「私の体の中に何者かが封印…!?一体何が?」

「そこからはオレっちが説明するにゃ!」

「うわぁ、何で家の中に猫?!何か帽子被ってる?!ていうか喋ってる?!」

美月さんと話していると突然、帽子を被った2本の尻尾が生えた黒猫が現れた。しかも人の言葉を話している。そしてその後ろに高校生くらいの女の子が立っている。

「ひゃあ!女の子まで!何がどうなってるの?」

私は突然のことに慌てふためく。

「相変わらずタイミングのいい登場やこと。今日は助手ちゃんも一緒かいな。」

「浄瑠璃の鏡と類菜ちゃんの発明品を活用しちゃえばお茶の子さいさいにゃ。」

「夜分遅くに失礼します。」

黒猫は得意げに喋っている。女子高生の子は何だか礼儀正しい。

「お陰でこっちが喋ることが省けそうや。月ちゃんいきなりのことでビックリしたやろ。ごめんな。普段からこんな奴なんや。堪忍してな。」

「は、はぁ…。」

私は状況が分からず気の抜けた返事しか出来なかった。

「大王、言っておきますがあの発明品は逃げ出した亡者を彼岸へ連れ戻すのを効率的にこなす為のものです。決して気軽に此岸へ行くためのものでは…。」

「相変わらず類菜ちゃんはお堅いねぇ。それにちゃんとした目的で使ってるんだし。いいでしょ?」

「まぁ、いつものように女の子にチヤホヤされる為に使っていないのであればいいんですよ。」

「いつものことじゃ無いもん!たまーにだもん!」

「どーだか。」

私たちは蚊帳の外状態だった。というか女の子にチヤホヤってどういうことなんだろう。この黒猫と少女は何者なんだ?さっき黒猫の方は大王と呼ばれていたが。黒猫と少女は美月さんの隣に座る。

「月ちゃんに紹介しないとな。会ったことあるみたいやけど忘れてるみたいやし。」

えっ?私この人達と会ったことあるの?記憶に残りそうなものだけど全然覚えていないや。

「このうるさい黒猫は閻魔大王や。」

「閻魔大王ってあの地獄で嘘つきの人の舌を引っこ抜くっていうあの?!」

「まぁ、舌を引っこ抜くのは獄卒の仕事でオレっちが直接やる訳じゃ無いけど君が知ってるであろうあの閻魔大王で間違いないよ!普段は地獄で死んだ人達の裁判をしたり此岸っていってこっちの世界のことなんだけど、こっちの世界に来て監視や調査もしてるよ。こっちの世界では猫の姿なんだけど、この姿の方が色々と動きやすいからね。」

「チヤホヤされやすいの間違いでは?」

「うるさいよ類菜ちゃん。オレっちだってちゃんと仕事してるからね?」

「はいそーですか。」

「何で棒読み?!まぁ、いいか。この子は類菜ちゃん。オレっちの助手で獄卒にゃんだよ。」

「あの、ごくそつって?」

「まぁ、そうですね。地獄で悪いことをした死者に罰を下す役目を持つ者のことですね。」

「へぇー、そうなんですか…(なんか怖い!)」

「悪いことをしてないしかも生きている人達には何もしませんのでご安心を。」

「あ、はい。(心読まれた?!)」

「類菜ちゃんは鋭いところがあるからね。それに月子ちゃんのことは前から知ってるから!」

あ、そっか確か美月さんはこの人達と私は知り合いだって言ってたっけ。

「それであれか?奴のことを月子ちゃんに説明すれば良いにゃか?」

「せや。頼めるか?私だけじゃどうしても説明不足になりそうやからな。」

「いいにゃよ!それじゃあ話すとするか。月子ちゃん。」

「は、はい!」

「月子ちゃんの体の中には『月光蝶げっこうちょう』と呼ばれる霊獣が封印されている。」

「げっ…こう…ちょう…?れいじゅう?何ですか一体?」

「霊獣っていうのは霊力が強い獣の総称。月光蝶は月夜を好み現れる。姿はウサギに触手の付いた蝶の羽と触覚、目を持っている。奴が厄介な所はその捕食対象だ。」

「一体何を食べるんですか?」

「人間の魂とその存在だ。」

「魂と…存在?」

「あぁ、魂を食べる霊獣はごまんといるが、存在まで食べるのはこの月光蝶ぐらいだろうな。」

「存在を食べられるとどうなるんですか?」

「いい質問だ。存在を食べられた者は全ての世界に忘れ去られる。過去も未来も全て。魂ごと世界に存在していないことになる。つまり、一部を除いて全ての人から忘れ去られる。家族にすら最初から居なかったかの様に忘れられるし思い出の品も何もかも消える。

