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第7話 やさしい初夜に光る原石




「………」

「………」




 気まずい。




 2人でベッドを使う事にしたのはいいものの、私はずっとこの空気に耐えている。


 この気まずさ…商談がまとまった後に先方の重役を交えてアフタートークをするも、エレベーターが暫く来ず手持ち無沙汰になる時のあの感じだ。

 息を吸って上がる胸で掛け布団が持ち上がる、そんなことさえ憚られる。

 

 そんな張り詰めた空気の中、私は気を紛らわそうと天井の壁に彫られた花の数を数えていた。あれはガーベラ?いや、菊だろうか?花の真ん中の丸い金色、あれも純金かもしれない。




「…召喚される時、お前は何をしていた?」




 私が花を20数個数えた頃、テオフィルスが口を開いた。彼の穏やかな声は私の緊張の少し和らげてくれる。




「いや、答えたくなかったらいい」

「いえそんな!私はその…石を眺めていました」

「石?」




 不思議がるテオフィルスの声。

 私は起き上がり、ベッドサイドの蝋燭が置かれたナイトテーブルに手を伸ばす。年季の入った収納の引き出しは軋みながら開かれ、中にあの原石が入るガラスケースが。

 石は暗い引き出しの中でも相変わらずキラキラと輝いていて。




「これです。私、宝石バイヤーをしてまして…この原石を落札したところでした」




 テオフィルスはおもむろに起き上がり、私がベッドに戻ると、肌が白のサテンのシーツの上を滑らかに光る。

 私は彼にそっとガラスケースを渡した。文字通りの壊れ物なのだ、慎重に扱わねば。彼もまた私と同じようにそれを手にした。




「普通の岩石に見えるが?」


「私には物凄く輝いて見えるんです。太陽みたいに。それで、これを眺めてたらあるご婦人に『きちんとあなたを見つけたのね』と原石が私を見つけたように言われて…っておかしいですよね。あはは…」




 口をつぐんで部屋に静寂が訪れるとベッドの軋む音が鳴り響いた。


 あの時「大丈夫よ」と言ったご婦人の声を最後に私はこの世界に召喚された。

 彼女は一体誰で、何を知り、何を大丈夫と言っていたのだろう。こんな所に放り出された私には知る由もない。

 

 そんな私を笑い飛ばすかのように今日も私の原石は綺麗だ。そして、ぼーっとその輝きを眺めていると彼が言った。




「その結婚指輪然り、この国では『石に魂が宿る』と言われている。だからこの光る石に宿る魂がお前を呼び寄せたとしてもおかしくはない」


「でも一体、何のためでしょうか?」


「知らん」




ーーーーーーガクッ


 まあ、それはそうだ。簡単に分かるのなら彼も私も苦労はしない。けれど彼の話はヒントになるかもしれない。


 私にだけ見える原石の強い輝きと、謎のご婦人と、聖女召喚。点と点が繋がることがあれば…。そう思いながら優しく差し出されたガラスケースを受け取った。




「理由はどうあれ、私にとっては特別で大切な石です」

「では俺も大切にしよう。お前の特別なら」




 そう言う彼のほんの少しの微笑みが優しくて。謁見の時の優しさも嬉しかった。

 けれどこうして私の大切な物と、それを思う心まで大切にしてくれるとは、これ以上に嬉しいことはない。だってそれは本物の優しさだから。


 そうしてケースを握る手にきゅっと力が加わり、あたたまった心と体の微熱にガラスが触れた時だった。



フワッ…フワッ…



 ガラスケースから白く柔い光が立ったのだ。まるで手のひらサイズの大きな雪が舞い上がるような光は、自分が照明の光ではないことを示している。




「その光は何だ?」

「テオフィルス殿下も見えますか?」

「ああ、にわかには信じられないが…」




 その不思議な光は2人で眺めるとやがて消えてしまった。今の光は他の人にも見えるのだろうか?疑問に思っても既に消えてしまった光に答え合わせは出来ず、この場は諦めるほかない。


 そしてこの原石の希少性を認めたテオフィルスは、私に肌身離さず持ち歩くよう勧めてきた。


 当初はこの輝きを見て研磨後の美しさと価値に期待をしていたが…。原石のままの強い輝きと今の不思議な現象で、私が異世界で生きることになったように、この原石にも別の使い道があるように思えてならない。


 そんな思案をしながら小さくため息をつきケースを棚に戻すとベッドに入った。


 テオフィルスはこちらを見て寝そべっており、彼の胸板が黒いバスローブから覗いている。その光景はとても艶かしく、なんて綺麗でなんてえっちな……彼の今の姿の魅力を頭の中で言語化した途端、恥ずかしさで感情が馬鹿になる。


