8.8 陰キャに出来る事など限られている
俺が簡単に夕食を終えたところで母さんが帰って来た。
今もまだ雨は強いようで肩の辺りは濡れて変色している。
「いやー、凄い雨だね。最近こんな天気ばっかりだわぁ」
そう言って鍵や財布などの手荷物を規定の位置に置き、ソファへと腰を下ろす。
するとすかさず鈴が話を切り出した。
「それで?お兄は何で美香ちゃんと一緒にいたの?」
ただ聞いているように感じるが鈴の目を見ると明らか。あからさまに俺を怪しんでいる。
……どう考えても疑われるのは当然か。
俺が適当な作り話でもしようと口を開きかけた時、俺より早く母さんが話し始めた。
「お母さんね、さっき美香ちゃんから聞いたのよ。あれなんだってね、あんた部室で寝過ごしてたんだってね!全くだらし無い」
「え?……ちょっそれ……」
なんだなんだこの話は!?デタラメにも程があんだろ。部室で寝過ごすとか俺がとんでもねぇアホに設定されてやがる。
「あんた寝ぼけて傘学校に置いて来たんでしょ?それを偶然見つけて美香ちゃんが入れてあげたんだってさ。どう思う鈴?」
馬鹿にしたように笑いながら鈴に振る。それに鈴は「あり得ない!」と乗っかり一瞬にして俺が嘲笑の的となった。
これも柏木なりに誤魔化したのかも知れないが俺の扱い雑すぎ無いか?事実がバレなきゃ結果オーライだけど。
***
身の回りの事を終えベッドに着いた頃、俺は最近の習慣になりつつあるスマホゲームに勤しんでいた。もちろんそれは神谷との対戦を控えたFPSゲームだ。
近頃は着々とレベルも上がりおそらく以前よりは善戦に持ち込めるだろうと自負している。だがまだ対戦を申し出る気はない。確実に勝てると思えるようになってからと決めているのだ。
その日もそう遠くは無いだろう。
オンライン上の敵と激戦を繰り広げている最中、ブゥーンと言う振動と共に突如俺のスマホ画面が切り替わった。
「え……なんだ?」
画面には『希美』と言う文字と彼女のLINEアイコンが表示されている。
こんな夜に何の用なのか知らないが取り敢えず電話に出た。
『あ、ご、ごめんねこんな時間に起こしちゃった?』
「いや、まだ寝てないが。何の用だ?」
電話越しなのにわたわたとした雰囲気が伝わってくる。
『用事って言うか……色々ありがとう。美香の事全部任せきりだったから』
「そんな事別に……てかまだ解決しきったわけじゃ無いだろ?」
突然仕掛けた事に相手が乗って来て、それが上手いこと落ち着いた。いわば一時的な衝突に勝利しただけだ。
『やっぱりまだ亜美さん達も怒ってるのかな?』
「だろうな。場合によっちゃあ前よりキレてるかも知れない。……けどその辺は明日田辺先生と話してどうにかしてもらおうと思ってる」
一度今回で区切りがついたのは事実だ。今後まだ嫌がらせを続けるにしても同じやり方を続ける事は無いだろな。だとしたら……。
『でもね、色々やってもらってこんなこと言うのも変なんだけど……』
「なんだ?」
細く頼りない声で笠原は話す。俺何かミスしたか?いや、ミスしかしてないか。もっと計画的な行動を取れとか言われるのだろうと思い話の続きを待っていると予想外の言葉が返って来た。
『今回みたいなやり方は柳橋くんに被害が出ちゃうかもしれないから……その……気を付けてね…….』
「え、おう……」
別にそれは承知の上だったんだが……。ちょうど今俺もそんな事を想像していたが、そうなれば俺としては願ったり叶ったり。寧ろそう差し向けるのも最終的にはアリだろうと考えていたくらいだった。
『やっぱり失う物が無い人って柳橋くんの事を言ってたの?』
「いや特には……」
『それなら良いんだけど。今度は気を付けてね』
「……ああ、分かった」
何を気を付けろと言うのか?まぁ柏木も言ってた通り俺が思いつきで発した言葉を過剰に意識していたようだ。
その後は今日の宿題の解き方なんかを聞かれ、軽く雑談をした後に通話は終了した。
突然の不慣れな出来事「通話」が眠りへ向かう筈の俺の身体を起こした為、いつもより長くゲームを続けた。
***
翌日の放課後。俺は部室で田辺先生を待っていた。本当は昼休みに頼んだのだが先生も色々忙しいようで断られたのだ。
先に伝えられていた18時過ぎに田辺先生が俺の待つ部室に現れた。
「よ、お疲れさん!」
「お疲れ様です」
「なーんか色々あったみたいだなぁ」
「そう……ですね」
正直どこから話すべきか分からない。だから取り敢えず事実のみを順に話していった。
「なるほどなぁ……じゃあ表向きは一応解決したわけか」
「そうなんですかね……俺はあんまり腑に落ちないと言うか……」
柏木も「もう心配はない」という意のことを言っていたしそうなのかも知れないが……そんな単純なものなのだろうか。
「このまま穏便に収まるのが1番だが……私もしばらくは小此木亜美には目を光らせておくよ」
小此木……亜美さんってそんな苗字だったのか。
何はともあれ田辺先生もこう言っているのだし、暫くは何もする必要は無さそうだ。
「にしても上手いもんだな、そんな瞬時に連携取るなんてよ」
感心したように田辺先生は腕を組み頷く。
「連携と言うか……俺の考えが甘すぎただけなんで。結果あの3人で解決したって感じですよね」
「何を言う。お前があの場で行動を起こさなければ何も機能しなかったってことだろ?」
そう言われれば聞こえは良いがきっともっと効率的なやり方があったのだろう。それは俺には分からなかった。
田辺先生はソファから立ち上がり持ち物を纏める。
「悪いな、私も多用なんだ。もう行かないと」
「いえ、すいません。報告出来ただけで十分です」
「なんだ、お前も頼もしくなったな」
相談部として、と言うことだろう。しかし賛辞であることに変わりはないので素直に受け取っておこう。
そのまま先生は部室を出てまた俺1人になった。俺も今日の目的は終えた為、戸締りやちょっとした整理などに手を回していると、右ポケットのスマホが振動。手早く確認すると相手は笠原だった。
「またあいつ……もしもし」
『あー、ごめん。今もうお家?』
「いや、まだ学校だけど……何の用だ?」
『美香の事なんだけど、亜美さん達が部活の時に謝って解決したんだって!』
「へぇ、それは良かったな」
そんな事通話じゃなくても良いだろ。まぁ笠原にとっては一大ニュースなのかもしれないけど。
何にせよ解決した事は良かった。
『それで今度ね、皆んなで』
「え……?」
『どうかした?』
ギシとレールの軋む音に視線を向けるとそこには1人の女子生徒。その人物に俺は思わず声が漏れた。
「柳橋くん、どうも」
「お、小此木亜美……さん……ですか……」
まさかの人物。何もされていないのに俺の身体はぴたりと硬直する。恐怖なんかではない。全く理解のできない状況に動揺しているのだ。
電話越しでは笠原が『どうしたの?』と問うが特に答えず、「話はまた後で」と半ば強引に通話を切り上げた。
「何の用ですか?」
「まぁ……用って言うかぁ……謝罪って感じ?」
小此木さんはスッと室内に入ると躊躇なく俺の荷物がある正面のソファに腰を下ろした。




