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6.9 誰しも隠し事は存在する

 疲労の蓄積がピークを迎える金曜日の放課後。


 俺はあれから鈴にも頼まれていた事もあり柏木の様子を探っていた。しかしこれと言った異変なんかは当然分からず終い。


 そして気づけば週末になっていたのだ。


「ヤナギ、今日は私用事があるからもう帰るね」


 そう言い残し神谷は先に学校を出ていき、俺もそろそろ帰ろうと荷物をまとめていると、突如教室の扉が乱雑に開けられた。


「珍しく苦戦していると見た!」


「何しに来たんですか?」


 俺だけ1人で残る教室に来たのだからどう考えても俺を冷やかしに来たか何かだろうってのは分かるけど。


 ニタニタと気味の悪い顔をこちらへ向け無駄に長い脚でスタスタと向かってくる。


 そして俺の前まで来ると斜め前の机に腰を掛けた。


「今日は別件で聞きたいことがあってな。なに、そんな大した事じゃない」


「俺にまだ問題抱えさせるつもりですか?流石に無理です」


 今は1つ、いや、笠原と鈴の件も完全に終わっては無さそうだから2つか。その上まだ増やされでもしたら……。


「心配するな。お前はそんな器用じゃ無い事は知っている」


「ハハハ、そうですよね」


 そう言われるとムカつくな。


 そろそろ本題を聞こうと、俺は背き掛けていた視線を田辺先生の方へ向けた。


 田辺先生はゴホンと軽く咳払いをして話し出した。


「お前が前に話していた話あったろ?中学生の時の」


 なんか最近やたらと俺の過去を探られるな。もう犯罪者みたい。


「そんな話しましたっけ?」


「しただろ?運動会ボランティアの帰りに」


「……あーあったかもしれないです」


 記憶を辿れば確かにそんな出来事はあった気がする。


 この人の失恋話聞かされて俺も恋バナ的なの求められたんだっけな。そんなしょうもない話よく覚えてんな。


「そう、その時お前が言ってた相手の女の子!私誰か分かったかも知れない!」


 満面の笑みの下に溢れるワクワクを必死に抑える、まるで少年のような眼差しが向けられた。暇人もここまで来るとどうしようもないな。


「何してんすか、ホント……てか、俺も顔名前何も覚えて無いんで言われたところで答え合わせすら出来ませんよ」


 田辺先生は俺の返しなどには耳も傾けずムズムズ落ち着きのない顔を俺に向けてくる。どうやら「誰ですか」と尋ねられるのを待っているらしい。

 

