9.1 思い掛けない繋がりが増える事もある
画面上に「DEFEAT」の文字が浮かび上がる。もう何度目だろうか。
「チッ……」
ジージーと外で騒がしく鳴く蝉の声が俺の敗北を煽っているように聞こえて尚更苛立ちが増す。
休日の昼間から部屋着姿でソファに倒れ、ゲームに没頭し、挙句の果てにそんなゲームに向かって舌打ちをする男など見苦しい限りだろう。自覚はある。
しかし最近の俺の休日とはこんなもんだ。しかも今日は家に俺しか居ない。その為クーラーのガンガンに効いたリビングでくつろげるのだ。こんな日を有効活用しない理由はない。
既に正午を回った頃だろうか。俺はやおら立ち上がり、冷凍庫にあったアイスバーを一本咥えて再びソファへと戻った。
出来るものならこんな生活を死ぬまで続けていたい。
そう思った矢先……。
———ピンポーンッ!
蝉の声を掻い潜り家中にこだましたインターホンに俺の欠伸は止められた。
「あーだる……」
宅配か何かか?メモも何も無いので代引きとかでは無いのだろうが……。俺は重い身体をゆっくりと持ち上げモニターへと向かった。
「はーい……って……」
モニターに映っていたのは見慣れた宅配業者の制服では無く私服姿の柏木美香だった。近頃よく目にするようになった顔で、それで居てうちに突然訪ねてきても俺的にあまり違和感の無い人物だ。
「鈴なら今居ないぞ」
「え?嘘……?……あ、1時間早かったわ」
柏木はスマホを確認し、モニター越しでも分かるようなイラッとした表情を見せる。
「今あんたしか居ないの?」
「そうだけど……」
今は昼過ぎで気温も高いし先に家で待ってもらうってのが本来常識的な対応なんだろうが……。
意識しているわけでは無いけど俺しか居ない家に同級生の女子を上げるってのも中々抵抗があるな……柏木もおそらく……
「ねぇ、中で待っててもいい?」
「……ああ……外暑いしな」
なんだ、変に気にしてたの俺だけかよ。恥ずかし。
鍵は開いていると伝えると柏木は「お邪魔します」とだけ言ってリビングへ入ってきた。
そして、軽く片付けをする俺を見るや否や、
「ちょっとあんた……!よくそんな格好人に見せられるわね……」
「見られて困るようなもんじゃねぇだろ。裸じゃねぇんだ」
「はぁ…….あんたとは一生話が合わなそう」
何か凄く呆れられた。しかし、それには俺も同意だな。そもそもの生き物が違う気さえする。
柏木は「座っていい?」と一応確認した後テーブルを囲む椅子の一つに座ると持参していた小さなバッグを机の上へ置いた。ちなみに柏木が座っているのは普段の俺の席だった。
俺は咥えていたアイスの棒を捨てると、スマホを持ってリビングの出口へ向かった。
「ねぇちょっと、あんたどこ行くの?」
「部屋」
「は?何で?」
「何でって……いくら鈴を待ってるからとは言えこの部屋に2人でいる事もないだろ。俺からしたらお前は妹の友達なんだし」
何よりこんな奴がいては気が休まらん。クーラー無しの暑さの方がまだマシかもしれない。
「いや……でも私をここに1人にして良いの?何するか分からないでしょ?」
「何するかって……お前物でも盗む気で来たのか?お前、うち来慣れてるんだし問題ないだろ。てか何か起きたとしても犯人お前だってすぐ分かるし」
「まぁそうだけど…….」
こいつも中々おかしな事を言うな。一緒に居るのがあの2人ならこいつも大概おかしい所あるのかもな。
「飲み物とかは冷蔵庫にあんのテキトーに飲んで、じゃあごゆっくり」
「ねぇ、やっぱあんたここに居なさいよ。1人だと誰も居ない人の家に居るみたいで気持ち悪いわ」
「別にそんなこと……」
「いいから!」
「はい……」
なーんで怒られてんだ俺は。てかそもそもこの前のことでも怒らせたまんまだった気がするしここは大人しく従うしかねぇな。
俺は静かに元いたソファへと戻った。
ここに居ろと言われた以上俺に反論の余地は無いのだが、特にこれと言って何か話があるわけでもなさそうなので俺は再度例のゲームを始めた。
当然だが柏木は俺を気にする様子もなく、スマホを弄っている。
さっきまでは音を盛大に鳴らしながら戦っていたが柏木がいるため流石に無音にした。舌打ちとかも出ないように気を付けねぇとな。
「ねぇ、それ面白い?」
「うおっ……!」
ソファの肘置きに頭を乗せながらゲームをしていたら右側から突然柏木の顔が現れた。その勢いでふっと甘い香りも一緒に漂う。
「何?そんな驚くことないでしょ」
「俺は昔からビビリだって言っただろ……これか?多分お前がやっても面白くはないと思うけど」
柏木はふーん、と相変わらず俺の真横に顔を付けながら相槌を打つ。突然どうしたと言うのだろうか。
ちょうど、と言うかこのタイミングで一試合が終了し、ホーム画面へと戻る。
「これあやもやってたわ」
「そうだな……」
一応言葉は返したものの、この異常な距離感に陰キャ精神が悲鳴を上げた為、俺はサッと状態を起こした。
「何?辞めんの?」
「そんな近くで見られたら勝てるもんも勝てねぇだろ」
「さっきっから負け続きじゃない?」
「うるせぇよ……てか勝手に覗くな」
さっきからって全部見られてたのかよ。確かに全部負けてたけど……。
スマホなんか弄ろうもんならまた暇を持て余す柏木に覗かれそうなので俺は諦めてテレビを点けた。
すると、何故か柏木は俺の座るソファの背もたれに肘を置きテレビを見始めた。
「あんたいっつもこんな生活してんの?」
「そうだよ……休みなんだからしっかり休まねぇとな」
そうだよなぁ……この時間なんてろくに面白い番組やっちゃいねぇ。この前のことあってから柏木にはなんとなく顔合わせ辛いし……なのに柏木はめっちゃ話しかけてきやがる。相当暇なんだな。
しばらく黙ってテレビを見ていると斜め後ろからはぁ、と短いため息が聞こえた。そして、
「色々ありがと」
「へ……?」
「だから!亜美さん達のこと!……頼んでもないのに色々やってくれてたでしょ?……一応少しは感謝してるつもりだから……」
「お、おう……」
こうも唐突に……、対応に困るな。何か小っ恥ずかしくなって目が合ったわけでもないのに無意識に窓の外を見てしまった。
「私さぁ、小さい頃からすっごい褒められてきたんだよね、可愛いとかバレーが上手いとか天才とかね……」
「へ、へぇ……そうなのか……」
でしょうね。ここに来て突然何の自慢だよ。しかもそれを俺に聞かせてどうしろってんだ?暇つぶしに陰キャに自慢?だったら相当タチ悪りぃな。
「けどこの前気付いた。あんな風に『努力してる』とか『頑張ってる』って事を褒められた事なかったなぁって」
「ふーん……そう」
俺が言ったこと……なのか?だとしたら多分小此木さんに言ったことだよな?正直あの時は熱くなってしまっていて言葉もまとまらずに話してた気がするが……。
「何か……凄い嬉しかった」
いつになく優しい声。この空間には今俺と柏木しか居ないはずなのにまるで他の誰かでもいるかのような感覚。
なんとなく気まずく、俺は後ろを振り返る事すら出来なかった。




