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6.10 誰しも隠し事は存在する

 案の定俺の言葉など無視してずんずんと先を行く鈴。既にここには兄と妹という関係性は無くなってしまったらしい。


 そして気が付けばフードコートへと踏み込んでいた。


「ここで飯食うの?」


「お昼だし」


 まぁそうですけど。


 そんな堂々と言うならもう少し財布を出すふりくらいして欲しい。今日一度も奴の手に財布が現れたのを見ていない。


「飯なら帰ってからで良いだろ。俺もうそんな金ねぇよ」


「え、さっきまだお札あった気がしたけど」


 鈴は、何を言ってるの?とキョトンと首を傾げる。


 もう発言がギャンブル依存症のおっさんだよ。実の兄から金を根こそぎ奪い取って罪悪感は湧かないのかね……。


 けど年子にも関わらずここで甘くしてしまう俺にも非があるのは事実。


「500……600円までだぞ」


「お!ご馳走様でーす!」


 残金のギリギリで制限させたが、鈴は子供のような笑顔を俺に向ける。こうゆう曇りのない疑いようの無い感情表現が出来る事は俺も見習うべきなのかもしれない。実行はしないけど。



***



 昼時とあってやはりフードコートでの人混みは避けられない。


 金額制限により、選択できる店も限られて結局はハンバーガーチェーン店に決めたらしい。この店でも600円は少し無理があった気もするがこのぐらい我慢させるべきだ。


 それらしき長蛇の列に並ぶと、中高生の集団や家族連れ、老夫婦までと意外にも幅広い年齢層に驚いた。


 鈴には注文だけを聞き俺が席で待っているよう言ったので今は1人でなるべく安くなりそうなクーポン券を模索していた。


 行列はじわじわと進み、やがて俺の番が来た。


「次のお客様どうぞー……なんだあんたか」


 店員から聞くことのないであろう呼び方で呼ばれハッと顔を上げると、目深に帽子を被った女性店員がこちらを見下ろしていた。


「えっと……どちら様ですか」


 俺の知り合いが数少ないとは言えここまで顔が隠れてちゃあ流石に誰か分からない。失礼承知で問うと店員は不機嫌そうに少し帽子を上げて顔を顕にする。


「あ、柏木か」


「……あんたみたいな人ってこーゆーところも1人で来るのね」


 吊るされたメニュー表眺める俺に柏木は嘲笑を挟みながら憐れむような視線を向けた。


「1人じゃねぇよ、ほら」


 振り返り先程鈴が向かった方面を探しながら指差すと柏木はふーんと適当な返事。ただ興味が無いのか俺が1人じゃない事に不満なのかその意は分からない。


「で、注文は?後ろ詰まってんだけど」


「お前が話しかけて来たんだろ……」


「何私のせいって言」


「あーいやいや……注文な、えっと……」


 ぎろりと鋭い眼光を向けられ思わず怯んでしまい、俺は大人しく鈴の昼食と俺の飲み物を注文した。


 手早くレジが打ち込まれものの数秒で会計が出た。


「820円でーす」


「820……」


「何?」


「いや別になんでも……」


 おかしいな、俺の頼んだ烏龍茶は確か100円だったんだけど。鈴の奴普通に700円超えてんじゃねぇか!これでもクーポン使ったんだが。


 これ以上レジ前に張り付くのも良くないので俺は大人しく金額分支払った。


 ふとそれを受け取る彼女へ目をやるとつい最近話題となっていた鈴の話が頭をよぎった。


「息苦しそう……」


 見た感じ今は特にそんな空気は無いけどな。しかし柏木の周辺が全員異変はあると言うのだから何かはあるんだろうけど俺には到底わかる筈もない。なぜなら関係性が薄すぎるから。

 

