6.7 誰しも隠し事は存在する
そうそう、あれは集団生活において協調性を蔑ろにした俺に非があったんだ。
詳しく話す事でもないが正しさだけをぶつけ合う仲なんてものは存在しないと知る良い機会だったと今では思える程に昇華している。
「でももしあの時私が止められていたらって……」
「たられば言うなら俺もだ。俺がガキじゃ無けりゃあそもそもの問題は起こらなかったんだから」
納得はしていない様子。しかし俺から言える事はこんなもんだろう。ただただ事実を述べるまで。
にしても、まさかそんな事でこの数年もの間引きずっていたとは。お人好しとか通り過ぎもう逆に怖い。
「当時の…….こいつらとは今でも会ったりすんのか?」
話題を変える為にもありがちで凡庸な話題を提供した。すると笠原は少し考え、1人の少女を指差した。
「この子とは今も連絡取る事はあるけど……他の子とは全く……」
この性格だ。不要なことを気にしてそのグループから外れたりしたのだろうか。まあそうでないにしろ、
「何度も言うがもう過ぎた事だ、もうこれ以上引きずられると俺もやり辛い。生憎同じ部活動に居合わせてるんだし変なしこりは取り除いたほうが良いだろ」
「うん……」
3年以上も気にしていた事を突然無にする事は出来ないだろう。しかし今後の事を考えても今強引にでも解消できた方が良い。
当然、笠原はまだすっきりとしない面持ちでいる。
「お前が謝ろうとしていた俺がそうして欲しいって言ってんだから良いだろ。それともまだ何か言いたい事でもあんのか?」
「ううん、分かった。でも鈴ちゃんには後でちゃんと話すよ」
確かに、未だ鈴が何に怒りを爆発させたのかだけは不明だ。けど昨夜既に反省していたようだしきっと軽い勘違いみたいなもんだろう。
「そうだな……あいつも色々勘違いしてるみたいだし」
明るいとまでは言えないが、先程よりは少し軽くなった表情で笠原は頷いた。
「ごめんねお昼休みだったのに時間使わせちゃって」
「いや別に。俺も多少引っかかってはいたから。じゃあこれで」
俺は立ち上がり軽く目線だけで会釈すると部屋を出た。
教室に戻り時計を確認すると、思いの外時間は経ってしまっていて休み時間は残り10分程度になっていた。
飯は後で食べるとするか。
***
「じゃあその希美とのその……問題?は解決したんだね。内容とかはよく分からないけど」
まだ陽の強い16時半。
傘で行先をつつきながら神谷がどこか安堵を漂わせる。
「解決……まあそうなるんかな」
強引に納得させた感は否めない。が、こーゆーのは区切りをつけ無ければ後々面倒になるだろう。3年以上は大分引きずった方だと思うが。
「私も今朝はなんか希美元気無いなーとは思ってたんだよね」
神谷達にも話してはいなかったのか。確かに3年も抱え込んでいた問題をそうそう話はしないよな。俺にしたらそんな大層なものには感じなかったけど。
神谷の呟きが風に乗って消え入ったところで俺は俺自身の気掛かりになっていた1つの話題を思い出した。
数日前に鈴に唐突に聞かれた事。それも俺との関わりが殆どない柏木についてのことだ。
あの時は当然俺の情報網だけでは分かるはずもなく軽く失望されたが、柏木といつも一緒にいる神谷であれば少なからず俺よりは何か知っているだろう。
別に久々に妹に頼られて嬉しいとかそーゆーのではないからな。
「いつもと違うとやっぱ気付くもんなのか?」
「うん、大体は。いつも一緒にいるし」
やっぱそーゆーものなのか。親友もとい、友達なんて俺には存在しない関係性のためあまりピンとは来ない。しかし、俺にとっての家族のような距離の存在にそれらが当たるとすればなんとなくは理解できる。
あ、でも友達じゃ無くてもわかる時は分かるか。自分に対してだけやたら愛想が無かったり反応薄かったりすれば。
「どうかしたの?」
恐らくとてつもなく無駄だと思われる思考を巡らせていると、沈黙を気にした神谷がきょとんとした顔で尋ねてきた。
「いや別に。知り合いのことでちょっとな」
俺の気掛かりな事自体そもそも鈴の直感程度のもの。そこまで気にする事でもないか。実際俺が聞いてどうすんだって思いもする。
「美香となんかあった?」
「え……?あー……」
「なんかあったんだね」
え、俺なんも言ってないよな?なんでこんな瞬時に追い詰められんの。神谷超能力者かなんか?
「なんでそう思った?」
「うーん……何か聞こうとしてるなぁって思って……それでヤナギより私の方が知ってそうな人なんて希美か美香くらいだし。希美のことはさっき話してたから」
「なるほど」
思っていたより的確に分析されていた。俺もここまで言い当てられてわざわざ隠す必要もない。
「あったよ。俺は直接関与してないけど」
「鈴ちゃん?」
「まあそうだな」
またしても瞬時に言い当てられた。こーゆー早い切り返しはペースが乱される。
「鈴が言うには最近の柏木が息苦しそうだと。で、俺はよく分からないって言ったらなんかがっかりされた」
「息苦しそう……」
神谷は視線を彷徨わせ少し考える。そして、ハッとした表情で続きを話した。
「確かに少しピリピリしてる事は多いかも」
「それはいつもだろ」
「そんな事ないよ。美香はヤナギ以外には優しいよ」
当然でしょ?と言わんばかりに神谷はこちらを向いた。
なんだよそれ。俺めちゃめちゃ嫌われてんじゃねぇか。どーでもいいけど。
一瞬辞めようかとも思ったが話がここまで進んだ以上今更辞めるのも不自然だ。
「なんか知らねぇか?原因とか」
「うーん……私は部活が忙しいからかと思ってたけど」
神谷自身も腑に落ちないような言い方で小首を傾げる。
確かに部活で忙しく余裕が無いと言うのであれば大いにあり得て、さほど問題もない。時期が終われば元に戻るのだろう。しかし、もしそうだとしたら、
「鈴がわざわざ言ってくるのはなんか変だよな」
「そうだね。バレー部のことに関しては鈴ちゃんの方が私なんかより知ってると思うし」
なんだろう?と顎に手を当て視線を遠くに飛ばす神谷。
この反応からするに目立った異変はあまり無いと言うことだろう。
話が長引き俺と神谷はとうに交差点へと辿り着いていた。そろそろ他の生徒も来る頃だろうしこれ以上長引かせるのも良く無い。
「鈴の考えすぎだな、多分。悪いな変な話に付き合わせて。じゃあ俺帰るわ」
「全然。何か分かったら教えるね」
「おう……分かった」
多分俺に教えても何もしてやれないけどな。神谷は小さな手をいつもよりやや大きく振りながら横断歩道へと進んで行った。
***
スマホの通知が振動で俺の太腿へ伝わる。
最近はゲームの通知も切っている為突然の振動に驚きながらもパジャマの右ポケットへと手を伸ばした。
画面には最近になって目にする機会の増えたLINEのマークが出ている。
俺は万が一人に見られても恥ずかしく無いようにメッセージを非表示にしているせいで送信者は誰か判別できない。「お前のスマホなんか誰が見たがるんだよ」とかは言わないで欲しい。
「誰がこんな時間に……」
時刻は深夜12時前。流石に家族では無いよな。いや、この前は鈴が家に居ながらLINE送ってきてたか。




