第3話 謁見と聖女スペアの神聖力
湿っぽくも綺麗な夜が明け、私はなんとも心地良……くない朝を迎えていた。
なぜかと聞かれたら他でもない、国王陛下に謁見するという超特大イベントが入ったからだ。昨日の今日で国王に会うなんて、一体何をされるんだろう。
異世界からの侵入者だと私にいちゃもんをつけて罰したりしないだろうか。
侍女に謁見イベントを告げられてからは成人式ぶりの忙しない朝だった。ドレスの係、ヘアメイクの係、宝飾品の係…沢山の侍女が押しかけて来たと思ったらあれよあれよという間に身支度されていく。
(朝ご飯…食べてないのに…)
そう思ったのも束の間で、コルセットをこれでもかとぎゅうぎゅうに絞められ、骨が悲鳴をあげている。
(骨折れる!ギブギブ!)
なるほど分かった、ドレスを着る事はすなわち格闘技だ。こてんぱんのKO負けした私の胃はもう何も入れるスペースがない。
これが俗に言う「おしゃれは我慢」、ということか。今生で二度としたくない事トップ3に入る。ちなみに他の2つはまだ空席だ、是非とも満席だけは避けたいものだ。
そして苦労の末に着せられたドレスは肩の出たAラインドレスに腕にはグローブ。生成色のシルクで肌あたりがとても優しい。結い上げて編みこんだ私の茶色い髪に生成色がピッタリだ。
あんなに落ち込んだ心も綺麗に着飾ってもらっただけで気分が良くなるのだから、やはり美しい物の力は絶大である。
さて、ゆっくり休みたいが謁見までにもう時間がない。リフレッシュ効果を期待してローズヒップティーを飲んでみよう……
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そんな今朝のローズヒップティーの味を思い返しながら歩くこの古びた回廊は、地図によると国王陛下の謁見の間に続く道らしい。
道すがら豪華絢爛な内装に息を呑む。仕事で行ったフランスで見た宮殿に似ているが、人が居住しているこのお城には温もりがある。見学がてら部屋の位置関係を確認していたが、廊下が長い上に扉が似ていて紛らわしかった。
地図があって本当に良かった。侍女が描いてくれたこれが、私を陛下の元へ運んでくれる。いや、本音を言えば侍女に道を案内してもらいたかった。この重量のドレスだ、少しの迷いもなく目的地へ行きたいのだ。
そして見つけた謁見の間は高い天井まで届きそうな荘厳な扉で閉ざされている。衛兵にここで待つように言われ、疲労であがった息を整える。
ーーーーーカツーンカツーン
西宮の方向からヒールが響く音がする。音のする方向を見やると、侍女に護衛、そして贅沢に着飾ったミミの姿があった。
純白のシルクが幾重にも重なったプリンセスラインのドレスはまるで物語のお姫様のよう。ウエストとデコルテには美しい緑色のジュエリーが施され光を受けて艶を出している。遠目で見ると木目のような独特な縞模様を見るにあれは多分マラカイトだろう。
確か石言葉は「危険な愛情」。誰が選んだにせよ今回このチョイスは間違いな気がする、と私の中のアドバイザーが言っている。
しかしそのミスチョイスを差し引いてもミミの待遇は目に見えて特別な事で、ここまで神輿を担がれると負担だろうと不憫にさえ思えた。でも1つ気になる事が、
(この侍女私の部屋も出入りしてなかった?どこの世界も人手不足なのね…)
どうやらこの侍女はミミと私の世話を兼任していたようだ。私と目が合うとあからさまに目を逸らされ俯いてしまった。何も気まずく思う事はないのに。元の世界とこの世界の共通する労働問題を目の当たりにし、喜べる内容ではないが謎の親近感を感じた。
それからミミが私の隣に立ち、私は内緒話のようにコソッとミミに話しかける。
「ミミさん昨日は大丈夫でしたか?私不安でちっとも眠れなくて…」
「はぁ?あんた私に言ってんの?気安く話しかけないでよ。私は聖女なのよ」
「え」
同い年くらいであろうその人に吐かれた言葉は、レーガンの私を蔑む目に次いで酷かった。思わぬ角度で攻撃されて開いた口が塞がらない。
