一章 擬態
私は目覚ましの音と共に目を覚ました。
何か夢を見ていたのは覚えている。しかし、細かい事までは思い出せない。言葉の端々が思い出せない。
私は何を言ったのだろうか。考えても結局分からない。
スマホには6:00の文字が表示されている。
私は充電器からスマホを取り、ベッドから出る。
部屋の壁にかけてある制服を手に取り着替える。そして部屋を出て洗面所に向かう。
洗面所を後にし、階段を降りる。
「月ちゃんおはよう。朝ごはん出来てるで。」
叔母の美月さんが私を見て呼びかけている。月ちゃんというのは私、蝶野月子の美月さんなりの呼び方だ。
「美月さん、いつもありがとうございます。」
「いいんやで。私にとって月ちゃんは本当の娘みたいなもんなんやから。これくらい当然やって。」
笑顔で美月さんが応える。
美月さんは私より背が低く童顔で可愛らしい人だけど私の叔母にあたる人で当然私よりかなりの年上。美月さんの笑顔で私の心はほころぶ。
私の両親はというと私を美月さんに引き取らせてどこかへ行ってしまったらしい。らしいというのもそもそも私には美月さんに引き取られてるまでの13年間の記憶が無い。覚えていたのは自分の名前と年齢と学校で習ったであろう勉強内容くらいだった。今でも記憶は無いままだけど、美月さんに引き取られて一年が経った今、平和に暮らしている。本当の母親の様に優しい美月さんと過ごせて私は幸せ者だ。昔の事なんて思い出せないままでいいと思えるくらい。
だけど、そんな幸せな今の家には一つ気がかりな事がある。
「結麻くーん。朝ごはん出来てるでー。起きてるんなら食べに来るんやでー。」
そう今、美月さんが呼んでいる結麻くんという男の子。美月さんが私と同時期に引き取った子で私と同じくらいの年齢の子らしい。
学校に通っている様子は無い様で普段から何をしているのかよく分からない。私はここに来て1年くらい経つがまともに話したことも顔を合わせたことも無い。同じ家に暮らしているのに生活リズムもよく分からない。そんな感じの子だ。
美月さんが呼んでも結麻くんは降りて来る様子は無い。私は食卓に座り、朝ごはんを食べる。
朝ごはんを食べ終えたら学校に行く時間となっていた。
私が席を立ったと同時に2階の部屋の扉が開く音と部屋から誰かが出て来る音がした。
そして階段を気怠そうに男の子が降りて来る。結麻くんだ。
はねてて少し長めの茶髪、白いパーカーに深緑のズボン、首にはロープのようなものが巻きついている。猫のような瞳孔と黄色い瞳を細めている。
「やっと起きたんやな。朝ごはん食べるか?」
「…………。」
美月さんの言葉を無視し、私の前を通りかかる。
「お……おはよう……。」
私は結麻くんに緊張気味に挨拶をしてみた。
「…………。」
無言のまま私の方を見つめて来る。
その目はまるで獲物を見つめている様な目だった。
私は得体の知れない恐怖と私は嫌われているのかという気持ちに包まれた。
「ご……ごめんなさい……!」
恐怖と申し訳なさからつい口から言葉が出てしまう。
「…………。」
「これっ!あまり月ちゃん怖がらせたらあかんで?」
美月さんが結麻くんに注意をする。
「…………。」
結麻くんは黙ったまま私から顔を背け、真っ直ぐと玄関で靴を履き出て行っていってしまった。
少し呆然としていた私を横目に美月さんが私に声をかける。
「ごめんなぁ。結麻くん、いつもあんな感じなんやねん。特定のもの以外には興味が無いみたいでな。まぁ、そんな子やから堪忍してやってな。」
「あ、はい。私は別に……。嫌われてても仕方ないかなって思ってるので。」
「何言ってんねん。月ちゃんは何も悪く無いで。もうあの子の事は気にせんでええから。」
「……はい。分かりました。」
「そんな事より早よ学校行かんと遅刻するで。」
時計を見ると時間はいつも家を出る時間を過ぎていた。
「あっ、いけない!ありがとうございます!い、行って来ます。」
私は慌てて鞄を持って玄関に走り、靴を履く。
「行ってらっしゃい!気をつけてな!」
美月さんの元気な見送りを受けながら私は家を飛び出した。少し先に出たはずの結麻くんの姿がどこにも無かったのに少し違和感を感じたが、そんな事を気にするのも束の間、私は走って学校へ向かう道へと進んだ。
今日は日差しが柔らかい春の陽気。新学期になって間もない日だ。外には犬の散歩をしている人、通勤・通学の人など様々な人がいる。その中でも季節外れの冬物のコートの様なものを着てフラフラと歩く人や歴史の教科書で見たことのある戦時中の様な服装で立ち尽くしている子どもなど違和感のある人たちが居たりする。美月さんが言うには『違和感のあるもんは見えないフリをした方がええ。付き纏われたりするからな。』らしい。
私は美月さんの言いつけ通り、見えないフリをして足早に学校に向かう。それでも何かしらの視線を感じる事はよくある。一年前までは怯えながら登校していたが今では多少不気味に感じるくらいで済んでいる。
しばらく進むと校門付近に着いた。時間的にもなんとか間に合った。まだ登校中の生徒もちらほらといる。ホッと胸を撫で下ろしていると。
「おはよー!月子ちゃん!」
と聞こえたと同時に私の背中に衝撃が走る。
「ひっ……!」
私の口から情けない声が出る。
「お……おはよう。真希ちゃん……。」
衝撃の正体は同じクラスで友達の椎名真希ちゃんが私の背中を押したものだった。
「あははは!月子ちゃんったら本当にビビりなんだからー。」
「あはは……。そうだね……。」
本当に返す言葉も無い。私は臆病者で少しの事にすぐ驚いてしまうのだ。一方の真希ちゃんはいつも明るく積極的で度胸がある子で私と正反対だ。
「こら真希。あんまり月子ちゃんをいじらない!」
「な、奈々ちゃん。おはよう。」
