6.4 誰しも隠し事は存在する
たった2人玄関前に残された。
「悪いな毎度毎度……」
「ううん!お、面白い人だよねー……」
まったく、親と子がこうも似つかないと俺が1番困るんだよ。
ほぼ誰も来ない中学生の参観日に意気揚々と現れてクラス中で「あの人誰の親?」とか囁かれた時は本当にしんどかった。
我が子の立ち位置を考えた行動をとってほしい物だ。
「その……私はどうすれば……」
ふと昔の嫌な記憶を思い出してしまったところで、かなり気まずそうに玄関前に立ち尽くす笠原が声を掛けてきた。
まあそうだよな。この状況の1番の被害者は他でもない笠原だ。
「今日はもう帰っ」
「何してんの?あれ?え、希美ちゃん!?」
俺の声を遮って現れた小柄な少女。こりゃまた面倒なのが帰ってきてしまった。
鈴は俺と笠原を交互に見た後俺に怪訝な眼を向けた。
「希美ちゃんのことうちに呼んだの?」
「断じて呼んではない。家の前まで来たところで母さんに捕まったんだ」
あ、なるほど。と鈴はすぐに納得した。さすが、この家に伊達に15年住んではいないな。
ならばこれで一件落着……。
「希美ちゃんは上がって行かないんですか?」
「え!?」
この流れからは予想だにしない鈴の発言に笠原も同様の色を見せる。
やっぱりあの人の子か。なぜその発想になるのか全くもって理解不能。
「あのな、別に笠原はうちに遊びに来たわけじゃねぇの。ただの帰り道に母さんに捕まったってだけなんだよ」
俺のした説明が、鈴にはまだ理解できないようで、はて、と首を傾げる。
じゃあさっきの「なるほど」は何への理解だったんだ?
鈴はそのまま笠原へと視線を移した。
「希美ちゃんはもう帰るんですか?」
「え……まぁそのつもり……だったけど……」
「えーせっかくここまで来てくれたならちょっと上がって行ってくださいよー」
「えっと……」
ここは宿屋か!何で近くまで来た人を何も無い家に招き入れようとすんだよ。
しかし、まあこっから先は鈴の友達って言う事でどうぞ好きにしてくれ。
俺は再度2人を一瞥した後玄関へと足を踏み入れた。
***
乾いた喉を麦茶で軽く潤し、戸棚に置かれた一口サイズのドーナツを口に放った。
結局笠原も断りきれなかったようで、俺が家に入ってから数分後には控えめな「お邪魔します」が玄関の方から聞こえて来た。
元は俺の知り合いであるからか、いつもであれば即座に自室へ追いやってくる鈴も今日は特に何も言ってこなかった。
2人はリビングのダイニングテーブルに対面で座り、家にあった菓子と林檎ジュースを前に談笑していた。
静かなはずの空間に2人の声だけが響く。
鈴が友達を呼んでいればこんなもんなのだろうが鈴の使う不慣れな敬語が妙に耳につく。
「希美ちゃんってバスケと陸上以外のスポーツとかは何かしますか?」
「あー……小さい頃はバレーボールと水泳は少しだけ習ってたことあるかなー。小学校で辞めちゃったんだけどね」
さすが天才。こーゆーのをスポーツ万能って言うんだろうな。その才能一つくらい分けてもらいたいくらいだ。
「えー!?」と大袈裟に驚く鈴に笠原はあははと遠慮気味な笑みを浮かべる。もはや会話というよりは鈴の一方的な質問攻めといった感じか。
なんだ、想像していた数倍仲良くなってんじゃん。俺にはなぜあのコミュ力のお溢れすら巡ってこなかったんでしょうね。
はぁ、と安堵と嫉妬の混じった短いため息を漏らしつつ、俺は用を足しに部屋を出た。
***
便所から戻ると、部屋の中からはまだ話し声していた。
このままここで盗み聞くのも気が引ける。荷物を回収し、ぼちぼち自室に向かうとしよう。
「希美ちゃん知ってますよね」
「え…….」
ドアノブを捻りかけていた手が思わず止まった。
鈴の声色は先程のあっけらかんとした物ではない。誰もが気づくであろう変わりぶりにすかさずドアに耳をつけた。
「多分全部知ってますよね」
抽象的な言葉を続けて投げかける鈴に対し返答する笠原の声は聞こえない。これはなんかまずい空気だよな、絶対。
俺は1度深呼吸をした後いつもより気持ち勢いをつけてドアを開いた。
「喧嘩でもしてんのか?そーゆーのは外でやってくれ。ここは俺の家でもあるんだ」
数秒間沈黙が流れる。
俺の立つドア前と反対の位置に座る笠原は当然動揺していると見れる。俺と目が合うとぱちぱちと瞬きはしつつ表情は硬直。鈴はちらりと振り返り俺を見た後、すぐに笠原へと向き直った。
いったい何なんだ……。ドラマ的な展開ではここから浮気問題が浮上して修羅場と化す、みたいな感じだが多分そーゆーのでは無い。
今すぐにでも立ち去りたい空気感だがこの後の展開も放っておける感じでも無いので動くに動けない。
異様に長い静寂の後、鈴が口を開いた。
「希美ちゃんって鈴達と同じ中学校でしたよね」
「えっと……う、うん…….そうみたいだね……」
あ、俺の話は無視の方向ね……。まぁそっか、そうだよな、いつも……。
俺は半ば諦めつつ自分の荷物のある台所へ向かい、本当に物が飛ぶほどやばそうだったら止めようと、しばらく様子を見ることにした。
にしても、この2人には中学の頃に因縁的な何かがあったのだろうか。鈴は依然笑っていない。笠原もなんだか気まずそう肩を窄めている。
鈴は続ける。
「じゃあ、お兄のことも知ってましたよね。中学1年の時同じクラスだったんだから」
そう言うと鈴はバッと自分のスマホを笠原の前に置いた。
中学1年?そんな時期の話をされても……俺自身当時のクラスメイトなんてほとんど覚えてないし。てか、いつのまにか俺が登場してやがる。これはこっちに飛び火しかねないよな……。
「おい鈴。何をそうカリカリしてんだよ。せっかくお前が呼んだんだろ?もっと楽しそうな話しろよ」
まぁ何をあるのかは知らんけどこの空気は良くない。笠原もさっきから出されたスマホ画面覗き込んで動かないし。
正直こんな顔をする鈴はここ最近で見たことがない。
「お兄はさ、多分気づいてないよね」
「ん?何の話だよ。お前が何を言いたいのかは知らねぇがこれ以上こんなの続ける気なら笠原には帰って貰え」
今までなら鈴の人間関係にまで口出しする気は全く無かったが、面倒なことに俺は今年度から妙なコミュニティが出来てしまっている。
ここでいざこざを起こされると今後の活動にも響きかねない。今はこれを早く終息させるべきだ。
「もういい……」
そう言い放ち、キッと俺を睨みつける鈴。その目は僅かに潤んでいた。
鈴は笠原の前に置いていた自分のスマホを取ると席を立ちそのままリビングの外へ消えて行った。
「何だよあいつ……」
情緒不安定過ぎるだろ。最初は仲良さげだったじゃねぇか……。
いったい俺が席を外した1、2分の間に何があったって言うんだ?この場においての衝突は回避したものの、今後も色々大変そうだな。
2階からガタンと扉の閉められる音がし、一瞬ビクとしながらも笠原の方を見る。笠原はかなり神妙な面持ちで斜め下へ視線を落としていた。