そして存在のない魂は一生、月光蝶の腹の中。天国にも地獄にも行けず、人間にも動物にも何にも生まれ変わる事もできない。普通死んだ後は天国か地獄に行って一定期間過ごしたら何かしらに生まれ変わるんだけどね。って感じかな簡単に言うと。」

閻魔大王は両前足で湯呑みを持ち、お茶を飲む。

「うーん。つまり存在を食べられるとみんなに忘れられて、死んだ後も生まれ変われなくなっちゃうって事ですか?」

「まぁ、そんな感じの解釈で良いよ。ちゃんと説明すると言葉が難しくなっちゃうからね。」

「はぁ。そうですか…。」

「それに月子ちゃんの中の月光蝶は今日既に魂と存在を食べてるんだろ?具体的な事は明日学校に行ってみれば分かると思うよ。」

「食べるって4本の触手で殺す事ですか?」

「今のところ月光蝶、奴の捕食方法はそうなるだろうね。封印されてるから。」

「どうしてそんなのが私の体の中に?」

「それはオレっち達からも話すことが出来ない。こればっかりは月子ちゃん自身で思い出してもらわないとね。オレっち達が言ったとしても信じられないだろうし、自分で思い出した方が良い事もあるから。でも言える事は月子ちゃんの『霊能力』または『霊力』の何かが封印に繋がった可能性がある。奴は自分から封印される様なタマじゃないからね。好きな月夜に現れては好きなだけ魂と存在を喰らい尽くす様な奴だからね。」

「自分で思い出さなきゃいけないんですね。でもどうやって思い出せば…?」

「そこで、ある事を月子ちゃんと結麻にやって貰いたいんだ。」

「ある事…?」

「へぇ、アンタが俺にお願い事ねぇ。」

しばらく口を閉ざしていた結麻くんが不敵な笑みを閻魔大王に向ける。

「それで何をすれば良いんですか?私、記憶を取り戻す為なら何でもします!」

私は机を叩きながら閻魔大王に向かって前のめりになり大声を出す。

「つっこ…。」

「うん。それは…。」

「それは?」

「『犯鬼』(はんき)と『緋巳陽華』(ひみようか)を2人で殺して欲しいんだ。もちろんトドメは月子ちゃんの持つ月光蝶の力でね。」

「はんき?ひみ、ようか?…殺す?!」

突然の殺人の依頼に驚きが隠せなかった。

隣に座ってる結麻くんの目の色が変わった気がした。

私たちの反応を気にせず閻魔大王は話を続ける。

「そう。まず、『犯鬼』と『緋巳陽華』について説明しようか。」

「は…はい。お願いします。」

「まず、『犯鬼』なんだけど。これは生まれ変わった後も罪を重ね続けて今までこの世での裁きも受けずに更に罪を重ね続けていった人間がなるもの。普段は人の姿をしているが、罪を行う時に姿が化物の様になる。コイツらは生き物の『霊力』をエサにして生きている。『霊力』を食べられた生き物は死んでしまう。それだけでも罪だ。だけど『霊力』を得られれば得られる程コイツらは裁きから逃れるのが上手くなる。だから警察やオレっち達でさえ手に負えないんだ。コイツらは普通に死んだとしてもまた生まれ変わって罪を重ね続ける。その繰り返しで生きている連中だ。コイツらを止める方法はただ一つ。魂と共に存在を消す事。だから月子ちゃんの力が必要なんだ。」