真希ちゃんを叱っているのは中島奈々ちゃん。クラスの委員長で眼鏡をかけた真面目でしっかりした子で色々と面倒見のいい子だ。
真希ちゃんも奈々ちゃんも私が転校してからの友達でいつも私の事を気にかけてくれる優しい子達だ。
「おはよう。月子ちゃん。それより真希、朝から元気
なのはいいけど昨日の数学の宿題終わってんの?」
「げっ!宿題あったっけ?!忘れてたー。奈々ー、宿題写させてー。」
「全く。それ今月で何回目よ?いい加減忘れずに自分でやりなよねー。」
「それがさー。聞いてよー。昨日ねー……」
いつもの変わらない2人の会話。それを側で静かに聞きながら校内に入るのが私の日常になっている。
そんな日常が幸せで好きだ。
教室に着いてすぐに席に着く。真希ちゃんは早速、奈々ちゃんの宿題のノートを写している。他の子達は友達とおしゃべりや噂話に花を咲かせている。私はというと真希ちゃんと奈々ちゃん以外の子達とはそんなに話さないのでみんなが話している内容を聞き流しながら窓に目をやる。私にしか見えない不気味な人達はそんなに居ないのだが、何故か視線だけはやたらと感じる。
(一体、この視線は何なのだろうか。不気味な人達はほとんど居ないのに。)
そんな事をぼんやりと考えていると近くの女子達の噂話が聞こえて来た。
「酒役先生知ってるでしょ?」
「そりゃうちの担任だからね。」
「確か今年入って来た新任の先生だよね。」
「眼鏡が似合っててカッコいいよね。」
「そうそう。その酒役先生に関する事なんだけど、酒役先生に個別に呼び出された女子が次の日から学校来なくなるって話知ってる?」
「あっ。聞いた事あるかも。確か昨日は隣のクラスの子だったよね。」
「そうそう。確か朋子ちゃんって子だよね。1年の時皆勤賞とってた。」
「そんな子が突然学校来なくなるっておかしくない?」
「そうかな?ただの偶然じゃない?」
「朋子ちゃんだけじゃない。このクラスにも数人来てない子いるじゃん。みんな酒役先生に個別に呼び出されてたって噂だよ。」
「そうなの?!なんで酒役先生に呼び出された子達が学校来なくなるの?何か悪い事したとか?」
「いや、そういうのじゃないらしい。どうやら酒役先生に何かされたらしいよ。」
「何かって?」
「噂じゃ殺されているとか……。」
『殺されている。』というワードに私は思わずビクついてしまった。
「えー、嘘でしょ?!そもそもあの先生が人を殺すとかあり得ないって。」
「そうだよ。あんなカッコ良くて優しい先生がそんな事する訳ないよ!」
「そうかなー?でもそうだよね。あの酒役先生が人殺しなんてする訳ないか。」
「そうだよ!それに学校来なくなったっていうのもただの偶然だし。学校来なくなる子って普通に出て来るじゃん。」
「そうそうただの噂だよー。でも最近、この辺りで刺殺死体が発見されてるってニュース見たんだよね……。」
「あ、私もそれ見た!なんか怖いよねー。」
「ねー。」
噂と聞いて安心したのも束の間、刺殺死体のニュースの話を聞いてまた怖くなってしまった。
噂話のネタになっていた酒役先生は私たちのクラスの担任で今年になって入って来たばかりの先生だ。別の学校から異動して来たらしい。眼鏡の似合うクールな感じだけどとても優しいということで特に女子達からの人気がある。確かにカッコ良くて優しい先生だ。もちろんクラスに馴染めないでいる私の事も気にかけてくれるし、授業も分かりやすい。そんな完璧な先生だからこそ噂などのネタにもされやすいのかもしれない。一方、男子の中には羨んでいる子もいるのだとか。きっと噂はそういう子達が広めてるんだろうなとしか思えない。他の女子もきっとそう思っているんだろう。
だけど刺殺死体の事件は本当に起こっている。実際ニュースにもなっている。現場はこの学校周辺。いつ殺人鬼に出会ってもおかしくない。それが私は1番怖い。
そんな事を暗い表情で考えていると教室の前の戸が開く音がした。
「はーい、みんな席に着いて。ホームルーム始めるよー。」
担任の酒役先生が入って来た。と同時にクラスのみんなは急いで自分の席に戻る。
「まず出席をとるよ。相澤」
「はい。」
「伊藤」
「はーい。」
先生は出席をとり始めた。普段と変わらない情景だ。
本当に人を殺すという噂をたてられている先生とは思えない。何故その様な噂が出回っているのか正直疑問だ。そんな事を思っていると、
「蝶野」
私の名前が呼ばれた。
「は、はいっ!」
考え事をしていたのでビックリしてつい大きな声になってしまった。
「ははは。いい返事だね。」
先生は褒めてくれた。
「な、なんか……すみません……。」
途端に恥ずかしくなって顔を赤らめながら声が萎んでしまう。
「じゃあ次、遠山」
「……。」
「あれ?今日も来てない?」
「来てないです。」
「そうか。誰か知らないか?」
ザワザワ……。
教室が少しざわめく。遠山華恋ちゃん。クラス一可愛くてみんなの人気者だ。1週間前からずっと学校に来てない。
「知ってる?」
「いや、知らない。」
「お前は?」
そんな会話が教室中に広がる。
「はいはい。静かに。後で先生がご家族の人に確認を取るから。はい次、中島」
「はいっ!」
出席が続く。確かに華恋ちゃんも先生に呼び出された子の1人だ。だとしたら噂は本当なのだろうか?それとも偶然?私の頭はこんがらがっていた。
「山田」
「はーい。」
「よしこれで全員かな。何人か休みが続いているけど試験にも影響するから休み過ぎも程々にね。後、最近この辺りで事件が起きているのはみんな知ってると思うけど帰りは寄り道せず真っ直ぐ帰る事。以上。」
「気をつけ!礼!」
合図と同時に朝のホームルームが終わった。一限目の授業の準備をしていると
「蝶野、ちょっといい?」
酒役先生から呼ばれた。
「は、はい。今行きます。」
私は慌てて席を立ち先生の元へ向かった。
