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8.9 陰キャに出来る事など限られている

 静まり返った部屋。1人でいる時以上に静かに感じる。


 何やら俺が座るのを待っているみたいなので俺は小此木さんの斜め前、本来の中澤の位置に座った。


「今日はお一人なんですね」


「そうだよ、私がした事に巻き込んじゃっただけだからね」


 それはなんとなく分かっていたが……。その言い方ではまるで他の2人は悪くないとでも言いたいように聞こえる。ガッツリ陰口言ってたんだから同罪だろう。


「謝罪ってのは……?柏木ならバレー部内で済ませるべきでは?」


 もう既に済んでいるのはさっきの笠原の報告で知っている。しかし、俺がその事を口走れば俺と柏木が繋がっていた事をバラすことと同じだ。


 あんなズタボロの結果に終わった計画だとしてもその点だけは知られては良くない。


「あー、柏木さんには謝って許してもらえたよ。私が謝りに来たのは君」


「俺……ですか?」


 昨日の態度との変わりぶりと発言の意味不明さが合わさり全く知らない初対面の人間と話している気分だ。


 そんな俺に小此木さんは「そう」と頷く。


「俺はいいですよ。別に謝られるようなこと何もされてないので」


「いや、色々迷惑かけちゃったし、柏木さんの事も心配掛けたでしょ?だからごめんなさい」


「はぁ……」


 ガバッと頭を下げる小此木さん。俺は思わずソファの背もたれへ仰け反る。


 それだけのためにわざわざここに来たのか?俺のイメージしていた人間とかけ離れすぎている。てかここまで下から来られるとこの場の収め方が分からない。


「えっと……それで俺はどうすれば?」


「その……今回のことなんだけど……許してくれないかな」


「許す……?」


 そんな抽象的な言い回しをされちゃあ何をすればいいかますます分からない。「はい、分かりました。許します!」てのもなんか違う。とすれば……。


 なんとか意図を汲み取ろうと思考を巡らせていた中、この人らの考えていそうな事がパッと頭に浮かんだ。


「要は他言するなって事ですか?」


「いや……柏木さんもねあまり事を大きくはしたくないみたいだから……勿論()1()()が悪いんだけどここで許してくれないかなって話で……柏木さんはそれでいいって言ってくれたから」


 成程、この感じは図星だろう。悟られぬよう執拗に「許す」と言うワードを使ったり「柏木は許した」と言って説得をしようとしたりする辺り間違いない。


「バレたら困るような事でもありました?」


「え、何言ってるの?そんなんじゃ無いって……!」


 今更休部は恐れてないだろうし、停学処分になりたく無いって事なら俺と神谷にバレた時点で行動は控える筈。何か別の理由……。あ、そうか……!


「推薦入試とかですか?確かに学生時代にいじめで停学なんて成績に傷が付くなんてレベルじゃ無いですもんね」


「私はただ謝りたかっただけで……」


 ようやく理解した。それで教師にバレていない(と思っている)今、知る人全ての口封じをするって事か。今日1人で来てやたらとそれをアピールするのも取り巻き2人を守るためじゃ無い。集団での行動と意識させない為か。


「まぁ黙っていろと言うのならそれに従いますけど。許す云々はまた別の話ですよね」


「どーゆー事?」


 小此木さんは一瞬安堵の表情を見せた後再び顔が曇る。いつもであれば俺もここまでしつこく問うたりしないだろう。しかし何故か無性に苛ついていた。


「あれだけの事をしておいて『反省したから終わり』ってのはあまりに都合が良すぎるって事です。ただ傍観していた俺からすればよくまあそんな堂々とそんな事言えるなぁと……。陰口だけであっても立派ないじめだと言われるのにあなたはそれを集団で無抵抗な相手に続けた挙句人の大切にしていたものにまで幾度となく危害を加えた。それなりの代償を払うのは当然だと思いますが」


 いつもは意識して短く纏めている言葉も今は制御が効かない。思った事をそのままつらつらと口に出してしまった。


「だから、本人はそれも含めて許してくれたの!じゃあ私にどうしろって言うの!?……私だって……どうせあんた部活だってまともにした事ないでしょ!?ずっと努力して来たのを才能だけで来た子に追い越される悲しさなんて分からないでしょ!」


「え……!あー、はい。何も分かりません……」


 うわマジか。ここでの逆ギレ!?ちょっとビビった。


 目を泳がせながら火照った顔を仰いで冷ましていると、目の前から嗚咽が聞こえて来た。それは……やばい。男として。


「す、すいません。俺も片側しか知らないままに正論みたく言ってしまって。はい、俺には努力とかそーゆーの分かりません。努力、した事ないんで」


 なんとかこの「女子を泣かせている柳橋克実」の図を終わらせようと必死に言葉を続けると、小此木さんは目を擦りながら顔を上げた。


「……そうよ。ただでさえバレーの試合も出れないかもしれないのにこのまま停学で進学にまで影響するなんて有り得ないでしょ……才能だけのくせに……私の方が努力してたのに……」

 

 小此木さんは嗚咽混じりに言う。こんな状態の彼女に追い討ちをかけるなんて野暮だとは思う……しかし、どうにも俺はこれだけは否定せずにはいられなかった。


「才能だけってのは違うと思いますけど」


「まだ言うの?」


「あ、いや……その、俺からしたらしっかり部活動をしている時点で努力してると思うんですよ。だから何というか……勝手に『才能だけだ』って決めつけるのは違うと思います」


  泣いている女性にここまでの追撃をしたのは数少ないだろうな。けどあそこまで毎日練習している人をそう断定してしまうのはなんとも納得がいかなかった。


「じゃあ私より柏木さんの方が頑張っていたって言いたいの?あんたは柏木さんが好きだからそうやって肩を持つんでしょ?」


 あ、そーゆー設定だったな。変に熱くなりすぎて完全に頭から抜けてた。しかしここまで相手に本音を吐かせといて俺だけ嘘を貫くってのはなんか気が引ける。柏木や笠原には悪いが俺もここで打ち明けるとしよう。ここまで言ったらこの人ももう何かしたりはしないだろうし。


「あの、俺、柏木が好きで彼女を庇っていたってのは嘘なんです。誰とは言えませんがこの件を頼まれて協力していたと言いますか……」


 最悪の場合田辺先生に頼まれていた事にしよう。


「だから、好きだから肩を持つと言うよりかは彼女に関して無関心の俺から見ても努力しているのは分かると言うか……その、小此木さんを悪く言おうって訳じゃなくて、俺の勝手な考えの中ですげぇ頑張ってるしカッコいいなぁって感じで、だからその人をそーゆー風に言って欲しく無いって意味で……」


 やべぇ。焦りすぎて自分でも何言ってるか分からん。小此木さんは何も発さずに俯いている。


「あ、でも……努力の量って量りようが無いですよね?それを比較してどうとかってのを言うつもりは無いんです」


 一通り話し終えたが特に反応は無い。学校ももう閉まっちまうし、それよりこの状況を誰かに見られでもしたら完全に俺が悪者だ。まずいな……。


「分かった。……柏木さんが本当に許してくれるまでやれる事はするから……」


 掠れた声でそう言うとバッグを肩に掛け、顔をチラリとも向けずに出口へと向かっていった。


「そ、そうして貰えるなら…….ありがたい……です……あ、俺の言ったことは全部無かったことにして良いので……」


 去り際へ向けて慌てて付け足したが多分聞こえてはいないだろうな。はぁ、今日の俺はなんだか不調だったらしい。



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