9.3 思い掛けない繋がりが増える事もある
一難去ってまた一難とでも言うべきだろうか。
あの有意義な休日を終えて数日。いつも通り放課後で寛ぐ相談部に新たな仕事が持ちかけられた。
「それで……これなんだけど……」
俺含め中澤以外の3人へ紙を差し出してきたのは生徒会長の西宮さんだ。以前運動会の手伝いにも来ていた人だから顔と名前は知っている。
取り敢えず俺たちは各々差し出された紙を眺めた。
「つまり……来週の体育祭で生徒会の手伝いをして欲しいって事ですか?」
笠原が確認すると西宮さんは「そうなの」と頷いた。
そういや体育祭ってもうすぐだったのか。色々ありすぎて完全に忘れていた……。
しかしまあ資料を見た限り表立った仕事と言うよりは道具の準備片付け、誘導と言った仕事らしいな。所謂雑用。
「分かりました!手伝わさせてもらいます!」
「本当?ありがとう!助かる!」
手伝うことになったらしい。元々資料作ってきた時点で断るって言う選択肢無かった気がするが。どの道笠原が決めたんなら仕方ない。
西宮さんは「他にも仕事があるから」と中澤の分の資料を置いて部屋を後にした。
「楽しみだね!体育祭!」
「そうだね」
満面の笑みで言う笠原に対してほぼ真顔で返答する神谷。何だこの温度差。
確かに最近は放課後教室に残る奴がやけに多いと感じていたが準備をしてたって事か……。全体的な招集がかかった訳じゃ無いから多分やりたい奴だけが率先してやってるって事っぽいな。
俺は改めて資料に含まれていたパンフレットを見つめる。
「やるからには優勝したいよね!」
「そうかな、楽しければそれで良いかな、私は……ヤナギはどう思う?」
「え、ああ……別になんでも良いけど、疲れなければ」
突然振られてついつい本音が出てしまった。笠原と神谷は苦笑いで顔を見合わせる。こーゆーとこだな、陰キャが空気読めないって言われるのは。
城北高校の体育祭は少し特殊だ。
色ごとの軍に分かれるのでは無く、完全クラス対抗。そのため全21クラス対抗ということになる。
先程笠原が言ったように勿論順位付けされ、ポイントは競技の他にクラス旗、衣装なども含まれる。パフォーマンスとかが無いだけまだマシだが。
手作りの衣装はクラスごとに決めたテーマに沿って作られる。今年は確か……警察と囚人?だったか?若干ズレてるよな。
「ヤナギ囚人服似合いそう」
「何でだよ。そんな悪人面してないだろ」
「色んなクラステーマあって面白いよねー、他のクラスでチャイナ服着るところあるんだって!私も着てみたいな〜」
羨ましそうにパンフレットを見る笠原。へぇ、チャイナ服ねぇ……。笠原が……うん、まぁ悪くは無いだろう……。
「ヤナギどうしたの?凄い締まりの無い顔してたけど」
「いや、何も……」
顔に出やすいのだけは俺の最大の欠点かもな。
何かを悟られないよう俺はゴホンと咳払いをして話題を変えた。
「このさっき言われた仕事のことなんだが、これ当日だけだよな?」
「うん、そうみたいだね。クラスの準備とかもあるし流石に西宮さんも気遣ってくれたのかもね」
確かにその点は楽で良かったよ。準備まで手伝わされちゃあまた帰宅時間が遅くなってしまう。
「でも何も無いのもちょっと退屈だよね」
神谷がスマホ画面を見ながら呟いた。
「いや、ここでのんびりしてるだけのが俺は好きだけどな」
「まぁそうかもだけど……」
こいつ意外にも相談部の活動を楽しんでいたのか……。人の役に立つのが楽しいってことなのかもな。知らんけど。
「ねぇこの部活ってどんな相談でも一応は受けるんだよね?」
いつの間にか目の前から消えてパソコンの前に移動していた笠原が呼びかけるように俺と神谷へ尋ねてきた。
「そーなんじゃねぇの?てかお前が決めれば良いだろ、部長なんだし」
そっか、と何故かやや嬉しそうな笑顔を作ると笠原はパソコンを抱え落とさぬよう慎重にこちらへ歩いて来る。そして俺たち2人の間にそれを置いた。
「見て!こんな質問来てたんだよ!」
この妙なハイテンションが少し気持ち悪いが言われた通りパソコンへ目を向ける。
そこには一通の匿名メールが表示されていた。
『野球部員です。僕は少し前からマネージャーの子が好きなのですが野球部は部活内恋愛禁止というルールがあります。どうすれば良いですか?』
「ねぇこーゆー質問初めてだよねぇ!どうしよう!青春って感じだよね〜」
なるほど。この質問が笠原を無駄に刺激していたという訳か。くだらねぇ。
「どうするも何もルール上無理なら無理って返すしかねぇだろ」
あくまで相談に乗る事が主の役割だ。他の部活の規定ルールにまだ口出しするのは活動の範疇を超えている。てかこんなしょうもない相談に協力する事すらアホらしい。
「えぇー、面白そうなのに……」
「あのなぁ……人の恋心を娯楽の種にしようとしてんじゃねぇよ。匿名って段階で何か方法聞けたらラッキー!くらいにしか思ってねぇだろうし」
俺ほどじゃ無くともこの生徒もおそらく陰キャよりだろう。直接でも無くメールで、しかも匿名でって時点で度胸のなさが伺える。
「でも応援したくならない?凄い青春って感じで!」
「無いな。そもそもルール上無理だって言ってる時点でおかしいだろ。そんなん告白出来ない逃げ道に使ってるだけで、いざ『そのルールが無くなります』ってなってもどーせ他の理由付けて何もしねぇよ。諦めろとはっきり分からせてやるのも優しさだ」
多分そこそこ無理だって自覚あるだろうし。その溢れんばかりの思いをこんなぐだった部活に投げ込まれても仕方ない。
何よりその青春って言葉が気に入らん。未熟さと成長を表現したいなら他に言い方あんだろうが。無駄に小洒落た言い方しやがって……。
「ヤナギなんかいつもより熱いね。似た経験でもあったの?」
「……いや、無ぇよそんなの……」
ぐっ……今日の神谷の勘鋭すぎねぇか!?まぁ恋愛なんてのが全く無縁の生活だったのは事実だが……。思い当たる節が無いとは言えない。
神谷と笠原は顔を見合わせた後、首を傾げ視線だけで俺に何かを問う。
「な、なんだよ……」
「ヤナギも好きな子とかいた事あるんだなぁって……」
「はぁ?いつそんなこと言ったよ」
「いやだって顔、赤いし」
「暑いだけだ……」
なんだろう、明らかに分が悪い……。言っていることに嘘は無いのだが……。2人は何かを聞き出そうと俺にじっと視線を向けている。
「別にそーゆー話じゃ無いからな。俺が中学の頃友達出来ない理由を色んな事のせいにしてた時期があってだな……今となれば馬鹿らしい事なんだけどその時の俺と似てるように思ったってだけで……ってなんだよその顔!」
話しているうちに段々と興味が薄れていくのが分かる表情の神谷。こーゆー時だけ感情表現豊かになるのかよ。
笠原は変に緊張が顔に出てるけど……そうか、こいつまだ過去のこと気にしてんだった。そこまで引きづられると俺も話しづらいんだが。多少のごたごたはあれど一応は片付いた訳だし。
「だって思ってたのと違ったんだもん」
「なんだよ思ってたのって」
「ヤナギが興味持つ人ってどんな人かなぁって……」




