8.5 陰キャに出来る事など限られている
流石に甘く見すぎていたか。そもそもよほどの考えや自信がなけりゃあここまでの嫌がらせをしようと思わないものなのかもしれない。
けど証拠出せってのはそれなりに追い詰められているってことか?結局その最後の一手がない以上俺に勝ち目ないけど。
「無いんでしょ?じゃあ何の根拠にもならないよね」
ニヤと不敵に微笑む3人。俺もどうしようもなくなってハハッ、と笑い返したら一瞬で冷たい視線が向けられた。
「じゃ、もう帰るわ」
勝ち誇った堂々たる覇気を纏って俺に背を向けるその3人組はまさに敵なしと言う風なオーラを醸し出している。
今度こそ本当に失敗を確信し、後は田辺先生に託そうと思った時、俺の右ポケットのスマホから盛大な通知オンが鳴った。それも連続で。
最近の家での俺はFPSで打倒神谷に燃えていたからな。通知を切り忘れていたらしい。にしても今まで通知が鳴らずに済むスマホなんて切なすぎる。
「……んだよ……神谷?」
スマホには意外なことに神谷から連続でLINEが送られてきていた。特に考えずに開くと、そこには一本の動画と共にメッセージが幾つか送られてきていた。
『この動画全部じゃなかった』
『剛田から』
『前を送ってもらった』
『だから見て』
ほうほうほう、動画を見ろと言うメッセージ以外何も分からん。が、とりあえず開いてみた。
「ん?これって……」
送られていたのは時間にして3分弱。以前神谷から送られて来た剛田の撮った動画だ。俺と神谷が向かい合って座っている席を中心に撮影されているが前に見た物より遠巻きに映っている。
「これが何なんだよ……」
途中途中で聞こえる剛田の声を殺した引き笑いが絶妙に腹立つし。しかしこう見ると変な誤解が生まれても仕方ないと思わなくもない。
あんなチグハグな文章で動画を送ってきた真意は未だに分からないが……。
「ん?あ!……ちょっ、ちょっといいですか!」
おそらくここ数年最大であろう声量で階段へ差し掛かろうとしていた3人へ声を投げた。
中央の亜美さんは鬱陶しそうに俺を睨む。
さぞ不快でしょうね。だって完全勝利を挙げたと思った矢先に証拠があるなんて言われてんだ。逆に俺は今凄い強気だ。
「あの、証拠ありました。これ」
俺は亜美さん達の方へ歩み寄り、動画のたった今見ていた部分から再生してみせた。
動画に写っているのはあくまで俺と神谷が中心だ。しかし、その手前。カメラがさらに遠巻きに映った時、一つのテーブルとそれを囲む3人組が映った。
俺はスマホのボリュームを最大近くまで上げる。すると俺達があの場で聞いていない会話まで飛び出した。
『柏木マジでなんなん?メンタル強すぎでしょ』
『あれだけうちらがもの取ったり壊したりしてんのにまだ態度変えないし』
『努力してますってアピールばっかしてんのうざすぎんだけど!そんなん私らもしてるわって話だよね』
所々で雑音を挟みながらも会話は明瞭に録音されていた。
一定の時間まで動画が進んだことを確認し、俺は動画を止め、スマホを自分の元へ引き戻した。神谷相手にそーゆー気がないとしてもこんな動画を他人に見られ続けるのは流石に俺も恥ずかしいからな。
「あっそ……で、これ報告でもすんの?」
「いえ、そこまでは決めてませんけど」
「てかそれ盗撮じゃん。撮ったの誰?」
「いや……それは……」
流石に剛田の名を出すわけにはいかない。何も知らずに巻き込まれるのは気の毒だ。かと言ってじゃあ誰って言えば……。
「じゃあこれも盗撮ですね。亜美さん」
俺の前に立ち塞がる3人の後ろから強い声が響く。
「え、お前……」
いつからそこにいたのか、スマホを右手に掲げ立って居たのは柏木だった。いつも通りの冷めた顔で、俺もしくは亜美さんに蔑んだ視線を向けている。
「これ、奥に人写ってますけど」
そういいながらこちらへ見せつける写真はインスタグラムにアップされたもの。そこにはこの3人グループの取り巻き2人が身を寄せ合って写っている。そして柏木の指し示す位置には人影が……。
「俺……?」
いや、確信は持てない。だけど投稿された日付けといいその位置といい俺と神谷がフードコートへ行っていた日と合致する。
しかし俺ってこんな悪人面か?観察しているせいか軽く10人くらいを殺してそうな目をしている。
「これ亜美さんのインスタにあげてた写真ですけど勿論そいつに許可なんか取ってませんよね」
かなり言いがかりというか……無理のある攻撃な気もするが……。けど柏木がこの圧力で言っていると否定できる気がしない。
「は?これが盗撮?偶然写っただけじゃん」
「それならそこの……えっと……それが見せてるやつも偶然映っただけですよね?」
冷静かつ淡々と敵の一手へカウンターを食らわせる様。女王と言われるわけだ。
口喧嘩で多分こいつに勝てる奴いない。
「ダル……もういいわ、勝手にすれば」
舌打ちと鋭い睨みだけを最後に3人は聞こえるような罵倒を吐きながら去っていった。
———そして残ったのは俺と突如現れた柏木……
「……」
「余計なこと、するなって何度も言った筈だけど」
「はい、すみません」
うーわ、これはこれでしんどいぞ。俺だけここからラウンド2が始まったようだ。
時間も時間だし俺と柏木は静かに歩き始めた。
当然会話はない。聞こえるのは響き渡る靴の音だけ。気まずい。
体育館の出口まで来たところで柏木が足を止めた。
「希美とあやと鈴が何かしようとしないように抑制させるのがあんたの役割にしたつもりでいたんだけど」
「それはもう徹底したつもりだ。けどもう一つは……すまん」
俺に出されたもう一つの命令。それはこれ以上柏木の問題に関わらないこと。これを破ることは俺の立場上致し方なかったのだ。所詮は言い訳にしかならないが。
柏木は大きくため息を吐いた。
「ホント、好き勝手なことしてくれるわ。あのまま私が出なかったらどうするつもりだったの?」
「うっ……まぁそれは……俺の計画不足なんで……」
多分あのまま適当に和解させて終わったんだろうな。お互いに非があるって話で相手は勝った気で帰ることになったに違い無い。あの手の強敵を相手にすることの無い人生を送ってきた俺にはハードルが高すぎたんだろう。
「けどまぁ経緯はどうあれ、もう亜美さん達は何もしてこないでしょうけど」
気のせいか、柏木は今までに見たことの無い安心したような落ち着いた表情を見せた。
「確かに、後半はお前の畳み掛け凄かったもんな。あれだけ言われりゃぁ……」
「違うわよ。あんた最初自分がどんなことしたか忘れたの?」
「俺?……なんかしたか?」
俺VS亜美さん+取り巻きなら完敗な気がする。唯一有効打に見えたフードコートの動画も神谷がジャストタイミングで送ってくれたから出来たことだ。この件は後で礼を言わなきゃな。
「あんた言ったでしょ?私の事が好きだからって。まぁあんたなりの作戦で、嘘で言ってるのは分かるけどあれは流石に引いたわ。これから先私に何かするたびに毎回こんなキモい奴に絡まれると思ったら誰でも手を引くでしょ?」
褒められては……無いよな?俺の行動は俺の思う以上の気持ち悪さを纏っていたらしい。なんか複雑だ。