「私だけでそんな化物倒せるんですか?そもそも警察も手に負えないってどうやって見つけるんですか?」

「月子ちゃん自身が囮になるんだ。」

「囮…ですか?」

「そう。さっき言ったように『犯鬼』は『霊力』をエサにする。月子ちゃんは生まれつき『霊力』が多く強いのに加えて『月光蝶』の『霊力』も加わっている。『犯鬼』からしたら恰好のご馳走なわけ。」

「そんな事したらつっこが危ない!そんな危険な事、つっこにはさせられない!」

「それは美月さんも同感や。」

「そこで結麻が必要になる。結麻は人より嗅覚も鋭くて相手が人か犯鬼かある程度見分けがつくだろ?それにナイフ捌きと高い身体能力に長けている。結麻が率先して攻撃と月子ちゃんの防御をして相手が弱まったら、月子ちゃんの月光蝶の力で倒すってわけ。」

「まぁ、それなら良いよ。つっこのことを守れるのなら俺はそれで構わない。それにつっこと一緒に居られるし!」

不敵な笑みで閻魔大王の話に了承したかと思えば私に向かって笑顔を向ける。

「それなら。まぁ、ええやろ。まだ、心配って言うのが本音やけどな。」

「それに非常事態にはこちらも動くつもりだからね。」

「あの、私がその『犯鬼』を倒すのは分かったんですけど、それと私の記憶と関係あるんですか?」

「月子ちゃん自身で思い出す条件が今のところ月光蝶の力を使うということらしい。何故かはよく分からないが月光蝶の力と月子ちゃんの記憶は何らかの結び付きがあるということだけは分かっているんだ。」

そういえば酒役先生を触手で殺した後、何かしらの記憶がフラッシュバックした。いつ、どこの記憶かはまだ分からないが。

「力を使い続ければ思い出せるかもしれないって事ですね?」

「そう!他の方法も探してはみるけど今はそれで頑張って欲しい。心配しなくても月子ちゃんには結麻や美月ちゃんもいるし、こちらでも獄卒の派遣とかきちんとサポートはするから。」

「そして思い出せれば『月光蝶』を体から出せる方法が見つかるかも知れないしね。」

尚更、昔のことを思い出さなければ。『月光蝶』が体から居なくなればいつか平凡な日々を過ごすことが出来るかもしれない。それに『犯鬼』を倒すことで被害に遭う人も減るかもしれない。

「分かりました。『犯鬼』を倒すの。やります!」

「よく言ってくれた!お陰で亡者の増加に歯止めが掛かるかもしれないし、『犯鬼』の負のサイクルも止められて良質な生まれ変わるを行うことが出来る。」

「後、ひみようかって誰何ですか?人の名前ですよね?」

「あぁ、そっちの事も説明しておかないとね。『緋巳陽華』は記憶を持ち続けたまま生まれ変わりを何度も繰り返している魔獣だ。」

「魔獣?」

「魔力の強い獣だ。アイツは初めて死んだ時が人間だったからか普段は人の姿をしているが、正体は強い魔力を持った蛇だ。アイツはかなり悪い奴でな。多くの罪を重ねながらこの国を自分の手中に収めて支配しようと企んでいる。」

「『犯鬼』との違いは何ですか?」

「まず生まれ変わる前の記憶と野望を常に持ち続けていること。それによって色んな時代に災難を起こしている。二つ目は魔獣であること。『犯鬼』は生まれた時から人間だか、アイツは生まれた時から魔獣。つまり人間じゃない。姿は人間なんだけどね。アイツが犯している罪っていうのもかなり重いし、力が強い分やる事もかなりタチが悪い。そんじょそこらの『犯鬼』よりも被害者は多いだろうね。直接的にも間接的にも。それにアイツの周りに『犯鬼』や悪質な獣が集まっては何か良からぬことを企んでいるという話も出ているし、アイツが『犯鬼』を増やしているという話も聞く。」

「そんなに怖い存在なんですね。」

「オレっちはアイツの野望や罪を全て止めたい。この世とあの世の平和のためにも。その為には生まれ変わりが2度と出来ないようにアイツの存在を月子ちゃんに消してもらいたいわけ。月子ちゃんの記憶にも関係してるかもしれない奴でもあるし、それにこれは結麻の為にもなるかもしれないからね。」

