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7.5 陰キャは時に陽キャよりも強くなる

 黙々とプリントを束ねてはホッチキスで纏めていく。そんな作業をただ1人薄暗い部屋でこなしていればそりゃあ疲れもするわな。


「っんでこんなことを……」


 俺は雑務を任されていた。


 ()()()、なんてもう言うまでもないだろう。今日は神谷もいない為俺1人なのだ。声を掛ければ笠原や中澤も手伝うと言い出すだろうが気を使われるくらいなら1人でいい。作業が終わらなかった言い訳にもなるしな。


 今回は生徒会のものらしいが内容を見る限り体育祭関連のものだ。


 俺は無心で手を動かしながら昨日の出来事を思い返した。


 そもそもの発端は、俺が鈴に頼まれて柏木とその周りについて観察したことだ。それが何故かバレてしまい、柏木本人から「何もするな」と釘を刺された。


 ……完全に板挟み状態なんだよな。


 どちらを優先するかって判断も難しい。都合よく切り替えるのが1番利口かもな。いや、せめてもう1人いりゃあ2手に別れて……とか出来んのに。


「え!またこんな仕事……!言ってくれれば私も手伝ったのに!」


 俺の座るソファの左手、入り口側から1人誰かの声がしてハッと我に帰る。


 声の主であろうその人物は、運動着姿の笠原だった。段ボールで埋まったテーブルに慌てるように駆け寄って来る。その勢いに連れられた芳香がふわりと鼻先を擽ぐった。多分制汗剤?これは……柑橘系の何かか……?疲れた頭にはめちゃくちゃ癒される匂いだぜ……。


「ど、どうしたの柳橋くん……なんか凄く……うん、凄く力の抜けた顔してたけど……」


「ん、ああ、悪い」


 多分淫らな顔って言いたいんだね。まぁ自覚はあるから仕方ない。高校生男子はそーゆー香りに弱いから気にしないでくれると助かります。


「何で1人で……?こんな量は1人じゃ多すぎるよ」


「まぁ暇なの俺くらいだからな。お前とか中澤とか他にやる事ある奴の時間潰してまでする事じゃないだろ。所詮雑用だ」


 本来は俺ですら辞退しても良いくらいの仕事だろうし。俺はどのみち暇だから手伝っているだけだが。


「で?お前は部活抜けて来たの?」


「いやいや!もう終わったのそれで……」


 何やら言いづらそうにもぞもぞと俺を上目遣いに見る。


 思っていたより時間が経ってしまっていたことに今更気付いた。最近は事あるごとに無駄に時間を浪費している気がする。


「それで?何だよ。なんか用事でもあったのか?」


 最もこんな場所に用事なんか無かろうが。俺もそろそろ帰らなければならないし戸締まり等やってくれるってんなら此方としても楽で良い。


「いやぁ……その……汗かいたから着替えようかなぁと思って来たんだけど……」


 何故か恥ずかしげに上気した頬とか細い声で告げられたせいで視線が自然と彼女へと移る。


 今の今まで気にも留めていなかったものが視界に割り込んできた。


 ピッタリすぎるサイズのTシャツが笠原の豊満な身体を無駄に協調し、俺は何かいけないものを見たような気がして瞬時に目を逸らした。くそ、俺にまで変な緊張が走った。


「だ、だったら早く言ってくれ!俺はそこまで気が回る奴じゃ無いんだよ」


 そーゆー態度取られると俺みたいな陰キャの脳内で変な想像が進んでくから本当にやめて欲しい。それを面白おかしくネタとして口にすることもできないのが陰キャである証明でもある。


 俺は荷物をまとめて部室を出た。


 まったく。嫌な汗をかいたよ。顔が熱をもってるのが自分でも分かる。


 ワイシャツの胸元にパタパタと風を送りながら玄関へ辿り着いた。

 

