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第11話 黒薔薇と赤の告白



「よーし、こっちにも2つ発見」



 快晴の陽を浴びる温室の中、私は粛々とある物を拾っていた。

 手のひらに次々と溜まっていくそれは、黒い木炭のような欠片で。これこそ、お茶会でミミに見るも無惨に破壊された火の玉、蒼炎の欠片だ。


 思わぬ形での蒼炎との急な別れに私は釈然とせず、こうして温室のテーブルを再び訪れたのである。見ればテーブル周りが一面煤けており、地面には彼女の欠片達が散らばっている。


 この世界に来てからというもの、自分含め皆ぎこちない表情だったから、ほんのひと時でも蒼炎の満面の笑みを見て話せたことが、本当に嬉しかった。だからせめて欠片を集めてお墓を作りたい。そう思ってこうして地面にしゃがみ込み、欠片集めに精を出していた…ところだった。




「は〜ほにほに(本当に)、えらい目に遭ったっちゃ」


(!?!?!?!?)




 昨日の蒼炎の声が確かに聞こえた。聞こえた方向の左後ろを物凄い勢いで振り返ったが誰もいない。確かにセンチメンタルな気持ちではあったが、それゆえに幻聴でも耳にしたのだろうか。




「ここだべ、じょこちゃん(お嬢さん)




 嘘だ、まさかそんな事があるわけない、いやしかし、本音を言えばそんな事があってほしい。私はそう思いながら、欠片を集めた左手を見る。そしてそれは元気よく口を開いた。




「いんや〜まさかこんな早ぐに再生できるなんてな。驚き桃の木山椒の木だぁ」

「ええ!?蒼炎様!?」





*****





 先程私の左手で伊吹いた蒼炎は、今や私の欠片捜索にボヤいている。





「エレナよ〜もうこのへんで良んでねか?」

「ダメですよ!蒼炎様の欠片がまだ残ってるかも知れないでしょ?完全復活のために全部集めなきゃ」

「んでもよぉ、こんなこと着飾った娘っ子がやる事じゃねぇべ?」




 それはまあ…仰る通りで。

 本日の私のスタイルは、深緑のサテン地のドレス。上半身に2列のボタンが並ぶデザインで、スカートはくるぶしまでのAライン。少し動くだけでふわふわするそのシルエットは我ながらなんともフェミニンな装いだ。


 思うに、このドレスの仕立て屋も、これを着るレディには「お茶会」あるいは「散歩」を楽しんでもらいたかっただろう。まさかこんな「泥遊び」する娘の装いになるなど想定外に違いない。そう思うと仕立て屋にもドレスにも心底申し訳ない気持ちでいっぱいで、クリーニングがないこの世界が恨めしい。

 

 いや待て、問題ない。せっかくだ、私が責任を持ち、手づから洗って陰干しすると約束しよう。許したまえ、仕立て屋とドレス。そんな決意に甘えてしまったか、その後も袖も裾も泥で塗れ、胸のボタンのいくつかが泥でコーティングされた頃だった。




「さて、これでもう探す所はなさそうです」

じゃじゃ(おお)!?やっとか!?」




 探し終わって一息つくと、蒼炎が驚いた声を出すものだから私も飛び上がって。

 私はしゃがんだまま手をお椀にすると、その中で彼女の欠片同士がくっつき練られるようにして形を変え、繰り返し、練り消しのように自由に動いている。そうして蒼炎は徐々に手の中からフワリフワリと浮上し、手の中に収まっていた大きさが今や私の顔ほどまで成長した。



ーーーーーーーそしてその瞬間だった。



カカッ!!!!

