第1話 光る原石と聖女召喚
「レーガン兄上、いかがしますか?この異世界人」
「んーどうしようか、正直いらないんだけど」
レーガンと呼ばれた金髪碧眼男は心底邪魔だと言わんばかりに私を見下し嫌悪で顔を歪ませる。私を異世界人と呼んだ男は暗影からスッと現れると、こちらへ向かってきた。
男の紺色のマントが音を立てて翻り、金髪男の蔑みの目からまるで守るように私を隠すと、男は私に背を向けたまま話を続ける。
この人なら私を守ってくれるかもしれない。不安と期待が混ざり心臓が脈打った。
「俺が秘密裏に処理しましょうか」
訂正、守る気はなさそうだ。
スッと冷めた心と頭。冷静な頭を回転させようにもこの状況に追いつけず、すぐに頭がいっぱいになった。
ただ1つ確かな事は、この人達に私は歓迎されていないという事。処理と聞き、混乱で頭に集中し沸かれていた血の気が一気に引くのを感じた。恐怖で脚に力が入らない。走って逃げられそうもない。
「ははっテオは物騒な事言うね!でもなぁ…もしソレにも聖女の資質があったら面倒な事になるかぁ」
「では…聖女のスペア、という事で城で管理いたします」
「ああそうだね、そうしよう」
どうやら私の処遇が決まってしまったようだ。
なぜこんな事になったのか…
それはほんの少し前の時間に遡る。
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「10ルチルで落札です!おめでとうございます!」
カンカンッ
威勢のいい司会者の声にオークションハンマーが叩かれ、
私は今年1番の達成感を感じていた。
ここは日本より遠く離れた地図にも乗らない小さな国。良質で豊富な宝石の原産国として有名な国だ。
私はフリーの宝石バイヤーで、より上質な本物の宝石を求めて世界各地を奔走している。
今年26歳バイヤー歴4年目、一般的には超若手だけれど、物心ついた頃からのジュエリー好きの情熱と審美眼が功を奏し、フリーで宝石を販売している。
好きこそものの上手なれ、まあそういう事だ。
ざわざわざわ…
オークションが閉会され人々が会場を後にする中、私はまだ座席を離れず手に入れた戦利品をうっとりと眺めていた。
繊細そうなガラスケースの中には、ぎっしりと白い真綿が詰められており、そこに3つの石がそっと並んでいる。
正直、今回は賭けだった。
私は基本的に、すでに職人に研磨された裸石を入手している。より素早く宝石の品質や市場価値が想定でき、効率が良かったのだ。
しかし今回のこの3つの石は、全て原石。
研磨後に初めて分かるその価値は、落札価格より下がる事もあれば、逆に何百倍もの価値に跳ね上がる事もある。
つまりハイリスクでありハイリターンでもある、それが原石だ。
そんな原石を今回落札した理由は、他でもない、その石が出す目映いばかりの輝きだった。
「どうして誰も欲しがらなかったんだろ」
そう、私以外誰も入札しようとしなかったのである。あれほどの輝きは、研磨後の宝石でも今まで見た事がない。
まるで石の中で太陽が輝いているかのような光で。岩肌を全身にぐるりと纏った原石は、岩の隙間から光をキラキラ放っていて3つの石の光が重なるといっそう輝く美しさだ。
(赤、緑、青………もしかしてこれは3大宝石?)
柔らかく光る原石を見ていた時、
「ねえ、貴女」
鈴を転がすような声で背後から突然話しかけられ驚き、思わず飛び上がって振り返ると、フード付きマントを深く被ったご婦人がいた。
顔は見えないが、真紅の生地はシルクだろうか、会場の照明の下で上品に光り、胸元には金色の花形のコサージュが付いている。バレない程度に目を凝らすと、おそらく純金と見えた。
同時にガランとした会場の様子が目に入り、私とその人以外誰もいない事に気づく。すっかり長居してしまったようだ。この人も私に退出するよう教えに来たに違いない。
「すみません!いま出ます!」
「待って!どうしてその石を買ったの?」
「へ?」
我ながら間抜けな声を出したものである。
質問の意図が分からない。どうもこうも…ここは世界有数の宝石オークションの会場で、私はそこに来た宝石バイヤーなわけで。本物の、美しい価値ある宝石があれば買う。そこに宝石がある限り、そういうものだ。
「他のものよりずっと強く輝いていたからです。他の人達が気づかないのが不思議なくらいでした」
「そう、よかったわ…ちゃんと貴女を見つけたのね」
「あははっ!それだと石が私を見つけたみたいですね、でもその考え方素敵ですね、すごく好きです」
ご婦人の上品な冗談にクスリと笑ってしまって、オークションの興奮で突っ張った私の顔筋も思わず綻んだ。
その言葉と同時に風で彼女のフードがフワリと揺れるとそこから覗いた口元が優しく微笑んでいる。
(会場の中ってこんなに風通し良かったっけ?)