 ここで聞かなければそれはそれで面倒くさそうなのでこのつまらん会話に少し付き合う事にした。


「それは誰なんですか?」


「ズバリ……笠原希美だ!」


 やはり待っていたと言うように、ビシィッと俺の目の前に人差し指を突き出し俺に届けるには大きすぎる声量で言い放った。


 俺はその手をパシと軽く横に流し応じる。


「ちょっ、先端恐怖症なんでやめてください。……笠原ね……どうせそんな事だろうと思いましたよ」


「あ、本当にそうなのか?」


「知りませんよ。さっき名前も顔も覚えてないって言いましたよね」


 何回言えば分かるんだよ。こんな話をしている自分までアホらしく思えて来た。


「じゃあ何故私が笠原の名前を出すと思ったんだ?あ!もしかして思い当たる節があったり……」


 田辺先生は攻め手を緩める気もないようで、グフグフと気色悪く笑い、スケベオヤジのような下卑た目を俺に向けた。


「そんな小学生レベルのからかいして楽しいんですか?どうせ同じ中学出身の女子生徒って条件だけ拾って当てはめただけですよね」


 こんな点を線で繋いだだけのようなものに気付いてここまで喜べるなら人生相当楽しいだろうな。


 あ、でもこんなんだから彼氏出来ないのか。凄く納得。


「なんだよ面白くないなぁ。まあ、この話はただのおまけだ」


「おまけ?じゃあ他にまだ何か……」


 流石の田辺先生もこんな話をする為だけに来ないよな。俺が1人になるまで廊下で待ってたみたいだったし。まぁだから俺もいつもより少し遅く残ってたわけだけど。


  田辺先生は隣の席の椅子を引き腰を下ろすとすっと俺の目を見る。表情も僅かに引き締められたように見えた。


 あまりの気迫に萎縮し掛けたが何事も無いと装う風に視線を彼女の目に向けた。


「柏木の話になるんだが、あいつお前から見てどう思う」


「どうって、そんな大雑把に言われても」


 返答に戸惑う俺へ田辺先生は絶対に逃がさないとばかりに鋭い眼光を突き刺し続ける。


「この前も言いましたが良く知らないってのが事実です。……強いて言えば友達思いで短気、女王様気質って感じですかね」


 言い終えると田辺先生はほうほうと頷いた。そして、


「あいつはな、人に頼る事を知らないんだ。まぁあくまでここ1年程度しか見ていない私の見解ではあるが……その辺も踏まえた上で今回の件に当たってくれよ」


「はぁ……」


 いまいちピンと来ていない為曖昧な返事しか出来ないが、それを聞くと田辺先生はニッと口角を上げ俺の背中をバシンと叩いた。


「いっ……!なんなんですか」


「何度も言うが期待してるぞ副部長!」


 そう言い残すと田辺先生は教室の出口へと向かい歩いて行く。


 その背を目で追いながら俺はまだヒリヒリと痛む背中に手を伸ばした。


「意味が分からん……」


「あ、そうだ。これだけ言っとくか」


 急に立ち止まりそう呟くと田辺先生はくるりと後ろを振り返り、見下ろすように微笑んだ。


「相談部だからって何でも受け身で居れば良いと思っていたら大間違いだからな。時には積極性も必要だと忘れんなよ」


「それはどういう……」


  当然答える気も無いらしい。田辺先生はそのまま薄暗い廊下へと消えて行った。


 敢えて詳しく話していないところは自分で補完しろってことか。めちゃくちゃだなホント。



***



 休日は休日らしくが俺のモットーだ。休みの日と書くのだからゆっくりと家で日々の疲労から身体を癒す為だけに使うべきである。だが、


「なんで俺までこんなんに付き合わされなきゃならないんだ」


「はい、文句言わない」


 鈴はずんずんと前を行く。俺はそんな小さな背中を黙って追っている。


 今俺は鈴に連れ出され近所のショッピングモールに来ている。今日は「友達の誕生日が近いから」とか言って何か買いに来たらしい。俺は財布と荷物持ち要員らしい。


 しかし今日は疲れ切った俺を気遣ったのか昼前から家を出たので眠さなどはあまり無い。


 小洒落た雑貨屋の前に来たところで鈴の脚が止まり、そのままその店内へと身体の向きを変えた。


「おい、俺はそこのベンチで待ってるから。買うの決まったら言えよ」


「りょうかーい」

 

 気の抜けた返事をして鈴は店内に入って行った。


 俺は無数のガチャの立ち並ぶ前のベンチに腰を下ろし一息。そしておもむろに財布の中を確認した。


「あれ?……こんなんだったか?」


 中には千円札が4、5枚とジャラジャラといくらにも満たない小銭のみ。


 確かにここ最近は収入がないにも関わらず鈴の買い物に付き合わされてばっかりだったから仕方ないか。


 かと言ってまたバイトを始める気にはならない。しかし、免許や進学資金も考慮すると親も全額は出してはくれないだろうからそれなりの貯金は必要になる。


 口座には15万程あると思うがそれもこいつの買い物に掛かればいつまで持つのやら。


 

 

 しばらくして店内から出て来た鈴に呼ばれ、無事本日の目的を果たした。


 3000……うんまぁこんぐらいか。何買ったかすら知らないけど。


 当然のように荷物を渡され、俺は鈴の後を歩く。


 通り過ぎる度周りからの視線が気になってしまうのは陰キャだから仕方がないが、高校生男子のグループに変な目で見られていたのは多分気のせいじゃなかった。


「おいまだどっか行くとこあんのか?もう用は済んだだろ」


 折角の休日にこんな労働をさせられる側の気持ちも考えて欲しいものだ。しかも今日は行き帰り徒歩なんだから尚更体力のあるうちに帰りたい。




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