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第14話 青と赤の庭園パーティー




 私の部屋からは中庭が見える。



 そこには美しい花々が植えられており、その外れにある大きな楓の木は特にお気に入りで、今朝も晩夏の日差しを浴びるそれを眺めていた。あの葉ももうすぐ染まる頃だ、それは美しく紅を纏うのだろう。


 季節に合わせて思い思いの衣に着替える樹木に思いを馳せた後、今の私は本日の庭園パーティーのドレスコードに辟易している。


 庭園パーティーとは突然発生した本日のイベントだ。

 ミミからの宣戦布告から一夜明け、テオフィルスの心を奪還すべくあれやこれやと作戦を練るつもりが朝一でこのパーティーの予定を入れられてしまい。

 テオフィルスの奪還計画の時間が早速奪われてしまった。これも向こうの作戦だろうか?用意周到で侮れない。


 今回は4人だけではなく王都の上流貴族からも何家門か参加するようで、私は初めての外部との接触だ。

 

 主催者はレーガン。私は当日朝に届いた遅すぎる招待状を見ては貴族との未知の交流に手が震えていた。



〜庭園パーティーのご招待〜


レーガン・ルチルゴールドが主催する

庭園パーティーに心からご招待いたします。

793年8月31日 土曜日 午後3時

王立庭園 青薔薇の園にて。


*ドレスコードは青・赤とさせていただきました。お好みの装いでお越しください。



(レーガン…どこまで最低になるつもりなの?)

 ドレスコードの「青」と「赤」、ご存知の通りレーガンの瞳とテオフィルスの瞳の色である。招待客に自分の色を纏わせるなんて輪をかけた悪趣味だ。


 しかも青か赤を選ばせるという事は来場者に「どちら側」かを示させるという事で、招待客にとってもテオフィルスにとっても脅迫的なドレスコードだろう。


 そして今、私の前に更なる問題がある。暖炉前のテーブルに広げられた明らかにくたびれたドレス、そのドレスが、


ーーーーー「青」なのだ。




「あの〜すみません、今日のドレスいつも通り赤がいいんですけど…」

「本日はそちらのドレスしかございません。では午後2時に支度に参りますので、失礼します」

「あっ!ちょっと待ってく…」




 あり得ない。それはもう…色々とあり得ない。招待客がいるパーティーの招待状が当日に届く?あり得ない。あれだけ毎日赤いドレスを用意しておいて今日だけ無い?あり得ない。明らかに故意だ。


 私がこの青を着ていけばレーガンを支持していると思われかねない。それだけならまだしも、彼に懸想していると思われる可能性だってある。どちらにしろ頭のおかしな聖女スペアの出来上がりだ。ああ、頭が痛い。


 今の状態のテオフィルスがその光景を見たら心がまた離れて行ってしまいかねない。そこにミミが付け入るのだ、まさに完璧なシナリオ。レーガンとミミ、なるほど、やってくれたものだ。

 

 ベッドサイドのナイトテーブル上にあるアンティークの時計を見れば、長針と短針がそろそろ重なりそうで。もう正午だ、パーティーまでに時間がない。


(さっきの侍女がダメなら他の人に頼ればいい!)




「あのすみません、ドレスの事で相談があって…って、え!?ちょっと逃げないで!?」

「ドレスの事なんですけど…えっ?あっそうですね今日もいい天気ですね?あれ?」




 ダメだ…。

 ドレスの話を持ち出すと軒並み話題を変えられ逃げられる。テオフィルスの居城この東の宮の使用人達は、私に対して攻撃的ではないが好意的でもない。テオフィルスに避けられている今、王城内に味方はいないと言っても過言ではないのだ。


 午後1時、日が高く上り窓ガラスで屈折すると直射日光より強く眩しく感じる。大きな部屋の中で時計がチクタク控えめに鳴り、それはパーティーまでのカウントダウンと同義で。


 それから流れる雲が太陽を隠して仄かに日が陰った時だった。青い火の玉が、窓の外からティーセットを持って私を訪ねてきた。私は無条件に窓を開けて迎え入れる。




「なーしてそげな顔すてるのさ?」

「蒼炎様、どうしましょう…」

「ほれ、お茶っこ飲んで元気出せ?」




 窓に映る自分の顔を見れば、焦燥感に苛まれ目尻が釣り上がった私。蒼炎がテーブルの青いドレスの横にティーセットを置いて、私にお茶とお菓子を勧めた。けれどそれは3時からの庭園パーティーを思い起こさせて手がつけられない。




