9.5 思い掛けない繋がりが増える事もある
大江ってこう言う奴だったのか。
てっきり中澤と同じような爽やか系イケメンだと思ってたわ。けどまぁ確かにクラスでの決め事とかでは前に出てくるイメージあったけど。
「協力って言っても具体的にどうして欲しいのか言ってくんねぇと俺たちは何も出来ないぞ?」
確認も含めて言うと大江はこう聞かれるのが分かっていたように軽く頷いた。
「あー、それなら大丈夫。俺、体育祭で告るって決めてんだ。だからそれまでに柏木がどんな人がタイプなのかとか今気になってる人とか聞いておいて欲しいって事」
かなり自信ありげで且つ謎の上から目線で話す大江。その勢いに誰も言葉を返さない。
「え、だめ?」
「あ、ううん……!全然大丈夫なんだけど、それ……もう遅くない?体育祭来週末だよ?」
笠原の言う通り既に10日程しか残されていない。好みなどを知るにはどう考えても遅すぎる。
「いやまぁそうなんだけど。俺は無理に今好きになって貰いたいわけじゃないから。だからフラれるくらいなら告る気なんてさらさら無いって事」
「あっ……そーゆー事ね!」
笠原は納得したらしく大きく頷いた。
つまり、俺たちがする事は柏木が大江に対して気があるのかって事を聞き出すことと他に目当ての人がいるかなどの情報を聞き出すことか。
大江の考えでは今回はイベントに乗じて脈アリなら告白。無かったら今回は諦め、情報を集めた上で次に、と言うわけか。
アホっぽい見た目の割に意外にも慎重なんだな。
「じゃあ取り敢えずそーゆー事で!結果は……体育祭の前日までに教えてくれたら助かる」
「はい!了解しました!」
気持ち悪い程乗り気な笠原の返事を聞くと大江はニッと爽やかでは無い笑顔を残して部屋を去って行った。
「何しれっと受けてんだよ」
「いやだってすっごく楽しそうじゃん!?上手くいって欲しいよね〜!」
こいつの恋愛脳はどうなってるんだか。まぁ俺はやる事もほとんど無さそうだし良いか。
突然の訪問により、既に定刻を過ぎていたので俺は帰り支度を始めた。
「ヤナギは上手くいって欲しくないの?」
「興味ねぇな。他人の幸せなんて」
他人の不幸は大好きだけどね。特に自分が勝ち組だと自覚してる奴。それだけでご飯3杯は食える。
「ひど」
「仕方ないだろ、元々俺はこーゆー人間なの」
いくら環境が変われど根っこの部分は簡単には変わらないんだよ。
と、心の中で主張はしてみたが、実際目の前にいる2人からはかなり軽蔑した目で見られていた。
「まあとにかく今回は失敗って言うリスクが無いんだから気楽にやろうぜ」
「そうだね!」
「うん、確かに美香の事を聞くなら私達が適任」
2人はグッと拳を握る。笠原はともかく神谷も珍しくやる気らしい。
***
「へぇ、それでその大江って人の手助けをするんだ」
「まぁそうだな。そーゆー流れになった」
夜。リビングにてアイスを口へ運ぶ鈴を前にこんな話をするのは勿論俺個人の意向では無い。
「すごいね、そんなことまでしてあげるんだぁその部活」
「若干笠原達の知り合いだからって部分も大きいと思うけどな。大江がわざわざ頼みに来たのもそれを見越してのことだろう」
帰路において、俺は笠原から指示を受けたのだ。
『情報は出来るだけ多い方がいい』と言う理由から、鈴にも何か知っている事がないか聞いてこいと。そこまで本気になる必要もないだろうに……。
「何かない?」
「何かってそんな漠然と言われても……でも彼氏とかは居ないと思うよ」
アイスのスプーンをビッとこちらへ向けて言う。しかし、それは流石に大江も知っていると思う。
「あとは……分かんない」
「なんだよ何もねぇじゃん」
「だって美香ちゃんって自分の事全然話さないんだもん」
参ったな……しかし、鈴が知らないなら仕方ないよな。そこまで深く追うような事でもないし。
諦め俺が立ち上がろうと椅子の背もたれに手を乗せた時、鈴があ!と声を出した。
「ん?なんか思い出したか?」
「ねぇ、お兄さ、美香ちゃんいる前で好きって言ったって本当!?」
「は!?おまっ……なんでそれを……」
「美香ちゃんから聞いた」
あいつ……そんな事まで鈴に伝える必要ないだろ。言葉を詰まらせる俺に鈴は「どうなの?」と詰め寄る。
「言ったは言ったよ、でもあれは事故というかそーゆーシナリオで仕方なくと言うか……とにかく俺が本気で言った事じゃない」
嘘は言っていない。理解してもらえるかは怪しいが。
鈴はふーん、と適当な音を出した。そして何か考える顔をした後、くっと眉を寄せ首を傾げた。
「え、じゃあなんでだろう?」
「何が?」
「その話をしてた時ね、鈴が『お兄のLINEいる?』って聞いたら美香ちゃん欲しいって言ったの。いやぁ、鈴はてっきりお兄が本気だから美香ちゃんも仕方なく相手してあげてるのかなぁって思ってたんだけど……」
仕方なくって……俺の扱いどーなってんだよ。まぁ鈴には言えないがこの前の所謂『命令』の事で連絡を取るのにLINEの方が勝手が良いって事だろうな。
てかこいつ今しれっとやばいこと言ったよな。
「人のLINE許可も取らずに教えんなよ」
「なんで?お兄のLINEなんて公式みたいなもんじゃん」
「意味分からん」
公式ならもっと友達多いと思いますけど?……って事は今俺のスマホには柏木からの友達追加申請的なのが届いてるって事だよな。
俺はスマホを取り出し鈴に手渡した。
「ん?なに?」
「俺その……許可するみたいなののやり方知らないからやっておいて」
「あー……はい」
鈴は少し面倒そうな声を出しつつ俺のスマホを操作し直ぐに俺の手元へと返した。確認するとそれっぽい人のアイコンが一つ追加されていたのでまぁ問題なく出来たのだろう。
「じゃあさ、お兄は完全に美香ちゃんへの気持ちは0ってこと?」
「何お前。俺が本気だったとでも言いたいわけ?」
「いや、念のため確認」
柏木への気持ち?少なからず恋愛感情というか特別好意を持っているかと言われるとそうでは無いが……。
「数値で聞きたいならそれなりの基準を示せよ」
「はぁ?どーゆー事?」
俺の回答に不満を持った鈴が首をひねる。
「だから、気持ちって言っても色々あんだろ?赤の他人か顔見知りか、知り合いか友人か、友人か親友か、とか。全部を同じ“気持ち”って言葉で括るなら数値で表せって話で……」
「もーいいやめんどい」
ひどく呆れた様子で鈴はリビングを出て行った。俺は……何かおかしな事を言ったのだろうか……。
***
金曜日の放課後。
今日は取り敢えず途中経過を報告すると今朝連絡が来ていたので俺も言われた通り部室へと向かった。
こうやって連絡を受けて迷いなく動いている自分を改めて俯瞰して見ると、俺も随分とこの部に染まったとつくづく思う次第だ。
そんな事を思いながら既に話声の漏れ聞こえる部室の扉へ手を掛けた。
「お、ここで会うの久しぶりだね」
1番最初に1番目に付かなくていい男が視界に入ってきた。
「……そうだな……」
俺の素っ気ない返事にも彼はにこりと微笑んだ。くっ、この感じやっぱ苦手だ。




