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5.14 人の本心など簡単には分からない

 結果の分かり切っていたような試合も終了し、俺達は会場を出た。


 城北高校が最後の得点を決めた直後にやったー!などと笠原達が騒いだせいでこちらを見た柏木に気づかれ、ついでに鈴にも気づかれ、2人から睨まれた。いったい俺は何しに来たんだよ。


 俺からすればあの試合に負ける未来など全くと言っていいほど見えなかったのに何故あれほどまでの喜びを表現出来るのかが謎でならない。


 俺は爽やかと言うには少し気持ち悪く温い空気を鼻で吸い込み、吐き出した。


「2人はこれからどっか行く予定?」


 先程より興奮の少し収まった笠原は、自分の左にいる神谷と後ろにいる俺の中間辺りを向いて問う。


「予定……」


 小さく呟いた後くるりと俺を見る神谷。


「なんだよ。俺はなんもねぇよ」


 出来れば寝たい。てか俺が外に用事あることなんて年に数えるほどしかない。


 神谷は「何も無いって」と笠原へ告げながら前へ向き直った。


 こーやってここだけ切り取られると俺そのものに何も無いって言われたみたいな感じになる。


「そっかぁ……でもこのまま帰るのもなー」


 不満そうに笠原が空を見上げ呟いた。雨の多い新潟県には珍しく眩しい程の晴天に白い素肌が光る。思わず視線を奪われかけたが急いで戻した。


「せっかくこんなにいい天気なのに家に帰っちゃうのもったいなく無い?」


「別に」

「無いな」


「え……!」


 思いがけないタイミングで意気投合した俺と神谷に笠原は眼を丸くしていた。


 そんな笠原を他所に神谷は話を加える。


「元々肌弱いから外に出る方じゃ無いし。新しい漫画買ったばかりだから家でも充分楽しい」


「俺も外に出る習性はない。何もしない事が1番の楽しみだからな。晴れた日に外出たくなるとか農家のばぁちゃんかよ」


 なんだか無言のパスが渡された気がしたので俺も神谷に続くように本意を告げた。


「ば、ばぁちゃんじゃないし!え、2人ともそんな感じなの!?」


「うん」

「まあ基本的には……」


 随分と驚いていたようだが俺と神谷の無頓着な態度に笠原は自然と落ち着きを取り戻した。


 分かってはいたが明らかに俺と笠原とでは生き物が違う。

 彼女らの種は、多数の群れでわーわー盛り上がることこそを正義とし、人目に付く場所、行動を好む。


 それに対して俺サイドの人間と言えば、なるべく目立たず外部からの干渉を受けにくい守られた空間の中だけで個人単位の楽しみを探す。


 あくまで俺の見解ではあるが大方合ってはいる筈だ。見ての通り対極だ。


 その点神谷とは全てとは言わないが所々で歩調が合う。恐らく元々はこちら側の人間なのだろう。

 

 良し悪しを付けるようなものではないが集団生活においては笠原側の人種が多い時程『楽しい』と判断される。そう見ると神谷の順応ぶりは凄いのかも知れない。そこは素直に感服。


 いや、待てよ。それも周りを固める環境があってこその……


「ヤナギ、着いたよ」


 らしく無い詮索や無駄な考え事をすることが最近増えてしまったようだ。立ち止まり振り返る2人を前にここは既に俺の家だった。


「ああ。じゃあ俺はここで」


「うん……また学校でね」


 何か歯切れの悪い挨拶をされたのが引っ掛かったが俺はそのまま背を向けた。



***

 