「3時からパーティーなんですけど、ドレスコードが青と赤なんです。でも私には青のドレスしか用意してもらえなくて」

「青ってレーガンの色だべな?まずいんでねか?」

「そうなんです!だからどうにかしないとなんですけど、1人じゃどうしようもなくて…テオフィルス殿下にも避けられてるし…私…どうしよう…」




 俯いて膝上で拳を握りしめる。力が入りすぎた手の甲には骨が浮き出て、腕が小刻みに揺れて。

 膝には自分の上体の影が落ち、自分の心の中のように陰ると、そこに青い光が強く射した。




「落ち込んでても始まらねぇべさ。ほれ、お茶しろ?紅花茶は娘っ子の体に良いすな、レモンのパウンドケーキっつうのはうめぇぞ?」

「そうですね紅花…茶…?」


 そこまで言って言葉に急ブレーキがかかった。


「ん?何すた?」

「蒼炎様、今、紅花とレモンって言いましたよね!?」

「うん、それがどした?」

「私…赤いドレスを着れるかもしれません!」




 天啓のような自分の閃きに声を上げ、私は部屋を飛び出して行った。



 諦めない。

 絶対に、負けるものか。




ーーーーーーーーーーーーー

ーーーーー




ガヤガヤ…


 午後3時、会場の王立庭園青薔薇の園には王子2人と聖女、上流貴族が集まっていた。


 青い芝生の上、ヴィーナス、獅子、天使や騎士…様々な純白の大理石像が、青薔薇に囲まれ、それは青と白のコントラストで余計に美しい。


 そんな煌びやかな会場で、ドレスコード青と赤の色の縛りの中で着飾ってきた貴族達が社交をしている。

 しかしそれらは一様に鮮やかな青色を身に纏って、コーディネートからは一切の赤が排除されていた。


 彼らはグラスを片手に、注がれたシャンパンのように沸いては消える泡のごとく、次々を会話を弾ませる。




「聖女様の婚姻で支持率が圧倒的にレーガン殿下が高くなったようですな」

「今日は"青"が呼ばれたのだろう?」

「見ろよ中立派ですら今日は青コーデだ。笑えるな」

「しかし赤殿下もスペアなんかを押し付けられては気の毒に」

「だが呪いの子だぞ?赤殿下に嫁ぎたいのは"赤"派か、物好きな女だけだろう」




 まるで競走馬のように楽しげに王子達を値踏みする彼らに忠誠心があるのだろうか、甚だ疑問だ。そんな第2王子の話題の外では、薔薇園に負けじと着飾ってきた花々が歓談しており、話題に持ち上がったのは聖女スペアだ。




「スペア様はまだ来ていないようね」

「所詮は代替品でしょう?」

「パーティーに遅れるなどいいご身分ですわ」

「私テオフィルス様をお慕いしてましたのに」




 青を身に纏いながら第2王子とスペアを語る彼女達の紅茶はすっかり冷めている。

 まるで彼への関心が削がれたように、あるいはスペアへの遇し方のように。


 会場の"青"達はどうしたって第2王子を認めず、彼を手に入れた聖女スペアに毒づき、会場では第1王子レーガンの機嫌を取る事に専念していた。


 レーガンは後援の貴族達に丸く囲まれ、極めて王子然とした笑顔で対応して。

 彼が着るチュニックはロイヤルブルーに金刺繍で自分の色を惜しげもなく設えている。  

 それは自己愛の塊にも見えるが、同時に彼の瞳と髪にピッタリの色で、人衆を前に美しく輝いているようだ。




「みんな青が好きだねぇ。テオはほら、紅一点だ!ハハッ!あれ?ところでテオはスペアさんと一緒じゃないの?」

「ええ。彼女の支度が間に合わなくて」




 白濁した赤目でぼんやり虚空を見つめるテオフィルス。

 レーガンが満足気にあくまで優しく微笑むと、聖女ミミもまた満足気に彼をうっとり見上げ熱視線を送っている。頬を赤く染める彼女もまた青の美しい装いだ。


 金羽根のあしらわれた円錐帽を被り、その先から落ちる白いヴェールはブルーアッシュの髪と美しく風に靡く。ロイヤルブルーのドレスには金の豪奢な造花や絢爛な宝飾がよく映えていて。