 大地に等しく照っていた太陽の光が、目にも止まらぬ速さで温室のガラス一点に集められて屈折すると、そのまま蒼炎目掛けて稲妻のように走ったのである。

 私はその爆風に吹き飛ばされ…いやしかし、痛くない。恐る恐る目の開くと私の体を蒼炎が包み込み、地面の数cm上をふよふよと浮いていて。



「……っ!蒼炎様!?」

「んだ!完全復活ありがとねぇエレナ」



 そう言いながら私を下ろした蒼炎は収縮すると、やがて私の頭のサイズの可愛らしい火種になった。

 貴重な体験をしたものだ。欠片の集まりが太陽の光で発火…まさに小学生の理科で習った、あの火起こしのメカニズムではないか。火災注意の事例だ。しかしなるほど、異世界では単なる火ではなく浮かぶ火の玉が出来上がるらしい。



「なんかおがしな(変なこと)こと考えてねぇべな?オラはキク様に作られたから特別なんだど?」

「キク様って、あのキク様ですか?」

「んだ。王族のお目付役として作られてもう、うん百年。オラが知らねぇ事はねぇど?」



 何ということだろう。蒼炎は、はじまりの聖女のキク様が遺せし希望の光だった。知らない事がないというのであれば、私は今後どうやって生きていけばいいのか聞くしかない。テオフィルスは好意を向けてくれるが、より多くの保険や安心が欲しいのだ。そして私の今後を彼女に聞いたが、




「あん?オラ知らね」




 ……………。


 いや、そうだった。人生そんなに上手い話は転がっていない。ましてや空中にふよふよ浮いているはずもない。例えば、裏がなければ表もなく、上り坂がなければ頂もないように。そう、人は陰や労力の上に生きている。そんなに簡単に正解に辿り着く筈がなかった。私が甘かった。

 しかし彼女は茶会でミミに言っていた。

「あんたの事も知ってる」と。確かに、あれは何でも知っているような発言だった。蒼炎とミミはあの時が初対面のはずだが、もしかすると私が召喚される前に歓談したのだろうか?私はたまらず彼女に疑問を投げる。



「蒼炎様は、ミミと召喚の時に知り合って何か話してたんですか?昨日何か言いかけてましたよね?」

「いんや?昨日が初めてだ。何だかねぇ、娘っ子の事を思い出せねんだ。靄がかかってるみてぇに」



 本当にうん百歳なら忘れっぽくなるのも無理ないが…と思ったが、たとえ火の玉であろうと女性である。築き始めた豆腐のように柔らかな関係でそんな軽口を言うのは今は憚られてる。だからこの謎はそのまま少し眠らせる事にした。




*****

 



 復活した蒼炎だったが再生に力を絞ったようで、そのまま温室の片隅で眠ることになった。そうなると今度は私が暇で。温室から王城に向かう途中、気分転換に中庭を通って行くことにした。


 温室を出て裏に周り、暗く陰が落ちる煉瓦造りの小さな離宮を周ってやっと中庭に出た。急に開けた庭の平地は見渡す限り青く、芝生の手入れがよく行き届いている。その道なりにずらりと並んで植っているのは、珍しい紫黒色で、それは俯くように伏して咲いた、


 黒百合だ。


 この先ずっと続く黒百合の道に、何かの仄暗い意図や思いが募っているようで何故だか足を踏み込めないのは防御本能だろうか、けれど何から?それから視線を逸らすと少し先にこれまた黒い花が咲いているが、ちょうど庭師が手入れ中でホッと一息し、そこへ声をかけに行った。




「綺麗な黒薔薇ですね」

「うわぁ!!」




 大きな声を上げて飛び上がる青年。振り向いた彼は肌も髪も日焼けをして茶味を帯び、瞳そのものがサングラスのように漆黒だ。

 あれだけ驚きはしたものの、花鋏で要らぬ花の枝をも正確に切った所に彼の職人技を感じる。




「暑いですよね、よかったらハンカチどうぞ!」

「あっいや…!ど、どうもありがと」

「すごく綺麗だなと思って吸い寄せられちゃいました」

「マジで?手入れし甲斐があるよ」




 この砕けた話し口調が私のいた世界を思い起こさせ、とても親近感が湧いた。彼はオリバーという名前で、家族代々この王城の庭師を務めているらしい。オリバーもこの若さで大ベテランというわけだ。

