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第10話 光る原石の守護





「絶対に離さないし、逃しません」




 ギラッと光る赤い瞳の中の独占欲。

 掬った髪の毛を指の間でするすると解きながらそんな熱烈な言葉を紡がれて。

 



「で……んか?」




 彼の手から髪の毛一筋一筋が流れ落ちるたびに体が反応する。小さい頃、美容室で髪触られるうちに眠ってしまった事もあったっけ。でもそれよりもずっと気持ちがいい。

 これまでの人生の中で最上の甘い言葉と敏感な触覚がここに在る。思わず夢心地で目がトロンとし、解かれる髪の隙間からテオフィルスを見ると「なんだその顔は」など冗談事を言って鼻で笑われ正気に戻った。目がしゃっきりと覚め、先程までの出来事に赤面する。


 羞恥心に耐える私の寄せられた眉間と、怒りで見開きすぎて充血したミミの目。夕日を浴びた肉食花は準備運動よろしく花弁をピクつかせて、向こうの南国の花コーナーを彩っている。

 最後に身の周りを振り返れば茶会のテーブルと足下にはかつて火の玉だったものの残骸たちがあって。



「レーガンもう帰ろう!!」



 サワサワと葉が擦れる音だけ聞こえる温室で最後に声を荒げたのはミミだった。ミミはふらつく足で立ち上がると椅子に脚が絡まり頭から地面に吸い寄せられるように落ちそうになったその時、



ドシャシャッ!!


「よ、よかった…怪我は?大丈夫ですか?」

 


 私は泥まみれの上体を起こし、仰向けに倒れたミミの顔を覗き込んだ。

 伸ばした私の腕はミミの背中に滑り込んで彼女の首と頭を守った。私達が滑った地面はぬかるんでおりそれもまた怪我をしない一助となったと思う。


 それにしても…彼女を身を呈して助けたいとは別に思ってたわけではないが、気がついたら体が勝手に動いていた。やはり私はかなりのお人好しなのでは?この世界でみんなの顔色を見ながら慎ましくスペア生活をしている事こそその最たる象徴だ。

 

 私はゆっくりとミミが起きるのを手伝い、彼女の背に手を添えて泥まみれになった自分の手首を見た。

 実は、あの原石のブレスレットをつけていたのだ。初夜で確認されたその希少性から、常に身につけて保管しておけるようにとテオフィルスが濃紺の紐で中に石を編み込んで作ってくれたブレスレットである。恐れ多くも王子殿下のお手製だが、彼の言う通りちょっとやそっとじゃ傷付いたり切れそうにない事が今分かった。よし、これで安心してこれからも無茶できる。いやまあ、したくはないが。

 しかしこれの存在に気がついたミミは、ヒュッと息を飲んで顔色を変え、初めて聞く大きな声を張り上げた。




「あんた何でそんな物持ってんのよ。一体どこでそれを…寄越しなさいよ………ミミに寄越せ!!!!」




 ミミも私も、お互い泥に座ったままだったが、上から覆い被さるようにミミが飛びついてきた。ミミに迫られ、私は仰け反る様に後ろへ倒れる。ミミのあまりの血相にテオフィルスもレーガンですら黙ってはいられなくて、彼らが止めに入ろうと動いた。しかし彼らは間に合わず、ミミが私のブレスレットに触れた時だった。

 




ーーーーカカッ!!!!!





 真っ白な眩い閃光がブレスレットから走り、光が止むとミミが目の前でうずくまっている。私がすぐ駆け寄るとミミが泥と脂汗に塗れた顔で、私に静かに語った。




「あぁそうなるほど?あんた"外側"が変わっても私のこと邪魔しに来たんだ?」

「外側?一体、何の話を…」

「ううん知らなくて大丈夫だよ?待っててね、今回こそ殺してあげる」




 そう囁きながらと泥ごと私の髪を鷲掴みにして目と鼻の先で睨みつけてくるミミ。血走った瞳に映る私は恐怖に歪み、一方のミミはブレスレットに触れた手が焼け爛れたように水脹れして見える。そんな歪な2人に割って入ったのはレーガンとテオフィルスで。レーガンは私を睨み、ミミはレーガンに何かを呟くと彼の肩に身を寄せた。

