第2話 夜空の宝石
「〜〜〜〜!!!」
大きく分厚い扉を開け、部屋に入った私の第一声は声にならない声だった。
規格外の幅に奥行きそして高さ。赤い絨毯が引かれ、家具はロココ調のアンティーク。
目の前のソファは小花柄クリーム色のクッションに、草花モチーフで彫られた曲線的な金色のフレームで彩られ、なんとも女性心がくすぐられる。
私は感動しながら背もたれのフレームをスルリと撫で、その様式美を見つめる。そしてふと、その材質に気がついてしまいヒュッと息を飲んだ。
「………純金!?」
間違いない、オレンジ系山吹色のこの濃い金色はK24純金のそれだ。私とて曲がりなりにも宝石バイヤーだ、これだけ分かりやすい純度の金を見間違うはずもない。
この部屋の家具はデザインが統一されていて見回すとどれも金フレームのアンティーク。
つまり、この部屋の至る所に純金が施されているという事だ。総量は金の延べ棒いくつ分だろう、少なく見積もっても4、5個の金塊ができそうだ。
(これはもう、住める金庫では?)
興奮で目の前がチカチカする。
予定外に召喚された私を扱いにくそうにしていた割にこれは…さすがに好待遇すぎるのではないか。
「興奮しすぎだ」
「ひやぁっ!!」
ハッと我に帰ると背後にテオフィルスが控えており、得体の知れない「異世界人」の行動に怪訝な顔をしている。
そう、あの後ミミと私は王城に連れてこられ、それぞれに部屋を与えられた。ミミはレーガンの居城である西の宮へ、私はテオフィルスの居城である東の宮へ。
相変わらずの無愛想に小さく息が漏れる。ほんの少しだけ気が抜けた印象だと思ったが、
「なんだ、ジロジロ見るな」
とテオフィルスは目を丸くした後、口をへの字にすると、まるで拗ねた子供のようにプイッと向こうを向いてしまった。
でもまあ、レーガンとかいう男の、人を蔑む態度に比べたら天と地の差だ。あんな奴に気に入られてミミは無事だろうか。
「風呂の手伝いは侍女に任せろ、呼んでくる」
「手伝っ…えっ!?いいですいいです!自分でできます!というか自分でしたいです!」
「そうか。王城で過ごせるというのに、変わった女だな」
向こうを向いていた彼は、くるっと振り返り今度は首を傾げてまるで「正気か?」とでも言いたげな顔だ。
「……なんですか、ジロジロ見ないでください」
先程のテオフィルスと同じ返事をすると、なぜだか少し目に光が入ったような、意外にも少し嬉しそうな表情をされた。美形の彼の視線に恥ずかしいやら緊張するやらで、自分の顔に熱が帯びてくるのを感じ思わず視線が泳ぐ。
(顔面が強い…芸能人でもそういないレベルじゃない?)
顔や耳の毛がサワサワッと逆立つ感覚がして、いよいよ顔が赤くなりそうだ。そんな私を見ると一瞬だけフッと笑いこちらへ近づくと、自分より頭ひとつ分小さい私を見おろして満足そうにしている。そして彼は言った。
「今晩はゆっくり休め。疲れただろう」
それから私の顔に手を近づけると、そっと人差し指で頬を撫でられた。無愛想で人のことを捨てるという冷血漢…かと思えば、今日1番の温かい言葉をくれるものだから。擦り切れた心にそれはそれは痛いほど沁みた。
テオフィルスが部屋を出ていくと、途端に静寂に包まれ、部屋いっぱいの重い空気に押し潰されそうな気持ちになる。
早いところ寝てしまおう。
入浴のためパーテーションの側へ行き、奥には猫足のバスタブがある事が分かると少しだけ気分が上がった。洋画で見た憧れの入浴スタイルである。
まずはマスタード色のパンプスを脱ぎ、タートルネックの薄手の黒ニット、インディゴのスキニーパンツ、チェック柄茶色のテーラードジャケットを脱ぐ。今日の私の戦闘服である。
豪華な部屋をつい意識してしまい、場違い感が否めない。隠れてこっそりこの部屋にいる気持ちになって、誰かに見られているかのように慎重に脱いだ。
体や髪を洗いお湯に浸かると、今日1日の疲れがじわーっとお湯に溶け出すように感じて、日課の1日の振り返りをする。
今日は実に散々だった。
ワケの分からない所に突然飛ばされ、どうやら聖女召喚をされた?かと思えば聖女はミミで私は用無しらしく「聖女のスペア」などという謎の肩書きでお城に閉じ込められられている。
