7.8 陰キャは時に陽キャよりも強くなる
しかし1人で片付けたいって気持ちは分かるが具体的な考えでもあるのだろうか。以前会った時点ではこのまま無視を突き通すような感じだった気もする。
相手が個人ならまだしもグループとなればそれは流石に限界がある筈だ。私物に危害が及んでいる時点でそれなりにエスカレートしてしまっているのは分かる。
「あくまで邪魔はせず気付かれず柏木を手助けするイメージって事になるよな……」
「うん……でもここまでされてたのは私も予想外……。流石に先生に相談した方が良いのかな」
確かに1回2回で懲りない奴は10回でも20回でも同じ事を指摘されるまで続ける。グループってのが尚更タチが悪い。
今後もさらにエスカレートするのは目に見えている。しかし……、
「それで済むなら柏木がとっくにしてる筈だよな。いくら頼りたくないとは言ってもそこまでされて黙っているのは不自然だ」
「確かにそれはそうかも」
誰彼構わず噛みついて誰であろうと敵に回すような奴がたかだか部活の先輩如きに臆するとはとても思えん。1度の衝突もなくこの嫌な雰囲気だけが長続きしている状況もおかしな話だ。
「何か他に理由とかあるのかな……」
神谷は依然不安そうな頼りない声を出す。
本当に笠原や神谷に心配を掛けずに事を済ませるとしたら教員と言う大層な権力を用いて押さえ込んでしまうのが1番手っ取り早い。それをみっともないと思うのであればその旨を告げれば教員とて速やかに片付けてくれるだろう。いや、私物を壊されたとなれば無碍に終わらせる事は出来ないのか?
どちらにせよ彼女のプライド的な問題となるのなら本人でもっと行動に移しているに違いない。それもせずに静かに耐え続ける理由なんかそうそう……
———そうか……
「嫌がらせを受けてるって事を隠したいってことか……」
「……うん……それはそうだと思うけど。心配掛けたくないって言ってるんだし」
こいつは今更何を言ってるんだ?と言うように神谷は微妙な顔で俺を見、首を傾げる。
「そうじゃない。お前達に隠したいんじゃ無くて先生にも隠して置きたいって事だ」
「先生?」
俺は頷き、続ける。
「少し思ったんだが、もし部活内で特定の部員にのみ嫌がらせが行われていると公になったらどうなる?お前も中学では部活入ってたんだろ?」
「それは……実際起きてないから分からないけど、多分その人達が怒られて……終わりじゃないかな?」
そうだろう。普通の陰口や仲間外れにする程度ならば。だが今は違う。
「柏木の場合、もうその程度では済まなくなっている」
神谷はハッと何かを思い出返す。
もっと早い段階で気付いていれば、もしくはここまでエスカレートするのがもっと遅ければそーゆー選択も出来、且つ最も安全で確実な策だった筈だ。
しかし、こうなってしまった以上たらればを言っていても仕方がない。他の手を考えるしか打開は不可能だろう。
「物が取られたり壊されたりしてる事が先生達に知れたらどうなるのかな」
さらに不安を露わに神谷が呟く。それに俺は俺の推測を話した。
「謝罪とか弁償とかはあるとして、最悪の場合……部活動休止とかかもな。つまり柏木の最もしたくない事が起こるかもしれないって事だ」
恐らくこうなる前にも、嫌味や陰口は散々言われてきたであろう。それを無視してひたすら練習に励んできたのにも関わらず嫌がらせはエスカレートし、挙げ句の果てにそれを誰かに伝えて助けを求めるチャンスすら失った。
今は柏木にとって、思っていたよりずっと厳しい状況なのかもしれない。
「そっか……それで私達にも……」
「もし理由がこれならこちらも大胆な行動は取れないって訳だ。このまま柏木の言う通り静観を続けるか他に手を打つか……」
前者の選択はもう出来ないか……。彼女らの悪事の悪化速度は以上だ。もしかしたら相手のあの先輩達も柏木が既に逃げ場のない状態にある事を知っている可能性だって十分にある。
となると外部から出来ることとすれば……。淡々と脚を運びながら考えを巡らす。
———ん?脚を運びながら……?
「あ、あそこ入って行った」
「え?……ここ……いつの間にっ……!てか、お前まで!」
神谷の声にふと顔を上げると、目の前には学校からはそこそこ距離のある筈のショッピングモールが視界に入っていた。そして隣には神谷も当然のように立っている。
「お前……ここまで来たの?」
「うんまぁ……話してたらヤナギも全然止まる気配無かったし」
どうやらかなり考え事に集中していたらしい。周りが見えなくなるほどに……。自分の事でもないのにここまで考え込むなどいつぶりの話だろうか。
「お前電車どうすんだよ、今から戻ったって絶対間に合わないだろ」
「そうだけど、次の乗れば良いし」
何故か冷静にそう言うと神谷はちらりと自分の腕時計に目をやる。
「晩飯とかは?突然遅くなって大丈夫なのか?」
「私だって高校生だよ?帰りが少し遅くなるくらい大丈夫だよ。ヤナギってなんかお父さんみたいな事言うね」
くくくっ、と肩を窄めて笑われた。お父さんか……、おじさんじゃないだけまだ良かった。……変わらんか。
そうは言われても多少なり罪悪感は湧いてしまう。速やかに今来た道を戻るとしよう。
「帰るか、今からならお前次の電車は間に合うだろ」
横断歩道を渡る手前で振り返り、俺は神谷に告げた。しかし、当の神谷はどこか納得の行かない様子で俺に少しだけ目を向ける。
「何だよ、用事でもあるのか?」
「ううん、そうじゃないけど……ここまで付いて来ちゃったんだし少しだけあの人達の様子見て行かない?」
やや曇りがかった空模様も気にしながら神谷はこちらの反応を伺う。俺が無意識に脚を進めていたのを止めなかったのもわざとだったのだろう。
俺は全て誘導されていたのかもしれない。
柏木の事が心配だってのは十分なほどに理解出来るが……それってもう、
「そんなんストーカーと変わらねぇだろ、帰るぞ」
神谷はいいかもしれん、けど俺は完全アウトだ。ここまで平穏に進めて来た高校生活をこんな所でぶっ壊すわけにはいかない。
「でも何か分かるかも知れないよ」
「何もねぇよ。ただただ顔を知ってる先輩の放課後眺めて終わるだけだ。どうせ洒落たもん食ってプリクラ撮るくらいだろ」
あんなほぼ別人を写し出した写真を製造し何が楽しいのやら……。少なからずここで奇妙な行動に出るとは考えづらい。
「じゃあ私1人で行く」
神谷は心なしか頬を膨らませ、ちらりと俺を見た。
こいつこんな感じだったか?会ったばっかの時はもっと我の弱い人間だった気がするが……。いや、漫画薦められたあたりからは俺に対してはこんなだったかも知れない。
このまま大人しく帰ると言う選択は無いらしいし、そうなれば俺としても柏木に承諾した以上言い付けられた事くらいは守らなければならないと思わなくも無い。
「はぁ……分かったよ。何もなかったらすぐ帰るからな」
俺って実はめちゃくちゃ真面目なのだろうか。それとも単にビビりなだけなのか。どちらだろうがこーゆー場面に俺の意見は二の次でいい。
「うん、ありがとう」
ふっと固い表情が少し和らぎ神谷はそのまま入り口へと歩みを進めた。




