8.1 陰キャに出来る事などたかが知れている
「おまっ……!」
ガシャァァンッ!
振り返った途端に扉は力強く閉められ、盛大な音が浴室へ響き渡った。あまりの衝撃音に思わず顔が歪む。
「ちょっと!お兄いつの間に帰ってきてたの!?」
「たったさっき」
「お風呂先入るなら早く行って!……見てないよね……?」
「はい、何も」
鈴の瞬時の対応により最悪の事態は避けられたらしい。扉の向こうから安堵の吐息が聞こえる。
危ねぇ、こいつの逆鱗に触れようもんなら暫くは収まらないからな、助かった。
後ろも詰まっているようなので俺はそそくさと風呂を上がり、自室へと帰った。
***
風呂で思った事を整理する。
まず、俺は神谷の言葉に乗り、例のグループの尾行兼観察を行った。しかし、こうなったのも俺が無意識に彼女らの向かう方向へ進んでいた事が事の発端。俺に非がある。
そして神谷の言葉に従いはしたものの、俺が柏木に命じられていた事の一つは笠原、神谷の行き過ぎた介入を阻止する事。阻止し切れていない時点で俺に非がある。
そして最後。俺と神谷の会話をターゲットである彼女らに聞かれ、衝突。いや、一方的に潰された。そのため今後の柏木に関わる行動は出来なくなった。
会話と聞けば俺と神谷の問題の気がするが聞かれたフレーズ等に焦点を当てると、それは全て俺が最後に発した一文だ。よって俺に非がある。
つまり、
「はぁ!?俺に全責任があんじゃねぇーか!」
『うるさーい!』
「うっ……悪い」
思わず声を上げてしまい、隣の部屋、つまり鈴から叱責が届いた。
でもなぁ……。この失態は中々まずいぞ。状況を脱する術が見つからん。相談部創設以来最大の難関を自身で呼び起こしてしまったと言っても過言では無い。
「はぁ……やばい、マジでやばい」
首を跨げて、地べたにドスと腰を下ろす。そして、ふぅ、と深いため息。相談部創設以来ところか高校生活、いや、中学生以来のいざこざを俺は自ら……、
ガチャ!
「ちょっ、勝手に……うぐっ……!」
突然開いた扉に慌てて飛びつこうとした途端、痺れた脚が絡み無様にびしゃりと突っ伏した。
「……何してんの」
「何でもいーだろ」
くっ……なんて無様なんだ柳橋克実!ここまでの心の動揺は久しく経験が無かった。
「何その格好、ダサ」
「う、うっせぇ!こーゆーヨガのポーズだ。気にするな」
苦し紛れの嘘も、鈴は「ふーん」と全て見え透いていると言うように聞き流す。
「さっきから何騒いでんの?寝れないんだけど」
「それはすまん。もう静かにするから、な、おやすみー」
俺はガバッと上体を起こし即座に扉へと手を伸ばす。しかし、その手はパシッと鈴に弾かれた。
「えっと……まだ何か文句が?」
相手が笠原であればここで全ての失態を打ち明けるのもありだろう。しかし、鈴はまずい。こいつに知らせるとなると、またしても柏木の命令に背くことになる。これ以上は……罪悪感で俺が死ぬ。
「絶対何か隠してる」
「何かってなんだよ。そんな直感みたいなので疑われちゃあキツいって、はははは」
今さっき想起させた俺のしでかした事が頭にちらつき、とてつも無く怪しい誤魔化し方をしてしまった。おそらくもう俺は正常じゃ無い。
「何隠してるの」
「何もねぇって」
「嘘」
「嘘じゃ無いから……仮に何か隠してたとしてもお前には関係ないだろ」
鈴はムッと頬を膨らまし俺を力強く睨み付ける。納得できないってのは十分分かる。けど今はこうするしかないって事を察してくれ。
しかし、そんな微かな思いは届かなかった。
鈴はさらに一歩踏み込み俺に顔を近づける。
「じゃあ何したら話してくれる?」
「え、はぁ?何って……何されても話す気はねぇよ」
「ふーん、やっぱ何かあるんだ。鈴に隠さなきゃならない事」
「いや、別にそうは言って無い……だろ……」
———痛恨のミス。
俺は相当ダメな人間だったことに今更ながら確信してしまった。
正直今の状況、猫の手ならず鈴の手も借りたいと言うレベルに達していることは言い逃れ出来ない事実だ。しかしこれ以上の失態は許されまい。
「大体分かるから。美香ちゃんのことなんでしょ?鈴に話さないって決めたならそれで良いけど、絶対美香ちゃんを苦しめるようなことにはしないで」
「……分かってるよ」
俺の返事を聞くと鈴は不機嫌そうに部屋へ戻って行った。
結局無理にでも聞き出そうって気は無かったのかよ。あいつは何がしたいんだ?
まぁ良い、今は兎に角、状況が悪化する前に打開策を見つけなければ……。
時間の確認なつもりで、ふとスマホに目をやる。すると、ロック画面の真ん中にLINEの通知が灯っていた。
最近になって何かと使う機会の増えたLINE。今までのそれとは、俺の中でのアプリに対する認識が明らかに変わったよな。前まではニュースサイトに近い使い方しかして来な無かった。
赤く点いたマークが目障りなので取り敢えずアプリを開く。送り主は……神谷からだった。
心当たりは全く無いが、動画が送られてきているようなのでトーク画面を開いた。
そこには動画だけでなくメッセージも添えられている。
『剛田から送られてきた。どーゆー関係ですかって聞かれたんだけど何で返せば良い?』
「は?」
今一意味が分からず手が止まるが、無意識のうちに添付された動画へ指を動かす。
数十秒の動画が画面いっぱいに表示され再生された。
「はぁ、あいつ……」
流れた瞬間に一気に全てを察することが出来る。送り主は剛田、神谷への謎の質問。この条件を再確認し、一気に気力が失せた。
動画の中身は画質の荒いおそらくスマホで撮ったもので、しかもガサガサと騒音も激しい。そして映っていたのは俺と神谷がフードコートで話をしている所だった。
まぁそれだけならあいつもわざわざ神谷の元へ送ってきたりはしないだろう。問題はそんなことでは無い。そこに映されたのは俺の頬に手を触れ、顔を近づける神谷の姿だった。
「あー、あの時か……。何でそうやってすぐ変な連想すんのかねぇ……」
呆れから来るため息が漏れる。しかし、俺自身も少し動揺してしまったのは事実なのであまり触れないでおこう。うん、陰キャ男子はそーゆーもんだから。
けれど、実際どう言う関係かと尋ねられたら俺はどう答えるべきなのだろうか。
友人?いや、そんな近くはない。クラスメート?それはそれで大雑把過ぎる気がする。部員?部と付けるほどの事はまだ何もしてないか。
案外言葉に表すのは難しいのかもしれない。一つ言えるのは剛田の想像しているようなものではないと言うことだけだ。
『勝手な想像するなって伝えておけ』
***
ようやくこの激動の1週間もようやく最終日へと差し掛かった。この金曜日はいつも以上の開放感とそれを抑制するような大きなしこりが俺の中に存在している。
余計な事をするなと言われた矢先にあんな事が起きたとなれば合わせる顔が無いってもんだ。
けどまぁあのバレー部の人達から直接柏木へ伝わる事は無いだろうからそれだけは救いだ。
時間が経てば経つ程に解決は難しくなる。可能であれば今日中に昨日の事件前くらいの状態に戻したい。
そうとなれば、もう手段は1つしか無い。




