7.4 陰キャは時に陽キャよりも強くなる
既に手遅れではあるが柏木は傘を自分の背後に隠した。
この妙に隠したがる感じ……俺の中にじんわりと残り続ける記憶と合致した。
「もしかしてそれも…….」
「この前余計なことするなって言ったでしょ」
「まあ言われたけど」
鈴に頼まれてるしゆくゆくは解決せねばならない課題なんだよなぁ。しかも今は他に誰も居ない訳だし。多少なり情報を聞き出すチャンスではある。
「この前フードコートで会った時言ってたよな。お前は俺が何を知ってると思ってるんだよ」
「それ聞いて何か意味ある?」
「お前がただ誤解してるだけかもしれないだろ」
そもそも俺達の行動に不審感を抱いているのは間違っていないにしてもそれが俺達のしようとしている行動と一致するのかは分からない。
柏木は不服そうな顔で俺を睨み自分の鞄へと手を入れゴソゴソと何かを探す。
そして数秒後手には丸い何かを掴み俺の目の前に突き出した。
「これが関係していること。そうでしょ?」
柏木の手に収まるぬいぐるみ。それは以前神谷と共に放課後の教室を訪れた際に見た柏木のカバンに付いていたストラップだった。その時と変わらず一部に目立つ
本当に全て気づいていたのか。
「どうなの?」
俺が答えを詰まらせた事に苛立ちを見せながら、柏木は返事を催促する。これ以上は無理に隠しても仕方がないな。
「確かにそうだ。お前のそのストラップの傷が誰かに意図的にされた事なんじゃ無いかと……だとしたら俺にも多少なり気掛かりな記憶がある」
俺の見解ではおそらく前に柏木の荷物を囲っていたあの派手なグループの仕業だろう。けど俺の知っている情報だけでは断定まではいかない。となれば他に頼るのは必然だ。
「何でそんな事にあんたが首突っ込むの?仮に本当にそうだったとしてあんたに何か出来んの?」
圧は感じない。ただ疑問を並べたと言った雰囲気で柏木は俺を見る。
「いやまぁそう言われると……」
何が出来るわけでも無いのは残念ながら隠しようも無い事実。出来たとしても被害を僅かに和らげることくらいだろう。
「確かに、あんたが思ってる通りよ。あのストラップも傘も多分私を嫌ってる奴らのしたこと、相手も見当はついてるわ」
「だったら対策を取るべきだ。何故その人らに嫌われているのかは知らないが物損被害はどう言い訳付けようが相手が悪い」
「私がそれを望んで無いなら問題無いわけでしょ?こんな頭の弱いバカが集まってしたことなんて構ってたらそれこそ私がバカみたい。そうやって取り乱す私が見たいだけなんだから」
いつも通りの強気な口調で話すとフフと鼻で笑う。
これが強がりなのか本心なのかは関係の薄い俺には分からない。でも確かに無視を続けると言うのは1番堪えると言うしな。やり方としては悪くはないのだろうけど……。あとは本人次第の話になってしまう。
「一つ聞いていいか」
「何よ。まぁここまで話したらもう隠すようなこともないけど」
指先で髪をくるくると弄りながら此方に澄んだ眼を向ける。
「相手は大体見当はついてるって言ったが誰なんだそれ」
「そんなんどーだってよくない?……ただの部活の先輩。私が最近の大会でその人のポジション奪ったの。だから多分恨んでんの」
「なるほど……」
ドラマとかでよくありがちな動機か。まぁそんな事なら大会さえ終われば収まる事なんだろう。期限付きとあって柏木も無視を貫いてるってことか。
「じゃあさ、私からもあんたに命令ね」
柏木は冷淡な口調で元から近い距離を更に一歩縮めてきた。
「なんだよ……からもって俺なんか命令したか?」
記憶にも無いし俺が柏木に命令を発している画すら想像がつかない。
柏木は得意げにニヒルな笑みを浮かべる。
「あんたの質問答えたじゃない。答えろって言う命令とも取れるでしょ」
「めちゃくちゃだな……」
「は?なんか文句ある?」
「いや何も……無いです」
なんだこの圧力!?他にもいたなこんな人。家にも学校にも。てことは原因は俺なのか?
