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7.10 陰キャは時に陽キャよりも強くなる

 ここ数日、いや、ここ数年程で最悪の事態が今幕を開けたらしい。なるほど、これが修羅場というやつか。頼む神谷、助けてくれ。


「あんたこの前のだよね。全部聞いてたの?」


 明らかに攻撃的な視線と声が俺の方向へ飛ぶ。あー、胃がキリキリして仕方ない。


「いえ、何も、俺達はただ食事を」


「嘘でしょ?だって今顧問にとか担任にとかなんとか言ってたじゃん。聞いてたからでしょ?」


 どうしようか、ここまで詰んだ経験は無いかもしれない。脱出口がまるで見当たらないんだが。これがチェックメイトって言う奴ね。


「まぁ、はい……少しは」


 ここは大人しく、正直に話し乗り切るに限る。だってここから俺が優位に立つ道は無いのだから。


「どこから?」


「この後柏木への仕打ちをどうするかってあたりからだと思います」


「後つけて来てたの?」


「ええ、まあ」


「学校から?」


「ええ、まあ」


「うわあり得な、マジキモい」


「はい、すみません」


 なんだこの地獄。もう帰りたい。こんな事ならドーナツ食べ切っておくんだった。まだ1.7個くらい残ってやがる。


 亜美と言う女は深くため息を吐くと、こんこんと俺の目の前のテーブルを叩いた。


「言っとくけど、あの子も悪いんだからね。半端に口出ししてチクったりされたら困るんだけど」


「はい、そー言ったことはしないよう肝に銘じて置きます」


 反論どころか言いくるめられてしまい、俺はそのまま無感情を貫いた。それを見かねてか、彼女たちはスッと去って行く。


 何か寿命めちゃくちゃ縮んだ気がするなぁ。チラと前方を見るとガチガチに固まった神谷が怯えるように一点を見つめていた。


 無理もないよな。あんなんもうね、同じ生き物じゃないから。俺も同性だったらこの程度のビビりで済まなかったかもしれん。


「おい、大丈夫か?」


「……うん……ごめん、やっぱり来なければ良かったね」


「いやまぁ……」


 まぁそうだよな。俺の察していた嫌な予感を遥かに凌駕するイベントが発生してしまったわけだし。結果的に手を出しづらくなったってのも事実。難易度は上がってしまった。


 俺は取り敢えずドーナツをかじりつつ次なる手を考える。


「どうしよう」


「うーん……正直何も思いつかん」


 今までだってそんな確実な方法があった訳ではないからプラマイ0って言われりゃあそうなんだけど……。今の柏木が隠したがっている時点でやれる事はほぼ無い。


 表面の砂糖が溶けかけたドーナツの一欠片を口へ放り込み、ふぅ、と深いため息が溢れた。


「あ、付いてる」


 スンとした真顔のまま、神谷は俺へ向けて人差し指を突き出す。その目はどこか一点を見つめて動かない。


「ん?どうした?」


 この不思議な生物の生態を少しは理解していたつもりだがまだまだ未知の領域は広い。そこまでも理解するためには何事もゆっくりと……。


「お、おい!なんだよ!」


 のんびりと次の返事を待っていたら、気づくと神谷の小さな手が俺の頬に触れていた。その際神谷が立ち上がっていた為、その人形のような幼い顔がグッと眼前に寄る。


 俺は慌てて身を引き触れられた頬に思わず手を当てた。


 この程度に動揺するアホらしさには俺だってうんざりだ。けど生体反応は抑制しきれんのだからしょうがない。


「うん?まだ取れてないよ?」


「あ?何がだよ。突然変な行動取んな!」


 神谷はぽかんと口を開け、理解の追いつかない様子が全面に滲み出ている。まぁ、こいつはこーゆー奴か。無意識に男を困惑させるような行動をとる性質。以後、気をつけよう。


 静かに頬から離した掌にはドーナツに掛けられていた白い砂糖片が付着していた。


「あ、取れた」


「ん?まさかお前この事に気付いて言ってたの?」


「うん、口で言うより私が取った方が早そうだったから取っただけだけど……でもそれ以外何かあった?」


「いや、何も……」


 皆さん。これが惨めな勘違い男の模範例ですよ。あーやだやだ。


「克実さん!何してんすか?こんな所に居るなんてらしく無いですね!」


 突然テーブルに影が落ち、カラッとした明るい声が頭上から聞こえた。


「あー、なんだお前か。てか一言余計なんだよ」


 ニッと口角を上げて笑う長身の男。俺を『克実さん』呼びする男など限られている。以前部活動の設立案で相談に来た剛田ハリーだ。相変わらずの威圧感で神谷は一瞬身震いした。


「いやー、さっきから2人でいるの見えてたんですけどね、デート中邪魔しちゃ悪いかなぁーって思って声かけなかったんですよ。でもちょっとしてから、まあ克実さんと神谷さんならいっかなって思って来ちゃいました!」


 相変わらずのハイテンションで悪役のようにハハハハと笑う剛田。そして相変わらずくだらん揶揄いも混ぜて来る。


「そんなんじゃねぇ。俺らも色々忙しいんだ」


「へー、何すか?また誰かの案件ですか?」


「まぁな」


「へぇー……意外と大変そうっすね」


 深く聞かれても答えるわけにもいかないし、ここは適当に流すか。


 何か誤魔化すための話題でも振ろうと口を開きかけた時、剛田の後ろから高い女性の声がした。


「ハリー!何してんのー?」


「あぁ、ごめん。今行く」


 振り返り、そう返す剛田の背後には2人の女性。制服からうちの学生だと分かった。


 彼女らが誰であるかなど興味は無いが、一瞬間だけ目が合ってしまったが為に変な空気が流れた。

 すると剛田は、あっ、と小さく呟き、俺に微笑んだ。


「おかげ様で部員が増えつつあるんですよ。今日もその関連で」


「へぇ、良かったな」


 テキトーにそれっぽい返答を送ると、剛田はさぞ満足そうな顔で「はい!」と頷いた。


「じゃあ俺はこの辺で!」


 こちらへ向けて軽い会釈をすると剛田は後ろに待つ人達の元へ戻って行った。


 さて、こうして再び2人になった訳だが。


 目的……いや、ターゲットも消えた今この場所に用は無くなった。結局は俺達の動きがバレただけでその他の進展は0。どう考えても失敗と言わざるを得ない結末だ。


「そろそろ俺らも帰るか、電車の時間もあるだろ」


「うん……」


 少し暗い空気を纏った神谷と共に俺は帰路を辿った。



***



 念の為を思って神谷を駅まで送り届けた後、自宅へと向かう。その頃にはすっかり日も落ちていた。ブンブンと目の前を飛び交う虫を手で払い除けながら、ようやく辿り着いたのは19時半だった。


 じんわりと背中に染みる汗が気持ち悪く、俺は玄関を通るや否や着替えだけを取り浴室へ直行した。


「ふぅ……」


久しぶりに歩き疲れた。帰りはいつもの沈黙とは違うものを感じ、俺なりに話を繋いだが……俺の話術などたかが知れてる。そんな空気を一転など出来やしない。


「余計に気にしてなきゃあ良いけどな……」


 そもそもあの場にいてターゲットの接近に気が付かなかったのは俺だし。聞かれた話ってのも俺が口にした事……あれ?全面的に俺が問題じゃね?


「となると色々まずいなぁ……」


 ガラガラガラッ!!


「ん?」


「うわぁ!」

 

 突如として開け放たれたドアからとてつも無い悲鳴が響いた。


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