 レーガンは自分の泥を忌々しく払い落とすと、何か閃いたように振り返り「テオ見て、夕日が赤くて綺麗だよ。まるで血みたいだね」とお土産のようにその言葉をテオフィルスに託す。そんな夕日を独特の表現で称賛する彼の瞳は、赤を否定するかのように青く光った。

 何の脈絡もなく紡がれたその言葉だが、テオフィルスの顔にかかる影が濃くなった事が明らかに見えて、濃紺の髪が暖簾のように下に降りて表情を隠すと、兄の前で俯いて口を引き結び「そうですね」としか答えず。やがて私からも顔を背けた。




 それからレーガンとミミが去り、まるで嵐の後のような静かさの中、私は自分の手首を見る。驚くべきことにブレスレットが私を守ってくれた。防犯原石?なんてあるわけないだろうが、どうやら私は「希少性が高い」どころではない、とんでもない原石を手にしたらしい。




「怪我はないか?」

「ありがとうございます。でも大丈夫です!本気のキャットファイトはあんなものじゃないですから」

「キャットか…俺は犬派だから分からん」

「あはは!そういう意味じゃないです!」




 夕暮れに溶けていく私達の声。赤く染まるそれを見ながら私はミミの事で頭が一杯だった。それは棘が刺さったように少しの傷みを残し、何かを知らなければならないような、妙な焦燥感を伴っている。


 うっかり召喚された3つの光る原石と私。聖女として召喚されたミミとうっかり召喚されたスペアの私。そのミミに反応して私を守った光る原石。ミミが私に向けた呪いの言葉と、彼女を庇うレーガン。


 私と彼女は知り合いなのだろうか?「外側が変わっても」という事は容姿が変わる前、かなり幼い時の事か?いやしかし私の幼い頃は病気がちな母と宝石に夢中で、憎まれる程の交友関係はない。いや、もしそれが私の傲慢で何かをしでかしていたのだとしたら……。

 私はこれから、何か大変な物と向かい合わなければならないのかもしれない。そう思うと、得体の知れない不安が募って。




「殿下」

「どうした?」

「私、その…大丈夫ですよね?色々」

 



 突拍子もなく投げたその言葉。自分の中の不安を他人に取り除いて貰おうだなんて、なんてわがままなんだろう。けれどもそんな私の気持ちを汲み取るように優しい笑顔でテオフィルスが言う。




「"私達"だろう?2人で"絶対"大丈夫にすればいい」


 


 そう言いながら彼は私の手を引き、正面から包み込むように抱きしめた。私がすっぽりと彼の体の中に収まると、彼の服も泥で汚れてしまって。


(でで殿下の服に泥が!ってちょっと待って!殿下の体思ったよりずっと大きいし、何のこの爽やさで甘くてめちゃくちゃいい香りは!!)


 彼に包まれてから頭の中はもうすっかりテオフィルスの事で頭が満席状態。空席はなく、男慣れしない宝石バカの私には刺激が強すぎる。が、その刺激のおかげで不安が和らいだことも事実なわけで。単純な私が非常に恥ずかしい。オーバーヒートで湯気が出る私にテオフィルスは言った。



「だから俺の側にいろ」

 



 私は脳震盪でも起こしそうなくらい、激しく頭を縦に振った。それはもう声にならない最上級の肯定の返事で。テオフィルスは、抱きしめられたまま茹でられる私の頭にキスを落とした。驚きのあまり私は彼から即座に離れ、キスされた熱い頭に触れる。




「〜〜〜もう!勘弁してくださいっ!」




 嬉しさと恥ずかしさで頂点を突破した私の声が温室に響いた。

 赤くのぼせた私はきっと向こうで輝く夕日のようだろう。決して嫌な火照りではなく、もう少しこのままでいたいとも思ってしまう私であった。








ーーーーーーーーーーーーーー


ここまで読んでくださってありがとうございます。

続きもお楽しみいただけたら幸いです!



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