第13話 聖女の企みと偽の聖石
「ミミ様こそなんで…?」
(こんな時間に逢引きみたいじゃない)
「テオフィルスと話したくて。あんたって昔からタイミング悪いよねぇ」
ミミはここぞとばかりに着飾ったモスグリーンのドレスで、一歩また一歩と私に近づき、同じ高さの目線で言う。一方的に侮辱されては私も黙ってはいられまい。
「私達、会った事ありますか?身に覚えがないんですけど」
「え?あんたは覚えてないんだぁ?まあミミには都合がいいけど。今度こそ彼を手に入れるんだから邪魔しないでよね、お姫様」
「いや私そんなキャラじゃないですし、今度こそってどういう…」
そう言いかけた所で、ドアの向こうからカツーンカツーンと、硬い靴底が大理石を叩く音がした。
(きっとテオフィルスだ!)
待ちに待ったこの瞬間。さあ、きちんと話し合おう。そして私達のこの1週間を埋め、誤解があるならきちんと解こう。彼とこのままでいたくないから。
それからミミよりも先に彼を迎えるためにドアに向かって私が一歩踏み出した時だった。体が全く動かず硬直してしまったのである。
ミミが鼻で笑うと後方から私の前に現れて。彼女が指揮者のように手を振ると私の体が操られ、体育座りのように体勢を丸められて空中に浮くとデスク横のクローゼットに人形のように収納された。
「ふふっ!不法侵入者は拘束しておかないとだもーん」
クローゼットの暗がりに入れられた私。ミミは高いヒールで絨毯に足跡をつけてこちらへ近づくと、口の前しーっと指を立て私を黙らせた。それから扉をパタンと閉じると同時に執務室のドアが開き、声が聞こえた。
「こんばんは〜大事な話があって来ちゃった」
「…貴様どうやって入った。ここは結界で守られているはずだ」
「あぁ、主人の臣下と妻しか通れないっていうあの柔な結界のこと?」
(結界なんてあるの?ていうか、あんなに私を避けてたくせに執務室には入れるようにしてたんだ…どうしよう。ちょっと、いや結構嬉しいかも!)
ピタッとしまったクローゼットからは隙間しか見えず2人の様子を見られず苛立ちで胸が忙しなく鼓動していたが、この意外な事実を知って別の意味でも心臓が大きく動いて。なんとも単純なものだ。
「貴女と話す事はない。お帰り願おう」
「待って!レーガンがテオフィルスの悪い噂流してるよ。スペアさんと謀反を企ててるからって言ってた。スペアさんと一緒にいてもこの先いい事ないよ?」
「でたらめだ、王位に興味はない」
「でも周りは放っておかないでしょ!ねぇテオフィルス、あの子はほっといてミミの愛人にならない?ミミが"これ"で汚穢をやっつけて偉くなったら何でもしてあげる」
(やっぱりレーガンとグルで噂を広めて私に嫌がらせしてたんだ…って、"これ"って何?)
今すぐ飛び出して確認したいが体から骨が抜かれたように体に力が入らない。けれども次のテオフィルスの反応から察することができた。
「聖石!?どこでこれを…9年前から行方不明で秘匿されていた聖物だぞ!」
「ミミは聖女だよ?何でも出来るもん。ねえほら、聖紋をよく見て?」
ーーーーーーーゾワッ
ミミがそう促すと全身の身の毛がよだつ。爪で全身を撫でられたような皮膚の感覚と、四方八方から舐めるような視線を感じてなぜだか確信出来た。
今、良くない事が起きたと。
それからミミは「ああちなみに、スペアさんが血の王子は嫌っていってましたよ」と余裕の声で執務室を出て行き扉が閉まると、私を縛る見えない鎖が解け、反動で部屋の中に転がり出た。
ほぼでんぐり返しの受け身だったため、テオフィルスの前に格好悪く登場して。目が回りへたり込んだ私の赤いドレスが絨毯に重なり、赤いグラデーションができる。
焦点の合わない目が少しずつピントが合うと、目の前でテオフィルスが冷たい顔で立っていた。まるでいつかのレーガンのように私を見下す目に背筋が凍る。私いつも差し伸べられていた手はどこにもなく、明らかに彼の様子が変わっていて。
(どうしたんだろう?機嫌が悪い?でも話し合うためにここまで来たんだから!)