 その日の夜。


 小規模な鈴の祝賀会も終え両親が眠りについた頃、俺はリビングのダイニングテーブルに居た。


 あの後妙な疲れからベッドへ突っ伏したまま寝てしまい、24時を回った今でもさほど眠くは無い。


 しかし、明日は通常通り学校があるため不要な夜更かししていては良くない。何せ俺は書類上のみ優等生なのだから。


 すっかり静まり返ったリビングのただ一点に灯る台所の照明に照らされながら惰性でくだらない動画達を見ていた俺はそれらを全て閉じ椅子から立つ。


 なんとも無駄な時間を過ごしたなと行き場のない虚無感に襲われつつふぅと息を吐き出し台所の照明に手を伸ばした。すると、


 パチッ。


「あ、お兄まだ起きてたんだ」


 俺が消すと同時に部屋全体にリビングの光が当てられる。


 出入り口にはタオルを首に回した、上下ピンクのパジャマ姿の鈴がスマホ片手に立っていた。


「今から寝るところだ。お前だって明日学校なんだからもう寝ろよ」


 出番は少ないにしろあの空気はさぞ疲れがくるだろう。俺なんかあの多人数の中にぶち込まれるだけで軽く倒れそう。


「分かってるって。でもまだ起きてたんならちょっとだけ……良い?」


 珍しく遠慮気味に頼まれた。


 はて、何なのか見当もつかないんだが……。顔つきからふざけたことを言ってるわけでは無さそうだし。そもそも冗談を言い合えるような兄妹仲じゃないし。


「まぁ別に。長くならないなら」


 どちらにせよ、兄として何か頼み方をされることは俺がそうするに値する人間になれたってことなのだろう。うん!多分そうだ!ようやくあるべき上下関係が確立される時が来た!


「じゃあ質問です」


「いきなりだな……」


「いいから!鈴は今相談したいことが2つあります。過去に関する相談と未来に関する相談どっちが良い?」


もう既に訳わからん。そもそもなぜ質問と言って自分の相談の中身を選ばせるのか。色々が重なりすぎて意味不明な状態になってる。


「何お前ふざけてんの?だったら俺はもう寝るぞ」


「ふざけてない!大真面目だから!はい、どっち!」


 自室を目指そうとした俺の前には当然出口を塞ぐ鈴が居る。これはどちらか選ぶまで通さないと言う意味なのだろう。


「じゃあ未来の方」


「あ、そっち……?」


 自分で選ばせたくせに鈴は一瞬動きを止め驚いた様相を見せる。俺に言わせればそっちもなにもどっちでも良いってのが本音。早いとこその相談ってやつを終わらせたいだけだ。


「なんだよ、不満か?お前から選ばせておいて」


「いや不満とかじゃ無いけど……意外」


 鈴は目線で俺に席へ戻るよう促すと、自らもとことことこちらへ歩いてきた。


「まあ良く分かんねぇけど必然だろ。既に終わった事を相談されてもしょうがない」


 起きてしまった事も過ぎてしまった事も犯してしまった過ちももう最善経路を辿れることは無い。それ以前に戻せる事もほぼ不可能だ。そんな事を後からどうこうしようなど図々しい話だと俺は思う。


「ふーん……そう思うんだ……まぁいいや」


 鈴は正面に座り、どこから出したのかスポーツドリンクの入ったペットボトルを取り出し一口飲むとその相談とやらを切り出した。


「部活の話になるんだけど」


「なんだ、また相談部を辞めろとかそーゆーやつか?」


「違うって!今日のはその……鈴の方の話って言うか……」


 語尾を窄めて目線を泳がせながら言う。どうやら本当に悩んでいる何かがあるらしい。


 よし、ここは兄として真面目に話を聞き俺の思う最善のアドバイスをするべきだ。俺は黙って次の語を待った。


「お兄さ、この前美香ちゃんと何か話してたよね」


「え……」


 あれ、なんか思ってたのと違う。あと目がスッとしててなんか怖い。


「話してたよね?」


「ああ、まあ……」


 この前?柏木がうちに来た時の事だよな、たぶん。

 確かに話してたっちゃあ話してた。中身は俺への誤解が解けた事と今後の俺への警告。……それに何かあるのか?


「その時って美香ちゃんの様子どこか変じゃなかった?」


「様子……?」


 じっと真剣な顔で答えを待つ鈴。その圧力に俺は思わず鈴の背後へと視線を逸らした。


 漠然と様子とだけ言われてもな……。そもそも柏木のいつもをよく知らない。




ご覧いただきありがとうございます。

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