「?どういう…ことですか…?」

「その話は追々、結麻本人から聞いた方がいいかもね。少なくともオレっちが今話すことじゃない。」

「そう…なんですか?」

「なっ。そうだろ?結麻?君にとっちゃ全然悪い話じゃないだろ?」

「あぁ、そうだな。アイツさえ居なければ俺はずっと幸せでいられたからな。見つけ次第必ず殺してやる。」

結麻くんは『緋巳陽華』に対して相当恨みを抱いているらしい。口は笑っているが目が爛々としている。一体、結麻くんと『緋巳陽華』とはどんな確執があるのだろうか。それが知れる日は来るのだろうか。

「ちゃんと月子ちゃんの力を頼ってよ?目的はアイツの生まれ変わりを止めることなんだから。」

「分かってる。でもアイツには生まれ変わるのを自分で辞めるくらいの絶望をこの手で味合わせたいんだ。」

結麻くんは両手を出してさっきの表情のまま体を震わせている。きっと結麻くんは『緋巳陽華』に余程嫌な事をされたんだろう。こんなに怒りを露わにしている姿は初めてみる。結麻くん以外にもこのような思いを抱いている人がいるのかもしれない。それに私の記憶に関する人物なのであれば尚更。会わなければ。

「分かりました。その『緋巳陽華』を殺すのも引き受けます。因みに何処に居るのか分かりますか?」

「つっこ…!」

「助かるよ!それにアイツの居場所なんだけど、緋巳財閥の関係者である事は分かっているんだけど、現在の居場所やどんな姿をしているのかは情報が無くてね。だからさっき言ったように『犯鬼』と関わりがある話が出てるからまずはそこから探ってみた方がいいかもしれないね。」

「まずは『犯鬼』を探して倒すんですね。」

「そうそう。そうしていればいづれ『緋巳陽華』の尻尾も掴めてくるだろう。『犯鬼』やその関係者が知っているって可能性だってある。」

「でもどうやって戦えばいいんですか?結麻くんはナイフとかで戦えますけど、私は戦ったことなんてないですし。」

「まぁ、その事は明日のこの時間にまたオレっち達が来るからその時に説明するよ。今日は『犯鬼』も倒したし、色々と話したから疲れてるだろ?それに明日も学校なんだし。月子ちゃんには明日学校に行って月光蝶の力を具体的に知るといい。それじゃ今日はこの辺で。明日また失礼するよ。おやすみー!」

「月子さん、結麻さん、美月さんお休みなさい。」

そう言って閻魔大王と類菜さんは帰っていった。

「そういう事や。もう遅いしさっさと夕飯食べて、風呂入って、寝るんやで。」

「はい。」

「ねぇ、おばさん。今日からつっこと同じ部屋で寝て…」

「言い訳あるかボケ!月ちゃんの部屋にはちゃんと鍵閉めるからな。」

「そんなぁ〜。いつアイツらが入ってくるか分からないんだよ?」

「自分の方が被害が大きそうやからな。月ちゃんの精神的に。」

美月さん、阻止してくれて本当にありがとうございます。

「つっこ。もし怖くなったら、いつでも俺の部屋に来ていいからね?」

私の左頬を撫でながら優しい表情をして言う結麻くん。だが、怖いのは事実なので私は後ずさりしながら。

「大丈夫。自分の部屋に居た方が安心だと思うから。」

と目を逸らして丁重に断る。

結麻くんは捨てられた子犬のような表情でこちらを見つめている。

夕飯中、気になる事があったので美月さんに聞いてみた。

「美月さん、私と結麻くんってどういう関係だったんですか?」

「もちろんこいび…」

「幼馴染みってやつやな。2人同時に両親とも居なくなっちゃったから美月さんが引き取ったんや。同じくらいの歳の異性2人引き取るのは正直悩んだんやけどな。なんせ引き取り手が誰もおらんかったからな。」

