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5.13 人の本心など簡単には分からない

 笠原は俺の言っている意味が理解できないようで、あせあせと俺と神谷の顔を交互に見た。しかし俺はこれ以上の説明を加える気はない。


 それを察してか、神谷が代わりに続けた。


「ヤナギは試合を静かに観たいからあんまりはしゃがないで欲しいってことだと思う」


「あー……そうなんだ……?」


 俺の真意を問うような視線がこちらに向けられたので俺も、そんな感じだ、と答えた。


「だから希美も一緒に行こ」


 神谷はそう言うと、笠原の手をぎゅっと握った。


「う、うん!ありがと、なんかごめんね!」


 取り敢えずは3人で行くことになったらしい。ん?待てよ。この感じ浮いてるの俺じゃね?……まーいいや。


  2人が仲良く歩き出した後ろを道を知らない俺は静かに追いかけた。


 うん、やっぱ3人以上になると孤立するのはボッチの性質らしい。



***



 しばらく住宅街を進むと市営の体育館に到着した。地元なんだし流石にこの場所なら迷うことなく辿り着けるが、俺の家が近いこともあり待ち合わせ場所のような感覚で家まで来たのだろう。


 2人で楽しそうに話す女子高生の後ろを陰キャ男子がついて歩くと言う側から見たら犯罪者予備軍にしか見られない状況でよくここまで辿り着けたものだ。


 一応気を遣われているのか、ちょくちょく俺にたわいもない話が振られるのでそれにはテキトーに応じておいた。


 体育館は昨日と同様凄い空気。なるべく気配を消そうとただ真っ直ぐ斜め下を向きながら2人の後に続いて行く。度々俺の横をどっかのバレー部員と思われる生徒が忙しなく横を駆けていた。どこの世界も下っぱは大変だな。


 俺達はどうやら今日もギャラリーでの観覧となるようで気付けば階段を登り切った開けた空間に到達していた。会場の客数と既に完成し切った空気感から大会は午前中から開催されていたことが窺える。


 俺は2人の案内の下、近くの席に座った。学校の体育館とは違い席があるのはありがたいな。実際口にはしていないが、今俺の太腿は昨日の疲労で筋肉痛がちくりちくりとしていて、長時間立ちっぱなしとなると多少厳しさを感じていた。


 来る途中の自販機で買ったお茶を一口含み、ふぅと一息をつく。


「柳橋くんって鈴ちゃんの試合とか観に行ったことあるの?」


 喧騒にかき消されぬよういつもより大きめの声で笠原が言った。


「俺が中学の時は1、2回あるかな……最近のは無い」


 別に仲の良い兄妹でもバレーボールが好きなわけでも無い俺が妹の試合観戦に行く理由などない。時間を持て余すのが目に見えてるから親も俺を誘うことは無くなったのだ。 


「へー、意外!仲良さそうだから応援とかも行ってるのかと思ってた!」


「バカ言え、あいつは俺のすること全てにキモいだのウザいだの好き放題言ってくるような奴だぞ?そんなのと仲良いわけ無いだろ」


「あ、そうなんだ……そんな風には見えなかったけどなぁ」


 笠原は不思議そうに呟いた。


 外から見て仲良く見えても実際はそうじゃないなんて事はいくらでもある。と言うかその方が多い気さえする。芸能人だって不仲説が後を絶たないんだから一般人にあってもなんら不思議なことでは無い。


「あ、もしかしてあんまりスポーツとか見ない感じ?」


「もしかしなくてもそうだろ。逆に俺がスポーツ好きに見えんのかよ。わざわざ会場まで観に行くなんて昨日のが何年ぶりだったか……」


「昨日の……?バレー部は今日からじゃなかったっけ?」


 記憶を探るように数秒考えた後笠原はスマホを開き始める。


「そう言えば希美に言ってなかった。昨日私とヤナギで希美達の試合応援に行ってたんだけど……気付かなかった?」


「え!あ、そうなの!?ごめんね全然気付かなくて……ありがとう!」


 俺は競技者じゃないからよく分からないが試合に集中してたら周りの音など聞こえなくなるのだろう。俺は人の目を向けられる場に立つことも応援されることもないから全く分からん。


 けど陰キャたるもの特に誰も見てなどいなくても勝手に見られてると錯覚してしまう『自意識過剰』という悲しい性質も持ち合わせている。それと真逆だと思えばいいのか。


「あ、あそこに居るの柳橋くんのお母さんだよね?やっぱり鈴ちゃんのこと見にきてたんだ!」


  笠原が勢いよく指差す先には確かに見慣れたおばさんの姿があった。その隣には無駄にイカついおじさんもいた。三脚にカメラを構え既に準備完了と言った様子だ。


 確かに昨晩の夕食時に鈴も少し試合に出ると言う話をしていた気がしなくも無い。


 けど母親だけならまだしもあの父親まで出てくるとなると恐らくそうなのだろう。あのおっさんの鈴の溺愛ぶりは凄いからな。



 そうこうしていると下階では知らぬ間に試合体制が整えられていた。間もなく試合が始まるようだ。



***


 試合は当然のように優勢。


 元々強豪高校なのだから彼女らにとってはこんな1試合対した相手ではないのだろう。にしてもこうも実力差が明らかな戦いは相手の高校に同情してしまう。


 にも関わらず城北高校が得点するたびに俺の隣からは物凄い声援が飛ぶ。それも、俺の横だけではなく会場に見に来ている客の多くもそちらを見に来ているらしく、全体から城北高校へエールが送られているようにすら感じる。


「あ、鈴ちゃんコートに入ったよ」


「ん、ああ……」


 全員同じ服装でいてあまり見分けがつかないが他と比べて明らかに小柄な鈴は一目で分かった。入るや否や近くの生徒と少し会話を交わし笑顔を溢す。


 普段は憎らしく思えてもこう言う場を見るとやはり多少の安心はするな。


 思わず微笑し、自分の兄としての優しさも再確認していると、


「そっか!美香がよく話すバレー部の後輩って鈴ちゃんの事だったんだね!」


 合点が言ったとばかりにポンと手を叩き大袈裟なリアクションをとる笠原。てっきりその情報は知れているものだと思っていたがそうではなかったらしい。


「もしかして2人が仲良しなことも柳橋くんは知ってたの?」


「まあな…….妹の話で」


 俺も知っていただけで終われば良かったのだが。柏木に俺の存在がバレて色々あったことは黙っておこう。


「それなら私も知ってたけど。美香から鈴ちゃんの名前聞いてたし」


「えー!あやも!?」


 自分だけ知らなかった事実に分かりやすく落ち込みつつ笠原は納得したように頷く。

 親友間でも互いのことは知らなかったりするんだなとも思ったが多分これは笠原の鈍感さが原因なだけだろう。


 改めて試合に視線を戻すと既に第2セットの終盤。点差はもう挽回は不可能なくらいに開いていた。ここまでくるともう相手を応援したくなってくるね。


 なんとなく会場全体を見渡すと凄い凶暴な眼をした女が城北高校側のベンチに見えた。


「……ん?」


 どうしてだろう。ありえないがどっかで見たことある気がする。コンビニ店員かなんかかな。


「どうかしたの?」


 思わず出てしまった声に笠原が反応。


「あ、いや。どっかで見たことあるような人がいるなぁって」


「へー……ヤナギなのに?」


「なんだよそれ。知り合いとは言ってねぇだろ。見たことある人くらい俺にもいるわ」


 俺の返しが謎にハマったのか、2人はくすくすと笑った。最近このパターン増えたような……。まぁいい。


 それもこれも全て気のせいか。



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