第5話 婚姻の起源とプロポーズ
「王と聖女の婚姻の起源は、王国建国時に遡る」
玉座に座り直した陛下はミミと私に目配せすると語り始めた。
「我がルチルゴールド王国は山々に囲まれていてな、そのせいか成仏し損ねた迷える魂がこの地に水溜まりのように溜まってしまうのだ。
そうして人々の邪念に長い間晒された魂はやがて"汚穢"となり、空も大地も人も、全てを飲み込む脅威となる。
かつてこの地を治めていた国も汚穢に犯されて王族が国を捨て去って行った。ただ1人の王子を除いてな」
「ミミその人知ってます。グロリオサ王子ですよね」
「そうだが、よく知っているな?」
「僕が教えました。とても勇敢な王子だったとか」
2人はこれに備えて予習をしたようで。その甲斐あって陛下はご満悦。ミミ、1点先取。出来の良い聖女と無知なスペアという構図が出来上がり、気が重くて仕方がない。
疎外感に耐えて陛下の背後にある天井まで続くステンドグラスを見た。美しい男女像を取り囲む装飾はその殆どが赤、青、緑の3色のガラスで出来ていて、光が透けて優しく光っている。ふと私の原石を思い出した。あの子達は良い子にしているだろうかなどと思いながら。
陛下は話を続ける。
「そう、とても勇敢な王子だった。しかし剣で汚穢に果敢に立ち向かったが力及ばず、もう駄目かもしれないという間一髪の所で異世界から聖女が舞い降り、彼を救ったのだ。
そして彼女はその類稀なる神聖力を使って王子と共に戦い、やがて2人に愛が芽生えた。若い男女が共に生死を潜って芽生える愛………フフッ、なあスペア殿、ロマンチックだろう?」
陛下はカカッと楽しげに、暗い顔の私を見た。自分の望む返事を待つキラキラした目。こんな時にぴったりの回答を知っている。
社会人1年目の時、「目上の者に同意を求められたら一も二もなくこう答えろ」と、取引先の社長に教わった。
「 そ う で す ね 」
わははは!と陛下が笑った。
そう、大正解「そうですね」の威力は絶大なのだ。しかし正解を勝ち取ったものの、発言を求められるとドッと疲れる。人前で話すのは苦手だ。メーカーの商談も先方の人数が増えるほど胃薬が増える。
そんな私が国王陛下と王子と大勢の貴族達、ああそれに、感じ悪い聖女の目にも晒されているのだ。もしこの場にいる人達が私の胃薬事情を知ったら、私が卒倒しても文句は言えまい。
「スペア殿もこのラブロマンスを理解してくれて嬉しいよ。テオフィルスは理屈を捏ねて、ラブもロマンスも全く興味を示さないのでな、我が息子ながら全く情緒がない」
「ハハッ!陛下そんな事を言ってはお相手のスペア殿が気の毒です」
(全くもう!2人して私をスペアスペアって!人のこと予備品扱いする奴らが、人の情緒を語るなっての!)
レーガンはここ1番の笑い声をあげる。その顔は心から楽しそうで、そして意地悪そうでもあった。
当のテオフィルスはどうというわけでもなく、私に向かい合ったままで。ただそこで綺麗な人形のように佇んでおり、伏せられた目からは感情が読み取れない。本当にラブもロマンスも知らないのだろうか。こんなにキラキラした王子様に限ってそんな寂しい事があるのだろうか。
ひとしきり笑った陛下は話に戻った。
「いやはや本当に、愛の力は絶大だぞ?なんせ愛の力は、王子の剣を汚穢を切り裂く聖剣に変え、聖女は穢れを浄化する聖石を生み出した。そして汚穢を打ち破って2人がこのルチルゴールド王国を興したのだ。これが、王と聖女の婚姻の起源であり、貴女方が王子達と婚姻する所以だ」
「はじまりの王とはじまりの聖女ですね」
そう言って、とレーガンが深く頷いた。
(つまり聖女は、王子と愛し合って汚穢を退治しなきゃいけないってこと?色々と無理難題じゃない…?)
