第9話 懐古と思惑の初茶会
青い空、白い雲、午後3時に振りそそぐ柔らかい陽射し。先日の初夜と愛を語る陛下の"余計なお世話"な朝餐会から数日が経ち、私達は軍場へ向かっていた。
ここは王城にある広大な温室の中で。温暖な気候の中で着慣れない重いドレスをさばきながら歩くと、10歩ほどでドレスの中はすでに大汗だ。これだけで痩身作用があると言っても過言ではない。
テオフィルスにエスコートしてもらいながら重く引きずるドレスに負けないようを体を前傾させていたが、あまり見栄えがしないと今更ながら気がつき、姿勢を正して歩き直した。深い茶のドレスで良かった、他のドレスより土で汚れても目立たないのだ。
しかし向こうではミミとレーガンが意地悪な笑みを浮かべていて、時すでに遅し。汗だくな地味ドレスで無様、と言われたら咄嗟の反論が思いつかない。いやでも、いつかは反論してやる。
そのためにも、なぜミミのプラチナホワイトのドレスは汚れないのか敵情視察したい所だが、そんな私の思案を切り裂くようにテオフィルスが言った。
「ふっ…その様子、騎士よりもハードじゃないか?」
「だってドレスは重いし、コルセットはきついし…ほんっと、この世界の女性は大変ですね!」
「そう言うな、ほらレディにぴったりの花もある。近くで見るといい」
彼に手を引かれ、あたりを見回すと季節外れでも採集できる野花や南の国の珍しく絢爛な花々が植っていて。
ひとつ目に飛び込んで来たのは、土から茎を出し、桜のような花弁を持つ美しく巨大な花だ。周りには太い蔓が円を描いているそれは、まるで大切なアクセサリーのように珍重されているかのようで。そんな感慨深さを感じ私は花の目の前の紹介文を読む。
【カニヴァロッサム(別名:肉食花)】
夜行植物のため昼間は鑑賞花だが、夜になると肉食花と化し活動するため要注意。
(肉食…えっ花が肉を食べ…!?!?)
ーーーーザザザッ!
即座に、何歩も後ろへ引き下がり、
「肉!肉を食べるらしいですよ殿下っ!」
「まあ夜はな。でもせっかく美しいのに近づいてもらえないとは、ふっ可哀想な花だろう?だからっ………ふっ…くっ…」
「殿下。もしかしなくても、揶揄ってます?よね?」
ムッとして上を見上げると、彼は顔を背けて声も肩も震わせていて、それが笑っているからだということにすぐに気がついた。いっそのこと大声で笑えばいいのに、と思ったりもするが、王族にも色々なマナーや事情がありそうだし言わないでおこう。それこそ王城コンプライアンスがあるのかもしれない。
そういえば太陽の下で彼を見るのはこれが初めてだと思う。シャンデリアや蝋燭でもなく、ステンドグラス越しの光でもない、真っさらな太陽の光。どの光で照らされる彼も綺麗だったが、太陽の下の彼もまた格別だ。
濃紺の髪が風に攫われると、太陽の光がそれを捕え、髪ワントーン明るく照らす。それは彼の髪の毛一筋一筋をスカイブルーの毛色に輝かせた。遊び終わった毛先はまた行儀良く彼の頭髪に戻り。彼は夜空も青空も髪の毛に持つ……なるほど天井人だったのか、などと心の中でふざけてみる昼下がりである。
向かった先には丸いアンティーク調のティータイムテーブルのセットが用意されていた。セットされた食器にはスイーツが煌びやかに乗せられ、今か今かと私達を待ち侘びている様子だ。
そう、今からレーガンとミミ、テオフィルスと私の4人で親睦を深めるワクワクのお茶会なのだ。もちろん誰も望んでおらず超不本意ながらもなぜ開かれるかといえば簡単だ。これが王命だからである。
「いい天気だねぇ。まさに茶会日和だ」
「アフタヌーンティーじゃんやばぁい!めっちゃ映える!あースマホ使えないんだ最悪ぅ」
「お前はここに座れ。そこは日差しが強い」
「ありがとうございます!」
それから丸テーブルに、テオフィルス、私、ミミ、レーガンの順に座った。ミミの隣は息が詰まるが、正面に座ってもまた敵意を全身で浴びせられるだろうし、なによりテオフィルスがミミの隣に座ることがとても嫌だった。理由は分からないがなぜだろう、ほら、考えただけでみぞおちが熱くなるのだ。
レーガンが人払いをしたせいで侍女や使用人達も席を外し残るは私達4人、だと思っていた。
「皆様方ぁ〜お茶はいかがでがんすか〜?」
ふよふよふよ〜
「何!?キモ!!」と言うミミの罵声をすり抜けて、どこからともなくマフィンを運ぶ、浮かんで飛ぶ給仕が現れた。ふよふよするそれには見覚えがある。そう、いつか青くふよふよと浮き広間を照らしていたあの火の玉だ。
「あのぅ…もしかして召喚の時にいましたか?」
私がそう尋ねると火の玉が振り返り、じーっとこちらを見ながら近づいてきた。
「じゃじゃ!?あの時の娘っ子だじゃ!聖女生活満喫すてるか?」
「いやいやまさか!私はスペアです!」
「ほーん?まあいいやぁ〜異世界人なんてキクリ様以来だから懐かすいなぁ〜。
キクリ様もよくあんたみてぇな地味なの着ちょったよ。まあキクリ様の方がもっとめんこかったけども。ガハハッ」
ああそうですか言ってくれますねと思いつつ、この裏の無い会話が心地いい。"きっぷのいいおばあちゃん"感のあるその火の玉は、王子2人に「蒼炎」と名前で呼ばれており、彼女が重い空気を引き上げるようにして場を明るくしてくれた。
