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7.6 陰キャは時に陽キャよりも強くなる

 うーむ、自然でありながら中々に良い線を突いた質問だと思ったんだけどな。


 ふと正面に意識を戻すと、3人は「それだけ?」と言うようにこちらを見ていた。仕方ない出直すとしよう。


「あ、聞きたいのはこの程度なんで、ありがとうござ……」


「じゃあさ、私達がどう答えると思ってた?」


 おお、まさかのカウンター……。試すような眼差しが俺に向けられる。


「まぁ……好いてはいないだろうとは……」


「ふーん。まぁ間違ってはないけど。あの子のこと好きなのは勝手だけど君も気をつけた方がいいよ?結構凄い性格してるから」


「はぁ……気を付けます」


 ねぇ〜、と他の2人と顔を見合わせ妙な空気が流れる。


 え?俺が好意を抱いてるって思い込んでんじゃねぇのかよ。だとしたらここでその発言をする時点で性格どうこう言える立場にないだろ。


「じゃあそろそろいい?」


「あ、どうぞ。すみません邪魔して」


 3人は特に反応もせずにそのままタラタラと校門へと歩いて行った。


 結果的に何か得られたかと言うと……柏木があの人達に好かれてはいない事は分かったか。となると鈴の言ってた事と矛盾するな。


 あいつは確か『美香ちゃんが嫌われてるわけないじゃん!』的な事言ってた気がする。でもそれはあいつの思い込みって線が強い。


 で、俺は何をしていて何を知りたがっていたんだろう。


 よし、帰るか。


「柳橋くん?」


「ん?居たのか」


 振り返ると制服に着替えた笠原が何やら不安そうな顔でこちらを見ていた。


「なんだよ。お前は帰らねぇの?」


「あ!ううん。帰るよ」


「そうか」


 ついさっき部室であった後に何かあったのだろうか。変にもやもやとした何かを感じる。


 たたたと俺の方へ小走りに近づいて来る笠原をしばし待ち、俺と笠原は帰路へと向かう。


 普段神谷と帰る時の沈黙とはまた何か違うむず痒さを感じながら足を進める。すると、笠原もそれを感じていたのか、突如口を開いた。


「あのさ、この前の話なんだけど……何か分かった?」


「この前の?何のこと?」


「えっと……ほら、美香の……」


 笠原は尋きづらそうに視線を下に向けたまま言葉を発する。


「いや、特には……」


「そっか……」


 ———再び沈黙が走る。


 笠原には申し訳ないが俺とてそう簡単に約束を破るような事は出来ない。そのくらいの人間性はまだ欠損していないつもりだ。


「さっき柳橋くんと話してた相手ってバレー部の3年生だよね……仲良いの?」


「いや、今日初めて話した」


「へ、へー……珍しいね、柳橋くんがあーゆー人と仲良くしてるの」


「そうだな」


 見てたのかよ。てかさらっとディスられてる気がするのは気のせいか?


 にしてもあからさまに探ろうとしてくるな。

 

 自分の親友の事ならそうなるのも当然なのかも知れない。俺には親友居ないから分からんけど。でも知人レベルの俺ですらそれなりに気掛かりになるのだから多分相当心配なんだろう。