「あの、すいません。なんでしょうか?」
私が何かしたのかと思い恐る恐る聞いてみた。
「クラスには馴染めてる?」
「いや、まだあまり……。」
「そうか、友達は出来そう?」
「はい。椎名さんと中島さんと仲良くさせてもらってます。」
「ははは。相変わらず謙虚だね。今日の放課後なんだけど何か用事が無ければ個別に話したいなと思ってるんだけど大丈夫?」
「はい、特には。叔母には私から連絡するので大丈夫です。」
「そうか。こっちからもお家の方には連絡するから。時間によってはお家の方に迎えに来てもらうよう伝えておくから。ホームルームでも話したけど今この辺り物騒だからね。」
「それは叔母に申し訳ないというか……。」
「そこら辺はお家の人も心配すると思うから、その辺りは申し訳なく思う必要は無いと思うよ。それに話の内容も悪い事を指導するとかじゃないし。」
「そうですか……。ではお願いします。」
「よし、じゃあ放課後この教室で。」
そう言って酒役先生から放課後呼ばれた。
先生と話した後、席に戻る途中、
「ねぇ。月子ちゃん!先生なんだって?」
真希ちゃんが私に話しかけて来た。
「何って放課後教室で話ししようって。」
「呼び出されたの?!珍しー。月子ちゃん何かやらかすような子じゃないのに。」
「そういう感じの話じゃないみたい。」
「ふーん。なんだろう?告白とか!」
「えぇ!何言ってるの?先生と生徒だよ?!そんなのあり得ないって。それに私と酒役先生だよ?告白なんて無いよ。」
「あははは。冗談だって。でもいいなー。酒役先生と個別にお話しとか。」
「そうかな?」
「そうだよー!だって酒役先生だよ?!あんなクールでカッコいい先生から個別に呼び出されるとか憧れるなー。しかも指導とかじゃないんでしょ?いいなー。」
「えっ?!椎名さん知らないの酒役先生に放課後呼び出された子は学校に来なくなるっていう噂。下手したら死んじゃうってやつ。」
突然クラスの女子が真希ちゃんに話しかける。
「えー。それってただの噂でしょ?月子ちゃんはちゃんと学校来るし死なないよ!私がいるんだし。ねっ月子ちゃん!」
「あ、あはは。そうだね。」
ホームルーム前に女子達がしていた噂話をふと思い出した。
『酒役先生に呼び出された子達は学校に来なくなる。そしてその理由は殺されているから。』
それを思い出した私は少しビビってしまったが、
(あの先生に限ってそんな事絶対無い。きっとクラスに馴染めないでいる私を心配して話を聞いてくれるだけだ。)そう思い込むことにした。
――
5限も帰りのホームルームも終わり、部活や下校でみんな教室から出て行った。
「月子ちゃん!じゃーねー!先生と何話したか教えてねー!」
真希ちゃんが私に手を振る。
「う、うん。分かったよー。」
私は真希ちゃんに手をふり返す。
「じゃあね月子ちゃん。無理にコイツに話さなくてもいいからねー。ほら真希帰るよ。」
「コイツって何ー?ひどーい。ちょっと奈々ー?!」
奈々ちゃんも私に手を振る。それを追いかける真希ちゃん。
「あははは……。」
愛想笑いをしながら奈々ちゃんにも手をふり返し、2人を見送った。
「先生が来るまで今日の分の宿題やっちゃおうかな。」
そう独り言を呟きながら私は自分の席に着き、筆入れや教科書、ノートを取り出し宿題に取り込むことにした。
みんなが帰ってどれくらい経っただろう。私は宿題の途中で伸びをする。
「くわぁー。先生まだかなー?」
ふと窓を見ると夕陽が差し込んでいて眩しかった。
時計を見ると16時を過ぎていた。
(えっ?!もうこんな時間?!先生忘れてるのかな?職員室に呼びに行こうかな。)
そう思い、席を立ち後ろを振り向いた瞬間、扉が開く音がした。
「あっ、先生丁度呼びに行こうかなと……って……えっ?」
先生が来たのかと思い声をかけたが入って来た相手は酒役先生ではなく1人の少年だった。しかもとても見覚えのある。
「ゆ、結麻くん?!なんでここに?」
夕陽の光で上手く顔が見えないが姿格好は今朝見た結麻くんそのものだ。
「……。」
無言のまま結麻くんは私の方に向かっている。
最初はゆっくりだった歩幅も少しずつ早くなっている。よく見ると結麻くんは右手に何かを持っている。
近づくにつれそれが何か分かった。ナイフだ。それを見た瞬間、私は手で後ろの席を探りながら後ずさりをした。ガタン。ギー。と音を鳴らしながら急いで後ずさる。教卓を避け黒板の前まで来た。再び結麻くんの方に目をやった。そして学校付近で最近起きている刺殺事件の事を思い出した。
(まさか……?!)
そう思った次の瞬間、結麻くんはナイフを振り上げながら私に飛びかかって来た。
「!きゃあっ!」
私は黒板の下に倒れ込み、顔を伏せて目を瞑った。
すると、
バキキキッ!!!ガギンッ!!!という激しい音がした。その音が止んだ途端に私は目を開けた。
「……!……い、一体な……に……?!」
パラ……パラ……。と音をする方私の顔の真横にある壁を見た瞬間私は思わず息を呑んでしまった。
そこにはナイフが刺さり、その周りは壁がボロボロになっていたのだ。
「ひっ……!」
思わず声が出る。そして恐る恐る前を向いた。そこには無表情で獲物を狙う肉食獣の様な瞳孔の黄色い瞳を大きく見開いた結麻くんの顔があった。
「あっ……。あっ……。あっ……。」
あまりの恐怖に声が上手く出ず、私は倒れ込んだまま目を見開きながら涙を流していた。
ガシュッ!!!
結麻くんは壁からナイフを抜いた。
その瞬間、
「い……。いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
私は泣き叫びながら無我夢中で廊下に向かった。
無理矢理、戸を引き思い切り廊下に飛び出して一目散に職員室に向かおうとした。すると、
ドスッ!