 それなのに俺は田辺先生に形式上理由も無く任された訳だしここでただ静観するのは果たして正しいのだろうか。


 俺のやり方でと言われても思いつく彼女の本意を探る有効策など見つかりそうも無い。


 経験のない俺のやり方ってなんなんだよ……。


「何さっきからじろじろ見てんの、気持ち悪いんだけど」


「すまん……」


 俺の釈然としない言動を怪しむように眉を顰める柏木はレシートを無言で手渡し受け取り口の方へ行けと指示するように指差した。


 促されるまま俺はそちらへ向かい、騒音の響く中商品が来るのを待っていると裏口らしき扉が開き、そこから先程までレジに居た筈の柏木が現れた。


「……何か用?さっきからなんかじろじろ見てくるけど」


 ほぼ睨んでいるとも取れる視線が俺に向く。このまま何も言わないと段々と機嫌を損ねかねないな。ここはテキトーに、


「ここでバイトしてたんだな……」


「まあね。部活ない日だけだけど。え、それだけ?」


 まぁそうなるか、確かにそれだけではない。けどここで本人に話せるような事はこれくらいだろう。あと俺のトークスキルではこれ以上時間も潰せない。


 すると丁度いいタイミングで完成した商品がトレーに乗って運ばれて来た。


「じゃあまた」


 これと言って相応しい言葉が見つからず、「また」と言う良く分からない言葉まで付けてしまった。多分そこまで気にしていないだろうが。


 柏木は特に反応もなくスタスタと俺の横を通り過ぎていった。



 鈴の待つテーブル席に着くと、鈴は待ちくたびれたようにボーッとスマホを眺めていた。そして俺に気付くや否やスマホをしまい手元のトレーに見る。


「どうもご馳走様でーす」


「お前な、俺の言った上限金額普通に超えてんじゃねぇよ」


「その分お兄の分を減らせば良くない?ほらだって鈴はアスリートなんだからいっぱい食べないと」


「アスリートならファストフードは控えるべきじゃねぇの?」


 申し訳ないと言う顔を少しも見せないどころか、この発言を繰り出せる図々しさには返す言葉も見つからない。


 俺は自分の分の烏龍茶だけを取りその他をトレーごと鈴の前に置いた。


 蓋にストローを突き刺し一口。ふぅと呼吸を整えた。


 話のネタの無い兄妹と言えど無言で鈴が食い終えるのを待つのも退屈なものだ。


「あ、そう言えばあそこの店員に柏木居たぞ。態度は相変わらずだったけど」


「え!嘘!」


「口、ソース付いてんぞ」


「あ……まぁ知ってたけど」


 鈴は渡された紙ナプキンで口周りを拭き答える。


「知ってたって……じゃあなんで言われるまで拭かないんだよ」


「そっちじゃ無い!知ってたってのは美香ちゃんのこと!」


 あ、そっちの話か。鈴は再度ハンバーガーにかぶりついた後続きを話した。


「どこでってのは知らなかったけどこのフードコート内でバイトしてるってのは聞いてたから」


「へーそう」


 俺の返しが不服なのか、鈴はムッとハンバーガーを頬張った口をさらに膨れさせた。


「何それ。全く興味なさそう。お兄からこの話振ってきたくせに」


「ねぇよ別に。ただ柏木が居たから教えてやっただけだ。あんな近寄り難いやつ誰が興味なんか持つか」


 俺は短いため息を吐きながらストローを口元へと運ぶ。


「近寄り難いとかあんたにだけは言われたく無いんだけど」


「ぶふっ……!」

「あ!美香ちゃん!……お兄汚い音出さないで」


 危ねぇ、まさかの不意打ちに危うく烏龍茶が気管に入りかけた。


 ゴホゴホと咳き込みつつもなんとか平常を取り戻し正面へ顔を向けた。すると前には、俺を蔑む目で見る鈴。そしてその隣にはごく一般的な定食を前に置いた柏木。鈴同様の表情でこちらを見ている。


 おいおい、これはどう言う状況だよ。

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