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7.6 陰キャは時に陽キャよりも強くなる

 翌日の朝。


 俺はいつもより早くに登校し自分の席で待機していた。当然ある目的があってのことだ。


 じわりじわりと教室内が窮屈になり始め、それに合わせて俺はさりげなく全体へ視線を流す。


 まずは大人しめで且つ真面目そうな生徒が集まり始め小集団を作り出す。そして一軍でもない微妙なラインの生徒が現れ始め賑やかさが増していく。


 そしてその次に一軍の生徒。


「おはよう!」


 高く透る声が背後の出入り口付近から聞こえた。そちらを向くといつも通り裏の無い笑顔を周囲の女子生徒らに向けている。


「おはよう」


 先程のものよりも小さく細い声。笠原希美(かのじょ)の後ろからは神谷がとことこと現れた。


 そう、俺はこのタイミングを待っていたのだ。


 柏木が朝練から戻る前の笠原と神谷の揃う時間。この時間帯だけがおそらく柏木にバレずに話を伝えるタイミングだと密かに予測していた。


 脚がもたれて、まだ静けさの残る教室にガタンッ!と椅子を鳴らしてしまいながらも、俺は2人のいる笠原の席へと向かった。


 周囲の視線を感じる気がしなくもないが多分気のせいだろう、いつものことだ。


「お、おはよう柳橋くん……どうしたの?いつもより早いね……」


 笠原は両目をパチりと開けたまま明らかに戸惑いを見せている。そりゃそうだよ、突然陰キャがずかずか近づいて来たんだからさ。


「えぇと……まぁそのぉ……ちょっとな……」


くそ、主旨は隠したまま伝えるとなるとどうにも言葉選びが難しいな。出たしからどう話せば良いかも出てこない。


それを察してか、隣にいた神谷が口を開いた。


「何か希美に話でもあるんじゃない?……違う?」


「いや、まぁそうだ。柏木の事でちょっと良いか?神谷も」


「え?うんまぁ……大丈夫だけど」


 笠原は一瞬驚いたような反応を見せたが、すぐに察したようでこくりと頷いた。



***



 教室で話すのもなんなので、俺達は部室へと移動していた。しかしそんなに時間も使っていられない。ここはなるべく端的に。


「柏木の事なんだが……心配は要らないってよ。自分で解決するから大丈夫だって」


 ソファーに座る2人からは特に目立った反応もない。そんな事を言うためだけに集めたのか、と言いたそうにすら見える。


 俺も自分で言っていて、不審がられても仕方ないと分かっている。


 数秒の間を空け、神谷が先に口を開いた。


「美香がそー言ったんでしょ?」


「……あぁ、まぁ」


 神谷は表情一つ変えずに「そっか」と改めて理解したような力無い声を漏らした。


「じゃあさ、柳橋くんから見てどう見えた?本当に大丈夫そうに見えた?いつも通りの美香だった?」


「いやまぁそれは……」


「だったら……!」


「けどここで俺が安易に手を出すべきでは無いとは思った」


 柏木が普段通りじゃないことなんて見りゃ誰でも分かる。いつもの見下すような態度も刺々しい雰囲気も弱いのだから。


 しかし彼女なりに自分でなんとかしたいと言う意志の下で動いているのも分かる。それなら不用意に動くことこそ柏木を苦しめることになりかね無い。


 まぁあとは本人からもこの2人が何かしようとしたら止めるよう言われてるわけだし、これ以上の不安を煽るような発言は避けるべきか。


「じゃあ何もしないの?」


 冷静な口調で神谷が尋ねる。


「やれる事はやろうと思ってる、柏木の邪魔にならない程度に……今日はその事を言うために呼んだんだ」


 柏木に言われた事を破っているようで申し訳無いとは思うが最も身近にいる人間が何も知らずに手遅れになる事だけは避けたい。


 俺の言葉を聞くと、気のせいかもしれないが2人の表情は僅かに曇りが晴れたように見えた。


「でも私達にやれる事ってのは……?」


「その辺はまた後で話す。何より柏木にバレるのが俺的に一番まずいからな」


 約束を破ったとなれば例え一度だろうが柏木からの信頼は無くなるだろう。そうなればもう俺が出来ることは完全に無くなってしまう。それだけは避けなければ……。


 今後の方向性が大方確定し、2人からの納得もそれなりに得られたところでふと時計を見ると時刻は8時半になろうとしていた。


「じゃあ先に戻ってくれ。ここで3人で行動していた事が柏木に知れたらあんまり良くない」


「そうだね!分かった!やっぱり柳橋くんに頼んで良かったよ、私だったら絶対にもう余計なことしちゃってたと思うし。ありがとう!」


「そ、そうか……。けどまだ何も解決してないからな」


 突然言われた謝礼と明るい笑顔に戸惑っていると顎に指を添えた神谷が何か考えているような視線を送っていた。


「どうした?何か不満な事でもあったか?」


「ううん。そうじゃなくて……」


「じゃあなんだよ」


「えっと……」


 ふわふわと視線を彷徨わせ再び俺へと戻って来た。何を言われるのか全く予測できず、変な緊張が走る。


「美香にバレないようにするならLINE使う方がいいんじゃ無いかなぁって。今日話があるってこともさ。何か事情があるの?」


「え……」


 返答しない俺に神谷はこてと首を傾ける。


「確かに!そうすれば何も気にせず話せるけど……何かだめな理由があるの?」


「いや、まぁ……」


 くっ……『人とLINEでやり取りをするって発想が無かった』なんて今更言えねぇじゃねぇか!


「……ま、まぁその方がやりやすいってならそれで良いけど」


「オッケー!じゃあそろそろ戻ろ、あや」


「うん、そうだね。私達も何かあったら伝えるから。LINEで」


 振り返りながら神谷は、ニタっと揶揄うような笑みを俺に向けた。俺と近い部類であるこいつにはどうやらバレていたらしい。変なところで鋭い奴だな。


 部屋を出る2人を見送った後少し間を空け俺も教室へ向かった。



***



 放課後になり俺はいつも通り席を立つ。それに気づいてか、神谷も荷物を持ってこちらに近づいてくる。そしてこれと言った会話も無く帰路を辿る。


「ヤナギってもっと冷酷な人だと思ってた」


「突然何だよ」


 褒められてるのだろうか、それとも幻滅されてるのだろうか。どっちでも良いけど。


「美香の事そんな真剣に考えてくれるなんて思わなかったから……美香と仲悪いと思ってたし」


「そうか……」


 仲が悪い……神谷の目にはそう映っていたのか。まぁ仲の良し悪しは正直線引きが難しいところだが今の俺と柏木に当てはまるとするならばどちらでも無いってのが1番しっくりくる。


「別に仲が良いから手を貸そうとか悪いから手を貸さないだとかそーゆーのじゃ無いからなぁ、俺は。実際そこはどーでも良い。俺は部活の活動を真面目にこなしてるだけだよ」


 つってもまだ何一つ解決してもいないけど。


 取り敢えず方針も確定した訳だし、ここにきてようやく土台が完成したって感じか。ここからは柏木本人の行動に合わせる形になるだろう。こっちのがよっぽど大変そうだな。


「この話鈴ちゃんにはしたの?」


「いや、してない、話す気もない」


 正面を向いていた神谷の顔がこちらにくるっと向いた。


「喧嘩でもした?」


「してない。あいつに話しても不安にさせるだけだからな。濁しておくのが丁度良いんだよ」

 

 あいつに言ったところでそこまでメリットも無さそうだし。神谷はへー、と意外そうな反応を見せた。


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