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8.6 陰キャに出来る事など限られている

「て言うか急がないともう学校閉まっちゃうんじゃ無い?私荷物まだ教室なんだけど」


「急いだ方が良さそうだな」


 確かにもう俺たち以外の人影は見えない。暗くなっているせいとも考えられるが話し声や足音一つ聞こえないところから俺達しか残って居ない可能性も十分あり得る。


 俺は体育館脇の階段へ向かって足を進めた。


「ちょっと……」


「ん?早くしないとマジで学校閉まるぞ」


「あんたも来なさい」


「は?……うぐっ……!」


 2段ほど階段を降りかけて居たのに柏木は突如俺のワイシャツの襟を掴み強引に引っ張る。一瞬で首が締まり、怪物の断末魔のような声が漏れ出た。


「べ、別に俺は取りに行くもんないって……ゴホッ」


「私はあるって言ってんでしょ」


 意味がわからん。てかめちゃくちゃ苦しい。


「分かった、ちょっと待て!行くからその手一回離せ!」


 ほぼ引きずられるような状態で後ろ向きに進んで居たのがようやく収まった。ゴホゴホとむせ返り若干目を潤しながらも俺は柏木の後を追おうとした。だが、


「ん?行かねぇのか?」


「えっ……いや、行くわよ今行くから……」


 俺の隣、いや寧ろ後側で立ち止まっている。一体何がしたいのか。と、こうしているうちにも時間は経ってしまっている。


「急がないとマジで閉じ込められるぞ」


「わ、分かってる!じゃああんたが先に行きなさいよ!」


「何でそうなる。教室に用があんのはお前なんだろ?」


 柏木の言いたいことはよく分からないが、このままでは俺も閉じ込められるかもしれないので仕方なく先へ進むことにした。


「ちょっと歩くの早い!」


「時間が無いんだから仕方ないだろ」


 体育館から教室まではそれほど遠く無い。しかし全ての教室の明かりが消えた暗闇と一歩踏み出すたびに響く足音が謎の不安を煽る。気のせいだろうが何か気味が悪い気配すら感じて来た。


「うおっ!」


 突然背中にドンと衝撃を受け、俺は前方へふらりと情けなくよろけた。が、俺の左腕が強く後方へ引かれたことで何とか体勢は崩さず済んだ。


「あ、ごめん……」


 衝撃を発した正体は柏木だったらしい。てか、それしか有り得ないか。


「脅かすなよ。俺はこー見えてビビりなんだよ」


「どー見てもビビりでしょ」


「うるせぇ……てか、もう手離してくれ歩きづらい」


 急がねばならないと言うのに何を考えているのか。やはりこいつ含め笠原の周りにいる奴は俺には理解できない部分が多すぎる。


「変わらないでしょ別に」


「何?お前もビビってんの?」


「別にそんなんじゃ無いし!あんたがビビってるから近くに居てあげてるだけよ」


「そりゃどうも」


 ガチビビりしてやがる。


 だが今ここでそれに触れると後に来るであろう仕返しが怖いのでやめておこう。第一時間が無い。


 ようやく教室にたどり着き電気を点けると、柏木は平然とした様子で自分の荷物を纏め始めた。


 そして、支度が終わると、


「ほら、早くしないと学校閉まっちゃうわ」


 なんだよこいつめちゃくちゃだな。この女王様感は素だったって事か。


 教室の出口で待って居た俺は柏木が近くまで来た事を確認して照明を消した。


 するとすかさず俺の腕がガシと力強く掴まれ引っ張られた。

 

 こーゆーの本当にダメなんだな。見た目と態度からして、ビビってる奴を笑うタイプだと思っていた。誰にでも苦手な物の一つや二つあるのも当然か。


 まぁだからといって急にここまで接近されると耐性の無い俺は困るんだが。


 歩くたびに身体が揺れるせいか膝らへんに柔らかな()()が当たっている感覚がして気が気じゃない。 

 本人はビビっていてそんな事気にして居ないのかもしれないが俺はこの暗がりの不気味さが全く気にならなくなるほど動揺している。


「ちょっともっと真っ直ぐ歩けないの!?」


「無茶言うな!重い荷物一つ腕にくっつけて歩いてんだぞ?」


「は!?それ私の事?私は重く無い」


 ガンッ!!


