6.6 誰しも隠し事は存在する
だから何故俺が謝られる。まぁここでそれについての口を挟むのもいかがなものかと思うので触れずにいこう。
「俺は別に……結局あーなった成り行きはなんなんだ?」
「あ……うん。少し長くなるかもだけど良い?」
「ダメだ。飯食いたいし。端的に頼む」
構わないと言われると思ったのだろう。笠原は少し驚いたような顔をした後、うん、と小さく頷いた。
「4月に初めてここで顔を合わせた時にさ、私柳橋くんに私のこと知ってるか聞いたでしょ」
「あぁ……聞かれた気もしなくはないな。よく覚えてねぇけど」
そんなこと覚えてるわけねぇだろ。会話の一つ一つまで覚えてるとかもう記憶力とかの問題じゃない。
「私が柳橋くんのこと前から知ってたから聞いたんだ」
前から?少なくとも俺にはなにか繋がりがあった覚えはない。しかもこの容姿とあれば男なら誰でも一度見たら多分忘れないだろう。
「この前鈴ちゃんも言ってたでしょ、中学校が同じで中学1年生の時同じクラスだったって」
「あー、そんなこと言ってたな。けど俺は同中のやつなんかほぼ覚えてないから」
これは当人の前では失礼に当たるのかな。まぁ良いや。
「そっか……じゃあ私の事も本当に全く覚えてなかったんだね」
「え……まあ、そうなるな」
……気まずい。やっぱり言うべきではなかった言葉だったらしい。てか論点がちょっとズレて来ている気がするんだが。
しかし俺も流石にアホじゃない。中学1年で同じクラスで俺を知っていると言うことだけで話したい事など一つしかない。
「つまり、俺が色々やらかして白眼視されていた時の話をしたいって事なんだろ」
「あ、いや……」
やっぱりな。
城北高校なんてここらでは偏差値の高さで知られる公立高校でうちの中学からなんて毎年そう多くは進学しない。そんな所に来れば黒歴史をまた引っ張り出す必要も無いと思ったんだけどな。
「そんな話する必要ないだろ。とっくに終わった事だ」
基本的にNG無しの俺としても過去の過ちをそう何度もつつかれてはあまり気分の良いものでは無い。
「そうだよね……」
「けどまぁ、それが何か鈴とのことに関係するってなら話くらいは聞く」
流石にここで何も聞かずに引き返すのもおかしな話だ。笠原も何か相当な決心をして話そうとしているようだし。
「この前柳橋くんが部屋を出たすぐ後にね、鈴ちゃんに聞かれたの。『柳橋くんになんで構うのか』って」
え、なにそれ。あいつ笠原にどーゆー質問してんだよ。
「俺に構う……?俺ってそう見えてんの?」
何気にショックだな、それは。俺そんな可哀想な見方されてたなんて。
そんな俺を気遣ってか、笠原は即座に手をぶんぶんと振り否定を示した。
「あ、私は全然そんなつもりないんだよ!……でも、鈴ちゃんにそう言ったら『何か理由が無いと変だ』って言われて」
「我が妹ながらひでぇ言われようだな……。それでお前は?」
「私はそれで…….理由は無くはないけどって言って、そしたら鈴ちゃんが……」
ほぉ、それで鈴があーなったと……。
なるほど、説明されたのに俺が謎に火種になっていたこと以外は1ミリも分からん。
「聞いた感じ全面的に鈴が悪くねぇか?質問の意味も訳分からねぇ」
「私も最初は分からなかったよ。でも最後には全部分かった」
笠原は自分のスマホから一枚の写真を俺の前に差し出して来た。
「これ、この前鈴が笠原に見せてた奴だろ?俺の中1の頃の集合写真。あ、笠原のでもあんのか」
目の前に出された手前それを覗き込むと小学生と大差ない幼い顔の少年少女が並んでいる。
仲良さげに肩を組む者や変顔をしている者もいるがその傍でひっそりと佇む者もちらほら見える。まぁ俺は間違いなく後者に当たる。
「俺は多分この辺に……あれ、いなくね?」
俺の立っていそうな端を探すも姿はない。しかも視界に映る人はほぼ見覚えがない。
「その日柳橋くん休みだったんだよ」
「なんだ。一瞬俺の場所だけ加工で消されたのかと思ったわ」
「そ、そんな事しないよ!」
笠原は慌てながら否定するが俺としてみれば正直どっちでもいい。
しかし何故この写真を笠原が……いや、鈴が笠原に見せたのかって事だな。あとなんであいつが持ってんのかって事もか。
「で、これになんの意味があんの?」
「これにって言う訳では無いんだけど……この時期ってその……」
「ああ。確かに俺がちょっと居心地の悪かった時期だな」
今も居心地良いと言えるのかは分からないが、これは多分一悶着あった直後だろう。それもこの写真の中央らへんに映っている所謂一軍と言う彼らと。
視線をそちらへ向けると予想通りいかにも「陽キャ!」って感じの男女が肩を寄せ合って映っている。
まぁ当時であれば色々思う事はあったのかもしれないが今見たところで何も思いはしない。何か言葉を掛けるとすれば「楽しそうで何よりです」ってとこだ。
と、そこにスッと細い指が伸びて来た。
「これ、私なんだよね。分からなかったかもしれないけど」
笠原の声が耳に届くと同時に指示された先にいる少女へ自然と目が行く。
赤茶色の長髪をツインテールで束ねた色白の少女。計算されて作られた人形のようなその造形は当時の笠原と言われれば確かに頷ける。
「へー……そうだな、気づかなかった」
当然のように、ふざけた顔をした少年やお揃いのピースサインを掲げた少女らに囲まれている。だが、
「なに、この時喧嘩でもしてたの?お前だけめちゃくちゃ微妙な顔してんじゃん」
「……」
しばらく返答がないのでその写真から目を離し正面を見た。
「え……なに……俺なんかまずいこと言ったか?」
おいおい、これは予想外だぞ。
目の前にいる笠原は眼を擦り隠すようにしながらも涙を流している。そして俺の問いかけには首を横に振って否定を示した。
「じゃあなんで突然泣き出すんだよ……」
こーゆー時に実感するんだよなぁ、経験値の差を。この場にいるのが中澤だったら優しい言葉の1つでも掛けて綺麗なハンカチでも渡すんだろうな。
そしてそこから互いに惹かれて美男美女カップル誕生と。あーめでたいめでたい。
けど俺はそんな気の利く青年なんかじゃないからな。答えを待つくらいしか出来ない。
「ごめん……私が泣くのは間違ってるのに……」
何を基準に間違っているのだろうか。俺には泣いている理由も間違っているというその言葉の持つ意味もよく分からない。
笠原はそう言うとごしごしと涙を拭い去り赤く擦れた瞳を俺に向ける。
「私がこの時仲良かった子達がね、柳橋くんに良くない事言っているの聞いちゃって……でもその時みんなにダメだよって言えなかったんだ」
嗚咽混じりに笠原は言葉を絞り出す。それを俺も視線だけは写真へと落とし、黙って聞いた。
「最初は喧嘩でもしちゃったのかと思ってたんだ。でも段々時間が経ってもそのままだったことに気づいて……でも何も出来なくて罪悪感ばっかり膨らんでいって」
それでこの時はこんな感じだったってことか……。いや、でもまあそれは別に、
「お前がそんな罪悪感持つことでもないだろ。何もしてないんだし。てか、あれは全面的に俺が悪かったって事で片付いたんだよ」