「さて、既にお分かりかなミミ殿。聖女召喚をしたのは他でもない汚穢退治のためだ。数百年の時を経て再び溜まってしまった汚穢から、この国を救ってほしい」
「……………ミミでよかったら、いくらでもご奉仕しますっ頑張ります!」
勿体ぶった後、ミミは大きな声で宣言した。ミミが両手をキュッと握り拳にしてファイティングポーズを取るとレーガンが手を取り、2人一緒に貴族達に手を振ってアピールした。
まるで選挙後の当選報告会で貴族達はさながら後援会の会員達。広間は彼らの歓声と拍手で熱気に包まれている。それに比べて私は0票だ、お呼びでない。
私がどんどん小さくなっていく中、唯一拍手も歓声も上げないのは目の前のテオフィルスだけで、それだけでも十分すぎるほどの配慮だ。
よし、話はまとまっただろう。
つまり王子様と聖女様が頑張れば良いのである。
もともと私はうっかり召喚されただけのしがない宝石バイヤーで、もっと言えばただの被害者だ。宰相には卑しい人間だと罵られ、貴族達も好意的ではなく、レーガンとミミに至っては私を敵対視している。
もし今後、ミミに万が一の事があって「スペア」の出番がきた所で私に神聖力なんてないし、そうなれば肉弾戦だ。それだけは避けたい。役に立たない私はここでお別れしよう。
「陛下、それでは私は元の世界に帰らせていただきます。私の力はミミ……様の足元にも及びま」
「とっても残念です!でもしょうがないですよねっ!レーガンとテオフィルス、3人で頑張ります!スペアさん、どうかお元気で」
私の話に被るミミの別れの言葉。ミミの視線からテオフィルスへの好意をなんとなく感じていたが、なるほど。王子2人と仲良くしたいミミにとって、うっかり召喚された私は目の上のたんこぶ…。これ以上彼女に攻撃されたくない。速やかにここを去ろう。
(そして元のハッピー宝石バイヤーライフに戻ろう!!)
「帰る事はできないが?」
「ああ、テオフィルスの言う通りだぞスペア殿」
「「 え? 」」
シレッと答えたテオフィルスと陛下に、恐ろしく気の合わないミミと、恐ろしくシンクロした一言。
無理とはどういう事か、と私より先にミミが聞く。私を帰す事にとても協力的で、さぞ面倒見のいい優しい聖女としてオーディエンスの目に映るだろう。事実、貴族の視線はミミと陛下に注がれている。
「世界の道は一方通行だからスペア殿が帰る方法はない、残念だがな」
グサッ!!
身振り手振りで必死に陛下に訴えるミミをボーッと眺めてノーガードだった私。陛下の言葉が真っ直ぐ突き刺さって目が覚めた。ミミに倣って私も訴える。
「帰れないって…!私は何かの手違いで召喚されただけなんですよ!?」
「うむ。しかしそれもまた、はじまりの聖女キクリ様の思し召しだろう。受け入れようではないか」
陛下はウンウンと渋い顔で頷く。
(この話の通じない感じ、〇〇会社の〇〇常務に似ている…)
自分に都合の良い解釈をする陛下にイライラすると同時に「二度と帰れない」ことを知ってしまった。
受け入れられない、が、受け入れる他ないのが現状で。上半身は怒りで沸いているが、同時に下半身は血の気がなく力が入らない。握っていた拳も解けて力なく指が垂れた。
ーーーーーー終わった。
ここに骨を埋める事になるなんて誰が予想しただろう。神様だって「こんなつもりじゃなかったけどなぁ」などと頭を掻いているに違いない。いや落ち着け、そんなゆるふわな神様があってたまるか。
そうして頭の中で架空の神様を責めている私を横目に、ミミは尚も陛下に食い下がる。
「でっでもテオフィルスとスペアさんが結婚する必要なくないですか?聖女には権力……」
「ミミ、やめようか。僕も妬いてしまうよ?スペア殿含め皆で仲良くなればいいだろう?」
レーガンは止まらないミミの口を人差し指で触れて止めた。レーガンの優雅な振る舞いに反してミミは真っ赤な顔で私を睨む。
「聖女殿、お鎮まりください。婚姻の誓いが滞ります」
「でもっでもミミはっ……!!」
「ほらミミ、僕のことは?」
肝心のテオフィルスはさらりと諫言すると、後はどこ吹く風。手にある箱を撫でてみたり、蓋を開けては閉じ、中のものを触ってみたり…そんな事を繰り返している。
この死んだ目はおそらく…面倒臭い、飽きた、そんな所だろうか。〇〇社の〇〇部長が興味のない商談だとよくこんな目でボールペンを回していた。小気味よく回るペンを何度止めたくなったことか。
そうしてボールペンに思いを馳せた後、現実に戻る。
ミミがここまでテオフィルスに執着する理由も、私を毛嫌いする理由も分からない。人間だから合わない人がいて当然だが出会い頭に嫌われたことは初めてだ。まさか元の世界で会った事があるのだろうか。地元が一緒?大学?もしくはバイト先にいた?