 俺の左脛に鋭い蹴りが飛んだ。


「イッ……!」


 思わず悲痛の叫びを発するも、動けないのでじっと堪えた。こいつの前での失言は身の危険を感じる。今後気をつけなければ。


 


 扉の閉まるギリギリの所で間に合い事務のおじさんの叱責を受けながらも俺達は学校を出た。


 外はすっかり暗くなり雨が降っていた。今朝は晴れていたので俺は傘を持っていない。まあそこまで強く無いし大丈夫だろう。


「じゃあ気を付けて帰れよ」


「ねぇ、その…….返事とかって言わなくて良いのよね」


「返事……?何のことだ?」


 サーサーとアスファルトを優しく叩く雨音が響く中柏木の表情は見えない。そして彼女の発言に俺はまるで心当たりが無い。


「さっきの!べ、別に気にしてるとかじゃ無いけど……あんた言ったでしょ?私の事が好きって。そーゆー計画だからってのも分かった上でどうなのかなって思っただけ!」


「あー……」


 色々と順調に行かな過ぎてすっかり忘れていたが側から見たら俺は公開告白的な事をしたようなものか。そうと気づいたら無性に小っ恥ずかしくなって来た。


「別に要らねーよ……柏木に敢えて聞こえるようには言ったけどそーゆーつもりでは言ってないし」


 てか返事聞いたところで結果見えてるし。俺自身好きで無いにしろはっきりフられるのも嫌なもんだ。


 柏木は、そう、と小さく返した。


「敢えて聞こえるようにしたって……なんか意味あんの?」


「どーでもいーだろそんな事。もう終わった事だし」


 終わり良ければすべて良しって事で片付けてくれよ。失敗した計画の詳細を探られる程惨めな事はない。


「終わったんだから良いでしょ?答えなさいよ」


「はぁ……」


 強引と言うか何と言うか……。そこまで隠し通したい話でもないしまあ良いか。


 俺は声がしっかり届くよう一歩柏木へ近寄った。


「あの場のお前が居ない状態で『俺は柏木が好きなので味方します!』って言ったところで嘘っぽいだろ?敢えて本人が聞こえてるって状況かつそれを突発的に見せる為のお前の去り際を狙って言う事で俺のヤバい奴感が十分発揮されるかなぁって思ったんだよ。……失敗したけど」


 柏木は眉を寄せ難しそうな顔をする。そして少しの時間を置き、ようやく理解したように「なるほど」と頷いた。


「つまり、私への好意だけで無計画に動いた変態を演じたって事?」


「まぁそんな感じだな」


 キュッと纏めたら一気に気持ち悪さが増した気がする。これをしっかり決めてさえいればもう少しマシに見えていたのかもな。


「結局は神谷とかお前が居て成り立ったって感じだったけどな」


「私は自分の事だし別に……それを言うなら希美もね」


「笠原?」


 確かに俺と会うたびに柏木の心配ばかりしていた気がするが、直接何かあったっけな?


「私、本当はインスタの事なんか知らなかったの。亜美さんの事フォローすらしてないからね。それをわざわざ私に教えたのが希美。あの子……私とあんたの事心配してあんたと亜美さんのやりとりずっと陰で見てたのよ」


「は!?てか俺の心配?」


 柏木は分かるが俺?何も心配されるような事ねぇだろ。


 近頃の行いを軽く思い出して見るが特に気になるものはない。


  柏木は呆れたようにふっ、と鼻を鳴らすと石柱へ背中を預けた。


「ホント、あの子心配性だからさ。最近は私と話す時も凄く不安そうにこっち見てくるし夜まで他愛無いLINE送ってくるし……あんた変なこと言ったんでしょ?失う物が無いと……どうとかって。それであんたが危なくなるような行動取ろうとしてんじゃ無いか心配になって来たんだって」


 柏木はどこか嬉しそうに笑う。


 その時、俺はふと柏木が過度に口にしていた「心配を掛けたくない」という意味がなんとなく分かった気がした。


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