「きゃあっ!」
誰かと思い切りぶつかった。
「いたたた。って、蝶野?どうした?」
ぶつかった相手は酒役先生だった。私は慌てて泣き叫びながら先生に訴えた。
「先生っ!教室の中に……!殺人鬼が……!知ってる子でその子にさっき襲われてそれで……!壁にナイフ、突き刺さって……それで……!」
先ほどの恐怖によるパニックで私の訴えは要領を得ないものになっていた。
先生も要領を得ないのか首を傾げる。
「何を言ってるんだ。他の生徒はみんな帰ったし侵入者の情報も無かったよ?」
「でもいるんですっ!!!早く他の先生に知らせないと!」
「?」
不可思議そうな表情で先生は教室の戸を開いた。
「っ先生!駄目です!逃げて下さい!」
そう私は叫んだが先生は教室の中に入って行ってしまった。
「?誰もいないじゃないか?」
そう先生が言った次の瞬間。
「……って何だ君は?!うわぁっ!!!」
ガシャン!!!ドスンッ!!!
私の目の前で教室から先生が廊下に吹き飛んできた。
「先生っ!!!」
私は慌てて先生の元に駆け寄る。先生の胸にはナイフが突き刺ささり、大量の血が流れていた。
「……そんなっ!先生しっかりして先生!!」
私は一心不乱になって先生の体を揺らした。
すると教室からこちらに向かって走る音が聞こえてきた。出て来たのは結麻くん。しかし、さっきとは違い何か焦っている様子。すると
「つっこ!今すぐそいつから離れて!」
戸を掴みながら結麻くんは私に向かって叫んだ。
何の事か分からず唖然としていると
「……いてててて。」
先生の体が動き出した。良かったと胸を撫で下ろしながら
「先生!大丈夫ですか?!」
咄嗟に先生の方に向く。
「あぁ、大丈夫だ。今、霊力を補給するから。」
私が見たのは身体は先生、頭は何か爬虫類の様な姿で私に向かって口を大きく開けて長い舌の様なモノを出している怪物だった。
「……えっ?せ、先生……?」
訳が分からず固まっている私に向かって舌の様なモノが迫って来た。
ザシュッ!
ギリギリの所で結麻くんがナイフで舌の様なモノを切断した。
「ギャアァァァァァァァ!!!」
私の知っている先生からは想像も付かないような断末魔の叫びを上げている。
私は咄嗟に恐怖で震えながらも後ずさりをした。
先生だったはずの怪物に結麻くんは再びナイフを振り翳し馬乗りになってひたすら刺し続けている。
そんな様子を涙目になり震えながら見ていると結麻くんは私の方を振り向き
「つっこ!早く逃げて!」
と怪物を刺し続けながら叫ぶ。
それを聞いた私は声が出せないまま後ろを振り向き走り出した。何が起こっているのか訳が分からないまま言われた通りに今いる所から出来るだけ遠くへ遠くへと一心不乱に逃げた。
夕陽が差し込む廊下をひたすら走り続ける。もう何処を走っているのか分からない。ただ先生だったはずの怪物の断末魔が聞こえなくなる所まで走り続けた。今、私の頭の中は多くの謎で混乱している。何故、結麻くんが教室にいて私と先生を襲ったのか、そしてあれは本当に私の知っている先生だったのか。だとしたら何故、先生の頭が人間じゃ無かったのか。そして結麻くんの目的は何なのか。色々とあり得ない事がいくつも起こり過ぎて頭の整理がつかない。そうしながら走っていると突然足がもつれ転んでしまった。
「っ!きゃあっ!」
廊下に私の小さな悲鳴が響く。
(早く逃げなきゃ!)
そう思い立ち上がろうとした瞬間、左足首に激痛が走る。
「いだいっ!」
どうやら転んだ時に左足首を捻ってしまったようだ。あまりの痛さに息が荒くなり、涙が出てくる。
走れなくなった私は左足を引きずりながらも歩き続けた。
歩き続けていると屋上に繋がっている階段が見えた。この階段は普段から人目につきづらい。
(そうだ、ここに逃げよう。)
そう思い、左足を引きずり、手すりに掴まりながら必死に階段を登る。しかし、踊り場についてすぐ左足首の痛みで私の体力は限界に達してしまい、踊り場に座り込んでしまった。
「ハァハァハァ」
痛みと今まで起きている状況の意味不明さに荒い息と涙が止まらない。
(あぁ、これが悪夢であれば良いのに。そうかこれは夢だきっとそうだ。夢なら早く覚めて。)
私は自分の頭を抱えながらそう願った。
きっと夢なら全て無かった事になる先生は怪物じゃ無くていつもの先生。結麻くんだってナイフを持って襲って来ることも無い。目が覚めればいつもの幸せな日常があるんだ。そうだ。
しかし、そう言い聞かせたところでこの現状は変わらなかった。左足首の痛みが悲痛にも私にこれは現実だと教えてくる。
一体何処で何を間違えたのだろうか。私は何か悪い事でもしてしまったのだろうか。そうでないとこの現実に説明がつかない。今までの幸せな日常は何処に行ってしまったのだろう。あの日常に戻りたい。死にたくない。思いが溢れて涙が止まらない。
そんな時、誰かの歩く足音がこっちに向かって来ていた。
「……。」
流れていた涙は少し止まり体に緊張が走る。
誰だろう?この状況からして酒役先生だったはずの怪物か?いや今頃、結麻くんにナイフで滅多刺しされているはず。結麻くんも怪物を滅多刺しにしている最中だろう。他の先生たちならあの惨状を見て悲鳴や声が聞こえてきてもおかしくない。では誰だ?