顔を赤らめながら予想通りの事を言おうとした結麻くんだったが、見事に美月さんに論破されてしまい、不貞腐れるのであった。

「へぇー。幼馴染みだったんですね。」

「結構小さい頃からの縁だったらしいで?詳しい事はよく分からないんやけどな。だから結麻くんが変な事言っても気にせんでええからな。」

「…はい。」

「俺とつっこは一心同体みたいなもの。恋人同然なんだよ!」

「んな訳あるか!いくら何でも月ちゃんに執着し過ぎやからな。」

「そんな事ない!俺はつっこのこと心から愛してるだけだから。つっことは両想いだから!」

「その月ちゃん。相当、自分に対して恐怖してるっぽいが?」

美月さんの言う通り、結麻くんが怖くて目が合わせられず挙動不審になる。

「いやー。そのー。えーっと。…ごめんなさい。」

そう言う事しか出来なかった。

「じゃあ、ご飯食べ終わったら一緒にお風呂入ろ?」

「自分で何言っとるか分かっとんのか?!」

美月さん、ガチギレ。

「すいません。それだけは本当に勘弁してください。」

咄嗟に私は口走ってた。結麻くんまたもや捨てられた子犬のような表情になる。

ここまで言わなければ伝わらないとは、先が思いやられる。本当にこの結麻くんと『犯鬼』と『緋巳陽華』を倒すことが出来るのだろうか。記憶を取り戻せるのだろうか。正直不安しかない。

お風呂も済ませ(もちろん1人)、部屋の鍵を全て掛けてベッドに入る。

「明日、学校に行けば分かる。っかー。」

今日は色んなことが起きたり話があったりして疲れが一気に押し寄せてきて、眠気が出てきた。

スマホの目覚ましをセットし、布団を掛けて眠りにつく。

――――

「おい。起きろ。起きぬか。小娘!」

「!」

私は貴婦人の様な声を聞いて起き上がる。

辺り一面、赤黒い色で染まっている。

「何処を見ておる。こっちじゃ。」

声の主を探して後ろを振り向くと大きな影が宙に浮いていた。

目を凝らして見てみると垂れた耳の兎に蝶の様な羽と触覚が生え、目が虫の様な目になっている大きな怪物がいた。

「あなたは一体…?」

私は怪物に語りかける。

「ほほほ。妾の事を忘れておるとは。やはり小娘、其方には妾の力はちと荷が重すぎたかのぉ。自らの力を使いこの妾を封印したというのに。その様子だと何もかも忘れておる様じゃ。実に愉快愉快。」

怪物は高らかな声で笑いながら話す。

封印、蝶の羽と触角に目、兎の様な姿。閻魔大王との話を思い出す。

「あなたが…月光蝶…?」

私は驚きを隠せずに聞く。

「いかにも。妾こそ月夜に舞い、魂と存在を贄とする究極の霊獣。月光蝶なるぞ。」

まさか閻魔大王の話が本当だったとは。

「って事はここは?」

「其方の体の中じゃよ。全く。下等生物である人間の体の中とは実に息苦しいものじゃ。月明かりも浴びれず、好きに喰らう事も出来ず。実に屈辱じゃ。」

月光蝶は相当この場所、私の体の中に不満を抱いている様だ。封印されているのだから無理もないのだろうけど。

「どうして私、自分の体の中に?」

私は再び月光蝶に問いかける。

「質問ばかりな奴じゃ。何も自覚も把握もしておらぬとは。知っているのは妾が其方に封印されている事くらいか。まぁ、其方は妾の力で記憶を失っている上、閻魔どもからは殆ど何も聞かされておらぬからな。」

「やっぱり、私の記憶とあなたの力は関係しているんですね。」

「そうじゃ。其方は妾の力を初めて使った時に記憶を殆どなくしたからのぉ。それは、其方の霊力の使い方が未熟だったのと妾の其方へ復讐を果たしたからじゃ。」

「復讐?!それは封印された事に対して?」

「それもあるが、最も許せなかったのは妾が願いを叶える事を良い事に妾から馳走を奪い、それを2度と妾がそのご馳走を目の前で見せつけられながら食えぬ様にした事じゃ!」

どうやら私は月光蝶の食事を邪魔した上、餌を見せつけるだけ見せつけて食べさせない様にしているらしい。それが誰なのかは分からないが。

「私が許せないなら…私の魂を食べれば良いのに。」

少し勇気を出して思った事を言ってみる。

「それは何度も試した。だが、何故か分からぬがどうしても喰えぬのじゃ。馳走もすぐそばにあるというのに。其方の霊能力が関係しているのは確かなのじゃが、今の其方に聞いても記憶がないからのぉ。いや、記憶があったとしても其方は邪魔するだろうな。」