 2人の青い輝きを前に第2王子テオフィルスはその横で1人静かに赤い正装で佇んでいた。彼は装いこそ燃える赤色だが、その顔色は青く、血が通うのを忘れたかのようだ。

 

 そんな彼の冷たい手首に、ミミがそっと触れ掬い上げると、"それ"を彼の手のひらに置いて結ぶように手を閉じさせる。



「ミミからの気持ちだよ」

「僕達の友愛の証だ。ミミが選んだよ。綺麗だから見てごらん?」



 レーガンに促されるまま指1本ずつ弛めて手を開くとテオフィルスはそのまま固まった。


ーーーーー鈍く光る、血溜まりのような赤黒い石。


 鈍い光の中にテオフィルスは走馬灯のように過去を見る。


 病に罹り辞めていく教師達、親しくなると怪我をする友人や解雇される使用人達、周りの好奇や嫉妬の目。

 唯一の味方である母は自分のせいで病気がち、故に父はそんな母につきっきりでこちらには見向きもしない。けれど自分を目の敵にする兄の後援者達。


 ああそうだ、こういう状況を確か「晒し首」というが、晒し首は血が滴るし、恥ずかしい事を「赤っ恥」だという。

 なるほど、この目で生まれた以上運命は決まっていたのだとテオフィルスは思った。


 自分には得る物も失う物もない。

 ならばこの2人に甘え、溺れてみるのも悪くないかもしれない。たとえそれが、偽りの愛だとしても。


 そうしてテオフィルスがどこまでも沈み、更に濁る彼の瞳を見たミミは、ここぞとばかりに高揚して口を開けた。そして皆の前まで声高らかに言った。



「みんなにも知っててほしいの!これはレーガンとテオフィルスの友好の証!誰かの心無い噂のせいでテオフィルスは嫌われててスペアさんもそうなの!でも彼がどんなに嫌われてても、ミミはテオフィルスの赤色が大好…」



 ちょうどその時。


 会場入り口の石畳の上をヒールの音が軽快になり、蔦薔薇が彩るアイアンアーチを1人の女が小走りに通り抜け、その場の誰もが驚き目を丸くした。


 誰かと同じく頭の上に円錐帽子が被せられ、先から濃紺のヴェールが風にたなびき、栗毛色の髪は申し訳程度に編み込まれて低く緩いポニーテールに結われていて。それは彼女が動くたび、名の通りに跳ねて揺れる。


 女は思った「主役は遅れてやってくる」と。この青塗れの敵場で小さくなっているであろう囚われのヒーローを助けにきたのである。

 女は道を開ける貴族達の中を真っ直ぐ早足に進むと、息を切らしながら彼らと対面した。



「はぁ…遅れてすみません…!ドレスに時間がかかっちゃって」



 そう、主役は遅れてやってくるのだ。

 子供の頃、夢中で見た日曜8時のヒーロー番組では主役はいつも番組終盤に駆けつけるのが王道だった。そして大抵は難なく退治するが、時たま結構強い悪党の回があり、主役が四苦八苦するのがいいスパイスだった。


 今回の場合はまあどちらかと言うと後者で少々カッコ悪く息を切らした主役だが、今回ばかりは視聴者も許すはず…などと喉奥で鉄のような味を感じながら私は思った。


 そう、自称主役こと私エレナは何とかパーティーに間に合ったのである。


 見ればレーガンは信じられないと言わんばかりに私のドレスを凝視し、ミミはそんなレーガンと私、そしてテオフィルスを順繰りに忙しなく伺っていて。

 

 目の前のテオフィルスは今にも倒れそうな青い顔で私を見おろしており、力無いその姿はまるで囚われのヒロインだ。

 という事は私が王子か?倒錯的だがまあそれも悪くない。私は守られてばかりではなく、強くありたいのだ。だからここは大きな声で宣言しよう。



「急遽お呼ばれしたパーティーだったせいか、侍女が青色のドレスしか用意してくれなかったんです!」

「いや、じゃあそれは…?」



 レーガンが顔を赤くし、怒りで震える指で私のドレスを差した。だから私はドレスを見せつけるようにその場を一回転し、ここ1番の笑顔で元気よく答える。




「ドレスですか?真っ赤で素敵でしょう?」








 そう、主役は遅れてやってくる。

 そして遅れた分、悪党には絶対負けないのだ。




読んでくださってありがとうございました!

続きもお楽しみいただけたら幸いです。

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