足音はどんどん近づいて来て最終的には階段を登る音が聞こえてきた。完全に私の方に向かっている。もう目の前まで来ている。足音が止まった。
私は恐る恐る顔を上げる。そこにいたのは全身血に塗れた結麻くんだった。
「っ!ひっ……!」
予想外の人物がいた事と教室で襲われた時の恐怖で声が出る。きっと先生は殺された。そして今度は私を……。嫌だ。死にたくない。逃げたい。でも動けない。そんな思いが溢れ出た。
「ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。死にたくないです。助けて下さい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。」
懺悔の言葉が溢れて止まらない。涙も止まらない。
だが非情にも結麻くんは私に近づいて来る。
「ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。殺さないで下さい。死にたくない。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。」
そう口で繰り返すと同時に(あぁ、ここで私は死ぬんだ。)そう心で絶望し、目を瞑る。
そう思っていると、突然柔らかい温もりが私を包み込んだ。何だか懐かしくて落ち着く温もりだ。
「?」
何が起きているのか。温もりを頼りに一旦落ち着いて目を開けて状況を確認する。
「え?」
何と私は結麻くんに抱きしめられて頭を撫でられていた。状況が理解出来なかった。
(結麻くんは私を殺したいんじゃなかったの?)
目を見開きながら混乱している私に抱きしめながら結麻くんは私に話しかける。
「ごめんね。つっこ。怖い思いさせて。アイツからつっこを守る為だったんだ。あそこから逃げさせたかったんだ。だから襲ったのも全部演技。でももう大丈夫だよ。アイツは俺が始末したから。」
結麻くんの話からすると先生と私が教室で2人きりになるのを防ぎたかったようだ。でも何故その事を結麻くんが知っているのだろうか?
結麻くんは私を抱きしめるのをやめ、座り込んでいる私の目線になってしゃがんだ。
「だからもう大丈夫。一緒に家に帰ろう。」
今までの態度と今の血塗れの状態からは想像も付かないような優しい表情を私に向け手を差し出す。
「え、あ、え、う、うん?」
私は混乱している。演技とはいえ私を襲った時のあの背筋が冷たくなる様な表情をしていた子と今目の前で見た事の無い優しい表情をしている子が同一人物に思えなかった。だけど状況と結麻くんの発言が同一人物であると証明している。
私は混乱しながらも結麻くんの手をとろうとしたが、左足首に激痛が走る。
「痛いっ!」
咄嗟に声が出る。
「つっこ!どうしたの?怪我してるの?」
結麻くんは心配そうな表情をして聞いてくる。
「うん。さっき転んで足を捻っちゃったみたい。」
私が怪我をした状況を話していた時、廊下の方から
「おーい、蝶野ー。どこだー。おーい。」
酒役先生の声だ。先生は無事だったのかと安堵した。きっとさっきの怪物みたいなのは偽物だったんだ。
そんな希望を抱き先生の名前を呼ぼうとした時、
「しー!つっこ、駄目だよ。アイツに気付かれる。
……クソッ、アイツまだ生きてやがったか……。」
結麻くんは咄嗟に私の口を手で覆って密やかな声で私に耳打ちをした後、顔を背けぼそりと呟いた。
「でも、本物の先生かも知れないよ?」
私は口を覆っていた結麻くんの手を振り払い、静かな声で言った。しかし、
「何言ってるのつっこ。本物も何もあれがつっこの言う先生の本性だよ?」
少しキョトンとした表情で結麻くんは言う。まるで当たり前の事を言っているかの様に。
「……え?本性って……どういうこと?」
結麻くんが何を言っているのか分からなかった。
「ま、あんな風になる人間も居るってこと。アイツはつっこを狙ってる。ここにいたらつっこは殺されちゃう。そんなのはあっちゃいけない。早く一緒に逃げよう。つっこ立てる?」
そう言いながら立ち上がり再び私に手を差し出す。
しかし私は左足首の痛みで立つ事が出来なかった。
「駄目。足が痛くて立てない。ごめんなさい。どうしよう。」
私は涙目になりながら狼狽えるしか無かった。
そんな情けない私を見た結麻くんだが、
「大丈夫っ!俺に任せて!よいしよっ!」
そう言って結麻くんは突然私の事を思い切り掬い上げる。そして私をお姫様抱っこする。
「っ!ひゃいっ?!」
いきなりの事に驚き、情けない声が出る。
「行くよ!階段駆け上がるから掴まってて。」
「ふぇっ?!きゃあっ!」
結麻くんは私を抱えながら思い切り階段を駆け上がっている。私は衝撃に驚き、思わず結麻くんの腕に掴まる。
「大丈夫?重くない?ごめんね。」
咄嗟に口に出る。
「へーきへーき!つっこは全然重くないよ?」
私を抱え階段を駆け上がりながらにも関わらず、息を一切切らさずに私に笑顔を向けて答える。
整った顔の少年にお姫様抱っこされてる上、笑顔を向けられたからか私は顔が火がついた様に耳まで熱くなっていた。そんな顔を見られたく無かったので顔を背けておいた。
2階分駆け上がると正面に屋上への扉が見えて来た。
「少し伏せてて!」
結麻くんは扉の前で立ち止まり、片足を上げる。
私は言われた通りに顔を伏せた。
ガシャンッ!!!ガゴンッ!ガゴンッ!
