6.1 誰しも隠し事は存在する
うーん……。強いて、強いて言えばいつもより気持ち穏やかだったような気もしなくは無い。けどそれは柏木の外見的なものもある。多分鈴の聞きたい答えでは無いだろう。
「目立ってどこか変だとかは特に……」
「そっか……」
考えてみれば、今日もいつものように物凄い睨みを効かせられた訳だ。俺に対しては完璧過ぎるほどの平常運転と言える。
鈴は何故かガッカリしたようにはぁとため息を吐いた。
「どうかしたのか?」
「ん?まあね……鈴の思い過ごしだとは思うんだけど最近の美香ちゃんがなんて言うか……息苦しそうに感じるんだ」
「息苦しそう、か」
復唱してはみたがいまいちピンと来ていない。
もとより、俺は柏木について本当に何も知らないと言っても過言では無い。
知っているとすれば、友人を異常に信頼し大切にしている事。あとは盗み聞いた話で、頭がよく運動神経も良く、そしてバレー部でも活躍していると言った容易に想像出来る能力値程度だ。そんなもの何の役にもたたんだろう。
「相談ってのはあいつの異変について聞きたかったって事か」
「うん、まあそんな感じ。でも知らないなら仕方ないね、ありがと。おやすみ」
「……おう」
鈴は口早につらつらと答えると、俺を突き放すように言葉を繋げてきた。俺も咄嗟に返しはしたが、鈴が欠片も振り返ったりしなかった事から、おそらく聞こえてもいなかったのだろう。
どうやら俺は今物凄く失望されたらしい。
***
イベントはその準備期間とその翌日こそ盛り上がりを見せる。
体育祭にしろ文化祭にしろ前日準備にピークを迎え、本番を過ごした翌日に2番目の盛り上がりが待っているのだ。
そう、つまり今日がそれにあたる。全員参加の体育祭などには大きく劣りはするが、ほぼ全ての部活が参加する地区大会となれば勝ち負けや人気者のハイライトなどで十分に盛り上がる。ローカルニュースにでも映れば尚更だ。
早朝の廊下では、どの教室からもさまざまな競技の結果報告会が聞こえて来る。
昨年は1年と言う事もあってそれなりに一部だけが盛り上がっていた印象だが、2年ともなれば主力で出場する人らも多いようで雰囲気も去年の比ではない。
俺はそんな彼ら彼女らの声量をイヤホンで半減させながら黙って自分の教室、自分の席へ向かった。
椅子に着いたところで、息苦しい喧騒にふぅとため息が溢れる。
「あ、おはよう!柳橋くん」
隣の席に腰を掛けて話していた3人組の男衆の1人が振り返りながら俺に言った。妙に清々しい表情に’爽やか’と言う言葉の代名詞のような風貌。そしてこの僅かに見下ろすような目線。
中澤優也だ。
軽く会釈をして顔見知り相手へ送る俺なりの最大限の愛想で応じた。
多分笑えてはいなかった。
「優也ってさ、ぶっちゃけどうなん?その……ヤナギなんたらくんのこと嫌い?」
「あ、俺もそれ気になってた」
コソコソと明瞭では無いが聞こえてきた。声の主は中澤の取り巻きにあたる大江と丸山だ。俺がイヤホンをしているため聞こえていないと思っているのだろう。
残念!俺に対する当たりが強そうなやつが近くにいる時は俺は音楽を止めている!
「まぁ、嫌いでは無いよ、ちょっと変わった人だけど面白いし」
面白い、ね。陰キャに対するそれは揶揄になるんだぞ。覚えておけ。
俺は再び再生ボタンを押した。
オタクじゃ無いぼっち陰キャの俺がどんな音楽を聴いているかそろそろ気になってきたであろうから伝えておこう。
先述した通り、オタクでは無いため、アニソンでもなければ、陽キャでも無いため洋楽でもない。かと言って流行り物のJポップやKポップでも無い。
ん?よく考えればここまで引っ張るほどの、ものじゃ無いよな。……正解はパンクロック。それもあまり売れてないインディーズバンドのもの。
似合わないとか言うなよ、そんなん俺が一番理解している。
つらつらと流れる歌詞画面に目線を落としていると、ピッとLINEの通知が視界に割り込んできた。
俺は普段から、万が一あの母親からのメッセージなど人に見られでもしたら死にたくなるので、メッセージは非表示にしている。そのせいで急な用事などにも対応に遅れてしまうことが多々ある。
今回もそうはならないようLINEを開いた。
画面が切り替わりトーク一覧が開かれる。通知の入った部分を確認すると、発信者は不明だが、それは相談部のグループLINEだった。
俺は無意識にそれを開いた。
『今日の放課後は久しぶりに部活再開します!!』
希美と書かれたアイコンからそう吹き出しが飛び出している。何故だか、あいつが話していると思うと!の効力が10倍増しくらいに感じてしまう。
一応の一段落がついたと言うことで溜まっている相談を少しでも片付けようと言う意図だろう。
それに今日はいくつかの運動部が休みになっているらしい。誰かからの盗み聞き情報ではあるが。
すると、程なくして2度俺のスマホが手中で振動し、神谷と中澤から「了解」を意味するスタンプが送られた。
これは……俺も送るべきなんだよな……。こーゆーの経験ないからよく分からないんですけど。
けど俺に予定がない事は分かった上での報告だろう。俺が返さなければならない絶対的な理由とかってのは……。
「送らないの?」
斜め上から見下ろしながら中澤が言った。イヤホンのお陰でさほど驚きはしなかったが俺の心境までも覗き見されていたみたいでなんか気持ち悪い。
「……勝手に覗いてんじゃねぇよ」
もしそれやったのが俺だったらこんなもんじゃ済まねぇからな。
ごめんごめんと軽い謝罪をする中澤。後ろには先程までいた取り巻きの姿は無く、体の向きまでこちらに向いている。
ここで何も送らなければなんだか負けたような気がしてならないので「了解」とだけ送った。
「そー言えばさ、柳橋くん土曜日にあったバスケ部の試合見に行ってたんだね」
いかにも機会を伺っていたようなタイミングだな。
「行ったけど。それが何か?てか誰から聴いたんだよ」
「あ、いや……笠原が嬉しそうに話してたから」
嬉しそう……?見に行っただけでそれはないだろ。神谷みたいに声援送ってた訳でもないし。
返答待ちのようにこちらを見る中澤を他所に俺は一限の準備を手早く済ませた。
「もうホームルーム始まるけど」
俺の指摘にハッと腕時計を確認した中澤はガタリと机から腰を下ろす。
「もうそんな時間か、じゃあまた放課後で」
返事を返す間もないまま中澤は去って行った。結局何をしたかったのだろう。この数回の会話にまるで意味を感じない。
あいつも何がしたいのか良く分からない奴だな。いや、それも俺のコミュ力の問題なのかもしれないが。
***
放課後になり教室内は騒々しく動き出す。見た感じ今日はやはり部活に向かう人影は少ない。
部活があれば準備等でガヤガヤとしているが、無ければそれはそれで遊びに行かんとする集団の行き先相談がそこかしこから響く。
そんな中俺は部室へと向かわねばなら無いらしい。




