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8.7 陰キャに出来る事など限られている

 気が付けば雨脚は強まっていた。


 柏木はチラと腕時計を確認し、「ヤバッ」と小さく呟いた。


「あんたどーすんの?」


「何が」


「傘。無いんでしょ?……はいこれ」


 そう言って柏木が差し出したのは一本のビニール傘。教室では持っていなかった事から玄関に置いていたのだろう。何度も壊されたりすりゃ警戒して置き場所くらい変えるか。


「お前は?駅まで歩くんじゃねぇの?」


「折り畳み傘あるし。あんたには傘で借りがあるからね」


 確かにそんな事あったな。すげぇ雨の日に鈴に傘を届けに行った時か。結局無駄足だったけど。


「じゃあ遠慮なく」


 差し出された傘を素直に受け取り、俺は雨水の滴る雨樋へ向けてバサとそれを開いた。


 その横で柏木もカバンから取り出した小さく畳まれていた折り畳み傘を開いた。が、


「おいそれ……」


 ギシシと鈍い音がして、そちらを見れば不恰好に折れ曲がった傘。柏木の折り畳み傘は既に壊された物だった。


「あーダル。亜美さん達も懲りないな」


 かなり呆れたように開いた傘を閉じる柏木。


「まさか今日……?」


「違うわ。あんたに借りた日の翌日から一応カバンに入れてたの。ちょっと前に机に置きっぱなしにしてた時にやられたのね。多分」


 冷静かつ端的に話した。


 そうだとしても、それが分かってたとしてもこんな態度でいれるか?普通。


「やっぱこれ返すわ」


「いいわよ、一度貸すって言った物だし。私なら駅までなんて走ればすぐ着くから」


「それはそうかもしれないが……」


 傘を貸してくれた張本人がずぶ濡れで帰るなんておかしな話は無い。大会とやらがあるみたいだし少なくとも俺よりは体調に気遣う必要があるのは確か。


 でもそんなこと言ってもこの人絶対聞かないしなぁ……。


「お前電車の時間は?」


「え?……えっと、あと30分も無いくらいかしら」


 腕時計を素早く確認して答える。


 そんなあんのかよ。こいつの住むところも神谷並みかもな。まぁ時間があるなら良かった。


「じゃあちょっと待ってろ。俺が今から急いで家帰って俺の傘持って戻って来るから」


「はぁ!?何でわざわざあんたと傘の交換なんてすんのよ!」


「バカか。俺がお前の傘返すってことだ。ビニール傘交換して何のメリットがあんだよ」


 こいつも大概アホなのかも知れない。ここ最近は周りにたくさんアホがいるおかげで驚きもしない。つまりアホ耐性がついている。


 てか、こんな事言っている暇もない。俺の脚では普段は家まで10分程度。つまり往復20分程掛かってしまう。柏木が駅まで行く時間を考慮したらいつもより急がねばならない。


 俺は借りた傘を差し延々と降り続く雨の中へ踏み出した。


 ビニールに当たって弾ける不快な音が全身に伝わる。駐車場の凸凹のアスファルトには暗がりで見えない水溜りが多数点在し、誤って踏み込むたびに靴の中へじわりと滲む。


 ようやく学校の敷地を出ようとした時、俺の左肩にドスンと誰かがぶつかってた。それと同時に甘い花のような香りがふわりと漂う。


「ちょっともう少しそっち行けないの?」


「は!?お前何しに来たんだよ!」


 突然急接近する柏木にドギマギしながら仰け反ると顔を上げこちらを見た柏木は「聞いてんの?」と不快そうに眉を顰める。


「あんたの歩くスピードで間に合うか分かんないし、私もあんたの家まで行った方があんたも楽でしょ?」


「まぁそれはそうだが……」


「何?不満でもある?」


 分からんのかねこの人には。たった1つの傘に2人が寄り添って入っているなんて陰キャ殺しの定番みたいなもんだろうが!もう変な汗かいてきた。


「なんかあんならはっきり言いなさいよ」

 