我ながらなんて不憫なんだろう。お湯に浸かる口からため息が漏れ、ぶくぶくと泡になって消えていった。幸せも泡となって消えていきそうだ。
いや、良い事もあった。
大本命の宝石オークション。落札した、太陽を中に閉じ込めたように強く輝く、あの3つの原石。あれは何にも代え難い特別な価値を感じた。磨けば必ず美しい宝石になる。
そうだ、あれを手に入れられただけでも御の字じゃないか。それにこちらの世界に来れたなら、同じ方法で元の世界にも帰れるのではないだろうか。悪い事ばかりに目を向けていては不幸に引きずられるばかり。大切な事は、良い事を自分で見つけ出すことなのだ。
そう自分に言い聞かせながらバスローブを着て、ソファ前のテーブルに置いた鞄に手をかける。
フリーで宝石バイヤーをして初めて手にした給金で買った、思い入れのある黒皮のショルダーバッグである。
テーブルに物を出すと出てきたのは財布と化粧ポーチとパスポートとスマホ、そしてあのガラスケースの中の3つの原石だ。
本当に綺麗。
角ばった岩肌から覗く輝きは既にカッティングされている宝石のようで、多面的な光はテーブルの上にシャンデリアがあるみたい。愛着がある分、シャンデリアよりも輝いてみえる。
すんでのところで残ったこの荷物達。相変わらず原石は美しく輝くが、スマホは圏外で使えないし、パスポートで元の世界に帰れるのなら苦労はしない。まあ、化粧ポーチは使えるか。
けれど原石と化粧ポーチが残ったところで「不幸中の幸い」とは…とてもじゃないが言い難い。
膝から床にへたり込んだ。全身から力が抜けるのも本日2度目である。あの時はテオフィルスが抱き上げてくれたけど。
へたり込んだ床の、豪奢な絨毯の柄を見ながら思う。
夢であってほしい、心の底から。そうでないとこのまま泣いてしまいそう。けれどここは知らない世界、慰めてくれる人はいない。一度溢れたら惨めでますます涙が止まらなくなるだろう。
だから泣いては駄目。
口を結んで、上を向いて、この涙は絶対こぼすものか。
バルコニーに出て月夜を見ながら涙を乾かした。秋がはじまり、夜風が少し肌寒い。
それにしてもなんて綺麗な満天の星空だろう。東京の夜空はビルと排気ガスで星が見えず、全てを飲み込みそうな黒さだと思っていた。
そんな時でも手の中で輝く宝石は自然の贈り物で、それは太陽や月や星に近い存在だと幼心に思ったものである。だから人々は宝石を手放せない。私が宝石バイヤーになった所以だ。
ここの夜空は凄い。
全ての星や星雲が一挙に集まり、「私をみて」と目一杯輝いている。月の冷たげな青い光が映す夜空は美しい濃紺だ。
そういえば、テオフィルス。あの人もちょうどこの夜空のような髪色をしていた。感情の見えない表情で、綺麗な顔だからこそ余計に冷たく見えて、そんな所もこの夜空に似ている。
愛想はないものの、部屋での彼には優しさを感じた。思い返すと、私が現れてレーガンに睨まれた時も庇ってくれた。それが身を挺して守ってくれてるようで心強かった。それに落ち込む私に「大丈夫」と言ってくれた。もしかすると、かなり、いやずっと、優しい人なのではないだろうか?
ああでも、「使えない女なら捨てる」宣言をされていたのだった。
前言撤回だ。
彼は今、何をしているんだろう。
私の事を上の人達と話し合っているのかもしれない。なにせ私は「うっかり召喚された異世界人」なのだから。騒がないはずもない。
明日は何が待っているんだろう。私の身元調査?城での待遇の変更?それとも元の世界に帰そうとしてくれる?そんな事可能なのだろうか。
(1番いい形に納まりますように。神様どうかお願いします)
そして深く息を吸い、冷たい空気を胸に溜めて、温かくなった息で手を温める。冷たく輝く夜空はまるで宝石のよう。例えるならそうだ、ラピスラズリ。
空を見上げ、私の心を慰めてくれるそれに手を伸ばし虚空で手を握った。
「あなたに値段は付けられないわね」
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