顔を上げるとあったはずの扉が屋上の方に飛んでいた。恐らく蹴飛ばしただけで扉を破壊したのだろう。
ナイフで壁に穴を開けるといい、先生を吹き飛ばすといい、私をお姫様抱っこしながら息も切らさず階段を駆け上がるといい、最終的には片足で蹴っただけで扉を破壊するといい、なんという体力の持ち主なんだと凄過ぎてもはや恐怖を感じていた。
「よし。ここでアイツを迎え撃つ。」
そう言いながら結麻くんは貯水タンクの陰に走り向かう。そこに私を下ろした。
「つっこはここに隠れてて。さっきも言ったけどアイツの狙いはつっこ。身の危険を感じたらゆっくりでもいいからアイツにバレないようすぐ逃げてね。そしておばさんに連絡するんだ。きっと助け舟を出してくれると思うから。いいね?」
「でも結麻くんは?」
私は尋ねる。
「俺はアイツを屋上の中心で迎え撃つ。今度こそ息の根を止めてくるからね。大丈夫。俺は死なないから。つっこの事必ず守るから。絶対に死なせない。」
「……うん……。分かった……。」
不安な気持ちで私は応えた。
「よし。いい子だ。」
優しい表情と声で私の頭を撫でて言う。
すると階段の方から声と足音、そして何かニョロニョロする様な音が聞こえて来た。
「おーい。蝶野。いるんだろ?先生だよ?早く出ておいでー。」
私の事を探しているようだ。
「ひっ……!」
唐突に体が恐怖で固まる。あのトカゲの様な頭と舌の様なモノが脳裏に過ぎる。不安と恐怖で胸がいっぱいになり、涙が出る。
そんな私に結麻くんは私の目線にしゃがみ、私の頬に触れながら優しく声をかける。
「大丈夫?怖いよね。でも俺がちゃんと始末してくるからつっこはただ生き残る事だけ考えて。無理しちゃ駄目だからね?」
「うん……。うん……!」
私は泣きながら首を縦に振りながら返事をした。
「よし。やっぱりつっこはいい子だ。」
今度は私の頬を撫でる。
「そろそろアイツが来る。俺は行ってくるからね。
大丈夫。ちゃんとつっこの元に帰って来るから。」
そう言って結麻くんは屋上入り口前まで走って去って行った。
私は貯水タンクの陰に隠れながら結麻くんと先生の様子をうかがう事にした。
結麻くんが屋上の入り口前に立つと入り口から誰か入って来た。入って来たモノの姿を見た私は恐怖で声が出そうになり手で口を押さえた。
上半身は裸で筋肉質だが鱗の様なのに覆われていて色んな色に変色している。下半身は先生が履いていたのと同じズボンだが、所々破れており、足は爬虫類か何かの様な奇妙な足になっていた。手も同じ形。先っぽが渦巻きの様に丸まっている尻尾が生えていて背中には長い棘の様なものも見える。そして頭は太くて短い鬼の様な角が3つ生えていて目はとても大きく顔の両脇についていて常にギョロギョロしている。そして口はトカゲの様に裂けていて大きい。そして口から舌のようなモノがだらりと出ていた。そんな頭に眼鏡がかかっていた。
図鑑でしか見た事は無いがまるでカメレオンの様だった。二足歩行をしているカメレオンだ。
その容姿の気持ち悪さと恐怖心で吐き気を覚えた。
本当にあの酒役先生なのだろうか?あのカッコ良くて優しい面影は今は何処にも無い。いまだに信じられない。
カメレオンが口を開く。
「おいお前。さっき俺様を殺そうとしてたガキだよな?蝶野は何処だ?ほら、長い黒髪でこの学校の制服を着ている可愛い子だよ。あの子俺様の生徒なんだよ。俺様の生徒を返してくれよ。お前、不法侵入者と誘拐犯だぞ?」
カメレオンは結麻くんに指をさして言う。
私の事を酒役先生に似た声で自分の生徒だと言い張るカメレオン。どうやら本当に酒役先生の様だ。そんな、本当に先生だなんて。でも何故、あのようなおぞましい姿をしているのだろうか。先生は普通の人だったはずだ。結麻くんは『あんな風になる人間もいる。』とは言っていたが、人間があんな姿になるのなんて初めて知ったし見た。今私の目の前では何が起こっていると言うのだろうか。
「はっ?何言ってんの?知らないねそんな子。それにお前も人のこと言えんのかよ。その姿相当の罪重ねてんだろ。ナイフで刺されただけでそのザマかよ。」
結麻くんは先生だったモノを挑発するように言う。
「へへへっ。まぁな。ただ可愛い女の子を可愛がって霊力をいただいてただけだ。まぁ、どの子も大した霊力しか無いのにすぐくたばっちまう。まだこの学校に来て4、5人しか喰ってないのによぉ。前の学校では20人は超えてたかな?流石に俺様の仕業だとバレそうだったからこっちに来たわけだ。まさか俺様のクラスにあんなに可愛くて霊力がたんまりある子がいたとはなぁ。俺様は霊力を喰うのと性欲満たすことでしか生きられなくなっちまったからなぁ。可愛い子はいいぜ?気持ち良くてしょうがねーよ。あぁ、早く蝶野を可愛がりたいぜ!」
結麻くんの挑発に乗ること無く先生だったモノは自分が今までしてきた事を汚い言葉遣いで自慢げに語っている。先生だったモノの話が本当なら先生に呼び出されて学校に来なくなった子達はもう……。きっと怖くて苦しんだんだろう、気持ち悪かっただろう。とても胸が痛くなる。それだけで私は先生を許せない気持ちでいっぱいになる。さっきまでは怖さと気持ち悪さで泣いていたが今は違う。唇を強く噛み締め、血が滲んでくるほどに怒りの感情が込み上げている。
だけど今の私は元から何も出来ない上、足を怪我している。私が出た所で私が気持ち悪い思いをしながら死ぬだけだろう。今は結麻くんの言葉を信じて隠れているしか出来ないのがとてももどかしい。
「見た目だけじゃなくて、やってることも気持ち悪いのかよ。吐き気がする。余計にお前のこと殺したくなった。今度こそ息の根を止めてやる。」
低い声で罵倒した後、結麻くんはどこからかナイフを2本取り出しそれらを両手に持って構える。
「へっ。ガキ如きが。やれるもんならやってみな!」
先生だったモノは口から舌の様なモノを結麻くんめがけて飛ばした。
スタッ!
結麻くんはそれを避ける。
「やっぱその程度?なら今度はこっちから!」
今度は結麻くんが先生だったモノに飛びかかりナイフを振り上げ、一撃を入れる。
「がはっ!」
先生だったモノは一瞬怯むが。
「……なーんてな。」
と再び舌の様なモノを結麻くんめがけて飛ばした。
ドスッ!