「だから、この状況と言うか絵面はまずいんじゃないかって。あとこの距離」


 俺が汗ばみながらも言い終えると、柏木は何故か蔑んだ目で俺を見ていた。


「あんたねぇ、こんなの一々意識してるわけ?あんたは私が好きじゃない、私もあんたが好きじゃない。それなら一々動揺する事ないでしょ?ていうか今周りに誰も居ないし。あんたいっつもあやと帰ってんじゃん。あとさぁ……」


「もう分かった!分かったから……」


 バァーッと滝のように流れ出る陰キャへの疑念と不満が俺を集中攻撃。この至近距離での攻撃はなかなか堪える。

 無理矢理遮って何とか抑え込む事は出来た。


 大きいとはとても言えないサイズの傘が2人の影を包み込み雨で浸った道を進む。


「ねぇあんたちゃんと入ってる?」


「え、まぁ……」


「嘘、肩入って無いじゃん」


「い、いや大丈夫だ……」


 俺の右肩を確認するためにグッと身体を密着させる柏木。傘を待つ左手は完全に柏木の身体に包まれる。


……これを意識しないは動物的に無理だ……。


「あんたばっか濡れてたら私が悪者みたいになるからやめてくれる?」


「悪者って……誰も見てないってお前が言ってただろ」


 これ以上陰キャに負担かけんなよ。もう"無"を貫くだけで精一杯なんだ。


「それとこれとは別。これは私がそう感じるのが嫌だって事!」


「そうか」


 もうどーでも良いや。


 俺の盗み聞きによる情報では柏木は中々、いや、かなりモテてるみたいだし。この状況を羨む男子は多いんだろうな。なのに俺は至福なんかではなく変な苦しさを感じている。


「着いたわ」


「おう、じゃあ……」


 あれ……?今更気付いたんだが、俺はただ送って貰っただけ?


「じゃあ私は帰る」


「あー、いや、ちょっと待ってろ」


 流石にこれじゃあ示しがつかん!突然起こした俺の計画に巻き込んだ挙句帰り時間を遅らせ、傘を忘れた俺を家まで送らせたなんて世間体を気にしない陰キャの俺でも納得がいかない。


 俺は急いでリビングへ駆け込みソファで寛ぐ母さんの方へ向かった。


「なーにしてたのぉ?遅すぎじゃない?」


「悪い、それはまた後で話す。今柏木が家の前にいるんだけど駅まで送ってくれないか?」


「えぇ!?美香ちゃん?何であんた……えぇ!?」


 ひどく動揺し目をぱちぱちとしている。それもそのはず、だが、


「経緯はまた後で話すから」


「そう……まぁいいけどさぁ」


 首を傾げながら母さんは手荷物を纏めて玄関へ向かって行った。直後、「さぁさぁ乗って乗ってー!」と陽気なおばさんの声が聞こえ、エンジンの掛かる音がしたのでおそらく問題無かったのだろう。


 俺は取り敢えず冷蔵庫の麦茶を飲み、ふぅと一息。小分けされた夕食を順にテーブルへと並べた。


 すると、先程から開け放しだった扉からダボダボのTシャツ(多分俺の)を着た鈴が現れた。


「おっそ。何してたの?」


「な、何でもいいだろ」


 言える訳ねぇだろ。もっと格好のつく手段でしっかり結果を出せていればこそ「お前の友達助けたぞ!」とか冗談めかして言えるかも知れない。


 だが俺のは全くもって真逆と言える。そもそも柏木は解決したと言っていたが俺はどうにもそうは思えていない。亜美さんあのしつこさだからな。こんな簡単に手を引くとは思えない。


「じゃあお母さん何しに出かけたの?」


「柏木を駅まで送りに行った」


「美香ちゃん?何で?お兄と一緒に来てたの?」


 あーめんど。こうなったら話すまで引き下がらないのが鈴だしなぁ。


「お母さん帰って来たら纏めて話する」


 鈴は特に何も答えずソファへと向かって行った。

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