簡単に折れるわけにはいくまい。そして緊張した空気の中、重いドレスを持ってフラつきながら立ち上がり彼に問いかけた。
「どうして私を避けてたんですか?」
「どうもこうも、先にお前が血の色を着て俺を避けただろう」
「え?違います!あれは殿下からのプレゼントだって侍女が…まさかさっきのミミ様の言葉信じてないですよね?あんなの嘘なのに」
「…分からない。お前の気持ちが」
彼の訝しむ視線を浴びて私の中の点と点が繋がった。毎日私に届けられる赤い品々とミミと私の兼任の侍女、そして私がテオフィルスを疎んでいるという嘘。
おそらくテオフィルスの目の醜聞を広めながら、私がそのせいで彼を嫌っているというデマで外堀を埋めて、私達を引き裂こうという魂胆だ。
そうしてミミは邪魔な私を排除してテオフィルスを引き込み、自分の愛人にしようとしている。汚穢退治が済んで権力を手にしたら何でもしてあげるという好条件付きで…。
私が考えをまとめていると、テオフィルスの美しい顔が不快感に歪んだ。彼は片手で頭を抱え前髪をぐしゃぐしゃ掻きむしる。それは力任せで痛そうで…今すぐ止めたい、そう思い彼を見つめたのだが。
(あれ?瞳が白っぽく濁ってる?)
彼のルビー色の瞳が、白い薄膜が張ったように濁っていて。すぐに思い返したのは私を操った謎の力と、ミミがテオフィルスに見せた汚穢を退治できる"何か"。
もし、ミミが謎の力とその"何か"で彼に何かをしていたとしたら?
ーーーーそんなことは絶対に嫌だ。
私がたとえ「うっかり」召喚されたスペアだとしても世界を超えて彼と出会えた事は特別な偶然で、彼がくれた優しさは紛れもなく本物だった。
私が今持つミミへのこのみぞおちの熱とテオフィルスへのこの気持ちが何かはまだ分からないけれど。彼を操るなんて絶対許さない、ミミの好きになんてさせるものか。
決意と共に、今もなお濃紺の髪を傷むように掻くテオフィルスの手を背伸びをして掴んで止めた。
「ミミが言っていた事はデタラメです!私は殿下の味方です。これが私の気持ちです」
「はぁ…もういい。分からない事だらけで頭が痛い。出ていけ」
濁ったままの彼の瞳と届かない想いに胸が痛くなる。どうすれば信じてもらえるんだろう、信頼を得るためには何をすればいい?
宝石バイヤーで渡り歩いていた時はどうしていただろう?
「いつも笑顔で明るく、相手が求める"最高"に本音と本物の宝石で応える」
そう、これが私のモットーだった。笑顔でお互い気持ちよく、取引先の望みに嘘偽りない本物の宝石を提案し販売してきた。誠実さと審美眼が買われたのだと自負している。
ならば私がここで信頼を得るためにした事は?せいぜい笑顔でいたくらいで、今思えば彼の優しさに甘えてヘラヘラしていただけの事。そう、それだけだ。
そんな私が何を言った所で彼に私の気持ちが簡単に通じるわけがない。彼の「分からない」はごもっとも…ならばこうしよう。
「分からないなら、きっと分からせて差し上げます」
背伸びをして彼の頬を両手で包みながら、不敬ギリギリというか、もろ不敬な言葉だが目を見てはっきりと伝えた。時には言い切らなければ伝わらない事もあるから。そんな無謀な私を前に、彼は濁ったままの瞳で眉を顰めて口を開きかけて。
(怒られる!?いや「お前なんか分かりたくもない」って言われたら私の人生終了のお知らせじゃない!?)
よし、何か言われる前にとっととずらかろう。私の横を風を切って走り抜け、物凄いスピードで執務室を出ては大理石の廊下を全速力で走った。
夜20時過ぎ、これだけ大きな足音で走る事は使用人達でも滅多にない事だろう。しかも格好は重いドレスに高いヒール、これ以上ないくらいのトレーニングスタイルだ。向こうの世界にいたならSNSで発信するのも悪くない。
そうしてとりとめのない事で脳内お手玉をし、自室へ着くとベッドに飛び込んだ。写実的な花柄の布団カバーはまるで花畑にいるかのように目に優しい。
先程までのミミの悪意と、そのせいでテオフィルスが変わってしまった事に苛立つ心を何とか抑えようとしたが、もう爆発寸前だ。
「〜〜〜っ!!」
布団に顔を沈めてみぞおちから沸き上がる熱を声と共に放出した。「今度こそ手に入れる」?こんな風に人を傷つけて貶めるなんて許せない。"今度"の意味は分からないけれど、前回もあったなら私はきっと同じ事をしただろう。
テオフィルスを守る。
絶対に取り戻す。
ここまで読んでくださってありがとうございます。
続きもお楽しみいただけたら幸いです!