第4話 圧倒的な力の差
「礼節も分からない飾りの頭、俺が直々に切り落としてやろう。身軽になるぞ」
自分の失態に気づいた宰相はテオフィルスの前で震えながら跪いた。その宰相が口を開きかけた所で、テオフィルスは剣の角度を変え宰相の首に刃を添えるように、あくまで丁寧に構える。
テオフィルスの顔は見えないが、この場にいる誰もが息を潜めている事で彼の本気度が分かるようだ。
「テオフィルス殿下…忠誠心ゆえに出過ぎた真似をいたしました……どうか…どうかお助けを……!」
パンパンパンッ!!
陛下の乾いた手が叩かれ、静寂の広間でよく響いた。
「やめい!全く…宰相、聖女殿とスペア殿に無礼は許さん2度目はないと思え。そしてテオフィルス、お前も剣を収めろ」
嗜められた2人が陛下の方を見ると、一方はハァ…と息を吐き、もう一方は黙って剣を鞘へ収めた。立ち上がった宰相はやれやれと乱れた服を直し、私はドレスを眺める。尻餅をついたままの情けない格好で、綺麗なドレスもまた主人と一緒に惨めに汚れていた。
彼はまず私と私のドレスを気にすべきでは?自分の事しか頭にない様子を見て、宰相への怒りが沸々と込み上げてくる。
(ほんっっっと腹立つ!)
心の中で悪態をつきながら立とうとすると、テオフィルスが振り返り私に手を差し伸べた。白く美しい手袋をはめた手にスラリと長い指、こんな所まで美しいとは…神は何物も与えるようだ。感心しながらその美しい手を掴もうとしたその時、自分の手が尻餅をついて汚れていた事にハッと気がついて。
(これではテオフィルスの手袋が汚れてしまう、けど王子に差し出された手に応えないなどそれこそ不敬なのでは?ああどうしよう人前での王子との接し方なんてマナー本に書いてなかった!)
とここまで0.3秒で考え最適解を出そうとしたが、その前にテオフィルスが動いた。一瞬躊躇った私の手を自分から掴み取り、グッと引き上げては私の腰に手を添え、急に立ち上がった私のバランスを整える手伝いをしてくれた。
その流れるような動きはまるでダンスのようで。うっとりする貴族達に加えてレーガンとミミが鬼の形相でこちらを見ている事に気がつくと、私は心の中で思いっきりべーっと舌を出した。理不尽に耐えているのだ、心の中くらい好きにさせてさせてほしい。
そして正気に戻るとお礼を言うために改めてテオフィルスに向き合った。私は宰相とは違う、礼儀を重んじるのだ。
「あのっありが…」
「ああ手が汚れたな。他は平気か?」
(〜〜〜〜〜〜〜っ!?!?!?)
駄目だ。驚きのあまりお礼の言葉が霧散してもう跡形もない。
テオフィルスが懐から自分のハンカチを出し私の汚れた手を拭ってくれている。なんということだ。
スッスッ
古い絨毯の汚れで煤けた私の手のひらに優しく触れる彼の手は貴重品を扱うようで、特別扱いされてると勘違いしてしまいそうなくらいである。
拭きながらも「捻っていないか」「傷はないか」と問いかけてくる様はまるで問診のようで、その度に赤く火照った顔で目を逸らしながら答える。恥ずかしいのでテオフィルスの表情はまじまじとは見れないが、少なくとも悪い表情ではなさそうだ。
そしてこのほんのり少し甘い空気を引き裂いたのは、ミミである。
「ねぇ宰相さん、玉がどうなったら正解なんですか?」
「おっと!聖女様それはですね〜」
宰相は周りに花でも咲きそうなくらいの勢いでミミに語っている。宰相は聖女と言葉を交わす事に興奮しているようで、あーだこーだと世間話まで盛り込んだ。そのせいでそこそこ時間がかかったが、まあ要するに、
神聖力が強いほど白いモヤが光って点滅する
という事だった。神官達の修行の時も神聖力を測る際よく用いられるそうで、玉の中の白いモヤをいかに光らせる事ができるかで判断するようだ。
私の場合そのモヤが光って点滅をするどころか消えてしまったので、聖女なわけがなく、むしろ穢れているのではないかというのが宰相の見解だろう。真偽は不明だが、宰相の期待した正解とは真逆だった為に私は非難されたと言うわけだ。
個人的にはモヤが消える時の揺れる水面のような光が綺麗だったので、非難されるような力ではなかったと思う。いや、思いたい。
「なるほど!じゃあモヤの消えた玉にミミの力を入れてモヤモヤをおっきくしたり、光らせたら良いんですよねっ?」
「は、はぁ…でもスペア殿がモヤを消してしまったので」
「大丈夫です!よぉしミミ精一杯頑張ります!」
恨めし顔で宰相が私を睨み、ミミはニンマリと笑う。そしてミミが玉に触れた。
ガガガッ………パーーーーーンッ!!
一瞬の出来事だった。
玉が音を立てて震えると玉が爆音と共に割れ、突風で飛び散ったのである。試しの玉はもう跡形もなく、至る所にカケラが落ちている。けれどそのカケラは灰色にくすんでいて、先程私が持っていた透き通る玉と同じとは思えないほどだ。爆発の飛ばされる時に絨毯の上を滑り汚れたのだろうか?
「すごい…これが聖女様の力だっ!」
「玉が神聖力の大きさに耐えられず割れたに違いない!」
「聖女様、万歳!」
興奮した宰相が叫ぶと、貴族達も一様に喜びの声を上げた。玉座を見るとレーガンと陛下まで立ち上がって拍手し、広間が歓声で溢れていて。ミミは両手を広げて全身で拍手を浴びている。赤いカーペットも相まってさながら受賞式の光景だ。
そして喜び勇む陛下が口を開いた。
「うむ、これで心置きなく発表できるな。レーガン、テオフィルス」
「はい、陛下」
右手を左胸にのせ、畏って返事をしたレーガンとテオフィルス。それぞれの侍従が彼らのもとへ行き、2人は手のひらに収まる小さな箱を持った。
(……このサイズの箱、まさか)
レーガンとテオフィルスはそれぞれの位置につく。レッドカーペットの上には2組の若い男女。1組はレーガンとミミ、そしてもう1組は言わずもがなテオフィルスと私だ。
その光景はまさに結婚式そのもので、玉座の前で2組のカップルが今にも愛を誓いそうに見えるだろう。
…いやまさか、そんなわけがない。会って1日で、いや正確には昨日の夜に知り合ったからまだ1日も経っていない。自分で言うのもなんだが、私達は得体の知れない異世界人だ。そうして頭の中で浮かんだ可能性を丁寧に潰していく。
「皆の者!今日この日をもって、第1王子レーガンは聖女ミミ殿と、第2王子テオフィルスは聖女スペア・エレナ殿と婚姻する事をここに宣言する!」
陛下は私の思案をあっさりと切り捨てた。口をあんぐり開けて陛下を見ると、どうだ嬉しいだろう、という顔で誇らしげに笑う。
(いやいやいや結婚!?なんで!?百歩譲ってミミは聖女だからまだ分かるとして、私は皆さんの言う"スペア"ですけど。歓迎されてませんけど!)
じとーっと陛下を見ていると察してくれたようで。
「そうだな。婚姻前になぜ王子と聖女が婚姻するのか、話した方が良さそうだ」
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