6.5 誰しも隠し事は存在する
やっぱり何かしらの訳ありか……。まあこれ以上は立ち入る気はないけど。二人の間のいざこざは勝手に収めてもらうとしよう。
「悪いな、なんか色々と……あいつにも良く言っておく」
面倒なことになったなぁとは思う。しかし本当に散々なのは笠原の方だろう。
行く気も無かった同級生の家に無理矢理連れ込まれそこに居合わせた後輩と衝突。そんなこと俺だったら物凄いストレスだ。
「ううん、私が悪いんだ……」
笠原は小声で俯きながら言う。表情こそはっきりとは見えないもののこんな状況、誰であろうと彼女の心情を慮ることくらいできる。
「いや、お前は別に」
「違うの。私、本当にダメな人間でどうしようも無くて……でもこのままにしたくはないから……」
俺の言葉を遮りぽつりぽつりとまとまりの無い心の声を吐き出すように言葉をつなげる。
そして顔を上げた。
「……だから今度はしっかり謝らせて欲しい。それで全て許して貰おうなんて思わないけど」
「お、おう……」
謝る?やはり俺の居ない僅かな間に何かあったのか……。何にせよ俺には返す言葉は見つからない。
それを見かねてか笠原の方から帰り支度を始めた。
「ごめん私もう帰るね。また学校で」
「おう……気を付けて帰れよ」
ありがとうとだけ言い残し、笠原は静かに家を出て行った。
何だこの異様な気まずさと罪悪感。明日から俺はどう接したらいいんでしょうね……。
***
重い腰を持ち上げ起床。
皺まみれのシャツとゴムの抜けたジャージに身を包みながら気怠い欠伸を吐き出した。
あんなことがあった為、昨晩はあれっきり鈴の顔を見ていない。しかし、あいつなりに反省はしているのか、真夜中でLINEで「ごめんなさい」とだけ送られてきた。
リビングへ出ると両親はおらず、テーブルにはいつものように朝食と弁当が置かれていた。鈴ももう朝練に行っているのだろう。
テレビをつけ、音だけでニュースの情報を仕入れながら黙々と食事を摂った。
さて、どうすっかな……。俺の立場としてもあの二人の仲が険悪なのは宜しくない。あまり仲良くされすぎても困るがそれなりの関係性ではいて欲しい。
だからといって何も知らない俺がどうすることも出来ないんだよな……。ここ最近で1番デカい悩みができてしまったかもしれん。
この妙な疲れと憂鬱を俺は麦茶で一気に流し込んだ。
***
いつもより少し遅く学校に着いた。そのため始業までは然程時間はない。
とは言え、残り数分ですらバカ長く感じるこの空間。俺は無意識にスマホへと視線を落とした。
やはり昨日は臨時召集だったようで、特にLINEも来ていない事からも、今日は多分部活は無い。となると俺は誰とも関わることも無く1日を終えるだろう。いや、帰りは神谷と会うか……。
俺は「誰か人を探していますよ」と言う顔で後ろを振り返り、教室に溢れる面々を見た。
すると、1つの塊にいる男がにこりと微笑んで見えたがまぁ、あれはいいや。確認したいのはそれじゃない。
なるべく誰とも目が合わないようにしながら続けると、中央後方に集まる3人の女子生徒のグループが談笑しているのが見えた。
そう、俺がこうしてまで確認しておきたかったのは笠原の現状。笠原は自分が悪かったのだと言ってはいたが俺の見た場面だけでは鈴が一方的に責めていたようにしか見えなかったからな。
怪しまれぬよう少し視線を外しながら探る。だが俺の位置からは彼女の背面のみしか見えず、心情なんかは分かる筈も無かった。
まあ変わらず登校しているし俺の考えすぎか。
そろそろ2つ後ろあたりの席にいる集団の視線も気になり始めたので俺は静かに正面へ向き直った。
考えてみれば2人ともコミュ力お化けだし陰キャの俺が気にするような話では無かったな。
「あ、あの……柳橋くん、おはよう」
「げっ……お、おはようございます……」
突然の呼び掛けに横を見るとさっきまで後ろで談笑していた筈の笠原が立っていた。しかもやっぱ普段より勢いはない。
「げって何?あとなんで敬語?」
「色々と驚いたんだよ」
昨日のことを俺は目の前で見てんだかんな!驚くぐらい許せ。
「何か用か?」
「うん、昨日のこと……なんだけど」
「おう……」
ですよね。何となく察してました。てか、それ以外の話題ならそのテンションで来ないしね。
特に何も気にしていない風を装いながら俺は真顔で彼女の言葉を待つ。それに応えるよう、とても言い出しづらそうにしながらも笠原は続けるように言葉を発した。
「私から柳橋くんに話したい。だから今日部室で会えないかな……」
「別に俺は構わないけど……」
予定なんか何も無いし。
笠原はホッと一息を漏らし安堵の色を浮かべる。
「ありがとう。それじゃあ昼休みに待ってるね」
昼休みか。てっきり放課後だと思って聞いていた。まあ笠原は部活で色々と忙しいのだろう。
俺は「了解」の意を込めて頷く。するとそれを待ってたかのようなタイミングで始業のチャイムが鳴った。
***
朝から3時間の授業を終え、昼を迎える。
吹き抜けから見える購買ではパン屋しか来ていないにも関わらずそれなりの賑わいを見せていた。
パン屋の店主と思われる中年の男の雄叫びのような声が響いている。躊躇なく昼食やおやつとしてパンを購入する学生は良い収入源にでもなっているのだろうか。
そんな光景を横目に、俺は蒸し暑い空気の充満する廊下を抜け、物静かな部室の前へと着いた。
ふと思い返してみれば何故俺がここに呼ばれているんだ?
仮に笠原が自分の過失のことで謝りたいのだとしてもその相手は鈴の筈だ。逆に何かまだ言い足りないことがあったのだとしてもその相手は鈴だ。
もしや俺は伝書鳩的なアレか?2人の関係を取り持つ1番面倒臭そうな役回りじゃねぇか。
一瞬で答えに辿り着いてしまったような気分になり、やや面倒に感じて来たが、だからといってこのまま帰るわけにも行かない。
まだ飯すら食えてないし、さっさと話だけ聞いて帰るとしよう。
短く息を吐き、ガラリと扉を開け中へと入った。
「あ、柳橋くん」
予想通りと言うべきか必然なのか笠原は既にソファの定位置に座っていた。
そして、目が合うや否や返答のしようのない言葉を投げかけた。
俺はそれに会釈とも言えない目だけで頷くような仕草で応じ、俺もソファへと腰を下ろした。
「それで、話したいことってなんだよ」
「あ、えっと……その……」
まあそうスッと話したりは出来ないか。何か長くなりそうだし軽く腹の足しになるもの持ってくりゃあ良かったな。
分かりやすく頭の中を整理する笠原。俺はただじき発せられるであろう笠原の次の言葉を待つ。
「……」
とは言ってもこの間は陰キャにはキツいな。まるで陰キャ同士のペアワーク。
一応会話中な訳で、スマホを弄るわけにもいかない。かと言って目の前にある異常なほどに整った造形を眺めていると言うのもそう簡単ではない。
窓の外なんかを眺めたりしてひたすらに時が経つのを待っていると遂に笠原が決心を固めたように話し出した。
「あの、昨日は本当にごめん」




