7.7 陰キャは時に陽キャよりも強くなる
数秒の間を置き神谷はクスと笑う。
「何だよ」
「なんか似てるなぁーって」
何故か楽しそうにクスクスと笑っている。俺が言った事に特におかしな部分なんかなかったと思うが……それに、
「似てるって何にだよ。俺と鈴か?」
だとしたら変わった眼の持ち主だな神谷は。長年似てないとばかり言われすぎて兄妹である事を忘れそうになるくらいなのに。
「ううん。ヤナギと美香」
「は?どこがだよ。日本人である事以外共通点無いだろ」
あとは年齢と通っている学校くらいか?月とスッポンって表現が過剰に感じない程に真逆の存在な気しかしない。
神谷は少し言葉を選ぶように悩んだ末、ぽつりと言葉を溢した。
「人の心配は凄くするのに自分の心配はして欲しくないってところ」
「それは……あいつだけだ。俺が鈴に心配かけたく無いってのは俺に関することじゃ無いだろ?」
あ、そっか。と納得した様な表情を見せる神谷。とは言え俺も少しばかりはっとさせられた気もしなくも無いので深くは話さなかった。
まさか神谷にこんな突っ込んだ事を言われるとわ……。
ちらと神谷を見下ろすとスッと無表情で歩いている。こーゆー時の神谷は妙な怖さと言うか冷たさがあるな。いや、もっと怖い奴を俺は五万と知ってるんだった。
ジリジリと容赦なく照りつける日差しに眉を顰めながら俺は再度前を向く。
———直後。
「ヤナギ!」
「うわ!……き、急にデカい声出すな……」
見苦しく取り乱してしまった事を隠そうと俺は敢えて冷静に装い、再度神谷へ視線を向けた。
しかし、静かに立ち止まる神谷はじっと一点を見つめたまま。
「何?具合でも悪いの?」
聞いてはみたもののこんな声を張っといてそれは無いよな。神谷は表情を変えず静かに正面へと指を差した。それに促される様に俺も視線を移動させると、そこには談笑しながら歩く城北高校の女子生徒が見えた。
「あの人達って……美香の部活の……だよね?」
確認する様にゆっくりと俺の顔を見上げられているのを感じた。少しばかり距離があるので俺はじっと目を凝らした。
「まぁ……確かに……そうかもな」
正直遠すぎて確証は無い。例え一度会っていたと言っても俺の視力的に厳しいものは判別に支障をきたす。しかも後ろ姿となればそんなのそこらの有象無象となんら変わらない。
「何してんだろ」
「どう見てもただ下校してるだけだろ」
「今日はバレー部普通に部活あるって言ってたし、あと、あの人達私と同じ電車で何度か見たことあるから違うよ」
「そうか……」
確かに以前会った時も駅の方へ進んでいた気がする。だとしたらこっちの脇道に入って行くのはなんか目的があるのかもしれない。めちゃくちゃどーでもいーけど。てか、
「だったらあなたがここにいるのもおかしく無いですか、神谷さん。なんでここまで来てんの、まぁ俺も気付かなかったけども」
「あ、考え事してたからつい……」
ハッとした顔を見せた後、こちらを向いて恥ずかしそうに微笑んだ。
「まぁ電車はまだ全然間に合うだろうし。じゃあな」
「あ……うん……」
何だかはっきりとしない反応で、チラチラと前方を行く女子生徒を気にする神谷。当然そうなることも俺は何となく予想出来ていた。しかし。
「あの人達のことが気になるってのは分からなくも無いが、今追ったところで何も出来ねぇだろ?ただ遊びに行くだけかも知んないし。あんま嗅ぎつけ過ぎると逆に怪しまれる」
俺の私見でしか無いがあの手の人間は不用意につつくとあまりよく無い気がする。無策で探りを入れようもんなら最悪状況を悪化させかねない。
「今は取り敢えずやぶ蛇になるような事はしない方がいい」
神谷は依然腑に落ちないらしい。それもそうか。しかしながら俺とて柏木に言い付けられた以上役割は果たさねばならないのだ。
「じゃあさ、ヤナギはどうやって対策取ろうとしてるの?」
「え、俺?……そうだなぁ……」
凄く真剣な眼差しが俺に向けられる。まあ、自分の取ろうとした行動を曖昧な言い方で抑制されりゃあ「じゃあお前はどうなの?」ってなるよな。
実際のところ俺にも明確なプランや確実な方法がある訳では無い。しかし興味と希望に満ちた瞳がジリジリと向けられている今、そんな言葉は通用しないだろう。
「取り敢えず物損被害の証拠っぽいのを集めて……何かあればそれを提示する。とか?」
うむ。我ながらクズのようなやり方だ。実に俺らしい。
「物損被害?美香は何か壊されたりしたって事!?」
やばい、こいつは知らない事だった。咄嗟に思った事を言ってしまったせいでボロが出た。
俺はゴホンと咳払いで冷静を取り繕った後、苦し紛れに話を続けた。
「まぁ……そんな事が今後起こるかもしれないだろって言う事を仮定したと言うかそうなっても良いようにと言うか……」
必死感満載に言葉を並べては見たが神谷の視線は厳しさを増すばかり。珍しく覇気のある目を向けられる。
「やっぱりそうなんだ……」
「やっぱり……ってのは?」
「おかしいと思ってたんだ、私。美香が気に入ってたストラップ突然カバンから外したり傘が突然ボロボロのに変わってたりしてたの知ってたから。ヤナギは知ってたって事だよね、何で教えてくれなかったの?」
細い声でありながら語気の強さを感じる声色で淡々と俺に問う。
本当にここ最近で一番のミスを犯したな。しかしバレてしまった以上仕方ない。柏木には悪いがこうなれば答えざるを得ないだろ。
「隠してたのは悪かった。でも柏木もお前達には心配をかけたくなかったんだろうし、静かに解決できりゃあそれが1番だと思ってたんだろうから……その気持ちは俺も分からなくないから協力してたんだ。すまなかった」
神谷は腰に手を当て、小さいながら俺の事を見下ろすように見上げた。
「そーゆー事は隠さないで言って欲しい。友達なんだから心配するのは当たり前なんだよ」
「そうだな」
柏木の事であるのにまるで身に覚えでもあるかのように、神谷の言葉は俺の中に深く残りそうな気がした。
友達なら心配するのは当たり前……か。そこまで言える友達という存在を俺は知らないが妙に納得がいった。
「じゃあ改めてどうするべきか考えないとだな」
「うん、そうだね……でもこんな事言っといて私が言う事じゃ無いと思うんだけど……詳しい話を私達が知っている事は美香には話さない方が良いかもしれない」
神谷は少し考えがあるようにそう言った。まぁ確かに、それには俺も同意だ。
「確かに、柏木と共同で話を進めるとなるとあのバレー部の人達から怪しまれそうだしな」
「そうじゃなくて……」
「ん?他に理由でもあんのか?」
決定的な証拠を出したり直接正面から対峙することに関しては頭数は多い方が有利だろうし。学校内なんて所詮は数がものを言うとこある訳だし。単独行動を続けるにおいて静かに探れること以外のメリットなんてないだろう。
「美香は多分自分で解決したいんだと思う。ヤナギに話したのも多分私とか希美が何か助けようとするのを見張るための気がする」
「あー、確かにそんな事……」
曖昧ではあるが鈴を含めた3人が何かしようとした時にそれを止めろ的な事言われたな、そー言えば。




