6.2 誰しも隠し事は存在する
扉を開けると部室には既に俺以外の3人が来て居た。
ソファに腰掛ける彼等は、笠原と中澤の大会と思われる話に花を咲かせている。
こーゆー時の陰キャはどうするか、そんなのは一択だ。
俺はそれらを邪魔せぬよう、ソファには座らずさりげなくパソコンの方へ向かった。空気を読めることこそが俺の持つ最大の武器だからね。気配まで消せればもう満点。
しかし、この狭き空間においてはそうも行かない。
「全員揃ったし始めようか」
そう言うと中澤は、穏やかな目で俺に微笑み掛けて来た。そんな目を向けられてもそれに返せる笑顔を俺は持っていない。だからどうすることもできない。
だから俺はこの微妙な間から脱しようと、カチカチとパソコンをいじりメールを確認した。
予想通りふざけた中身のもの以外はこれと言ったものは来ていない。
「確認も兼ねて一応聞くが今日は何故召集を?」
「あーそれは……何かメール来てるかなぁってのと……」
言いながら笠原はクリアファイルの中からガサガサ何かを探す素振りを見せる。
なんだ、ちゃんと用件もあったのか。まあ流石の笠原も日常活動で召集をかけるような事はしないか。
そろそろ本題が切り出されそうなので俺も空けられたソファの一角に着いた。
「これ!今日の朝田辺先生から渡されてて……」
ヒラリと3枚の紙が机に並べられた。中澤が白黒印刷のそれらを見やすいようバラバラに広げる。
「ボランティアの依頼ってことかな……」
「そんな感じだと思うんだけど……」
俺も少し上体を前に出し覗くと1番近くに置かれた3枚目の紙には記名欄が設けられていたのが見えた。
どうやら中澤の言う通りボランティア活動の一種で、しかもこの手紙の送信先はまたしても見覚えのある名前から。
「これ、この前運動会の手伝いした小学校からだよね……ヤナギの母校の」
「そうみたいだな」
前回の運動会のこともあって田辺先生がまた考えもなく受けたのだろう。本当に人使いの荒い人だ。
記載された内容によると、社会科見学の付き添いという事らしい。
「日程はまだ結構先になるんだけど……テストも近いし、もし勝ち進んでいたら私達も大会があるから強制はしないって!」
手紙を覗き込む3人へ笠原が補足を加えた。
「じゃあパスだな」
誰が自主的にガキの世話を焼きに行くんだよ。こんなん全員……。
「あ、ごめん。田辺先生が柳橋くんは強制参加だって」
「は?なんで俺だけ?」
待て待て待て。あの人やってんな。俺も色々忙しいんですよ。
「わ、私に聞かないでよぉ……そう伝えてって」
まったく……。本人に聴いたところでどうせまたコミュ障克服だのなんだの言われるだけだろうしもういいや。俺のコミュ障は不治の病もしくは先天的才能だってのに。
「あ、私も参加するつもりだから大丈夫だよ!」
笠原がなぜか俺を励ますようにガッツポーズを見せて来た。
「何が大丈夫なんだよ。別に1人が嫌で参加したく無いんじゃ無い。そもそもこれに参加したく無いんだ」
お前らと一緒にすんなよ。別に1人だろうが4人だろうが面倒なことには変わらない。
笠原はそうなんだ、と苦笑い。
「でもさ、社会科見学なら俺達にもいい経験になるんじゃ無いかな」
中澤は意識をなんとかポジティブな方向へ向けようと説得するような口調で話す。
小学生向けの社会科見学に学びも何も無いと思うが……どの道俺に断る術はない。
「じゃあ私も参加しようかな」
結局4人とも参加するらしい。けど今回は人数指定も無いことからさほど面倒な役回りを担う事は無さそうだ。あちら側としては、「居てもいなくても大丈夫。でも居てくれたら少し楽」って程度なのだろう。無料でホイホイ来てくれる高校生なんて使い勝手も良いんだろうな。
4つ目の欄に俺が名前を書き終えたところで本日の議題らしき物は無事終了。笠原が手紙を回収し、再びクリアファイルへ入れた。
「今日はもう帰って良いんだよな」
俺はカバンを肩にかけ席を立つ。話の流れから、部活は今日から再開した訳ではなく臨時的に集められただけ。それならば無駄な拘束時間も発動はしない筈。
尋ねる必要はないのかもしれないが後日再び呼び出されるのも面倒だ。
「うん、まあ用件は済んだんだけど……」
「ん?じゃあもう良いんだろ?」
「うん……」
中澤の中途半端な返事が妙に気持ち悪い。こんな人気者感出して居てなぜこいつはこう……まぁいい。俺はどこか納得のいかないまま出口の方向へ身体を向けた。
「あのさ!……さっきね、この後皆んなで、遊ばないかって話してたんだけど柳橋くんもどうかなって」
呼び止めるように背中に言葉を投げかけられた。分かりきった答えしか出ないが、このまま無視をするのは人間的にアウトだろう。
「いや、俺はいい」
皆んな、ね……俺が最も嫌いだった言葉だ。
聞こえよくいかにも除け者を作って居ないかのような言い方だが、実際はそんな優しさなんか含まれて居ない。あの一言だけで言い表せてしまうほどの線引きが除けられる側の心には明瞭に引かれてしまう。
ぼっち初心者の頃はそこに入ることこそが正しいと、まるで取り仕切る彼等を目指すような気勢すら持っていた気がする。決して入る事はないのにな。
「何か用事?」
神谷が単純に疑問であるというように尋ねてきた。
「まあ……そんな感じだな。どうぞ3人で楽しんで来てください」
学校帰りの用事など陰キャぼっちに存在する訳がない。あっても医者か通販の受け取りくらい。
数年前の俺だったら「せっかく誘ってもらったから!」とか思っているだろう。そして部下のようにホイホイ着いて行ってカラオケやボーリングの引き立て役に使われて終わってた。
しかし、笠原達はそう言った類の人間ではないことも俺は知っている。
だとしてもだ。他人への迷惑を考え、しっかりと自分の立場をわきまえた上での判断としてここは引くべきところである。
「そうか、残念だけど用事なら仕方ないね。じゃあ俺達は……」
「私達も帰ろうか、また皆んなの都合が合う時にしよう!」
笠原はそう言うと俺にニコりと微笑む。
あれ……これは予想外。邪魔しないように動いたつもりが計画を全て潰してしまったらしい。
中澤はそのつもりは無かったみたいな顔してるし。
「あ、マジで俺抜きで行ってきていいから」
「ううん。だって4人で行きたくて私が提案したんだもん」
「そうか……」
おい、めちゃくちゃ気まずい空気なんだが。笠原はもう普通に帰り支度し出しているし、中澤も微妙な顔のまま荷物をまとめている。神谷は……よく分からん。で、俺はどうすりゃいい?
今から「やっぱり大丈夫です」ってのもうざいだけだよな。……じゃあ今日はこのまま帰宅の流れに身を任せるのが吉か。
全員が支度を済ませ退室した事を確認し、笠原が鍵を閉めた。そこからは以前と変わらず、そのまま帰路へ着く。
歩道には2列で前に笠原と中澤、後ろに俺と神谷というあまり無かった組み合わせだ。4人の時は基本3人と1人だったからな。偏りは気にするな。