 だからだろうか?あちらの黒百合の禍々しさとは打って変わり、オリバーの黒薔薇は人を射止めるような美しさである。見る人達にこうして愛を与え、同時にその人達から愛を受け取るのだ。



「いいなぁ…」



 私も誰からも好かれたいなんて贅沢は言わないが、それでも少しでも多く好かれたい。だから今の味方の少ない"スペア"生活は正直かなり辛いものがあって。

 そう思い、おそらく顔が曇ったのだろう。私の顔を見ると、先程までその希少性を、いかに大切な薔薇かを語っていたそれをオリバーが手折った。



「やるよ、別に深い意味はないからな!」



 オリバーは顔を赤くして私に黒薔薇を一輪差し出した。その不器用な優しさは、今日の私の疲れた心を癒すのに十分だった。そして自然と笑みが溢れ、お礼を言いながら受け取った時だった。オリバーの顔が恐怖で慄き、私の背後からある声が低く響く。





「何をしている?」




ーーーーーーーテオフィルスだ。

 何をと言われても、おそらくテオフィルスも状況は見ていたわけで。彼も見ていた通り、オリバーが私を哀れんで花をくれただけだ。まあ、顔が赤かったし多少の好意はあったかもしれないが。

 そしてテオフィルスはそのまま続ける。




「何だその格好は。聖女の自覚はないのか」

「いいえ私はスペアです!」

「だが俺の妻だろう!?何をしていた!?怪我はしてないだろうな!?」




 泥だらけの妻を叱る夫。両肩を手でおさえ、夫婦喧嘩をする2人を前に震えるオリバーが声を漏らす。




「エレナ、お前、テオフィルス殿下の妻って…聖女様のスペアの………?」



 真っ青なオリバーにフンッと鼻で笑ったテオフィルスが言った。



「見事な黒薔薇だ。だが人妻に軽率に贈る物ではない。不敬だぞ?」




 そしてテオフィルスは私から薔薇を奪い立ちすくむオリバーに投げ、私の腕を掴んでは踵を返してその場を去った。痛いほど強く腕を掴まれた私は黒百合の道を彼に引っ張られて突き進む。




「殿下、ご不快だったなら謝ります!私からここに来て…オリバーは悪くないんです!」

「"オリバー"だと?」




 私がオリバーの名前を呼ぶとテオフィルスは固まって立ち止まり、私の腕を握る手が締まった。振り返った彼はいつもの優しい瞳ではなく、何かを探る目だ。

 赤く探る目は黒百合と私を映して滲み、風に攫われる彼の濃紺の髪はどこか物悲しい。そして日が落ちてきた黒百合の道で彼が言った。



「あらかじめ言って来させなければよかったが…遅かれ早かれこうなったか」



 そう言うテオフィルスは見た事のない、悲しみに歪んだ顔で息を全て吐き出して。眉を潜め、いつも私を温かく時に熱く見ていた瞳も今は逸らされ伏せている。そんな顔をさせるつもりなんて1ミリもなかった。ここに来てはいけない理由があったのだろうか?

 そんな風に彼の言葉の意図を頭の中で探っていると、離宮の渡り廊下から声が響いてきた。




「ねえ聞いた!?今日"呪いの血の王子"来てたらしいよ!」

「マジ?ここで誰か死ぬんじゃない!?」

「でも絶世の美形なんでしょ?一度は遊んでみたーい!」




 "呪いの血の王子"

 そう聞いて、それが誰を指す言葉なのかすぐに思い浮かんでしまった自分が憎い。目の前にまんじりとも動かずに立つテオフィルス。そして意を決してテオフィルスが私に言った。





「"呪いの血の王子"、俺のことだ」








 赤い目が大きく潤んだ。







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