「柏木の話だ」


「え……?」


「さっきあの3年の人と話してた事。確かに柏木の話をしてた」


「あ、そう……なんだ」


 笠原は不安そうな雰囲気を漂わせたまま静かに言葉だけで反応する。


「美香は大丈夫そう……?」


「分からない。けど本人はそう言ってる」


 ここで俺の思う状況を話したところで不安を煽るだけだ。ここは柏木の意向に従うのがなんだかんだ得策なのかもしれない。


「私分かるんだ。美香が私達に心配掛けないようにそう言ってるんでしょ?でも柳橋くんには色々話してるみたいだから……」


「いや、まぁそれは……他人だからこそ話しやすい的なので……」


 自分に相談されない事に不満があるのか?正直俺自身も何故俺に話すのか分からない部分は否めんが……。


「うん。だから何かあったら美香の事助けてあげてね」


 笠原は顔を上げにこりと微笑んで見せた。


 てっきり経緯なんかを聞かれるのかと思ってたから一瞬戸惑ってしまった。


「え、まぁ……俺に出来る範囲でなら」


 具体的で無い分余計に重役を任されたように感じる。


 しかし、どちらにしろ鈴にも似たような事を言われていたし元からそうするつもりではあった為刺して行動に変わりはない。


 けどまぁあの強靭な精神力が崩れるなんて俺には到底想像も付かないんだが。




***



 翌日の昼休み。


 いつも通り俺はベランダでお昼の一時を過ごそうと購買で買った甘いパンとコーヒー牛乳を手に教室を出る。


 最近は暑くなり春先程快適な空間とは言えないが教室の喧騒に揉まれると思えば暑さなんてどうって事ない。騒ぐ馬鹿どもの声を聞く方がよっぽど息苦しい。


 温い風が肌を摩り去る中パンを頬張っているとガラガラと滑りの悪い扉が開かれる音がした。


「ねぇちょっと」


 どうせすぐ居なくなるだろうと思っていたが明らかに俺へ向けて声を掛けられてしまったので仕方無く振り返る。すると、そこにはいつも通り不満を全面に滲ませたような表情の柏木が立っていた。

 

「何か?……一応ここは俺のプライベート空間なんだけど」


「は?意味わかんないんだけど。……これ、この前の」


 そう言うと柏木は左手を俺の方へ突き出す。その細い手にはまだ新しいビニール傘が握られていた。


「別にわざわざ新しいの買ってこなくても良かったのに。あの時あれはもう捨てて良いって言わなかったか?」

 

「新しいのじゃ不満?」


「別にそうは言ってねぇよ……」


 どちらかと言うと申し訳ないとすら感じている。それほどまでにオンボロ傘だったからな。


 しかしずっと目の前に突き出されているので俺もそれを受け取った。


「あれはまだ使えそうだった。でも壊れたから」


「へー何気に庶民派なのか、なんか意外……」


 普段の言動からは想像出来ねぇ。マリーアントワネットみたいな感じだと思ってたのに。


「いちいちうっさい。私はこれだけ渡しに来ただけだから」


「おいちょっと待てよ」


「なに?」


 柏木は戻り掛けた体から顔だけをこちらに向け長い髪を手でサラリと流した。


「俺の傘も壊されたんだろ?あの人達に」


「何?知ってんの?」


「まぁ俺も俺で色々あったからな」


 そもそもあんな短時間で壊れてしまうような物を新品で返そうとしないだろ。それに俺はご本人様方からの言質を聴取済みだ。


「もっと綺麗なので返したんだから問題ないでしょ?なんか文句ある?」


「いや、そうじゃなくて」


「じゃあ何?」


 明らかに苛立ちを含んだ口調が俺に飛ぶ。それも以前に増して切羽詰まった様子。笠原の言う『何かあったら』って、これはその何かに入るのか?


「無理はすんなよ」


「してない。それよりあんたに心配されるのはムカつく」


「そうですか……けど何もしなけりゃ俺の周りが煩いんだよ」


 まったく、あいつらは俺に何を期待してんのか。陰キャには状況把握で精一杯だってのに。


 俺は受け取った傘を手の中でギシギシと弄りながら次の言葉を考える。


「本当に心配掛けたく無いんなら少しは相談でもした方がいいと思うぞ。それで解決することもある」


 実際のところ1人じゃあどうにもならないことなんて山ほどあるもんだ。精神的な話となれば尚更。


 柏木は少し戸惑うような間を空ける。そのせいで俺がコーヒー牛乳を啜り飲む音がズズズと響いた。


「別に。私の問題なんだから……私の中で終わらせれば済む話でしょ」


 柏木は今までより小さくそう言うとベランダの扉を開いた。なんだろうな、妙な既視感というか……。なんかこのまま放置してはならないような変な胸騒ぎが……。


「でも、心配してる人がいる事は……って、もういねぇのか」


 せっかくカッコいいこと言えそうなタイミングだったのに。


 ベランダどころかすぐ出た廊下にも既に柏木の姿は無かった。

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