柏木は少し考えをまとめた後、その艶やかな唇を開いた。
「今日聞いたことは誰にも言わない。これ以上この件に関わろうとしない。あとは希美とか鈴が何かしようとしたら止める。良い?」
勢いに押され思わず仰反る。
あれ?なんか多くね?
「どう聞いても1つじゃ無いじゃんか……」
「誰も1つなんて言ったつもりないけど。で?分かった?」
当然だろ?と言うように首を傾げた後、柏木は強要するように答えを求めてきた。その感じでこられちゃあほぼ一択じゃねぇか。
「まあ分かった……けど……潰れる前に逃げ道の1つくらいは作っておけよ」
「余計な心配どーも。私が潰れることなんて100無いけど。……ま、時々傘とかは勝手に借りるかもしれないわ」
「それは一言言ってからにしろよ……じゃあそろそろ俺は帰る」
「そ、私もそろそろ電車来るし帰ろうかしら。傘は明日教室に返しとく」
相手が神谷や笠原であれば交差点まで一緒に歩いたりするのだろうが柏木相手じゃあそれは無い。同じ方向にバラバラで進みそれぞれの帰路へと付いた。
にしても最近は人の話聞くことが増えたなぁ。俺を見ると愚痴りたくなるようなフェロモンでも出てんだろうか。
俺には特に問題無いから良いんだけど。
土砂降りを花柄の傘で防ぎながらぱしゃぱしゃと水の浸った道を歩きようやく自宅にたどり着いた。雨の強さを軽視していたせいで俺の運動靴はじんわりと水が滲み不快度指数もさぞ高まってしまったのだろう、全身に疲れを感じる。
「ただいま」
軽く水滴を払い玄関に入ると廊下の奥からバタバタとお母さんが走ってきた。
「克実ごめんねー、鈴折りたたみ傘持って行ってたって!LINEも送ったんだけどあんた家にスマホ置いてってたでしょ」
渡されたスマホを確認すると確かに送信されていた。時間的にちょうど学校に着いた頃だろう。
話声に気付いたのか、リビングの扉が開き部屋着に着替えた鈴がとことこと出てきた。
「あー鈴の傘使って帰って来たの?お兄ちゃんのはあのボロい……あれ?お兄ちゃんの傘は?」
鈴の傘を畳む俺を不思議そうな顔で見る鈴。確かにこれ一本しか持って行ってなかったら帰りは兄妹で相合い傘で帰るという謎のシチュエーションになるもんな。
「あー、それはかs……」
「え?なに?」
「……いや、これしか持って行かなかったんだ」
あっぶねぇ……。帰宅早々言いつけを破るところだった。ギリギリのところで気付けて良かったよホント。
「そうだっけ?じゃああんた自分の傘どこやったのよ」
「え、あー……さっき壊れたんだ。だから捨てた」
「捨てたってどこに?まさか分別もしないで捨てて無いでしょうね」
ムッ、と目力を強めた顔で見られる。今はそんな顔に臆している暇はない。なんとか取り繕うので精一杯なんだよ。
「が、学校のゴミ箱に捨てて来た。だから問題無い」
「あ、そう。それなら良いけど。さっさと手洗って来なさい。ご飯食べるから」
「おう……」
ふぅ……なんとか難は逃れた。大きく息を吐き、正面を向くとリビングのドアから半分だけ顔を出した鈴が訝しむような眼で俺を見ていた。
「何か……?」
「怪しい……」
「何がだよ」
「何もかも…….」
それだけ言い残し、鈴はサッとドアの中へ消えた。
変なとこで敏感な奴だな。けど今回ばかりは明確な口止めされてるわけだし俺も話すわけには行かないんだ。




