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8.10 陰キャに出来る事など限られている

 難は去った。しかし、自分の出過ぎた行動を脳内再生するたびに重いため息が溢れる。そして羞恥の念に襲われる。


「……何やってんだ俺は……柄にも無い事を……」


 とは言え終わった事だ。考えたって仕方がない。今後小此木さんと関わることもないだろう。今はそう言い聞かせることしか出来ない。


 時間も時間なので俺は途中だった戸締り等を終わらせ静かに部屋を出ると、扉のすぐ横に人影がゆらりと揺れた気配を感じた。


「お、お前何してんだよ!」


「ごめん柳橋くん……!あの……盗み聞きしようとかそーゆーつもりは無くて……本当に!」


 反射的に振り返った視線の先には笠原、そしてもう1人。


「なんでお前も居るんだよ」


「私は別に……希美について来たらたまたま……」


 気まずそうに笠原の横に佇む柏木はこちらには顔も向けずボソボソと言い訳のような言葉を並べる。どーゆールート辿ったらたまたまでこんなところに来るんでしょうね。


「で?いつから居たの」


 そこなんだよ。小此木さんが部屋を出た後とかなら全然構わないがそれは多分無いだろう。さっき盗み聞きしてました宣言してたし。


 笠原は言いづらそうにもごもごと答えた。


「えっと……亜美さんが『許して』みたいなお願いしてたくらいかも……」


「ほぼ全部じゃねぇか!」


「ごめん!本当にそんなつもりは無くて!でもなんか気になっちゃって……」


 えぇー。じゃああの無駄に熱く説教じみた話してたのも全部聞かれてたってことかよ……。恥ずかし過ぎて死にたい。


 笠原は慌てながら弁解しようとするが聞かれてしまった事はもう変わらない。そもそも俺は柏木に言われていたことすら守っていない時点で盗み聞かれたことに対し強く言える立場に無い。


「で、でもちょっとびっくりしたよ……あーゆー柳橋くん見たことなかったから…….」


「俺もあんな事するつもりは無かったんだけどな」


 上級生の女子を泣かせてしまった罪悪感がまだモヤモヤしている。理由がどうあれ、あれは俺が100%悪い。やっぱ後日謝らないとかな……。


 俺と笠原の会話が続く中、柏木は笠原の隣でずっと静かに下を向いていた。やはり俺に怒っている?一度は解決した問題をまた掘り返したような事してしまったし当然か。本人の望まぬ場所まで踏み込んじまった。


「すまん柏木……ちょっとムキになった。お前に言われてた事も守って無いし勝手な行動をとった事は悪かったと思ってる。今度何かで詫びるから」


「べ、別に良いわよそんなの……ほ、ほら希美!行くわよ!電車遅れる!」


 やはり顔も上げずにそう言うと、柏木はキュッと身体の向きを変え、やや早足で玄関へ向かって行った。


「え!?あっ!ちょっと急に!?まだ大丈夫なんじゃ……」


「いいから!」


 突然の柏木の行動にあわあわと時計を確認する笠原。そんな彼女の腕を柏木は強引に引き去って行く。


「ご、ごめんね柳橋くん!また明日ねー!」


「お、おう……」


 あのいつもとは明らかに違う柏木の態度。やっぱ相当怒ってるっぽいよな……。謝らねばならない相手がもう1人増えた。

 


***


 6月も終盤。

 俺の平穏な日々がやっと帰ってきた。


 ここ何週間か変なプレッシャーと無駄な使命感を勝手に背負っていたため、いざこざの無い普通の日々がなんとも言えなく幸せに感じる。


 バレー部の事は鈴に聞いたところ柏木の「息苦しそう」と言う面は見えなくなったという事で、無事解決は出来ていたようだ。


 小此木さんとの一悶着の後の俺はと言うと、一応部活終わりあたりを狙って謝りには行ったが、本人からは「寧ろ感謝している」と言う謎の謝礼を受け、しかも人柄が変わり過ぎていて逆に怖くなったのでそれ以来行っていない。