重い一撃が結麻くんに入り空中に吹き飛ばされる。
「かはっ!」
結麻くんは口から血を吐いたが空中で体勢を立て直し着地した。
そこから先生だったモノへ素早く近づき両手に持つナイフを使って反撃する。それに対して先生だったモノも素早く舌の様なモノで攻撃を防ぐ。舌の様なモノが切られているのか宙に血飛沫が舞う。
「生意気なクソガキが、舐めやがってー。これでも喰らえ!」
舌の様なモノが結麻くんの右手に当たる。
「っ!」
結麻くんの右手からナイフが離れ、宙を舞う。
「へっ!これで右手も使えまい。何せ俺様の舌の攻撃は腕一本くらいならへし折っちまうからなぁ!」
マズい。左手が残っているとは言え、右手が使えないとなるとかなりのハンデとなる。このままだと先生だったモノを殺す事なんて出来ない。結麻くんの言ってた通り先生だったモノが私に気付いていないうちに逃げ、美月さんに助けの連絡を入れよう。だけどこのまま負傷した結麻くんを置き去りにするのか?そんな事出来ないさっきから助けてばかりだったのに置いて私だけ逃げるだなんて到底出来ない。どうすれば?
そう考えていた次の瞬間、右手を弾かれ体が沿っている結麻くんの口が突然にやけ出す。
「ひひっ!」
結麻くんは体勢を起き上がらせ、何故か飛ばされたはずのナイフを右手に握っている。
「バカな。どっからナイフが。それに右手の骨を折ったから物を握れるはずねーのに。」
先生だったモノもその様子に驚いている様子だ。そしてそのまま先生だったモノの左目にナイフが突き刺さる。
「ぎゃぁああああああああああ!!!」
先生だったモノは左目を両手で押さえ体を仰け反って悶え苦しんでいる。
「貰った!」
結麻くんは飛び跳ね、先生だったモノの胸に狙いを定めてナイフを思い切り振り下ろす。しかし
「クソがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
先生だったモノは口から舌の様なモノを結麻くんに向かって素早く飛ばす。それが結麻くんのみぞおちに命中してしまう。
「かはっ!」
ドスッ!
結麻くんは空中でバランスを崩してそのまま地面に叩き落とされ倒れてしまった。
怒り心頭なのか左目にナイフが刺さったまま先生だったモノは倒れて動けなくなっている結麻くんに近づき覆い被さり、手首と足を自分の手足で拘束する。
「よくもやってくれたなこのクソガキが。礼にいつも女の子達にしているプレイで苦しめてやる。」
そう言って口から舌の様なモノを長く出し、結麻くんの首に巻きつける。
「かっ……かっ……。や、やめ……ろ。クソ……トカ……ゲ……。」
結麻くんは首を絞められてしまった。とても苦しそうにしている。いけないこのままじゃ結麻くんが殺されてしまう。そんなの嫌だ。
「やめて!これ以上はもう。私ならここにいる!」
私はふらつきながらも陰から飛び出した。
「お?」
「……ッ!つ……つっ……こ……?!」
結麻くんはなんとか顔だけこちらに向けている。
「おお!蝶野!蝶野じゃないか!先生探したんだよ?」
先生だったモノはいつも私たち生徒にする口調になり歓喜の声を上げている。
「先生の目的は私ですよね?だからその子は離して下さい!その子は関係ありません!殺さないで下さい!」
私は必死で叫びながら先生だったモノに訴える。
しかし
「悪いけど。コイツは殺さなきゃいけないんだ。先生に酷い傷を負わせてるし、俺の正体も知られちゃった。だからこれから殺すんだよ。このガキを殺してから蝶野のことをたーっぷりと可愛がってあげるから待っててねぇ。」
先生だったモノは私の言葉には耳を貸さず結麻くんの首を絞め続ける。
「結麻くん!!もうやめて!お願いだからもうやめて!」
私の叫び声がまるで聞こえていないかの様に先生だったモノは結麻くんの首を更に締め付ける。
「あっ……あっ……。」
結麻くんはもうすぐ限界を迎えそうになっていた。
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!もうやめてー!!」
私は泣き叫びながら頭を抱えながらその場に座り込んでしまった。
(嫌だ。嫌だ。これ以上、私から幸せを奪わないで。これ以上私から何も奪わないで。行かないで。嫌だ。やめて。やめて。やめて。やめて。やめて。や――やめ――て。……。)
そう繰り返していた途端、何かがちぎれる様な音が頭の中でした。その瞬間、
「ヤメロ!」
自然と口から言葉が出る。それと同時に私の背中から何が出て来る様な違和感を感じた。それは私に見える所にまで出て来ていた。紫色の4本の触手の様なものだった。上2本には刃物の様なものが付いていて下2本は怪物の手の様な形をしていた。それらは先生だったモノに向かって飛び出していき、手の様な触手が先生だったモノの首を締め上げる。
「!な、……何だ?い……息がく……るし……い……。」
先生だったモノは苦しみ、結麻くんから手と舌の様なモノを緩め出した。
「ゲホッ!ゲホッ!ヒュー……ヒュー……。」
解放された結麻くんは咳き込み、何とか息をしている。
残りの私の背中から出ている刃物のついた触手2本が先生だったモノの体を思い切り貫く。
「ぐはっ!」
先生だったモノは口から血を吐き、貫いた所からは大量に出血させている。まるで力を吸われたかの様に体がだらりと垂れ、足の拘束も外された。結麻くんは体を引きずりながらその場から避難する。
先生だったモノの体から触手が外れると同時に先生だったモノはその場に倒れ込む。そして4本の触手は容赦無く先生だったモノの体を滅多刺しにしたり引きちぎったりしていた。それを繰り返すうちに先生だったモノは黒くなり、触手達に吸われるかの様に綺麗に消えてしまった。
(終わった。)
そう思った瞬間、私の頭の中で何か映像が映り出す。
教室のような場所で小学生くらいの子どもが何人も血を流して倒れている様子。それがフラッシュバックされている。この映像は何なのだろうか?私の記憶の一部なのか?何故こんなおぞましい映像が流れているのか?分からなかった。だが、もしこれが私の記憶の一部なのだとしたら私は前にも今回の様に人を殺したことが……。一瞬怖くなり頭を抱えた。