 渡された資料は途中だが時間的にも無理だしそのままで良いだろう。そもそも俺が1人でやるようなもんじゃ無い。


 部活終わりの生徒が数人ずつの塊で楽しそうに談笑して帰る合間を縫って俺は静かに足を進める。


 外はジメッとした空気が緩く流れとても心地良くは感じない。


 ノタノタと帰路へと向かう1つの女子の陽キャ3人組を追い越そうとその横を通るとヒソヒソと、でも鮮明に俺の耳へと彼女らの会話が届いて来た。


「今日はなんかしたの?」

「あーなんかねぇ、あいつ汚い傘持って来てた」

「え?汚い傘?あいつが?」

「多分壊したのがうちらって気付いたんだよ。だからそれもやっといたけど」

「うっわー、わっるいなー亜実」


 誰かの悪口か?おっかないおっかない。目ぇ着けられてしまった人は気の毒だ。


 そー言えば俺もまだ柏木から傘返されてねぇな。部室にも無かったみたいだし。まぁあんなボロいの返してくれとか言いに行きはしないけどさ……。


……ん?汚い傘?


「で、壊したのはどこやったの?」

「え?あー。あいつのロッカーに入れて来てあげた。優しく無い?うち」


 ギャハハと品のない笑い声が背後から響く。


 うーん。合致しすぎてんだよな……。多分、てか絶対今後ろにいる奴らこそ柏木を恨んでいると言う先輩って奴だ。


 え?じゃあ今の話からすると俺の貸した傘壊されてね?


「ねぇ、ちょっと突然止まらないでくれる?」


 突如憎悪の困った声が俺の真後ろから飛んできた。振り返ると肩ほどまでの髪の長さの目つきの悪い女が俺を睨んでいた。


「あ、すみません」


 両脇には俺を軽蔑し切った眼で見る派手目な見た目の2人。あれ、まさかのここで接触かよ。


 と、思ったのも束の間。その3人は俺を追い越しまたタラタラと歩き始めた。


 それもそうか。別にあっちからしたら目の前に落ちてた小石を蹴飛ばした程度の感覚なんだろうけど。当然俺の存在も知らないし。けど……


 『時には積極性も大事』……か。何故今出て来んのかは知らないが俺の頭の中で田辺先生が仁王立ちしてやがる。


「あの……ちょっと良いですか」


「はぁ……何かよう?」


「いや、用と言うか……」


  落ち着け柳橋克実。今は俺の人生においても経験の少ない一大イベントだ。何故ここまでしてしまっているかは俺も知らん。けど……よし。極力逆鱗に触れない程度に情報だけを書き出すんだ。


「柏木美香について聞きたいんですけど」


「え、何で?てかあんた誰?」


 真ん中の偉そうな女が俺をどこか気持ち悪そうな眼で見る。そりゃあそうか。突然誰かもわからないやつが部活の後輩について聞いてきたらそーなるわな。


「あー、俺は柳橋って言う者ですけどまあ覚えて貰わなくても結構です」


「何?柏木さんについてって。あと何で私達?」


「それは……」


 ここは一度この人らの乗ってきそうな話題振ってみるか。いや、そんなうまくいかないか。てか、話待ってくれるとか意外と優しいんだな。


「何?柳橋くんって言ったっけ?あいt……柏木さんのこと好きなの?」


 明らかに嘲るように微笑し、両脇の2人も顔を見合わせて意味ありげに笑った。


「いや、別にそーゆーわけではなくて……」


「ふーん、そうなんだ」


 ここでの誤解はあってもなくても別に変わらないか。しかし、ノープランで話しかけたから何をどう聞くべきかすら纏まってない。かと言ってそのまま疑いの眼を向けるような発言をすれば状況が悪化しかねない。


「あなた方は柏木美香の事をどう思いますか?」


「どうって?」


「好きか嫌いかで良いです。ほら、あの人中々キツい性格してるから部活の先輩とかからしたらどー思われてるのかなーって」


「いや、別に普通だよね」

「うん、まぁ特にね……」


 真ん中の女に追随するように他の2人もこれと言ってはっきりとした答えは出さなかった。


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