 彼から目を逸らして、シワが波打つ白いシーツに視線を落とすと、またも部屋に沈黙が訪れた。

 喋っている方が気まずさが消えることを先程学んだ私はテオフィルスの方に寝返りを打ち、話しかける。




「こうして横になって話すとキャンプみたいですね」

「きゃんぷ?」

「外でご飯を作ったり焚き木をしたりとか、楽しいですよ」

「兵士の野宿ではないか…戦で経験したがあれは楽しむものではなかったぞ」




 テオフィルスはまるで信じられないと言い美しい顔をしかめた。細めた瞼から赤い瞳が覗き、こちらを窺っている。

 言い得て妙だ。確かに野宿には変わりない。王族や貴族にとっては、あえて酷な環境に身を置いて何が楽しいのか?という感覚なのだろう。

 しかしあまりの身分差に合わない価値観を感じながらも、こうしてお互いを知っていくのは悪くない。




「自然に囲まれて心が癒されますし、空気が美味しいので料理も…そうだ、殿下の好きな料理は何ですか?」

「俺か?俺は………………"おむらいす"だな」




 テオフィルスは何かを思い出すように黙ってから答えた。この世界にもあるのか、オムライス。ちなみに私の1番好きな食べ物もオムライスだ。彼の優しさの裏付けができた気がする。


 オムライス好きに悪い人はいないのだ。



 それから私とテオフィルスはたわいの無い話をした。

 年齢は今年誕生日を迎えて27歳らしく、私と同級生だ。それから嫌いな食べ物は何か、趣味は何か、犬派か猫派などたわいの無いこと代表格の話の展開で。

 

 テオフィルスは私の好きなものを驚くほど言い当てた。まるで凄腕の占い師のように、あるいは長年連れ添った夫婦のように。

 本当に私達は夫婦になったわけだから、これから長い付き合いになる。私も彼のことをよく知っていくことになるだろう。


 その内に眠気が静かに近づいてきた。昨日はよく眠れなかったし、謁見から結婚と目まぐるしい日だったから。

 今でもこの世界にいる違和感や緊張は解けないが、それでもこうして眠気を感じるのはテオフィルスに気を許し始めた証拠だと思う。

 眠い目を擦りながら、今日最後の質問を投げた。




「そういえば、殿下は金が好きなんですか?部屋に金がたくさん使われてるので…」

「ああ。金はーーーーー」




 ダメだ、眠くて瞼が重い。視界が霞む。せっかくの殿下の答えももうまともに聞こえなくて、体の力が抜けて布団と枕に沈んでいくのを感じた。

 布団からはみ出た肩がひんやりと冷たかったが、殿下がそっと布団を掛けてくれて。


(ほらね…オムライス好きは優しいんだ…)




「もう眠れ。今日はよく頑張ったな」




 テオフィルスは横向きで寝る私の顔にかかった髪を掬い上げながらそう言い、さらりと撫でてくれている。犬派のテオフィルスはこんな風に犬を撫でるのだろうかと思いつつ、今日までの私を振り返る。

 よし、昨日今日とよく頑張ったのだ、この優しい王子様のお言葉に甘えてそろそろ眠ってしまおう。


 重い瞼を閉じると、瞼の裏で昨日から今日までの出来事が走馬灯のように駆け巡った。


 幸先の悪いスタートだが悲観的になるのはもうよそう。


 テオフィルスの言う通りあの石達が私を導いたのだとしたら、私がここにいる事にも意味があるはず。

 たとえスペアと言われても私という人間に代わる人はいないわけで、テオフィルスはそんな私をなぜか大切にしようとしてくれているのだ。


 サテンの生地は肌に触れるとするすると優しく、私の心まで包んでくれるようだ。

 ささくれだった卑屈な心が少しずつ穏やかになる。




「いい夢を見ろ」




 頭上でテオフィルスの優しい声が聞こえた。


 あなたが私をよく知っているように、私もあなたを知っていきたい。これまでの彼のことやこれからの彼のこと、良いことも悪いことも沢山共有していきたい。

 これから一緒に色んなことを話して、色んなことを経験しよう。



 そうして心が温まると、背後の棚の隙間から石がキラキラ輝いた。そこから差すその光はまるで木漏れ日のようで。







「殿下もいい夢を……」







 意識が遠のき、そのまま眠りにつく。


 温かくて思いやりが光る、

 とてもやさしい初夜だった。








ーーーーーーーーーーーーーー


ここまで読んでくださってありがとうございます。

続きもお楽しみいただけたら幸いです!



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