ふとそんな事を考えた瞬間、ぐらりと視界が回り身体が重力を無視して浮き上がると目の前が、パッ!!と真っ白になった。まるでカメラのフラッシュを目の前で浴びたようにもう何も見えない。耳鳴りまでしてきた。
初めて経験するが、まさかこれが失神というものだろうか?失神とはこんなにも意識があるものなのか。耳鳴りが強くなっていく恐怖と半ば諦めで、ああ人はこんな風に死んでいくのかと悟りを開きかける。
そうして悟りを開きそうになったところで耳鳴りの向こうから優しい声が聞こえた。
「エレナ、大丈夫、きっと大丈夫よ」
あのご婦人の声だった。
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そして今に至る。
私は腰が抜けてその場にぺたんと座ってしまった。床には石が敷かれており、スキニーデニム越しにひんやりと冷たい。丸いガラスの天井に壁は一面大きなステンドグラスで、100人弱は収容できそうな広間だ。
キャッキャッ
ゲッソリする私の横では同い年くらいの女性が楽しげにしている。よく手入れされたブルーアッシュのロングヘアに大きくて潤んだ瞳、ツイードワンピースを着た体は男ウケしそうなまさに「出るとこは出てる」、そんな体だ。
「ミミ、一生懸命聖女さんやる!頑張るねっ!」
「うん、ありがとうミミ。頑張ろうね」
そう言いながらミミ、という女性の手にキスを落とすレーガン。私を蔑んだ目とはえらい違いだ。
「…………一体どうなってるの?」
私はキョロキョロと周りを見渡す。
この置かれた状況を把握すべく目から沢山の情報収集を得ようとするが、その度に混乱は増すばかりだ。なにせこの広間を照らしているのは浮かぶ火の玉なのだから。
(あり得ない、普通じゃない、どうかしてる…!)
取り乱しそうな自分を必死に抑えていると、紺色マントの男が私の脇の下に手を入れてヒョイと抱き上げた。
「え!?いやっちょっと!!」
空中に抱き上げられて赤ちゃんにでもなった気分だ。そしてふよふよと浮いていた火の玉達がその男を照らす。
…………なんて綺麗な男なんだろう。
愛想はないけれど、美しく涼やかで大きな目元、長いまつ毛から覗く瞳は磨き上げられたルビーのよう。濃紺の髪はさらりとなびいて美しい肌をより一層引き立たせた。
そして私を地面に下ろす。
「俺はテオフィルス・ルチルゴールド、この国の第2王子だ。お前の名は?」
「あ、えと、恵令奈です…」
「エレナ…か。使えない女なら聖女だろうがなんだろうが捨ててやるから、覚悟しておくように」
(捨てっ……!?しかも聖女のスペアって何?城で管理?いや今すぐ帰りたいよ飛行機間に合わないし、来週大きな商談あるし、アポ取り苦労したし…!)
どうすればこの危機を脱出できるか、ぐるぐる頭の中を駆け巡っているとテオフィルスが口を開いた。
「返事は」
「はっはいっ…!!」
返事を強いられ、勢いで答えてしまった。言われるがまま流された自分に嫌気がさす。
(〇〇株式会社〇〇様 異世界で聖女のスペアにされて来週の商談に行けるか不明です。つきましては…)
などと頭の中でお詫びメールを作成し、リスケを念頭に入れる。無事に帰れるよう商談が破談にならないよう、必死に祈っていた私に鼻で笑ったテオフィルスが言った。
「死地に赴く兵士でももっとマシな顔だぞ」
「…………えーと、あはは?」
表情に変化がなくて冗談なのか嫌味なのか分からない。困った末に、希釈に希釈を重ねた薄い反応をするとテオフィルスは片眉を上げ、じろじろと私を観察しているようだ。
「安心しろ、大丈夫だ」
黙る私を見てテオフィルスが言った。
あなたもあのご婦人と同じ事を言うのね。そう思い見上げると、真っ直ぐな目で私を見つめていた。
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