彼女はこの王城でもう何百年も働いているベテランだそうで、王と王妃以外はこんな風に気さくに接するのだそうだ。そして次々と私達にお茶を注ぎ、テオフィルスの番になって言う。
「あいやまーたグロリオサ王に似てきたんでねのか?おめさん」
自身の火にの中に揺れる目玉を最大限まで大きく丸くして蒼炎は驚いた。興奮のせいなのか火力が強まり、顔の前で焚き木されているように途端に熱くなる。その熱で砂糖菓子はジュワリと焦げて形を変えた。
「俺なんぞに似られてはグロリオサ王も浮かばれまい。それに王はもっと男前だったらしい。他でもないお前に聞いたが?蒼炎」
「おもしぐねぇな〜ほにほにおめさんは昔から冗談が通じねぇし無愛想だし、可愛ぐねぇ男だべな。グロリオサはもっと明るくてキュートでマブいイケイケ男だっだど?ガハハッ」
そうしてテオフィルスに嗜められ興奮が落ち着くと、温度のない火の玉になりまたふよふよと動いては、落ちたティースプーンや焦げた茶菓子を取り変えてくれる。ようやくこの場が収まった、そう思いピンク色のマカロンを手にして口に運ぶ時、ミミが重い口をついて言う。
「違うよ。テオフィルスはグロリオサそのものだよ、ミミ知ってるもん」
「……なぁオラ、おめさんの事、知ってるべな?おめさんは確か…」
パチンッ バーーーーーーーーーンッ!!!!
蒼炎が言いかけた所で、ミミが指鳴らすと轟音が鳴り、蒼炎はテーブルの直径ほどの大きさまで膨張してから弾け、空中で砕けて消えた。
ただ楽しく懐古した蒼炎は呆気なく死を迎え、その姿はいまや小さな黒い欠片になってテーブルの上や地面に落ちている。
ーーーーチンチンチンッ
軽やかにティースプーンの音が鳴らされた。レーガンだ。
「グッジョブ、ミミ!おかしな年寄りだったね。さあ、席が少し汚れちゃったけど皆でお茶を続けよう」
「うん!ミミこの黒くてキモいやつ避けて食べよーっと!」
レーガンとミミ曰く、あの蒼炎さんは神聖力で作られたモノで年季が入って最後に妄言を吐いたから処理しただけのこと、そういう事だった。それでも私はあんな残酷なやり方に納得がいかず、けれどもこの中で1番立場がない私はただ黙ることしかできなくて。
(こんな時に反論できるくらいの知識と力を身につけなくちゃ、ダメだよね)
そう思っていた矢先、マフィンについた"蒼炎だったモノ"を取りながらレーガンが私に話しかけた。
「ていうかさ、あの火の玉でさえお茶を運ぶ力があったけど、スペアさんには、何の力があって何に役立つの?………って芯食った質問はダメかぁごめんね!アハハッ」
「レーガンたらひどいよぉ!ミミはそんなこと思ってないからねテオフィルス!」
萎縮するなエレナ。こんな意地の悪い人達に負けてなるものか。
そうだ思い出せ。社会人1年目の頃に読んだビジネス書、こちらに不利かつ答えずらい事を質問された時のお手本返答があった。読んだ当初、「なんて小狡い」などと思ったが、思えば私生活でも友人とのやりとりで使う単語でもあり、ビジネスシーンもこの言葉で足元を見られにくくできたのは僥倖だった。
「 " 逆 に " 聞きたいです。私はどうなるでしょうか?」
「んーミミが思うに、まずテオフィルスと離婚で城から追い出されるでしょ?」
「うん、そして平民落ちかなー。まあ運が良ければその美貌で貴族の愛妾にしてもらえるかもね、可愛がられすぎて何されるか分からないけど。ハハッ!」
「兄上!」
テオフィルスがドンと音を立てテーブルを叩いて立ち上がり非難する。「逆に」作戦はあえなく失敗に終わった。私は馬鹿にされた苛立ちと万が一捨てられた時の恐怖で、体の末端が落ち着かない。
そしてテオフィルスが大人しく2人を黙らせようとした所で、またレーガンが言った。
「ねぇスペアさん、もし離婚になったら俺の愛妾になりなよ。陛下も言ってただろう?"愛とは人それぞれの形がある"って。見た目以外に取り柄のない君でもきっと合う愛があると思わない?」
ああ…腹が立つ。レーガンのそれは愛じゃなくて、テオフィルスの物を横取りしたがる意地の悪い欲望だ。しかもレーガンだけでなくミミもいやらしく熱っぽい目でテオフィルスを見つめているものだから、私のうなじは苛々で皮膚ごと毛が逆立ちそうだ。
あーだこーだと言い返したいことは山程あるが、落ち着け。相手は腐っても王子と聖女だ、立場ある2人は私を嫌ってる。簡単に物申していい相手ではない。
私は怒りを鎮めようと私の足元に落ちる蒼炎だったものを眺めていた。そしてそのまま俯いているとテオフィルスが口を開く。
「兄上達のお手を煩わせることは決してありません、彼女は俺の妻ですから。それに……」
怒りで立ち上がっていたテオフィルスだったが今度は隣に座る私の方に立ち寄ると、私の髪の毛を一房掬い優しくキスを落として言った。
「俺は与えた分しっかり見返りを求めるので、彼女のことは何があっても絶対離さないし、逃しません」
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