召喚された者同士、異世界で助け合える仲間だと思っていたけれどそうではなかったらしい。コルセットで締められた体の中で胃がキリッと痛んだ。
《聖女ミミ殿、並びに聖女スペア・エレナ殿のおなりです!!》
衛兵の高らかな声が響き、何メートルもある高さの、重厚な扉がゴゴゴ…と重い音を立てながら開く。
(聖女スペアって!身も蓋もない呼び方してくれちゃってさーますます落ち込むよ)
一瞬ザワついた人衆は、入り口から国王に続く真っ直ぐな道を開けて広間の左右に溜まり私達を迎え入れた。道に敷かれた赤い絨毯に歩を進めると人々の好奇の目にさらされて。
動物園のパンダはこんな気分だろうか。許容する目、嫌悪する目、歓迎の目、訝しぐ目、友愛の目、尊敬の目、疑惑の目…………喜ばしい視線はミミに、その他の視線は私に注がれた。
分かっていた、きっと歓迎されないだろうと。けれど心の準備をしていた所で傷つかないわけではない。
今すぐ逃げ出してしまいたい。握る手には冷や汗が滲み、シルクのグローブがシミにならないか心配だ。
国王もレーガンのように私を軽蔑するだろうか。一度も前を向けないまま歩き玉座の前に着いてしまった。そして侍女が用意したマナー本の通りに国王の前で跪き深く頭を下げる。視界には真っ赤な絨毯とドレス、そして端の方でミミが跪き、ドレスの形を直しているのが見えた。
シン…とした広間の静寂は針の筵のようで。私を公開処刑したいならばいっそ一思いに、と歯を食いしばった所で口が開かれた。
「面を上げよ、聖女ミミ殿」
「はぁい陛下っ!」
普段なら好ましく思うこの朗らかさも、ミミの二面性を知った今はとても腹立たしい。私は尚も頭を下げたまま眉間にシワを寄せていた。
ミミと一緒に呼んでもらえなかったという事は国王にも差別されたのか。私はこのままどうしていけばいいのだろう、何を言い渡されるのだろう。鼻奥がツンとするのを感じた所で、私の知る声が聞こえた。
「陛下、彼女も聖女召喚で現れた候補者です。面を上げさせても?」
「ハァ…せっかちな奴め。一応聖女殿とスペア殿を分けて紹介しようと思っただけだ」
悪戯っぽく王が返事をして私の不安と凍った空気が和らいだ。久しぶりに体に血を巡らす心臓の音が聞こえる。陛下の返事を聞くとその人は続けて言った。
「貴女も顔を上げなさい」
そう、テオフィルスである。
顔を上げると階段の数段先、横並びに置かれた3脚の玉座、向かって1番左に彼がいた。これが王子の正装だろうか、昨日の夜に紛れるような装いとは打って変わり、白地に金糸がよく映える王子らしい風貌である。
顔はいつも通りの無表情。けれども、また私を救ってくれて。この世界で初めて私に声をかけた人、私を少しでも知っている人、そんな人がいるだけで今の私には代え難い希望の光だ。
そして中央の玉座に構えているこの人こそルチルゴールド王国が国王、レオナルド国王陛下だ。背後のステンドグラスから透けた光で濃紺の髪の毛に碧い瞳がよく輝いている。テオフィルスとレーガンの色だ。
先程より少し不安が解け、私は「親子はやはりパーツが遺伝されるのだな、顔は王妃譲りだろうか」などと呑気なことも考えた。
「王国の輝く太陽にご挨拶申し上げます」
ちなみにこの挨拶は侍女が用意してくれたマナー本から学んだ。一国の王に「お世話になっております」「お疲れ様です」では首が飛ぶだろうと叩き込んだ、まさにつけ焼き刃のマナー。きちんと習ったわけでもなし、もしかして逆に恥をかくやも…そう思ったが印象は悪くなかったようで。
「ハハ!それらしい挨拶だな、結構結構っ」
陛下が軽快に笑い、ホッと胸を撫で下ろした。第一関門クリアといった所だろうか。ふと陛下の隣のテオフィルスを見ると目がバチッと合った。今は彼の無表情な顔にさえ安心してしまう。
この場で感謝を言えない代わりにニコッと笑ってみる。どうか伝わってほしい。けれど彼は私の笑顔に目を丸くして明後日の方向を見てしまった。
(まずいぞ、距離感を間違えたかも知れない、気をつけよう…なんたって私の命の保証が彼にかかってるんだから!)