いや待て、同業者という線もある。
宝石バイヤーの私は世界中のオークションに行き、多数の国内メーカーと取引した。良くも悪くも、色んな所に顔を出していた。
そうだ例えば、私と同じ宝石を競り合った事があるとか、あるいは契約を取られた事があるとか…それらの腹いせとは考えられないか。いやそれにしても随分な嫌われ様だが…。
いっそのこと「私、何かしましたか?」と聞いてしまいたい。
私とは対照的にミミと意気投合したのがレーガンだ。しかもなぜか私を共通の敵にしている。別に2人のようになりたいわけではないが、結託感がある事は正直羨ましい。
やんややんやとミミ、レーガン、陛下が話を回し、私の不安とそれ以上に卑屈な心がむくむくと膨れてきた頃、テオフィルスがいよいよ口を開いた。
「陛下もうよろしいのでは?プロポーズは相手を待たせてはならない、と『紳士の嗜み全集』にも書いてありました」
テオフィルスはため息を吐き「ちなみに第6章です」と言ってから恭しく礼をし、陛下に申し出た。
ミミの様子に息を潜めていた貴族達も冗談っぽい催促に和んだ様子。しかし本人は眉をひそめ至って真剣で、冗談のつもりではなさそうだ。
まあ意図はどうあれ、場を和ませてくれたテオフィルスに感謝しつつ、ラブロマンスの分からない王子でも『紳士の嗜み全集』は読むのかなどと心の中で突っ込んだ。王子の必修科目なのだろうか、その"嗜み"の使い所はあったのだろうか。
いや、今まさに行使されたのだ。
ミミの私への非難と聖女と聖女スペアを物差しで測る者達の視線、それらをテオフィルスと『紳士の嗜み全集』が一蹴し、丸く収めてくれた。
ありがとう、テオフィルス。
ありがとう、『紳士の嗜み全集』。
きっとベストセラー本に違いない。
「んんっ失礼スペア殿、待たせてしまった。ではこれ以上の御託は抜きだ。レーガンとテオフィルス、彼女達に誓いの言葉を」
咳払いした陛下がそう言うと、静かに貴族達に見守られる中レーガンはミミに、テオフィルスは私に跪いた。
目の前には絵に描いたような美しいテオフィルス。彼の背後からステンドグラスの光が後光の様に神々しく差しており、赤い絨毯に重なる光は色の風合いが変わる。まるで名画の中にいるような、そんな気分だ。
そして彼の顔を見ると驚くべき事にとても穏やかな表情で、口元には僅かな微笑みさえ見える。瞳は背後のステンドグラスのように一瞬キラリと輝き、潤み、伏せられた。
動揺してドレスの中で思わず半歩後ずさってしまう。この人は一体何者なんだろう、どうしてそんな顔ができるんだろう。
(まさか喜んでる…?いやいやそんなわけないでしょ!まともに話したこともないのに!)
そんなスペアの動揺をよそに、王子達は相手の左手を右手でそっと掬い、自分の額に添えて誓いの言葉を述べた。
「私、ルチルゴールド王国が第1王子レーガン・ルチルゴールドは、はじまりの王グロリオサの名の下、貴女に愛を誓います」
先にレーガンがスラスラと宣言する。少しの迷いもなく、この時を待っていたかのように。それを受けたミミもまた待ち侘びたように喜んで誓いを結んだ。続けてテオフィルスが口を開く。私達の番だ。
「私、ルチルゴールド王国が第2王子テオフィルス・ルチルゴールドは、はじまりの王グロリオサの名の下、貴女に……」
そこまで言うとテオフィルスは急に黙ってしまった。レーガンとミミは相変わらずいやらしく微笑み、陛下は怪訝な顔をしている。
いや…彼の反応はごもっともだ。
相手は謎の力があるだけの聖女スペアの異世界人だ。こんな女に誰が愛を誓えるだろうか、しかも出会って即日…迷わない方がどうかしている。
(ってあーもー!卑屈な私が目下成長中ですよー!まともな私ー!元気ですかぁー!?!?)
居た堪れず、空いた右の手で自分の顔を覆うしかなくて。 "うっかり召喚"への恨み節、どんどん卑屈になる自己嫌悪、テオフィルスへの申し訳なさで脳がオーバーヒートしそうになったその時、彼は私の手から額を放し、目を見て言った。
「貴女に"心から"愛を誓います」
ストレートパンチ。
視界が泳いだ。
ーーーーーーーーーーーーーー
ここまで読んでくださってありがとうございます。
続きもお楽しみいただけたら幸いです!