「……っこ!つっこ!つっこ!」
突然結麻くんの声が聞こえた。ハッとし顔を上げると結麻くんが私のそばに来て心配そうな表情をしている。
「つっこ。俺が分かる?」
少し訳の分からない質問だった。
「……?結麻くん……?私……。」
「はぁー。よかったー!ちゃんと覚えてるんだね!」
結麻くんが何を言っているのか理解が出来なかった。
しかしそのおかげであのおぞましい映像が頭から離れた。
「そういえば先生は?」
私は結麻くんに尋ねる。すると結麻くんは少し不可思議な事を言う。
「ああ。アイツならもういないよ。存在もアイツに関する記憶も全部つっこが消してくれたんだよ!おかげでアイツの返り血も全部消えた!」
結麻くんは無邪気な様子で答える。消した?どう言う事なのか訳が分からなかった。確かに結麻くんの服や顔についていた返り血が綺麗さっぱり消えている。そして私の左足首も痛みがいつの間にか引いていた。
「それにしてもつっこがいきなり飛び出してきて叫んだのにはびっくりしたよ。もう。隠れてるか逃げるかしてってあれほど言ったのに。」
少し拗ねたような表情をしながら私を叱る。
「ごめんなさい……!でも置いていく事もほっとく事も出来なくて……。だから私……。つい……。」
怒らせてしまったと思い慌てて言い訳をする。
「ふふっ!そこが優しいつっこの良い所なんだけどね!大丈夫!別に怒ってる訳じゃないから。おかげで苦しくて気持ち悪いのから解放されたしアイツは消すことが出来たし!ありがとうね、つっこ。」
今度は笑顔で私の頭を撫でる。
「う……うん?」
撫でられるのは慣れてないからかつい恥ずかしくて顔が赤くなって下を向いてしまう。
「でもね、つっこ。」
「?!」
私が顔を上げると同時に私の左頬に結麻くんの右手が触れる。
「心配したのは本当だよ?つっこが殺されたらどうしようって考えてた。そんなの俺、耐えられないんだ。つっこのいない世界なんて居たって何の意味も価値もない。だから、もう自分から危ない事はしないでね?つっこは俺にとって生きる意味そのものだから。」
悲しそうに目を細め私に語りかける。そんな結麻くんの顔に夕陽が照らされていて少し美しさを感じた。
私は少し気恥ずかしい気持ちになり、顔を赤くし少し俯く。
「う……?うん……?」
つい返事をしてしまったが結麻くんが何故私にそのような事を言うのかが分からなかった。一年間まともに顔を合わせてもいなかったのに。そのような事を言われるような仲じゃなかった気がするけど。むしろ私、ずっと嫌われてたと思ってたけど。まさかそんな風に思われているとは夢にも思わなかった。それにさっきから私の事『つっこ』って呼んでるけど私ってそんなあだ名ついてたの?誰にもそんな風に呼ばれたことなんかない……気がする。
「でも良かった!つっこが無事で!!」
「うわぁ!」
頭の中が「?」でいっぱいになってた私に突然抱きつく結麻くん。私は一瞬何が起こったのか分からず頭の中が真っ白になる。
それにしても結麻くんの温もりは心地よく何も覚えていないはずなのに何だか懐かしく感じる。
「もう……2度と離さないし逃さないからね……?」
私の耳元で結麻くんは囁いた。
囁かれた言葉で意味の分からなさと何故か恐怖を感じた。どうやら今、私を抱きしめている人は普通の人じゃないらしい。
結麻くんは私を解放すると
「よし!じゃあ一緒に家に帰ろう?」
優しい表現で私に手を差し伸べる。
私は結麻くんの言動に対して少し気味の悪さも抱いていたので聞いてみることにした。
「……ねぇ。貴方は一体何者なの?何で助けるの?」
少し予想外だと言う表情をした後、結麻くんは答える。
「ふふっ。俺はね、つっこの一部そのものなんだ。つっこは何も覚えていないかもしれないけど、つっこは命の恩人なんだよ。つっこがいなかったら今の俺はいない。そんなつっこだから俺は例え何が敵になってもつっこの事を助けるし守り続ける。この命に変えたとしても。……って言っても俺、死なないんだけどね!」
嬉しそうな声と表情で答える。
抽象的な答えに余計混乱するだけだった。だけど言い方からしてまるで昔から私を知っているような感じがする。なので思い切って聞いてみた。
「私の過去の事……何か知ってるの?」
すると今度は満面の笑みを浮かべながら答える。
「うん!知ってるよ。ぜーんぶね。俺、つっこの事なら何でも知ってる。本当はどんな子で何が好きで嫌いかとか過去に何があったかも何もかも。ぜーんぶ。」
「えっ?!それって何で私が記憶がないのかも?」
核心に迫る質問をしたが更に結麻くんは続ける。
「後、いつも何時に起きてどこの道を使ってどんな様子で学校に行っているのか、校門の前辺りで友達2人くらいに囲まれている事も授業中どんな様子なのか。部活にも入ってなくていつも友達からの誘いを断って1人で帰っている事とか。」
無邪気な様子で答えたその内容に私は戦慄が走った。
要するに普段から学校に行っている時の私の事を監視、つまりストーカーしていることになる。
「まさか私がいつも感じていた視線って……。」
「あぁ、もしかしたら俺のかもね。」
不敵な笑みを浮かべて私の質問に答える結麻くん。
「つっこを守る為に必要な事さ。つっこは命を狙われている身だからね。」
「命を……狙われているって……。一体、誰に?」
恐る恐る聞いてみたが
「後はおばさんとかも交えて話そう?その方が俺も余計な事を言わずに済む。俺、実は口封じされていてね。つっこにつっこの過去の事とか話ちゃ駄目なんだって。話したらまたつっこと離れ離れにされちゃうんだ。」
と流されてしまった。
「とにかく、今日はもう帰ろう!もう遅いし今日はつっこは疲れてるだろうし。そういう話は後でおばさん達がしてくれるって!」
まだ納得はいっていないが、これ以上聞いても私の求める答えは返って来ないだろう。そう思い、私は結麻くんから少し離れて後ろからついて行く事にした。
結麻くんと話して分かった事は結麻くんがヤバくて怖い子である事と私の過去に何があったのか知っている事、そして私は自分のストーカーと同居している事だという事だった。
いつのまにか夕陽は沈み、空の上には満月が不気味に浮かび僅かに星が輝いていた。