そんな私達を見て右手のレーガンとミミは不満丸出しである。レーガンは玉座の腕起きで指をトントン鳴らし、隣のミミからはブツブツ声が聞こえていっそ清々しいくらいだ。よくもまあ常に不機嫌でいられるものだ。
パンパンパンッ
陛下の拍手が大きく響き渡った。仕切り直しの合図である。
「宰相、"試しの玉"を!では聖女殿にスペア殿、後ろをご覧いただきたい」
陛下の言う通り立ち上がって後ろを振り返ると、妙齢の男が立っている。そして驚くべき事に、私たちの前で1つの玉が宙でふわふわ浮いていて、レッドカーペットを堺に割れた貴族達も驚いてこちらを見ていた。
「…………へえこれかぁ」
小声が聞こえ、横を見れば顔が強張っているミミ。さすがの彼女の表情も曇る摩訶不思議な現象だ。
そして陛下が口を開いた。
「貴女方の神聖力がどれ程のものか見せてほしい。正式に国へお迎えする前に確認させてもらいたいのだ」
「はぁ?王様、ミミを偽物か疑ってるんですか?」
すかさず食いかかるミミ。
「私が本物だ」「どれくらいの力か知りたいだけだ」若い聖女と一国の王が押し問答をする様は圧巻である。
そして思うことは私の問題。図らずもこの世界に来てしまった私は、聖女のスペアという肩書きがあるだけで聖なる力なんてないだろう。
ここで本当に"無能"な事が皆に知られてしまえば一巻の終わり。どんな扱いをされるか分からない。
追い出されるだけならまだマシ、でもなぞの異世界人をただで逃がしてくれるとは到底思えない。
(私はあくまでスペアだし、聖女になる気なんてないし、なんなら無理矢理引きずり込まれた被害者だし!?お願いだから私の事は放っておいて…)
王と聖女の激しい会話の矛先が私に向かないよう私は空気になるよう没していた。
そんな2人を見てさっさとしろと言わんばかりの宰相は、私を玉の前に突き出した。先に済ませようという魂胆だ。
不意打ちでよろけて転ぶ寸前、何かに掴まって事なきを得た。それは何か?浮かぶ試しの玉である。
玉はひんやりと冷たく、触れる肌もずっと冷たいままだ。この特徴こそ、これが水晶だという事を如実に示していた。試しの玉の正体は浮かぶ水晶玉だ。
そしてその水晶玉の中では白いモヤが四方八方不規則にゆっくりと動いており、透明な石にも関わらず白濁したように見える。これで一体どうやって神聖力を測るというのか…
(ーーーってまずいまずいまずい!神聖力なんてないし!私の無能がバレちゃう!死にたくない!)
触れた手を離したくても玉に吸い付いて離れない。すると玉に変化が出た。
中の白いモヤがゆっくり渦を巻いて中央に集まると小さくなっていき、そのままキラリと光って消えてしまったのだ。
無色透明で向こうが見える透き通った玉は今この手の中で静かに光っている。
「「「 え? 」」」
面白いほどに、皆が一様に同じ言葉を発した。静まり返った中で口を開いたのはふるふる震える宰相だった。
「貴様何をした!?こんな反応はあり得ない!!」
「え!?そんな、私は触っただけです!」
濡れ衣を着せられかけてはこちらも黙っているわけにはいかない。捲し立てる宰相に向かって誤解を訴えた。
「ええい陛下の御前で見苦しいぞ異世界人!聖女を騙るこの下賤が!恥を知れ!」
先程までお行儀良くしていた貴族達もサワサワと静かに笑い始める。
そして宰相に勢いよく肩を叩かれその場で私はドンと尻餅をついた。自分から進んでスペアになったわけじゃないのに何故…
(こんなの理不尽すぎるよ……)
グッと涙を堪え俯いていると、ツカツカと誰かがこちらに近づいてくる。そして私の前に立つと宰相の前に立ちはだかった。同じような事があった、つい昨日のことである。
私は期待と不安、2つの気持ちで見上げる。助けてもらうなら彼であってほしいなどと厚かましい思いも抱いて。
「宰相、貴様こそ俺の客人に向かって何様のつもりだ」
その人が剣をスラリと抜くとその気迫に貴族達も口を閉じる。そして彼が宰相の方へ一歩踏み出すと、揺れた濃紺の髪の毛にステンドグラスの光が溶けていき鋭く光る剣心に赤い瞳がぎらりと映った。
テオフィルスだ。
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