私の魂は食べられる事はない様だ。それはそれで一安心だ。

「其方が質問ばかりだから妾が聞きたい事が聞けとらん。その為に其方を呼んだと言うのに。」

「ごめんなさい…。それで…聞きたいことって?」

「其方は今の記憶の状態で本気で妾の力を使い続ける

つもりか?記憶の無い其方が妾の力を使いこなす事が出来るとは思えぬがな。」

「でも、今日は使えたけど?」

「だが、何故使えたかは分かっておらんではないか。」

「それは…そうだけど…。」

「使い方を把握出来ぬ限り、戦いの場に行かせられぬな。」

「?心配してくれてるんですか?」

「そうでは無い。妾が下等な人間や魔獣の糧になるのが嫌なだけじゃ!」

「じゃあ、どうすれば。あなたの力が使えないとみんなが困るんです。」

「一体誰が困ると言うのじゃ?」

「閻魔大王や美月さん。それに犯鬼や緋巳陽華の被害に遇っている人達。」

「其方は他人の為に妾の力を使うと?実に人間、特に愚かな人間の思考そのものじゃ。それで誰かに褒められたいとでも。」

「…!そういうわけじゃ…。」

「では、それ以外に何があるというのじゃ?」

「それは…。ただ私が困っている人の力になりたいと思っている。もしかしたら本当はあなたの言う通り、誰かに褒められて、認められたいのかもしれない。私、何も出来ないから。でも何も出来ない私にも出来る事があるんだったらそれを最後までやり遂げたい!それに力を持っているのに何もしないでそれで苦しむ人々が出てきて後悔したくない!それに私はあなたの力を使う事で記憶を取り戻したいの!」

「ほぅ。それをやり遂げ、記憶を取り戻してどうしたいのじゃ?」

「まだよく分からない。でも、逃げたくないって思ってる。あなたの力を使って少し分かった事がある。私は何か大切な事を忘れてしまっていて、それから目を背けようとしているんだって。そんなままで誰も幸せになれるとは私は思わない!だから…!」

「ほほう。己の幸せの為とは。知らぬが仏という言葉もあると言うのに面白い事を言う小娘じゃ。そういったところは記憶が無くなる前とは変わらぬな。やはり馳走の存在が大きいのだろうな。それにしても其方は実に面白い人間じゃ。だからこそ妾も願いを叶えようとしたのかも知れぬな。」

「馳走…!そうだ!馳走って誰のこと?!私の知ってる人?!それにあなたにした願いって?」

「それは戦いの中で分かる事じゃ。戦う上で大事なヒントを授けるとする。妾もただ糧になるのは嫌じゃからな。それに其方が戦う事で妾は食事が出来るし、其方が記憶を蘇らせてどの様になるのか見物じゃからのぉ。」

「ヒント…!戦える為になるのなら何でも!」

「其方が本気で許せない事や失いたくないものを考えろ。」

「本気で許せない事や失いたくないもの…?」

「今日の戦いが正にいいヒントじゃろうな。それを活かせれば妾の力も使って其方の思いは叶い、妾も食事が出来る。実に良い両立関係じゃ!」

「ありがとう!でも何で急に私の戦いに協力的になったの?」

「ただの気まぐれじゃ。妾は寿命が長い上、封印されている身。退屈なのじゃよ。食事を取れぬのも苦しいだけじゃからな。では、健闘を祈っておるぞ。面白く愚かで哀れな小娘よ。」

そう言って月光蝶は姿を消し、目の前の世界が白くなっていく。

「…!眩しい…!」

私は目眩を覚え、そして何も見えなくなった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