 柏木への謝罪の方はと言うと、翌日に彼女の元へ行ったのだが「もう良いって言ってるでしょ!」と厳しい叱責を受けたので撤退した。


 やっぱ俺に人の気持ちなんてよく分からん。


 余談だが、バレー部の大会はと言うとやはり強豪と言われるだけあって、上位大会への進出が確定したらしい。だから相変わらず鈴も忙しそうな日々を送っている。


 あ、そーいや中澤もサッカー部の試合で勝ったとかなんとか言ってたかな。どーでもいーけど。


 笠原もさほど忙しくなくなったようでほぼ毎日部室に顔を出せるようになったらしく、今後はどこかの部に呼ばれた時だけ手伝うというやり方にしたらしい。そのおかげで休部が解除され、今のようなダラけた時間を無駄に部室で過ごす羽目となった。


「なーんか暇だよねぇー」


 とろけるようにソファの背もたれへ倒れ込む笠原は言う。


 その横、つまり俺の正面に座る神谷は横持ちにしたスマホを見ながら答えた。


「そう?私はゲームしてるから暇じゃ無いよ。ね?ヤナギ」


「まぁな。そもそも俺は暇って状態は嫌いじゃない」


 言わずもがな分かるだろう。例のFPSゲームだ。少し前から俺と神谷の差が縮まりつつあるため、ここ数日は部室での対戦が日課になりつつある。


「げぇむ?2人で同じのやってるの?」


 笠原は横から首を伸ばし神谷のスマホ画面を覗き、即座に「うわっ」と驚きの声を上げた。


「そうだよ。希美はやってないの?」


「私はあんまりやらないかな……」


 笠原は苦笑いでそう言う。

 

 そりゃそうだ。今時の女子高生なんてのはスマホゲームなんかよりインスタとかそーゆーのに写真載っけるのが楽しいのだろう。俺からすればそっちの楽しさは分からない。


「え?これって今2人で対戦出来るの?」


「そうだよ。まぁやるとしてもチームでだからタイマンってわけじゃ無いけど」


 笠原は「へぇ」と頷く。

 神谷の口からタイマンって言葉が出るのはなんか違和感しか無いな。仮にタイマンにされりゃあ俺に勝ち目は無いだろうし。チームでも勝った事ないけど……。


「ヤナギ、今一戦やる?」


「おう、良いぞ」


 今日は観戦者もいる中でいつも通りの決戦が始まった。



***




まぁ結果はいつも通りですよね……。


「すっごー!あやすっごい強いんだね!柳橋くんに圧勝じゃん!」


「うるせぇよ……」


 毎回毎回この実力差を思い知らされ、毎回毎回この「ポン」と言うプレイヤーネームに大層腹が立つんだ。結構楽しめてるから良いんだけどさ。


 神谷はいつも通り勝ち誇った表情でニヤリと笑う。


「まだまだだね、ヤナギ」


「お前が強すぎんだよ」


 俺も下手ではないと思うんだけどなぁ。


 と、そんな事をしていたら気付けば既に18時を回っていた。

神谷もここらで辞めようとは考えていたようでスマホを縦に持ち変えた。


「そろそろ時間だねー、じゃあ帰ろっか」


 ソファからぴょんと跳ね降り、笠原は鼻歌を歌いながら戸締りを始める。


 それに続くように俺と神谷も帰り支度を整え始めた。


 この部活が始まって気付けば早3ヶ月ってところか。活動休止中の期間もあったとは言え今までの俺とはかけ離れた出来事が立て続けに起こる3ヶ月だったな。


 もし入部していなかったらどれだけ楽だったろうかなんて何度か考えもしたが、もしそうしていたらこんな感じで放課後を……部員と過ごすって事もなかったんだろう。


 田辺先生が俺を入部させたそもそもの理由は友達を作らせるためみたいなもんだし、そう考えるとあの人はこーゆー時間も大切だって言いたかったのだろうか。


「柳橋くん、どうかした?」


 ふと、考え込んでいたら支度を終えた2人が俺を不思議そうに見つめていた。


「あ、いや。何でもない」


 取り敢えずもうしばらくはこの相談部とやらを経験するのも悪くは無いかもな。




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